ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
「…………おいしい」
「よかった。アスナの口に合うみたいね」
アスナはミトに菓子屋の二階の一室に連れられ、テーブルに置いてある丸くて大きな一粒のアーモンド乗せクッキーを勧められて食べていた。
部屋に入った際に「ここが私の借りている部屋よ」と聞かされた時、アスナは驚きを隠せなかった。今まで宿泊できると思っていた部屋は【INN】の看板が出た宿屋だけだと思っていたが、この部屋は一晩九十コルで借りられ、しかも食事、お風呂付き、紅茶も飲み放題という贅沢さだ。
現在、アスナとミトは椅子に腰掛け、向かい合う形で紅茶を啜りながらクッキーを食べている最中だ。
この二人はリアルで同じ学校――私立エテルナ女子学院の生徒である。とはいえ、最初から仲がよかったわけではなく、クラスメイトで互いに顔を知っている程度の関係だった。
アスナとミトが友達になったのは、ある日の出来事がきっかけだった。その日ミトは駅前のゲームセンターの大会に出場していたのだが、その様子を通りかかったアスナに見られてしまったのだ。
ミトは大会の途中でアスナに気づき、『終わるまで待っていて』と懇願したが、用事があるからと帰ってしまった。
お嬢様校に通う一生徒がゲーセンの大会に出ていたことが学校中に知られれば、内申書に何を書かれるか分からない。焦ったミトは早急に問題を解決すべく、次の日アスナに『放課後に屋上で話がある』と伝えて呼び出した。
アスナは学年一の優等生。風紀の乱れを指摘されることを覚悟の上で、大会に出ていたことを黙っててほしいと頼むつもりだったが、彼女は注意するどころか、「おらおらおらー!」と雄叫びを上げていたミトをかっこいいと言い出したのだ。
更に話を聞くと、私もああなりたい、憧れるとのことで、大会のことは内緒に内緒にしてくれると約束してくれた。そのかわり、ゲームのことを教えてほしいと頼まれ承諾。その日から、アスナとミトはゲームを通じて交流するようになったのだ。
「アスナもMMORPGに興味を示すなんてね。やっぱり、仮想世界に関心があったから?」
「…………」
クッキーを美味しそうに食べていたアスナの顔が暗くなる。
ミトは自分の迂闊さを悟った。浮遊城にやってきた理由を聞けば、SAOにダイブした後悔を思い出させるということに考えが及ばなかったのだ。
「あ、ごめんね。嫌なこと聞いたね。言いたくなかったら……」
「ううん、だいじょうぶだから」
友達に余計な心配を掛けさせまいと、アスナは無理に笑顔を取り繕い、話し始める。
「兄さんがコネでナーヴギアとSAOを手に入れてね。その日に目を輝かせながらVRMMOの話をして、それで少し興味が湧いたのよ。本当は兄さんがこの世界に来るはずだったんだけど、急に海外の出張が決まって……だから頼んだの。一日だけ貸してほしいって」
「そう、だったの……」
ミトには運命の悪戯としか思えなかった。兄は出張のおかげで事件に巻き込まれずに済んだが、逆に妹は興味本位にダイブしたせいで浮遊城の虜囚となってしまったのだから。
「この世界がデスゲームになった後も、すぐに外から助けが来るって考えて、宿屋の一室に籠もってた。でも全然来てくれなくて、日が経つに連れて焦ったの。数学の課題を片付けなきゃいけないのに、もうすぐ受験なのに、新学期が来るのに……挙げ句に、私の人生終わったって思った」
「…………」
どんな言葉を掛ければいいのか、ミトには思いつかなかった。
自分達の通う学校には将来を有望視されている生徒は多いし、それをプレッシャーに感じている人もいる。優等生であることから、アスナもその一人なのだろう。こんな事件に巻き込まれたせいで躓き、将来を悲観するのも無理はない。
「だから最初は、ゲームのクリアに貢献して英雄になろうって思ったの。そうすればリアルに帰っても、私を見る目は少しは変わるんじゃないかって思ったから」
「それで、がんばってここまで来たのね」
「うん。準備をして狩りに行こうとしたら、他のプレイヤーに呼び止められたの。『塾』をやってるから、初心者なら参加したらって」
「……塾?」
「親切なプレイヤー達が、初心者がSAOを生き延びることができるようにって始めたみたい。MMOの専門用語から、スキルについての説明、ソードスキルの出し方からダメージを与えるコツまであって、全て必死に覚えたわ」
初日から『はじまりの街』を出たミトには初耳だった。
塾を開いた人達の中には元ベータテスターもいるに違いない。SAOのスキルや戦い方を上手く教えるには、経験者が必要不可欠だからだ。
しかし、デスゲーム化の影響でショックを受けているにも関わらずボランティアをしているプレイヤーがいるとは思わなかった。自分は生き残ることに必死だったというのに。
ミトは話を聞いているうちに罪悪感に駆られ、口から一言こぼれ出た。
「…………ごめんね」
「え?」
急に頭を下げたミトにアスナは呆然とした。
「SAOがデスゲームになったその日、私は自分が生き残るために街を出たの。あなたがこの世界に来ていたのを知らなかったけど、それでも……あなたを含めた街に残っているプレイヤー達を見捨てた」
「そ、それって……」
アスナはその行動が何を意味するのか想像できた。
ミトは頭を上げ、アスナは次の言葉で絶句した。
「そうよ……私は……元ベータテスターなの」
「…………」
噂には聞いている。一ヶ月で二千人も死んだのは、元ベータテスター達が初日早々から他のプレイヤー達を見捨ててリソースを独占したからだと。
まるで身勝手なように言われる彼らだが、アスナはその噂をまともに信じるほど単純ではない。塾で講師と思わしきプレイヤーが元テスターだと察していたし、攻略本が迅速に無料配布されているのは情報を提供したからだと昨日の会議でエギルが言ったばかりなのだ。
「……ミト、自分が生き残るためだったとしても……私は、あなたを許すわ」
「でも、他人よりも自分を優先したのよ?」
「もしあなたが自分のことしか考えない薄情者なら、こうして謝ったりはしないでしょ? それに、生きたいって気持ちは悪いことじゃないから。数日前の私なんて、まだ最初のフロアを突破できてないって知ったときは、攻略を諦めてどう死ぬかを考えてたくらいだから」
「…………」
今度はミトが絶句する番だった。
目の前の友達は閉じ込められて自分の未来が不安になっただけでなく、攻略を始めたら始めたで絶望して自殺願望を抱くようになっていた。
自分が強くなって生き延びることしか考えてなかったミトは、アスナのために何ができるかなどすぐには思いつかなかった。
それでも、伝えたい言葉はある。だからミトは椅子から立ち上がってアスナの側に寄り添い、優しく友の体を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!」
「本当にごめんね。今まで苦しんでいたあなたのために何ができるか分からない。でも、これだけは言わせて」
アスナが驚くのも関係なく、ミトは言葉を続ける。
「クリアしても、リアルに帰ったらどうなるかわからないけど、私にとってアスナは大切な友達だから死んでほしくない。だから、一緒にクリアを目指そう。そして……一緒に帰ろう」
「…………うん」
友達の思いを聞いたアスナの目には、自然と一粒の涙が流れ落ちた。
「じゃあ、約束して。私は死なないから、ミトも絶対に死なないって」
「もちろんよ」
ミトは優しく返す。ようやく、心の重荷が少しばかり軽くなった気がした。
浮遊城に閉じ込められてから、アスナには絶望ばかりだった。しかし、その心に希望の光が差し始めているのを、彼女自身が感じ始めている。
自分が生きることを望んでいる友のためにも死ぬわけにはいかない。この日、アスナは強くそう思った。
最初に出てきたクッキーは、オランダのへフルデクークをイメージしています。
SAOの街には外国の文化を再現しているものがあり、スタッフの中に世界旅行を趣味としている人がいたり、他国の文化を知るのに貪欲な人がいるのでしょう。
さて、『最初の攻略会議』は次で最後となります。お楽しみに。