ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
2025年5月4日
アンティーク感漂う飲食店の店内で、顎髭を生やしたガタイのいい男が雑巾でカウンターの台を拭いていた。肌の色はチョコレートのようで、頭部はスキンヘッドである。
男の名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ。アフリカ系アメリカ人の黒人で、このダイシー・カフェのマスター、そしてエギルという名前を持つSAO生還者でもある。
既婚者であり、ネトゲで慣れはじめた妻と共にこの御徒町で店を開いたのだが、その矢先にSAOに囚われてしまった。
それからVRの中にいた二年四ヶ月とリハビリの二ヶ月間は妻に店を任せっきりになってしまったが、共に戦った仲間達と共に現実へと帰還し無事に復帰するに至った。
カラン、カラーン。
ドアーベルが店内に鳴り響く。開店にはまだ時間があるのだが、それ以前に今日は店が休みなのだ。本来なら鍵をかけるなりするのだが、
「おお、来たか」
エギルは愛想よく、入ってきた人物達を出迎えた。四人組で一人は男子、三人は女子である。みんな十代後半の若者であり、エギルの仲間なのだ。
「やあエギル、朝から拭き掃除とはな。随分、精を出してるじゃないか」
最初に答えたのは唯一の男子だった。黒髪をした女顔で、華奢な体つきは強そうに見えないが、彼こそSAOをクリアしたもう片方の二大英雄――黒の剣士・キリトなのだ。
本名、
「当たり前でしょ、キリトくん。お店の中が汚かったら、誰も食べに来ないわよ」
呆れながら言ったのは、栗色のロングヘアをハーフアップにした美少女だ。
元々はゲームとは縁遠い人種であったが、興味本位でSAOにダイブして囚われてしまう。
当初はかなり無茶をしていたが、キリトとの出会いをきっかけに攻略を目指し始め、やがて攻略に大きく貢献し、キリトと相思相愛になったのだ。
「その通りだ。特に今日は特別な日だからな」
エギルが朝早くから掃除をしているのも、キリト達が休みであるはずの店に来たのも、今日の主役を祝うパーティーに参加するためである。
「それにしても、素敵なお店ですね」
店内を見渡していた残り二人の内、黒髪おかっぱの巨乳少女がそう言うと、もうひとりの眼鏡を掛けた少女が賛同した。
「そうね。この店の雰囲気、私は好きよ」
おかっぱの巨乳少女はキリトの妹で、名前は
本来、キリトにとって彼女は従妹の関係なのだが、彼は物心が付く前に両親を失ったため、直葉の母である叔母に養子として引き取られたのだ。
一方、眼鏡を掛けた少女は
「そうか。お嬢さん方に気に入って貰えて何よりだ」
「ところで、今日のパーティーには他に誰が来るんですか?」
厳つい顔のエギルが微笑んでいると、アスナが尋ねてきた。
「ああ、都合が良かったのはZとKとアルゴ、GVにシアン、クラインとサチにクロウ、ザ・ファントムからはジョーカー、スカル、パンサー、フォックス、オラクルの五人、あとデスティニー・スターズは初期メンバーの六人だ」
「へえ、思ったより集まったじゃないか」
「そうね。明後日は帰還者学校に入学するから、みんな準備でバタバタしてると思ったけど」
キリトとシノンは意外に思った。
事件が解決した時に懸念されていた問題の一つが、事件発生当時にSAOに囚われた学校の生徒達の教育をどうするかということだ。
帰還者学校とは、そんな生徒達に最低限の教養を身に着けさせるために政府が用意した施設である。場所は西東京市で、都心部から離れた場所に住んでいる人達は、そのために一人暮らしの準備をしていて忙しいのだ。
「それでも、二十人以上も来てくれるなんて、すごいですよ」
「けど、店のスペースを考えると、来すぎたらそれはそれで大変だけどな」
リーファは感嘆すると、キリトが水を差す発言をしたため、エギルはやや険しい表情になった。裏を返せば店が狭いと言っている様なものなので当然だが。
「エギルさん、まだ時間はありますし、私たちに何かできることはありますか?」
アスナが尋ねた。
「そうだな。料理ができる奴は俺と一緒に仕込みを手伝ってくれ。他の奴等は掃除を頼む」
「それじゃあ、私とシノのんは仕込みの手伝いで、キリト君とリーファちゃんは掃除をお願いね」
「あ、ああ……」
役割は決まったが、キリトはやや憂鬱そうな声で返してしまい、それを察したシノンが怪訝な表情で問い詰める。
「アナタ、もしかして時間まで寛ぐつもりじゃなかったんでしょうね?」
「い、いや、そんなこと」
「キリトくん」
「お兄ちゃん」
「おい、キリト」
困惑したキリトを見つめる周囲の目は険しい。やや重そうな空気にしてしまった張本人はなんとかこの状況を脱するべく、無理やりテンションを上げる。
「よーし、それじゃあ頑張って店の中を綺麗にしよう! エギル、掃除道具はどこだ?」
「裏口を出てすぐ左だ」
「わかった、今日のパーティーを成功させるぞー!」
その場から逃げるようにダッシュで裏口へと向かうキリトを見て、全員ため息をついた。あんな感じでも、彼は列記としたヒーローなのだ。
キリトが掃除道具を持ってきて、皆それぞれの役割をし始めてから三〇分が経過した。掃除担当のキリトとリーファの兄妹が全ての窓とテーブルを拭き終えた時、再びドアーベルが鳴った。パーティーの招待客が新たにやって来たのだ。
男女二人で、男の方はむさ苦しい無精ひげをした野武士面をしており、額に悪趣味な柄のバンダナを巻いた二〇代の男性。女の方は小柄な体格をした少女で、髪型はくしゃっとしたショートボブで髪色が少し抜けている。
「よう、おめぇら」
「久しぶりだナ」
「おお、二人とも!」
「お久しぶりです!」
キリトとリーファはSAOからの付き合いである二人の再開を喜んだ。
「ああ、ホント久しぶりだよな。別れてからまだ二ヶ月近くしか経ってねえってのによう、懐かしい気分だぜ」
「俺達も同じだよ、クライン」
キリトがクラインと呼んだ男の名は
キリトがサービス開始の初日で、最初に友達になったプレイヤーだ。額に巻いている悪趣味な赤いバンダナはリアルでも健在である。
「いやー、正しく感動の再開だナ」
茶化すようにそう言った小柄な少女は
キリトとはベータテスト時代からの付き合いであり、彼女の情報にはよく助けられていた。
「それにしても、何で二人は一緒に来たんですか?」
「いや、たまたまここに来る途中でばったり会ってよ」
「まあ、成り行きってやつダ」
リーファの疑問に、二人はただの偶然だという答えを返した。そして今度はクラインが尋ねる。
「ところでお前ら、何やってんだ?」
「見ての通り掃除だよ。店が汚かったら客が来ないし、本日の主役に失礼だろ?」
「まあ、そりゃそうだよな」
前半は見れば分かるのだが、後半は納得のいく答えだった。
「ほう、キー坊は立派だナ。オネーサン、感激だゾ」
「ま、まあな……」
アルゴの褒め言葉にキリトが苦笑いで返すと、リーファが呆れた口調でツッコむ。
「それ、ほぼアスナさんの受け売りなんだけど。それにお兄ちゃん、最初は寛ごうとしてたよね」
「ふーん、そうなんダ」
「おいおい、キリの字」
「あ、あはははは……」
アルゴとクラインの痛い視線をキリトは苦笑いしながら目を逸らす。すると丁度、エギルが調理場から出てきた。
「おっ、クラインとアルゴも来たか」
「おう、エギルの旦那」
「そっちも元気そうだナ」
互いに懐かしい顔を確認すると、エギルは二人に頼んだ。
「来てもらって悪いんだが、お前らにも掃除を手伝ってほしいんだが」
「おう、任せろ」
「わかっタ」
アインクラッドで共に生きた仲間だけあって、二人は快く了承したのだが……
「それじゃ、アルゴはキリトとリーファを手伝ってやってくれ。クラインはトイレ掃除を頼む」
「はあ、何で俺だけトイレ掃除なんだよ⁉」
自分だけがそんな場所を掃除することにクラインは不満だが、エギルは淡々と返す。
「ここはもう三人で十分だ。残っているのはそこしかないんだよ」
「け、けどよ、せめてじゃんけんして決めるとかあるだろ⁉」
「おいクライン。お前はレディーにそんな不衛生な場所を掃除させる気カ?」
それでもクラインは食い下がらなかったが、アルゴに怪訝な顔で言われてしまう。
「クラインさん。ここは女性優先ですよ」
「男なら潔く諦めろよ、クライン」
さらにリーファとキリトにもレディーファーストを勧められ、観念した。
「……はあ、わーったよ」
こうしてクラインは憂鬱な気持ちでトイレへと向かって行き、やがてキリト達も床掃除へと移るべくモップの用意をした。
主役を迎えるパーティーの準備は、着々と進んでゆく。