ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
モンスターを素手で殴ったら、どれだけのダメージを与えられるのか?
ベータテスト時代、そんなことを考えた物好きなプレイヤーがいたらしい。その人物が検証したところ、こういう結果になった。
少しはダメージを与えられる。
しかし武器を使うよりリーチが短い上に、ソードスキルにあるノックバックも発生しない。故に、素手での戦闘は実用的ではないというのがベータテスター達の見解であった。
そのことについてはキリトも知っている。だがスバルからその話を聞いていたレグルスは、今まさにキリトの腹に拳を打ち込もうとしている。
初撃決着モードなら、この一撃で勝敗は決する。
(駄目だっ、避けられないっ!)
距離と速さからして、キリトは瞬時に判断した。もう受け止めるしかない、と。
ドカッ!
「「「――――っ‼」」」
拳による攻撃がヒット。鈍くて低い音がすると同時に、レグルスは疎か、見ていたエトワールとスバルは目を見開いた。
三人とも、この一撃で決着がつくと思っていたのだ。だがつかなかった。
なぜなら拳が当たったのは、
キリトは決して勝負を諦めたわけではなかった。瞬時に膝を曲げて体勢を低くすることで、攻撃の位置を腹から胸当てのある場所にずらしたのだ。
結果、キリトへのダメージは微々たるもの。鉄の防具の上に叩き込んだ拳は強攻撃と認識されなかったため、レグルスの勝利にはならなかった。
「はああああっ‼」
キリトは裂帛した気合いとともに、剣による突きで反撃する。ゼロ距離である上に、相手の想定外の防御で精神的な隙が生じていたレグルスは、その攻撃を避けられなかった。
片手直剣の剣先は、レグルスの腹へと突き刺さる。HPが少し減少したのを確認したキリトは、剣を引き抜いた。
【WINNER / Kirito 5:57】
「……フッ、参った」
レグルスは清々しい表情で負けを認めた。そして緊張が解けたのか、両者はドンッと地面に座り込んだ。
「二人とも、おつかれさま。すっごい白熱したデュエルだったよ!」
「ああ、あんな接戦、ベータテストの時でも指で数えるほどしかなかったぜ!」
いつの間にか歩み寄っていたエトワールとスバルは両者を讃え、二人は笑みを返す。
エトワールはレグルスに、スバルはキリトに手を差し伸べ、それぞれその手を掴んで立ち上がらせてもらった。
そして、先程までデュエルしていた両者は互いに顔を見合わせる。
「キリト、礼を言う。できなかったデュエルで、全力を出して戦えた。SAOがデスゲーム化して不謹慎かもしれないが、楽しかった」
「……ああ、俺も楽しかった」
感謝の意を述べるレグルスに、キリトは自分も同じだと返した。
「俺は今まで、生き残るために誰よりも早く、効率よくステータスを上げることに費やしてた。でも、お前とのデュエルじゃ闘いに夢中になってた。ベータテスト時代にゲームを楽しんでいた時の気持ちに、僅かな間だけ戻れた気がしたんだ。俺の方こそ、ありがとう」
「そうか……ふふっ、ははははは!」
「ははっ、ははははは!」
さっきまで闘っていた両者は、なぜか自然と笑いが込み上げてきた。
リアルではゲーマーと空手家という対極な二人だが、どこか似た部分があるのかもしれない。そんな二人を見ていたエトワールとスバルは、互いの顔を見て微笑み合うのだった。
夕方、スバル達は借りているNPCベーカリーの二階の部屋へと帰ってきた。
RPGでは寝泊まりできる施設は宿屋が一般的である。SAOでは【INN】の看板が出ている店がそうだが、そこは低層フロアでは最安値でとりあえず寝泊まりできる店という意味合いが強い。故に料理や設備は大したことがないのだ。
だが、宿屋以外にもコルを払って借りられる部屋は意外にあることを、ベータテスターであるスバルは知っていた。キリトが借りているKO農家の二階もそうなのだ。
スバルら三人組は二階をまるごと借りており、三部屋にシングルベッドが一台ずつ。ベーカリーを営むNPC夫婦によると、元々は子供達が使っていた部屋だったのだが、成人して親離れしたので、旅人に使わせているとのことだ。
食事は夫婦に頼めば部屋に運んできてもらえるし、安い宿屋よりもうまい。中でも、一階のバスルームを自由に使えるのはエトワールを大いに喜ばせた。スバルは「VRじゃ汗掻かないし、入らなくても大丈夫だろ」と呆れたが、「気分の問題なの‼」と反駁した。女の子にとって、お風呂はリアル・VR問わず癒やしの一つなのだろう。
キリト同様、スバル達もこの部屋を借りた時に宿賃を十日分前払いしている。現在、トールバーナには攻略を目指すもの達が数十人単位で詰めかけている。当然いい部屋から埋まっていくため、スバル達は運がいい方である。
現在、スバルは夕食を終えてベッドに仰向けで寝転がっている。そんな時だった。
コン、コン。
「スバル、入るよー」
ドアをノックする音が聞こえてすぐ、姉の呑気な声が聞こえてきた。
ドアが開くとエトワールが部屋に入ってくる。レグルスも一緒だ。
「どうかしたのか?」
上体を起こし、スバルは尋ねる。
「私さ、考えたんだけど、やっぱり攻略しようと思うんだ」
「俺も右に同じだ」
「……そうか」
スバルは落ち着いた声で返した。
三人はデスゲームが開始した時から早く動いていた。
スバルはキリト同様、時間が経てば『はじまりの街』の周りのリソースが枯渇すると予測しており、二人はそのアドバイスに従った。まず生き延びることを優先したが、そこから先はまだ深く考えてなかった。
牢獄と化した浮遊城から脱出するためには、攻略するしかない。スバルとレグルスはその気でいたが、エトワールが迷っていたので強く言えず、先送りにしていた。
姉が今になって攻略したいと言い出した理由については、察しがついている。
「キリトのこと、心配なのか?」
「……うん」
「まあ、俺もアイツの事は気になってた。ベータテスト時代、暇つぶしでアイツとゲームについて語り合ったことがある。あの時は楽しそうに話してたけどよ、今は人と距離を作りたがってる感じなんだよな」
「でも、悪い人じゃないと思う」
「同感だ。でなきゃ、いくら知り合いとはいえ、諍いに割って入ったりはしないだろ」
「俺のデュエルがしたいという我儘も聞いてくれたからな」
キリトはイイやつ。それがエトワール、スバル、レグルスの共通の見解だった。デュエルが終わった後にスバルは訪ねた。お前はSAOを攻略するのか、と。
この浮遊城を脱出するには、それしかないだろ。
そう答えた時の目は真剣だったが、どこか辛そうな感じもした。エトワールがパーティーに誘っても、『俺はソロプレイの方が向いている』の一言で断った。どうにも放っておけないのだ。
「なら、明日から攻略に向けて動くってことでいいな?」
「もちろん!」
「そのつもりだ」
「よし、なら経験値とコルを効率よく稼げるクエを受注しよう。それから――」
スバルは姉と幼馴染の意思を再確認したスバルは、ベータテスターとしての知識を活かし、今後の方針を一晩話し合ったのだった。
スバル、エトワール、レグルスの三人は、キリトとの一日がきっかけとなり、ついに攻略へと動き出した。
* * *
「キリト、どうかしたのか?」
「ああ、レグルスたちと出会った時のことを思い出してた」
レグルスの声で現実へと意識を引き戻されたキリトは、素直に答えた。
「そうか。確か、俺達とジェネラルの諍いにお前が割って入ったんだったな。それからデュエルになってお前が俺達に味方して勝利。お礼に昼食を奢って、そこから俺がお前とデュエルしたいと言い出して、我儘を聞いてくれた。今にして思えば、お互いとんでもない事を言ったものだ。若気の至りというやつか」
「俺たちはオッサンか!」
「フッ、そうだな。俺達はまだ若い」
キリトにツッコまれるが、レグルスは落ち着いた笑顔で返した。
リーファ、サチ、アルゴ、シアンはガールズトークに花を咲かせ、クライン、Z、KがSAO時代の思い出話で盛り上がっている中、エトワールとスバルは未だに口ゲンカの真っ最中である。
そんな光景を見ていたキリトの表情は自然と穏やかになり、それを横目で見ていたレグルスは笑みを浮かべた。
昔のキリトは人の心を理解しようとせず、ひたすら他人を遠ざけ続けていた。それは家族に対しても例外ではなく、《人が誰だか解らなくなる感じ》がかつてのキリトの中にはあったのだ。
その根本的な原因は、人を恐れる心である。故にキリトにとって、ネットゲームの人工の仮想体を使ったコミュニケーションはとても自然に思えた。そこでなら、この人は本当は誰なのか? などと悩まなくて済んだのだ。
だがアバターが現実の姿と同じになり、デスゲームが開始した時、キリトは他人の内面に一切の関心を持とうとしなくなった。故に攻略の序盤では、コミュニケーションも最低限のもので成立させてきた。
なのにキリトはスバル達を助けた。なぜそうしたのかはキリト自身も分からない。
あの日の夜、彼はそのことについて考えた。少しの時間とはいえ、ゲームについて語り合ったから? スバル達が攻略の力になるなら、貸しを作っておいたほうがいいと思った? それとも、ただの気まぐれ? しかし、明確な答えは出なかった。
ただ、はっきりと分かることがある。パーティーの誘いを断ったのは、『はじまりの街』に友達を置いていった自分にスバル達と仲良くする資格はないと思ったからだ。
だが見捨てたはずのリクとコハル、クラインはそんなことなど気にせずに接してくれた。最初は自分が生き残るために行動していたはずなのに、その過程で共に戦う仲間もできた。
そして何より、愛する人――アスナと結ばれた。
キリトは思った。みんなイイやつだ。自分が変われたのは、そんな仲間達と出会えたから、支えられてきたからだ。自分は人との出会いに恵まれていたのだ、と。
みんな、本当にありがとう。
今はまず、心の中で仲間達に感謝するキリトだった。
次の章も新たなオリキャラが登場します。お楽しみに。