ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
ベータテスト終了日の数日前、とあるトッププレイヤーが第一層で必死になって動き回っているという噂が流れた。
そのプレイヤーの知り合いが詰め寄ったところ、他の層で探索から主街区に戻ってきた時に偶然見つけたらしい。
輝かしい光沢を放ったブレスレットを身に着けている、大して名の知られていない中層プレイヤーを。
とあるトッププレイヤーはブレスレットを見た途端、直感でレアアイテムと判断。すぐさま訪ねると、他のプレイヤーから貰ったものとのことで、その人物は第一層で手に入れたとだけ言っていたそうだ。
ブレスレットのプロパティを見せてもらった際、第五層あたりまで使えそうな性能らしく、知り合いはとあるトッププレイヤーや一部の仲間と共に、そのレアアイテムがあった場所を探し始めたのだ。
だが、その動きを他のトッププレイヤー達も怪しみはじめ、理由がレアアイテムだという情報を情報屋から買い取り、行動を起こした者も現れた。
手に入る場所に目星をつければ、正式サービス開始時に有利になる。攻略でトップに立ちたいプレイヤーにそんな欲望が芽生えるのは自然なことなのかもしれない。
とはいえ、第一層というざっくりしたヒントでは見当をつけるのも簡単ではない。クエストに特別な条件があったのではないか? ダンジョンに隠し部屋があったのではないか? そんな憶測が飛び交う中、キリトはある場所に目をつけた。
狩猟の森。初期のレベルでは倒せない敵が決まった時間でポップするその場所は、プレイヤー達の間では迷い込んだ者を怪物が狩るからスタッフがそんな名前をつけたのではないかと言われていた。
強いmobが出てくる場所は他にもあるが、狩猟の森の強ザコは第一層のフィールドで出現するモンスターの中では間違いなく最強なのだ。
故にベータテスト開始当初は多くのプレイヤーが殺られ、探索を後回しにしていたプレイヤーも多い。
だから後で気になったプレイヤーが森の中に入り、レアアイテムを見つけたとキリトは考えた。
一部のトッププレイヤーもキリトが狩猟の森で探索していることを知り、同じように探し始めた者もいる。ポルックスもその一人なのだ。
「もしかして、リクもそのレアアイテムがあった場所を探してたの?」
「あ、ああ……最終日にログインした時、他のプレイヤーの立ち話を偶然聞いてな。そのレアアイテムを、初日に俺が手にできるかもしれないって思うとな。ははは……」
ポルックスの話を聞き終えたコハルは呆れながらリクに尋ねると、本人は苦笑いで答えた。
「まあ、そのレアアイテムの情報のおかげで、コハルは運命的な出会いができたけどね」
「も、もうっ! マーベラスさんったら!」
金髪の紳士のキザな発言に、コハルは顔を赤くしてしまう。
「けどよ、そのレアアイテムの情報のせいで命を落としたヤツらだっているぜ」
「「……え?」」
そんな中、ポルックスの重々しい発言でリクとコハルも固まってしまい、マーベラスとカストルも神妙な面持ちになる。
「隅々まで探索して、空の宝箱は見つかったからな。その中に目的のレアアイテムがあったのかは分かんねーけどよ、少なくともアイテムのある位置は分かった。それで他のプレイヤーより優位に立てるって思うだろうな」
「……まさかデスゲーム化した後、森に行ったプレイヤーがいたのか?」
「そのまさかだ……」
リクが恐る恐る最悪の可能性を口にすると、ポルックスは苦々しく肯定した。
「後で知り合いの情報屋から聞いた話によると、一部のベータテスターは狩猟の森で命を落としたらしい。大方、強ザコがポップする前にアイテムを手に入れようって考えだ」
「で、でもそのmobは決まった時間帯に出現するんですよね? どうして……」
「その時間帯がベータテストの時と変わってたらしいぜ」
コハルの疑問は、そんなシンプルかつ残酷な答えでハッキリしてしまった。
自身を有利にするはずのベータテスト時代の経験が、逆に命を落とすことになってしまったのだ。
「……不躾なこと聞くけどよ、ポルックスは森のアイテムを手に入れたいと思わなかったのか?」
「……まあ、少しは思ったな」
リクが尋ねると、ポルックスは僅かに間を置いて答えた。
「オレさ、SAOの前にもいろんなMMORPGやっててさ、ベータテストと正式サービスの違いでミスやらかしたこと何度もあってな。ここがデスゲームになったら、流石にそれはマズイと思った。カストルとマーベラスもいるから、尚更だ」
「情報屋から話を聞いたときは、俺も背筋がゾッとした。ポルックスが慎重になって、森へ行こうとか言わないでくれて良かったと思うよ」
「それなら、ポルックスが欲をかかなかったのは僕たちのおかげかな?」
「まあ、そうともいえるな」
そんな風に会話をしていた三人はどこか安心したように笑っていた。
ポルックスと森で命を落としたプレイヤー達。彼らの明暗を分けたのは、過去の失敗による経験と仲間の存在だろう。
しかし、生き延びるためにアイテムを独り占めしようとしたそのプレイヤー達の死を、リクとコハルは自業自得という一言で片付けることはできなかった。
デスゲーム開始が宣告されたあの時、大なり小なり自分達のことで必死だったプレイヤーばかりなのだ。
その気持ちは、『生きたい』と思う人間の本能から来ているはず。
「ところで話を戻すけど、リクとコハルは攻略会議には参加するのか?」
「ああ、俺達は――」
やめておく。リクはそう答えるはずだったが……
「私、参加してみようと思う」
「「……え?」」
先に返答したコハルにリクとマーベラスは目を見開いてしまう。
「おい、本気なのかコハル? 昨日、怖い目にあったばかりだろ」
「うん、いろいろ話しているうちに、怖くなくなっちゃった」
リクは心配そうに尋ねるが、コハルの表情には恐怖や不安が感じられなかった。
「それにキリトさんが攻略を目指してるなら、会議に来る可能性はあるでしょ?」
「でもコハル、会議に来るプレイヤー達は本気で攻略を目指している人たちばかりだ。もしかすると、参加を強要されるかもしれない。キリトを探すだけなら、僕たちに任せておけばいい」
無理をしているのではないかと思い、マーベラスは合理的に説得する。
だが、コハルは強くて真っ直ぐな瞳で金髪の紳士と目を合わせて言った。
「私、ときどき考えてたんです。キリトさんを見つけた後はどうしようって。そんな時、はじまりの街で過ごした一週間を思い出すんです。戦闘ができないから細工師になって誰かの助けになろうとした友達に、その子を支えるって決めた男の子ことを。二人は悩んだり考えたりして、自分のやりたいことを決めたんです。私もシアンとGVのように、自分が誰かのためにできることを探したいんです」
「コハル……」
サービス開始の初日にデスゲーム開始を宣告され、自分の胸の中で泣いていた女の子がそこまで考えていたことに、リクは内心驚いていた。
リクは今まで、自分がキリトのことを気にしているから、コハルは追いかけることを提案したと思っていた。
だがそれだけではない。コハルは探しているのだ。この浮遊城に囚われた人々のためにできることを。
そう思えたのは、はじまりの街でGVとシアン、みゆりんとウルリック、サチと仲間達との交流があったからだ。
「……分かった。会議には僕たちも参加するから、いざというときには君を守るよ」
コハルの意思を感じ取ったマーベラスは微笑んだ。
「いや、それは俺の役目だろ!」
「レディを守れるナイトは、多いに越したことはないだろう?」
「そ、それは……そうだけどよ……」
キザなセリフにリクはツッコむが、マーベラスにやんわりと返された。
「そのナイトには、俺達も含まれてるんだろうな……」
「はあ、オレらリアル女子苦手だけどな……」
一方でカストルとポルックスは弱々しく声を漏らしてしまう。
そんな光景を見ていたコハルは、自然と微笑ましくなったのであった。
* * *
(あの日から、もうすぐ二年半か……)
マーベラスはリクとの初めての出会いを思い出し、心の中で懐かしんでいた。
出会いこそ最悪だったが、あの時のデュエルで和解してからは共に百層を目指す戦友、そして互いに実力を認め合うライバルとなったのだ。
クエストやボス戦では協力し合い、どれだけ強くなったかを確かめるデュエルも数え切れないほどした。
マーベラスにとってリクは、かけがえのない存在なのだ。それはギルドメンバーや、キリトといった他の仲間達も同じに違いない。
特にコハルとっては、最愛の人と一心同体ともいえる関係なのだ。
「あら、マーベラスさんたちも来てたのね」
丁度、アスナが調理室から姿を現し、シノン、GV、エギルも続いて出てきた。
「おっ、料理のほうはできたのか?」
「ああ、お嬢さん方二人と金髪のイケメンが手伝ってくれたからな。準備万端だ」
キリトが尋ねると、エギルは大丈夫と言わんばかりの表情で答えた。
その時、ピロロン! とスマホの効果音と思わしき効果音が店内に響き渡った。
エギルは「おっと、悪いな……」と断り、ズボンのポケットからスマホを出す。タッチ・スワイプを手短に終えて開いた画面を見ると、口角を上げた。
「グッドタイミングだな。コハルからの連絡じゃ、本日の主役はもうすぐここに来るらしい。あと十分といったところか」
エギルからそう聞いた帰還者達は、揃って笑みを浮かべた。
「それじゃあ、後はクラッカーの準備だけですね!」
「ああ、ちょっと待ってろ」
リーファが期待に満ちた声を出すと、エギルは腰を低くしてカウンター席の裏側から置いてあった紙袋を掴んで立ち上がる。
「一人につき一つだ。ここにいる奴らの分はちゃんとあるからな」
そう言いながらエギルは紙袋を開け、中に入っていた五つのクラッカーが入っている袋を取り出してはアスナ、シノン、GVとそれぞれ渡す。そして、エギル自身も含めた四人で袋を開けて中のクラッカーを近くにいる仲間達に配った。
「みんな、クラッカーは持ってるな?」
キリトは仲間達の姿を見渡しながら確認のために聞くと、全員、うん、ああ、といった声で頷いた。今この場にいるみんなの顔は、期待に満ちあふれている。
「それじゃ、今日の主役のためにもサプライズを絶対に成功させるぞ!」
「「「「「「おーーーーーっ‼」」」」」」
黒の剣士――キリトの掛け声に合わせて、浮遊城で戦った帰還者達は心を一つにするかのように声を上げ、拳を天井に突き上げた。
それはまるで、フロアボス戦に挑む攻略組の掛け声みたいに、熱くて強い。
このダイシー・カフェにいる誰もが、そう感じたのだった。