ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
「やあ、お嬢さん。そんなに辛そうな顔をしてどうしました?」
「……え?」
黒髪セミロングの少女は顔を上げてキョトンとしてしまう。突然、知らない人に声を掛けられれば当然の反応だろう。
「ごめん。君の気持ちは分かるけど、彼は紳士だから、困った女性を見ると放っておけないんだ」
戸惑う少女にカストルは弁明した。
「初めまして、僕はマーベラス。後ろの双子の兄弟は、メガネを掛けている方はカストルで、掛けてない方はポルックスだ」
「いや、なに一方的に自己紹介しちゃってるわけ? それにオレ達、メガネ以外にも区別する方法あるだろ! 性格ちげーし、横分けした髪はカストルは左横分けで、オレは右横分けだろ!」
「いや、初めて会った時は性格と似た髪型じゃ分からないよ。パッと見で区別できるのは、メガネの有無じゃないか」
「「うっ……」」
ポルックスは不満を言うが、事実を指摘されると兄弟揃って反論できなかった。
実際、過去に間違えられたことは何度もある。区別されるようになったのは、カストルが視力の低下によってメガネを掛けるようになってからだ。
しかし、それ以外に見分ける方法がないのは兄弟としても複雑である。VRでは視力は端正されるのでメガネを掛ける必要はないため、カストルにとっては双子の弟と間違われないためだけのアイテムでしかない。
ちなみに、はじまりの街からこのトールバーナのNPCショップにはオシャレのためのメガネしか売ってなかったが、ポルックスによればステータスを上げるものも存在するらしいので、カストルは少し期待していたりする。
「あ、あの……」
「ああ、ごめんね」
声を掛けてきた少女に、マーベラスは爽やかな笑顔で謝った。
表情には不安が滲み出ている。無理もない。向こうは一人なのに対して、こちらは見知らぬ男三人なのだ。
まずは、警戒心を少しでも取り除かなくてはならない。
「二人とも、先に依頼主に報告に行ってくれないかな。僕はしばらくこの子と話すから」
「分かった」
「はあ、仕方ねーな」
マーベラスの意図を悟った双子の兄弟は応じた。
ポルックスはすぐに去ろうとするが、その前にカストルは少女に歩み寄る。
「マーベラスは優しいから、辛い事があったのなら、遠慮なく話すといいよ。それじゃ」
それだけ伝えると、今度こそカストルは弟と共にその場を離れた。
気を利かせたカストルに心の中で感謝したマーベラスは、続いて装備していたカイトシールドをベンチに置いた後、少女の隣に腰掛けた。ただし人ひとり分の間を開けている。
「大丈夫だよ。もし僕が君の体に触ったら、ハラスメント防止コードが発動するから」
ハラスメント防止コードとは、異性のプレイヤー及びNPCへの《不適切な接触行為》を行うことで発動するシステムである。
最初は警告とともに反発力が発生して手を弾かれる。被害者がプレイヤーなら、相手の前に強制転移の発動の有無を問うウインドウが現れ、YESを選択した場合に加害者ははじまりの街にある《黒鉄宮》の牢獄エリアに強制転移させられるのだ。
さらに被害者が何らかの理由で選択できない状況の中、加害者が何度も《不適切な接触行為》を繰り返した場合は問答無用で転移させられる。
「それで、君の名前を教えてほしいな」
マーベラスはさり気なく尋ねた。
ある程度は心の壁を取り除くことができたはず。あとは、少女次第だ。
「…………コハルです」
「いい名前だね。日本の立春を彷彿とさせる」
少しの間を置いて少女が名乗ると、マーベラスは感慨深げに言った。
「私、二月生まれなんです。両親も子供の名前には頭を悩ませてたみたいなんですけど、
「そうだったんだ……あれ、そうなると……君のアバター名は、リアルと同じってことになるのかな?」
「……あっ!」
コハルはいかにも、しまった! と顔に出た表情で目を見開いた。
オンラインゲーム(に限らずネットワーク全般)では、リアルの情報を出すのは危険なのだ。
そのせいで悲惨な事件が起きたという事例は、枚挙にいとまがない。
「ごめん、悪気はなかったんだ」
「いえ、私が一方的に話したので」
落ち着いていながらも、申し訳無さそうに頭を下げて謝罪するマーベラスに、コハルは誠意を感じた。
実際、マーベラスに落ち度はない。コハルはリアル情報を出す危険性を分かっていながら、何故か自然と話してしまったのだ。
それはきっと、カストルの言う通りマーベラスが本物の紳士であり、女性を放っておけない性格だからである。
「とにかく、これからはリアルに関する情報は迂闊に出さないほうがいい」
「そ、そうですね」
「それで、さっきはどうして辛そうな顔をしていたのかな?」
マーベラスはようやく本題に入った。
「……昨日、この町に来る途中で、他のプレイヤーたちがモンスターの群れに殺されるのを見かけたんです。何とか敵は全滅したんですけど、もし自分のHPが無くなって、あの人たちと同じ運命を辿ったらと思うと……」
「そうか、辛かったね」
自分も死ぬかもしれない。SAOがデスゲーム化してから誰もが抱えている不安だが、目の前で悲惨な光景を見れば、怖くなるのも仕方がない。
マーベラスは、真剣な表情でコハルの目を見ながら言った。
「コハル、今からでも遅くはない。君ははじまりの街に戻って、大人しくしていたほうがいい。怖いなら、僕達が送っていってあげるから」
「マーベラスさん、気持ちは嬉しいんですけど、私たちは友達を探しにここまで来たんです。だから、まだ帰るわけには」
「えっ、ちょっと待って。
マーベラスは目を丸くして尋ねる。
「はい。さっき飲み物を買いに行ったので、もうそろそろ戻ってくるんじゃないでしょうか?」
「そうだったのか……」
確かに、死の不安に怯えていた少女が現在の最前線であるこの町に一人で来るとは考えがたい。仲間がいたからこそ、ここまでたどり着いたのだろう。
「だったら、友達を探しだしたら仲間と話し合って――」
「おい、ちょっといいか?」
「えっ」「あっ!」
マーベラスとコハルは話に集中してたせいで、今ベンチの前にいる少年の存在に声を掛けられるまで気づかなかった。
「リク、遅かったね」
「ああ、店が混んでたからな。ほら」
リクはコハルにジュースが入った瓶を渡したが、表情はどこか険しそうだ。
そして冷たそうな視線をマーベラスに向ける。
「おまえ、コハルに何してるんだ?」
「いや、何って……ただ落ち込んでたから、話を聞いてあげようと思っただけだよ」
「そうか……」
落ち着いて説明するマーベラスに、リクは冷淡に返した。
二人のやり取りに、コハルは空気がピリピリするのを感じた。特に今のリクの声は、孕んでいる怒気を理性で抑えている気がするのだ。
恐らく、リクはコハルに近づいてきた外国人みたいな男にいい印象を抱いていない。最悪の場合、何か誤解をしている可能性もある。
「リク、マーベラスさんは悪い人じゃ――」
「女を丸め込む男なんて、いくらだっている。いくぞ」
「あっ、ちょっと!」
コハルの言葉に耳も貸さず、リクはその右手を取って立ち上がらせ、共にその場から立ち去ろうとした。
が、マーベラスは素早くコハルの左手を掴み、引き止める。その弾みで手に持っていた瓶を落とし、中身と共にポリゴン片となって消えた。
リクは振り向きざまに睨みつけると、穏やかだったマーベラスも険しい表情で見つめ返した。
「女の子の手を無理やり引っ張るなんて、紳士のすることじゃないよ」
「なんだと」
漫画やアニメでは、睨み合う両者の対立を表すために、間に火花が散る表現が用いられる。いくらVRでもそんなエフェクトは発生しないが、少なくともコハルには、自分が原因でリクとマーベラスの間に見えない火花がバチバチと弾けている気がした。
少しの間を置いて、何とか冷静さを保っているように見えるマーベラスの口から出たのは、驚くべき発言だった。
「確か、リクだったね。僕とデュエルをしよう」
「デュ、デュエルって!」
HPを減らす行為を紳士なマーベラスが提案したことにコハルは驚きを隠せなかった。
トールバーナでデュエルが行われたという話は、昨日の晩の夕食時に他のプレイヤー達の雑談で聞いていた。しかし紳士的なマーベラスがそんな手段に出るなど思っても見なかったのだ。
「何だ、俺を打ち負かして、コハルの気を引こうっていうのか?」
リクはマーベラスの意図を、邪な可能性を仮定した上で聞き出そうとする。
「そんなんじゃないよ。ただ、君のような女の子の手を乱暴に引っ張る男に、コハルのことを任せられそうにない。だからこうしよう。君が勝ったら、コハルとパーティーを組んでもいい。だけど僕が勝ったら、もうコハルとは関わらないでくれ」
「なんだそれは!」
「ちょっと、マーベラスさん!」
「それとも君は、コハルの前で負けるのが怖いのかい?」
「…………いいだろう。受けて立つ」
僅かな逡巡の末、リクは話に乗った。
正直、二度とコハルと組めないというのは嫌だ。だが一方的な条件とはいえ、ここまで言われては逃げるという選択肢は無かった。
かつてのリクは、テニスプレイヤーというスポーツマンだったのだから。
一方でコハルは「はあ」とため息をついた。
今の二人はまともに話を聞いてくれる状態ではない。デュエルが終わったら、ちゃんと話をして和解へと持っていかなければ。
そんな中、突然ファンファーレが聞こえてきた。クエストをクリアした際に流れる音楽である。
「な、なんだ?」
「あ、ちょっと失礼」
男二人はコハルから手を放した。
マーベラスはカストルとポルックスが報告を終えたことを察し、メッセージを送るべくウインドウを出現させ、素早く操作。人差し指でタップする動作をすると、「これでよし」と一人納得し、ベンチに置いていたカイトシールドを左手に装備した。
「それじゃあ、改めて」
再びマーベラスはウインドウを動かすと、やがてリクの方にウインドウが出現する。
リクはそれがデュエルの申請だとすぐに分かった。システムメッセージを見て、イエス・ノーボタンの上を確認する。
そこには、デュエルのモードを決定するチェックボックスがあるのだが、ベータテスト時代にデュエルをしたことがあったので、もう見慣れている。
既に三つ並ぶ選択肢の下、《初撃決着モード》にチェックが入っていた。マーベラスが申請する際に入力していたのだろう。安全性を考えれば当然だが。
ふう、と一呼吸置き、リクは意を決して【YES】をタッチした。もう後戻りはできない。
開始まで六十秒のカウントダウンが始まる。既に周りには、こちらの騒ぎが気になった野次馬が集まってきていた。
リクは背中の鞘からアニールブレードを、マーベラスは左腰の鞘からウインドフルーレを抜き、互いの顔を見合わせて構える。
今ここに、コハルの未来を賭けた(かもしれない)男の戦いが始まろうとしていた。