ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
右肩はもう元には戻らない。医師から残酷な事実を突きつけられても、リクは夢を諦めきれなかった。
そこで考えたのが、左手を使えるようになることだった。そうすれば、またプロを目指せると思ったのだ。
そのために、まずは左手で歯を磨くことから始めた。
慣れてきたら、次に箸を使って小豆を皿から皿に移した。
そこまでできたら、文字を丁寧に書けるようにした。
そして、左手でラケットを使うところまで来たのだ。
……だが努力したにも関わらず、リクは結局テニスをやめてしまった。
いざボールを打つとなると、納得のいく速度が出ない、コントロールが微妙にズレる等、右手を使う時よりも違和感を感じてしまうのだ。
さらに、リハビリの過程で他のプレイヤーと差がついてしまったのが大きかった。同じテニス部のメンバーとの試合で負け続け、それを思い知らされたのだ。
だから、中三の時にリクは決断した。もうテニスはやめよう、と。
夢は絶たれてしまった。だが両利きにはなったおかげで、デュエルに勝てたのは事実。
あの時の努力は無駄じゃなかった。たった今、リクはそう思った。
「……まいったよ。僕の負けだ」
マーベラスは素直であった。
悔しさこそはあるものの、やってみたかったデュエルを全力でできた充実感を感じていた。
何より、相手を知ることができたのだ。
だがリクの方は無表情でアニールブレードを右手に持ち替え、背中の鞘に収めた。
「コハル、行くぞ」
「待っ――」
「待ってくれ!」
リクはその場から離れようとするが、コハルよりも早くマーベラスが引き止める。
金髪の紳士はコハルの方に視線を向けて訪ねた。
「コハル、教えてくれ。君は自分の意思でここまできたのかい?」
「はい。友達を探すためにはじまりの街を出ていったのは、私自身の意思です。リクに無理してついていってるわけじゃありませんし、私の方から提案したんです」
真っ直ぐな瞳で尋ねられたコハルは、見つめ返して答えた。
「そうだったのか」
「……どういうことだ?」
マーベラスは納得し、やがて話についていけないリクの方に向き直る。
「すまない、リク。コハルが怖い思いをしてるから、てっきり君に振り回されてるんじゃないかと思ってたんだ。でも全力でデュエルをしている君は、強い意思に溢れた目をしていた。途中でリアルの話を切り出したときは、卑怯なやり方で隙をつくんじゃないかと疑ったけど、君の方から話を切り上げたからね。何か誤解をしてるんじゃないかと思ったんだ。さっきコハルが僕の疑問に答えてくれて、確信したよ。どうやら、僕の勘違いだったみたいだ」
「……そう、だったのか……」
リクは心の中に罪悪感が湧き上がってきた。
本当は、デュエルしているうちにリクも感じ始めていたのだ。
戦っている時のマーベラスの目からは、自分に対する悪意を感じなかった。相手と真剣に向き合うスポーツマンの目であった。
だがジュースを買って戻ってきた際、コハルが他の男と話しているのを見て、何故か怒りが湧き上がってきた。気づいた時には、コハルをマーベラスから引き離すことばかり考えていた。
向こうが誠意で謝るのなら、自分も意思を伝えねばならない。そう思ったリクは、さっきまで嫌っていた金髪の紳士に歩み寄る。
「……俺の方こそ、ムキになって悪かった……ごめんな」
心からの謝罪を口にし、マーベラスの前で手を差し出した。
「…………フッ」
僅かな間を置いて、マーベラスは紳士に相応しい笑顔を見せた。
「分かればいいんだよ。君とのデュエル、楽しかった」
そう言って、金髪の紳士は差し出された手を握り返した。
相手が許してくれた。俺もデュエルが楽しかった。そう思うとリクは、自然と笑みが溢れる。
成り行きを見守っていたコハルも安堵して穏やかになり、デュエルが終わっても結末が気になって残っていたギャラリー達からも拍手が沸き起こった。
まさに、『雨降って地固まる』である。
「キミたちは素晴らしいな。実力もあるうえに、デュエルの後はお互いを称え合う。まさしくプレイヤーの鑑だ」
突然、声が聞こえてきた。
三人はその方向に首を向けると、青い髪の男が爽やかな笑顔でこちらに近づいてくる。
いきなり知らない人から声を掛けられたので、リク達はキョトンとしてしまう。
「すみませんが、あなたは?」
「これは失礼。オレはディアベル。以後よろしく!」
マーベラスが尋ねると、男はそう名乗った。
「それで、私たちに何かご用ですか?」
「オレはいま、フロアボスに挑戦するメンバーを集めて回ってるんだ。よければ、君たちも参加してくれると嬉しいんだけど」
コハルの質問に、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにディアベルは答える。
つまり、先程のデュエルで接戦を繰り広げたリクとマーベラスの実力を見込んでの誘いということだ。
「僕は仲間たちと、そのつもりでここにきたので構いませんが……」
「……悪いけど、俺とコハルは別れた友達を探しにここまで来たんだ。すぐには決められない」
「……そうか」
マーベラスは承諾したが、リクが丁寧に断るとディアベルは少し残念そうな顔をした。
この牢獄と化した浮遊城を脱出するために攻略するしかないのは分かっている。自分ひとりだけなら、攻略を選んでいただろう。
だが、リクにはコハルがいる。しかも彼女は昨日、目の前で他のプレイヤーが死ぬというショックを受けたばかりなのだ。
そんな状態でフロアボスとの戦いは疎か、フィールドに連れ出すことは出来ない。だからといって、コハルだけ置いて一人で行くつもりもない。
「まあ、無理強いはしないよ。ただ、近いうちにオレたちのパーティーが迷宮区の最上階にたどり着きそうなんだ。そのときは攻略会議を開こうと思ってる。少しでも気になるなら、参加してほしい。それじゃ、このへんで」
ディアベルは伝えたいことを伝え、去っていった。
未だに残っていたギャラリー達は会話が聞こえていたのか、ざわめき始めた。
無理もない。SAOがデスゲームと化してから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。絶望の中、ようやくフロアボスと戦うところまで来そうなのだ。
倒すことができれば、果てしなく長い百層クリアに一筋の光明が生まれるに違いない。
「……マーベラスは、攻略するって決めてるんだな」
「うん。そのために、僕はリアルでも腐れ縁の友達と一緒に、この町に来たんだ。あ、そういえばリクはまだ会ってなかったね……」
マーベラスは少し考える仕草をすると、少しの間をおいて提案した。
「じゃあ、せっかくだし今からお茶でもどうかな? その時に紹介するよ」
「そうだな。デュエルした後だから、何か飲みたい気分だしな」
せっかくの申し出をリクは受け入れることにした。
仮想世界なので飲まなかったところで脱水症状にはならない(ただし、喉が渇くという生理現象は発生する)が、リアルからの影響で運動後は水分補給をしたくなってしまうのだ。
「コハルはどうする?」
リクはパートナーの意思を聞くが、コハルの反応はない。
(攻略、か。ここから出るなら、そうするしかないよね……)
「おーい、コハル」
「えっ……ご、ごめんね。なんだっけ?」
リクの呼びかけでコハルは現実に引き戻された。
「いや、マーベラスがせっかくだから一緒にお茶でも飲もうかって……」
「う、うん。私もいいけど……」
「分かった。じゃあ、連絡するから待ってて」
マーベラスはメニューウインドウを出すと、すぐさま双子の兄弟にメッセージを送る。
返事は一分近くで来た。ポルックスからだ。
【お前、デスゲームでデュエルって何考えてんだよ! 後で話を聞かせてもらうからな!】
「…………」
マーベラスは固まった。
文面からして、リクとの試合を見ていたようだ。相当怒っているに違いない。
「……どうかしたんですか?」
「いや、何でもないよ。それじゃ、行こうか」
コハルは心配して尋ねるが、マーベラスは澄ました顔で返して歩き始める。
リクとコハルはその様子が気になったが、とりあえず後に続くのだった。