ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
「うーん、牛乳おいしかったー。意外と楽しかったじゃん」
「楽しかったのは、姉貴のおかげみたいなもんだけどな」
「おっ、さすがは私の弟。おだてるのがうまいねー」
(いや、半分は皮肉だけどな)
伸びをしながら呑気に言うエトワールに、スバルは内心ツッコんだ。
現在、親睦会の参加者達は帰路についている。
集まった目的である『大事な話』をZから聞いた後、親睦会は始まった。
だが一同は、現実味を帯びた最悪の可能性を想像すると、とても楽しめる気分ではなかった。
しかし、そんな重い空気をエトワールは破った。Zにあげせんを出すよう指示し、キリトに「牛乳飲み放題って書いてあったけど、おいしいの?」と聞いたりした。
聞かれた本人も「ああ、うまいぞ」とつい普通に返すと、ゴクゴクと美味しそうに飲んで他のみんなにも勧めた。
釣られてKが飲むと「うまいな。仮想世界なら、いくら飲んでも腹壊さないな」と言ってガブガブと遠慮なく飲んでいるところを見ると、他のみんなもつい笑いだしてしまい、雰囲気が和やかになったのだ。
それからは各自が持参したものを出し、雑談しながら菓子をつまんだ。話の内容はSAOに興味を持った理由、ベータテスト時代から今に至るまでの話などが主であった。
最後にはエトワールの提案で、明日は更に親睦を深めるために狩りやクエストをしようという話になり、話し合いの中で編成を決めた後はそれぞれの待ち合わせ場所と時間を打ち合わせて解散となった。
全員、攻略会議当日への不安はあるものの、Zには対処する作戦を伝えられている。それが上手くいくことを祈るしかない。
(あ、しまった。指輪を渡すの忘れてた!)
リクは失念していた。
『はじまりの街』を出ていく際、シアンが大量に作った指輪のあまりを三つストレージに入れていた。渡す相手は決めており、その内の二つはトールバーナに着くまでに再開したアルゴとZに渡している。後はキリトだけなのだ。
「コハル、先に帰っててくれ。用事を思い出した」
「えっ、ちょっと――」
コハルが止める間もなく、リクは来た道を猛ダッシュで引き返した。気づいた他のみんなも呆然としている。
やがて一分もしないうちに農家へ着き、階段を駆け上がってドアの前まで来た。
リクはまず、気持ちを落ち着かせるために深呼吸する。
指輪を渡すだけならチャンスはいくらでもあるが、キリトには謝らなければならないことがあった。二人きりになれるのは今が絶好の機会であり、逃せば次はいつになるか分からない。
意を決して、リクは閉じているドアをノックする。
コン、コン。
「リクだ。入るぞ」
予め断ってからドアノブを回して中へ入ろうとするが、開かない。既に内側から鍵を掛けられているのだ。
もう寝てしまったのかもしれない。この場を去ろうと思った丁度その時、ガチャっと音がした。ドアが開くと、隙間からキリトが顔を覗かせる。
「リク、いったいどうしたんだ?」
「悪いキリト。お前に用があって、どうしても二人っきりになりたかったんだ。中に入れてくれるか?」
「あ、ああ……」
キリトは困惑しつつも、真剣な表情のリクを部屋の中へ入れた。
やがて、互いに向かい合うように席に着く。
「それで、俺に用ってのは?」
「その前にまず、言っておきたいことがある」
「…………」
僅かな静寂の間、キリトは思った。もしかすると、リクは自分達を置いていったことに不満があったのではないか? みんなの前で言えなかったことを今ここでぶちまける気で戻ってきたのかもしれない。
だが、自分が生き延びるために見捨てたも同然なので仕方ない。ならば、どんな罵倒も受けよう。そう覚悟を決めたキリトだった。
「キリト、俺はお前に謝らなきゃいけない」
「…………は?」
しかし、意外な言葉にキリトは気の抜けた声を出してしまう。自分が責められなければならないのに、なぜリクの方が謝罪するのか理解できない。
「お前に一緒に来いって誘われた時、俺はまだ覚悟を決められないって言った。でも、あれは半分は嘘なんだ。少なくとも、自分ができることはやるつもりだった。俺が街に残ったのは、コハルを放っておけなかったからだ。俺はお前の提案よりも、一人の女の子を優先した。ごめん」
リクは頭を下げた。
あの時、どちらかを選ばなければならなかった。だとしても、都合のいい嘘をついたことに変わりはない。
更に言えば、キリトを思い留まらせる説得を思いつかなかった。必死だったから仕方ないというのは、リクにとっては言い訳なのだ。
「……顔を上げろよ」
キリトは優しくも辛そうな声に、リクは顔を上げる。
「謝る必要なんかない。一人の女の子のために残るっていう選択は正しい。俺が最善だと思ったことをお前たちに押し付けて、断られたら一人だけさっさと街を出ていく薄情な俺よりも、お前はイイやつだよ。だから、謝るのは俺の方だ……ごめん」
「キリト……」
ベータテストの最終日に助けてくれた英雄の謝罪でリクは察した。
キリトもまた、自分達を置いていった事に負い目を感じていた。本当に薄情な人間なら、そんな顔はできない。
きっと、同じく早い段階で街を出たポルックス、スバル、ミトも同じ気持ちのはずだ。
「それで、俺に用ってのは?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
リクはウインドウを出現させると慣れた手付きで操作し、一つのアイテムを手元にオブジェクト化させ、テーブルの上に置く。
「キリト、お前にこれを渡したかったんだ」
「これは……」
キリトはそれに見覚えがあった。ベータテスト時代に他のプレイヤーが身につけていた鉄の指輪――メタルリングだ。
「街でシアンっていう女の子と親しくなってな。彼女が作ったんだ」
「へえ、もう生産職を目指してるプレイヤーがいるのか」
キリトは興味深げに言った。
「シアンは戦闘が上手くなかったから、それで悩んでた時にZと再開して、生産職に転向させればいいって教えてくれた。それで細工スキルを習得して、この指輪を作ったんだ」
「でも、生産職のスキルを上げるのは金が掛かるだろ? 素材を集めるのだって、戦闘は必要になってくるし」
「ああ、それらがネックだった。Zは誰かが道具や素材を支援するって案を出してくれて、同じ頃に友達になったGVがシアンのサポートをするってことになった。あ、GVっていうのはあだ名で、本名はガンヴォルトだ」
「そうか……」
キリトはメタルリングを見つめる。
戦闘が苦手な少女が一人のプレイヤーに支えられているとはいえ、名前の知らないプレイヤーのために作った指輪。
この指輪を身につける資格はあるのだろうか? 未だに負い目を感じているキリトは、そう思わずにはいられなかった。
「まあ、被ダメージをちょっとだけ軽減する程度だけどよ、何も装備しないよりはマシだろ。今のところ、キリトは指輪を身に着けてないしな」
リクはそう言うと、椅子から立ち上がる。
「それじゃ、俺はもう行く。フロアボス戦、絶対生き残ろうぜ。じゃあな」
「ああ、じゃあな」
こうして、謝罪と指輪を渡すという用事を終えたリクは部屋から出ていった。
(絶対生き残ろうぜ、か……)
キリトは少しの間、友達が置いていった指輪を見つめた。
少なくとも、リクはキリトが生きることを望んでいる。ならば、その期待に応えるべきではないのか?
そう思ったからこそ、テーブルのメタルリングを左手で取り、右中指にはめた。
次回は遂にキリトの嫁が登場します。お楽しみに!