ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
「……はあ」
時を同じくして、道端のベンチでリクはため息をついていた。
時刻は既に十時を回っており、コハルには「ちょっと外の空気吸ってくる」と伝えてある。
リクは一人になりたかった。今日の自分の態度を反省するために。
これからの話の後は少し早めの昼食を取り、マーベラスも先程の非礼を侘びたいという意思もあって、共に迷宮区でのレベリングをポルックスの提案ですることになった。
即席でパーティーを組んだとはいえ、連携は中々のものだった。
マーベラスはmob相手でも迅速かつ的確な防御で仲間を守ったため、おかげでほぼダメージを受けることなく帰還。五人はレベルを上げることができた。
盾で敵の攻撃を防いでいた時のマーベラスの横顔は、仲間を守ろうと真剣だった。結局のところ、あの金髪の紳士はイイ人なのだ。
(……情けないな、俺)
冷静に話し合えば理解し合えるのに、角を立たせたせいで面倒な事になってしまった。リクは自分の未熟さが恥ずかしくなって頭を抱えてしまう。
「よう、リク坊」
「うわっ‼」
気づけば、リクの隣にはいつの間にか小柄な少女が座っている。
「アルゴか。脅かさないでくれよ」
「別に驚かせるつもりはなかったゾ」
少女は悪びれる様子も無くにゃハハ、と笑う。
リクが情報屋のアルゴと再開したのは、ホルンカの村にたどり着いて次の日の朝で、丁度アニール・ブレード獲得クエの続きをしようと思っていた矢先に出会ったのだ。
その時には、初めて出会った際には無かった三本ヒゲのペインティングが顔になされていた。
その理由を尋ねると、笑みを浮かべてこう言った。「その情報は十万コルだナ」と。
ここから先の情報は挨拶がてらタダで教えてくれたことなのだが、アルゴはベータテスト時代から情報屋をやっており、正確な情報を提供する代わりに高い金を取るそうだ。
更にタダで教えてくれたのだが、アルゴは一人でも多くのプレイヤーが生き延びられるよう、雑貨屋に攻略本を無料で置いているとのこと。
再開した時は、タダでコルを稼げるクエストの情報を教えてくれた礼として、シアンが作ってくれた指輪をプレゼントした。それは今、アルゴの右中指に収まっている。
ちなみに、リク坊とはアルゴがつけたあだ名であり、コハルの場合はコハっちだ。
「それデ、何か悩み事でもあるのカ?」
「……まあ、そんなところだ」
「もしかして、今日の朝にデュエルしたことと関係あるのカ?」
「なっ――‼」
リクは目を見開いて驚く。
「図星だナ。何で知ってるんだ、って顔してるケド、もうこの街じゃ噂になってるゾ」
「…………」
事件が既に知れ渡っていることにげんなりしてしまう。あの時、冷静になれなかった自分が恨めしい。
「で、どうなんダ?」
「……ああ、その通りだ」
リクは事の顛末をアルゴに話し始める。
昨日の夕方にトールバーナへ向かう途中で他のプレイヤーの死に直面し、コハルはショックを受けた。
今日はコハルを元気づけるために限定ジュースを買ったのだが、離れている間に他の男――マーベラスと会話しているのを目撃した時、とにかくこの男からコハルを引き離そうという気持ちが湧き上がってきたのだ。
だが正論を述べた上でコハルの手を引っ張っても、マーベラスは掴み返した。
更には「女の子の手を無理やり引っ張るなんて、紳士のすることじゃないよ」などと言われ、それがカンに触った。まるで自分がコハルを大切にしていないみたいだったから。
挙句の果てにデュエルという流れになり、勝利こそしたものの、向こうの思い違いだったことが判明した。
「それからはお茶することにして、あいつの仲間も交えていろいろ話をした。その後は一緒に狩りもして、思ったんだよ。マーベラスはイイ奴なんだってな」
「つまり、自分の行いを恥じてるってことカ」
「ああ……まあ、な……」
アルゴに悩みを言い当てられてしまった。更に『鼠』の異名を持つ情報屋は、「にひひ」と意味深に笑う。
「リク坊、オマエがマーベラスに突っかかった理由は、たぶん嫉妬ダ」
「…………は?」
リクは理解できない。一体、何に嫉妬しているというのだ? リクはルックスのいい方だが、それよりも容姿の整ったイケメンは過去にも見かけた。
周りの同級生は、そんなイケメンと自分を比べて嘆いていた人もいたが、少なくともリクは自分よりもカッコイイという理由で嫉妬した覚えはない。
自分は自分、他人は他人だし、外見よりも内面が重要だという考えなのだ。最も、まだ恵まれているが故の考えかもしれないが。
だとしたら実力だろうか? だが、マーベラスの防御の凄さはデュエルして初めて分かったのだ。
テニスプレイヤーだった頃は、実力をつけるにつれて相手を見て力量を感じることはできるようになったものの、SAOでは今の自分にまだそれができるとは思えない。
いかにも何も分かってなさそうなリクに、アルゴは説明する。
「いいカ。オマエが少し離れている間に、自分よりもカッコイイ男がコハっちに話しかけてきタ。他の男に取られるんじゃないかという不安を感じたから、引き離そうと思ったんダ」
「……どういう事だ?」
「はあ、まだ分からないのカ」
あまりにも鈍感なリクに、アルゴはため息をついて呆れてしまう。
「たぶんリク坊は、コハっちに恋をしているんダ」
「…………え?」
恋。思わぬ単語が出てきたことで、リクはつい間抜けな声を出してしまう。
「なあ、アルゴ。恋って、あれだよな? 特定の異性のことが好きになるっていう……」
「それ以外に何があるんダ? 言っておくケド、こんなんで情報量取ったりしないからナ」
「…………」
アルゴに指摘されても、リクにはいまいち実感が湧かなかった。
過去にも女の子に告白されたことは何度かあった。だが、『君に俺は似合わない。もっと相応しい男はいるはずだ』と、相手を傷つけない最もらしい理由をつけて断っていた。
昔のリクは、双子の姉と共にプロテニスプレイヤーになることばかり考えていた。
女の子とデートして、二人きりの時間を楽しむというイメージができなかったのだ。
俺は好いてくれる女の子を笑顔にすることはできない。そう思ったから、異性との付き合いを避けてきたのだ。
「マア、あくまでオレっちの予想だからナ。だからリク坊にとって、コハっちがどういう存在なのかを考えてミロ」
そう言ってベンチから立ち上がったアルゴは、「じゃあナ」と別れを告げて去っていった。
情報屋の後ろ姿がある程度小さくなると、リクはベンチの背に体重を預けて夜空を見上げる。
(……恋、か……)
アルゴから言われ、リクは自分にとってコハルは何なのか、と考え始めた。
初めて出会ったのは、ベータテストの最終日。狩猟の森でレアアイテムがあった場所を探していた時、安全地帯で休憩中に声をかけられたのだ。戦い方を教えてほしいと。
必死の頼みを了解したリクは、レクチャーを開始。初めて蒼イノシシを倒した時のコハルの笑顔は、今も忘れていない。
それからコハルに、気恥ずかしながらも友達になってほしいと頼まれ、リクはそれを受け入れた。
ベータテスト終了の別れ際には再開を約束し、一ヶ月の間は時々コハルのことを思い出し、考えていた。再開したその時はどうしようか? 『はじまりの街』を見て回ろうか? それとも一緒に狩りをしようか? 楽しみでならない。
それから正式サービス開始日に再開した。だが、その日の夕方に茅場晶彦からのデスゲーム開始を宣言され、全てのプレイヤーが絶望のどん底に叩き落とされる。
再開したキリトに一緒に行こうと誘われるも、その時のコハルはまだ行動を起こすことができず、放っておけなかったから街に残ることにした。
結局、キリトは一人で次の村に向かい、友達になったクラインも仲間を探しに行き、コハルはとうとう床に膝を着いてしまう。そんな彼女のためにできたのは、気の済むまで自分の胸の中で泣かせることだけだった。
その後、二人はまず自分達のできることから始めた。その過程で友達もでき、一週間後にはコハルから言い出したのだ。「ねえ、キリトさんを追いかけない?」と。
だから『はじまりの街』を出ていく決心をした。フィールドに出ても、コハルを死なせまいと努めていた。
初めて出会ってから別れ、再開を楽しみにしていた。
SAOがデスゲーム化した際、コハルのために『はじまりの街』に残った。
モンスターと戦う時、コハルを守ることを考えていた。
コハルがマーベラスと話していた時、引き離そうと思った。
また会いたい、放っておけない、守りたい、奪われたくない。
(もしかして、その思いは……恋、なのか?)
その夜、リクは自分の中にある、コハルへの恋心を自覚したのだった。
タイトル通り、いよいよリクの恋が始まります。
恋の描写はまだ自身がありませんが、頑張って書こうと思います。