ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
11月30日 トールバーナ
リクとコハルがトールバーナにたどり着いたのは昨日の夕方であった。
危険を承知の上で攻略の最前線となるこの町にやって来たのは、デスゲームが開始した日に別れた友達――キリトの行方を追うためだ。
本当なら町に着き次第、すぐにでも彼を探すはずだったが、二人は今そんな気分ではなかった。
宿屋で一泊し、リクは気分転換にコハルを町の散歩に連れ出したが、彼女の気分は優れない。リクもそうだが、昨日の夕食も進んでなかった。
現在、ベンチに腰掛けて休憩中である。
「コハル、大丈夫か?」
「……うん、なんとか」
心配そうに尋ねるリクにコハルはそう返すが、俯いたままで元気がないのは明らかだった。
(大丈夫なわけないよな。目の前で人が死んだんだからな)
昨日トールバーナにたどり着く途中、男性プレイヤー達がダイアー・ウルフの群れに襲われている場面に出くわしたのだ。
しかもプレイヤーの一人が爪攻撃で顔面を抉られた直後であった。
うあぁぁぁぁぁ――‼
男の断末魔をあざ笑うかのように、頭上にあったHPバーがゼロとなった。その姿はポリゴン片となって砕け、消えた。
あまりの突然の事態にリクとコハルは驚愕した。
消えた男のパーティーメンバー二人も、仲間の消滅にショックを受けたのか、表情が恐怖で引きつっていた。一人は腰を抜かし、もう一人は来るな、来るな! と金切り声を上げながら片手直剣を闇雲に振るっていた。
このままではマズイと思ったリクは、突進系ソードスキル《ソニックリープ》を発動させ、三体の狼の一番近い奴を斬り倒した。
だが、それと同時に一人が二匹の狼に襲われて消滅した。
技後硬直から開放されたリクはすぐさま走り出して斬撃を放ち、もう一匹を倒したが、残りの一匹は逃げようとした最後のプレイヤーの背に向かって飛び込み、爪で引き裂いた。
HPが無くなった男は泣き叫びながらアバターを飛散させ、SAOからいなくなった。
誰も助けられなかった。だがリクはその事実に打ちのめされている場合ではなかった。
残された狼は、足がすくんでいたコハルに襲いかかろうとしていたのだ。
すぐさまリクは再び《レイジスパイク》で、今まさにパートナーに飛びかかろうとした狼を串刺しにし、レッドゾーンに達していたHPを削り取って消滅させた。
コハルにダメージは無かったが、ついへたり込んでしまう。その時、コハルの表情は蒼白で涙目だった。
リクにできたのは、その手を取って立ち上がらせ、共に町へ走る事だけだった。
敵を倒すことはできたものの、実際に目の前で、プレイヤーがHPを全損させて消えた。
SAOでそれが意味するのは……死。
「昨日のプレイヤーさんたちって……本当に死んじゃったのかな?」
「……ログアウトできない現実から考えて、恐らく……」
か細い声で尋ねるコハルに、情けなくもリクはそんな確定的な可能性しか言えなかった。
昨日の夜にベッドで横になった時、リクは考えた。
あのプレイヤー達は、なぜ狼の群れに殺されたのか? 恐らく原因は情報不足だろう。
《探求の草原》にポップする《ダイアー・ウルフ》は一体だけだったが、群れで行動する際は連携して攻撃するというアルゴリズムがあるのだ。
既に倒しているモンスター相手に油断していたため、連携に関する情報が抜けていたのだろう。
だが、原因を考えたところで失われた命は戻ってこない。茅場はチュートリアルで、既に二百人近くがナーヴギアで脳を焼かれたとプレイヤー達に伝えた。次の日に出会ったGVは、投身自殺を図ったプレイヤーがいると言った。
しかし人が死ぬのを聞いたのと、実際に人が死ぬのを見たのとでは感じ方は違ってくる。後者の方が、胸に刻まれる死の恐怖は大きい。
最悪の場合、自分達もそうなるかもしれないのだ。
「血も出ないし怪我もないのに……エフェクトで消えていくなんて……」
(確かに、あんなの普通の人間の死に方じゃない。これが『現実』だって分かっていたのに、俺は何もできなかった)
パートナーの不安そうな声音と己の無力さに、リクは歯を食いしばる。その腕は力み、プルプルと震えていた。
「私たちも、ああなっちゃうのかな……」
こんな時、どう答えるのが正解か?
なるかもしれない、と言うのは答えとして正しい。だがパートナーの不安を取り除く上では駄目だ。コハルにかけるべき言葉は、そんな正論ではないはず。
だから、リクは強い意思を持って、コハルの目を見て言った。
「ならないし、させない。コハルは俺が守る。そのためにも、一緒に強くなろう!」
「リク……」
コハルはリクの偽りない真っ直ぐな目を見て、少しだけ不安が和らいでいった。
口で言うのは簡単だが、リクの言葉はどこか力強く、自然と信じられる気がしたのだ。
「あ、そうだ。ベータテストの時に聞いた話だと、この近くに美味いミックスジュースが一日に数量限定で売ってたんだ。せっかくだし、買ってくる」
「あっ、ちょっと……」
コハルが止める間もなく、リクはさっさと走り去ってしまう。
少しでも元気づけようという彼なりの気遣いだとコハルは察しているが、一人になるとまた心細くなってしまう。
再び不安になったコハルは「はあ」とため息をつくのだった。
* * *
「何とか、無事に帰ってこられたね」
フィールドからトールバーナへと帰還した三人組のプレイヤーの内、金髪の外国人みたいな少年――マーベラスが穏やかに言った。
「ま、ベータテスターのオレがいるからな」
「ポルックス、それはZさんから口に出さないよう言われてただろ」
「おっと、いけね」
メガネを掛けた双子の兄――カストルは弟の失言を注意した。
確かにあらゆるモンスターに対応できたのは、ベータテスト時代に対処法を覚えていたポルックスのおかげだが、他のプレイヤーにその事実が知られれば面倒事になるからだ。
三人はデスゲームが開始した次の日に攻略を決め、三日目に『はじまりの街』を出た。
彼らがここまで早く行動できたのは、やはりポルックスがベータテスターだった事が大きい。おかげでログインして三人で集まった時には、すぐソードスキルの練習をすることができた。
しかもビギナーであるマーベラスとカストルは、ポルックスのコーチがあったとはいえすぐにコツを覚えたのだ。特にマーベラスは一時間もしないうちに単独で蒼イノシシを倒せるまでになった。
現在、序盤最強の軽量盾を手に入れるためのクエストのノルマを達成して帰って来たところだ。
手に入れた盾はマーベラスが使うことになっている。双子の兄弟も盾使いだが、装備しているのは重量盾のタワーシールドである。
軽量盾は面積が小さくて防御できる範囲が少ないが、取り回しがしやすくて動きやすい。
対して重量盾は面積が広くて強度も高いが、重くて動きが鈍く、大きさ故に視界が制限される。
種類は違えど、三人とも盾を装備しているので防御は高く、今回のクエストも大きなダメージを受けることなく帰還できた。
後は報告して報酬を受け取るだけ。依頼主のところに向かう途中、マーベラス達はたまたま他のプレイヤーの立ち話が耳に入る。
「なあ、知ってるか? 昨日、デュエルなんかしたプレイヤー達がいたらしいぜ」
「ああ、店のオンリーワン商品を巡って揉めたんだってな」
「んなもん、ジャンケンで決めれば済む話だろ。いくら《初撃決着モード》だからって、HP減らすデュエルするなんて正気じゃないぜ」
「だよな。きっとそいつら、短気で血の気の多い奴らだぜ」
そんな歯に衣着せぬプレイヤー達の話し声は、歩きながら聞いていたマーベラス達には距離が遠くなるにつれて小さくなり、やがて聞こえなくなった。
(デュエルか。SAOで一度はやってみたかったな……)
マーベラスは過去にフェンシングをしていたことがあり、SAOにプレイヤー同士のデュエルがあると知った時には密かに楽しみにしていたのだ。
もっともHPが無くなれば死ぬ今となっては、もう諦めてしまっているが。
(こんなことなら、デスゲームが始まる前にカストルかポルックスと一戦やっておけばよかった)
そんなことを考えていたマーベラスは、やがて噴水のある広場へとたどり着くが……
「……うん?」
「どうした……って……」
急に立ち止まったマーベラスにカストルは尋ねるが、その理由はすぐに分かった。
双子の兄弟はマーベラスの視線を追うと、その先には俯いてベンチに座っている女の子がいた。黒髪のセミロングをしており、清楚さを感じさせるルックスだ。
「……はあ、コイツがどうするのか、もう分かるな」
ため息をつき、ポルックスは呆れながら言った。
長い付き合いだけあって想像は難くない。案の定、マーベラスは少女に向かって歩み寄り、双子の兄弟も後に続く。
そして、少女の目の前まで来た紳士は少女に優しげな声を掛ける。
「やあ、お嬢さん。そんなに辛そうな顔をしてどうしました?」
マーベラスが使用するカイト・シールドは、本作では軽量盾という扱いにしています。
原作ではどういう扱いなのか分かりませんが、たとえ違っていたとしても、アイメモでは軽量盾という扱いにします。