ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
「…………ふう」
アスナは椅子に腰を降ろし、クッキーを食べながら紅茶を飲んで一服していた。その一方でミトはお風呂で入浴中である。
まさかSAOに風呂があるとは、アスナは今日まで思いもしなかった。安い宿屋には無かったし、仮想世界では体を洗う必要がないので期待してなかったが、ミトが「せっかくだし、お風呂に入る?」と言った時は衝撃が走った。しかも先に入らせてくれたので、今は気分がいい。
(クッキーもいいけど、あのクリームを乗せた黒パンもいいかも…………あ)
そんなことを考えていると、ふとキリトのことを思い出した。
迷宮区で出会い、攻略会議に出る切っ掛けを与えた少年剣士。会議に出る前に偶然再開し、小腹を満たすために食べようとした黒パンにクリームを乗せて分けてくれた。
そんな彼は、食べ終わった後に「すまない」と謝った。その後も責任を感じているようなことを言っていたが、その時は分からなかった。だが、最初の攻略会議で起きた諍いを考えれば、キリトも元ベータテスターなのかもしれない。
だから、自分と彼が生き残ったら時はそのことについて聞こうと思っている。決して責めはしない。ただキリトのことを少し知りたくなっただけだ。
アスナはまだ中身の入ったティーカップを受け皿の上に置いた。メニューウインドウを出現させると、アイテム欄から武器をオブジェクト化させて両手で受け取る。
武器の名はウインドフルーレ。ミトからお詫びの印にもらった新しい細剣である。彼女によると、迷宮区のあるモンスターがドロップするアイテムで、序盤最強クラスの武器とのこと。
今まで使っていたのはアイアンレイピアだが、友達が『はじまりの街』でも買える武器を最前線で使用していたのを知ったミトからは「よくそんな武器でここまで来れたわね」と呆れられてしまった。
一応、『塾』でも武器を更新することの重要性は教わっていたが、時が経つにつれて絶望感が増していったアスナはすっかり忘れてしまっていたのだ。
鞘から引き抜き、刀身が顕になる。淡く輝く刃はまだ強化していないにも関わらず、今まで使っていたアイアンレイピアとは比べ物にならない。
友が与えてくれた細剣を見つめ、アスナは強く思う。
(必ず、生き残ってみせる‼)
* * *
「ようやく、ここまで来たね」
「ああ、最初の会議で予測できた問題は何とか切り抜けられた」
夜、ディアベルとZは密会していた。もちろん、Zの借りている部屋でだ。
「まず、ありがとな。アンタが教えてくれて助かったよ。キバオウさんが元テスターに不満を抱いてるってな」
Zが親睦会を開いたのは、そういうことだ。
ディアベルはこのトールバーナでキバオウと出会い、意気投合した。親しくなった際に酒場で飲み交わしていた時、彼の中にある元テスターに対する愚痴を聞いたのだ。ディアベルも同じだと知らずに。
Zは密会の際にそれを予め聞いていたからこそ、仲間達にも危機感を持つよう伝えることができたのだ。
「いや、オレの方こそ礼を言いたい。攻略本の迅速な無料配布が、元テスターの情報提供のおかげで成り立っている。それをビギナーであるエギルさんが伝えることでその場を収める。見事な作戦だった」
「違うよ」
「……え?」
予想外の発言に、ディアベルは唖然とした。
「攻略本の話を引き合いに出す作戦は仲間と一緒に立てていた。昨日まで名前も知らなかったエギルさんがそれを言うのは、想定外だったよ」
「そうなのか」
「ああ。とはいえ、嬉しい誤算だった。仲間に言わせてたら反論する可能性もあったからな。ある意味、賭けだった。でもエギルさんは堂々としていて迫力があったから、雰囲気的に言い返せなかっただろうな」
「そうだね。エギルさんのようなプレイヤーは貴重だ」
フロアボスを倒した後は、そんな理知的な人が更に攻略に加わってくれれば心強い。ディアベルがそう思っていると、Zはメニューウインドウを出現させ、一連の動作で十本の瓶とあげせんの入ったメイソンジャーをテーブルの上にオブジェクト化する。
「これは?」
「おれの仲間たちと、攻略に参加しない元テスターからの選別だ。あげせんはおれの奢りな」
あげせんはともかく、貴重な回復ポーションを明日の攻略に参加するプレイヤーのために分けてくれるとは。ディアベルはありがたみを感じずにはいられなかった。
「あと、もしおれがLAを取ったら、そのアイテムはアンタにやる、ってことでいいな?」
確認のために聞いたZにディアベルは「ああ」と返し、ポーション十本とあげせんを自身のストレージに入れた。
「じゃあ、そろそろ失礼するよ」
「ああ、また明日な」
こうして、ディアベルとZの第一層最後の密会は終わったのであった。
* * *
「……とまあ、最初の攻略会議はホント冷や汗もんだった」
「思ったより張り詰めた感じね……」
リクから話を聞いたシノンは表情が引きつっていた。当時の状況を知る元ベータテスターから見れば、気が気でないことは想像できる。
「…………リクさん、ちょっといいですか?」
途中から険しい顔をして聞いていたリーファは尋ねる。
「元テスターのみんなを会議で非難したのがキバオウさんだってこと、初めて知ったんですけど」
「……え、知らなかったのか? てっきり、誰かから聞いてるって思ってたけど……」
「ん――――っ」
リーファは唸り声を上げる。リクは嫌な予感がした。
「ごめん」
断りを入れ、持っていたグラスをテーブルの上に置いたリーファは案の定キリトのところへと向かっていく。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
(……悪いな、キリト)
リクは戦友に心のなかで謝罪した。リーファは今日まで、一時期は同じく攻略していたプレイヤーの一人がキリトとその仲間達を糾弾していたことを知らなかったのだ。兄妹なのにどうして話してくれなかったのかと怒るのも無理はない。
「と、ところで、ミトさんも本当は来るはずだったんだけど、三日前に熱を出しちゃったみたいで、親から家で休むように言われたみたい」
「そうか……残念だな」
コハルに言われ、リクは紫色の髪をしたロングポニーテールの鎌使いを思い出した。共に最前線で活躍した仲間が体調不良で来られないのは残念な気がしてならない。せめて、明後日の帰還者学校の入学式には健康な状態で会えるのを願うばかりだ。
* * *
ピピピピッ! ピピピピッ!
「…………三十七度一分、か……」
部屋のベッドで横たわっていた少女は、体温計に表示された数字を見てホッとする。
その日、昼食を買いに近くのコンビニに出かけたのだが、帰りの大雨でずぶ濡れになって体が冷えたのが原因だ。
(…………みんなに会いたかったな……)
はあ、とため息をつきながらミトは体温計を枕元に置いた。
事前に天気予報を見ていれば。曇り空を見た時に予め傘を持っていけば。なんとなく寄った雑誌のコーナーで、人気シリーズの格ゲーの特集をやっていたゲーム雑誌を十五分も立ち読みせずに思い切って買っていれば。僅かな手間とお金を惜しんだ結果がこれだ。ミトはどうしても悔やんでしまう。
明後日の帰還者学校で仲間達とは再開できる。だが当日は教員達の説明やクラス分けで忙しくなるため、再開を喜ぶどころではないだろう。
更に言えば、今日はリクの誕生日パーティーであり、エギルはリアルでも料理ができると聞いていたため、豪華なご馳走を期待していたのだ。
(アスナたち、今頃楽しんでるだろうな……)
そんな嫉妬にも似た気持ちで落胆していると、ピロリン! と勉強机に置いてあったスマホが鳴った。
ミトはベッドから起き上がると、スマホを手に取って液晶に触れ、画面を表示させる。アスナからLINEが届いたのだ。
アスナ「ミト、体調はどう?」
ミト「大丈夫よ。あさっての入学式には間に合うから」
アスナ「よかった。実は伝えたいことがあってね」
ミト「何?」
アスナ「みんなで話したんだけど」
アスナ「SAOをクリアした記念パーティーを、別の日にやろうってことになったの」
アスナ「まだ正確な日程は決まってないけど、楽しみにしていて」
「…………ふふっ」
先程の沈んだ気持ちが嘘のように、ミトは笑い出した。
きっとアスナは、パーティーに来られなかったのを友達を気にして、メッセージを送ったのだ。
そんな気遣いができる友達に、ミトは一言メッセージを送る。
ミト「教えてくれてありがとう」
『最初の攻略会議』は今回で最後です。
ここまで書くのにかなり時間をかけた気がします。原作とどう差別化を図るか、最初は登場させる予定のなかったミトをどうやって登場させるかを試行錯誤した分、話が長くなりました。でも後悔はしてない。
次回はアイメモ第4回、その後はいよいよ最初のフロアボス戦です。ここでもなんとか差別化を努めます。
あと、活動報告で書いた通り、総集編を並行して書いていきます。時系列はフロアボス戦の前夜(今回の話)で、コハルとリクがそれぞれベータテスト時とSAOに閉じ込められてからの一ヶ月を思い出す流れです。
これから読むのに五十話なんて長い! と思う新規の読者に見てもらうことを前提にしていますが、これまでの話をザッと復習したいという既存の読者にも楽しんでいただけたら幸いです。