ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
周囲は夕焼け色に染まり始めている。ここまでの間にリクはベータテスト時代の感覚を取り戻し、コハルとクラインは基本を段々と身につけてきた。
戦い方が様になってきたと感じたキリトは、三人に単独でmobを倒すよう指示を出した。
最初にリクが戦い、余裕で撃破。
次に短剣を使うことに決めたコハルが時間を掛けつつも、ダメージを殆ど受けることなく勝利。
最後はクラインの番で、途中で技を外して敵の反撃を受けたものの体勢を立て直し、戦いは終盤へと差し掛かる。
「りゃあっ!」
ぷぎー!
曲刀ソードスキル《リーバー》が青イノシシの首に見事ヒット。青イノシシは苦悶の声を上げ、敵はHPが0となって消滅した。
「うおっしゃあああ!」
クラインは雄叫びを上げながら派手なガッツポーズを決めた。見守っていた他の三人も歩み寄ってくる。
「単独での初勝利おめでとうございます。クラインさん」
「おう。ありがとよコハル」
女の子のお祝いの言葉で浮かれるクラインに、キリトは水を差す。
「でも、今のイノシシ、他のゲームだとスライム相当だけどな」
「えっ、マジかよ! おりゃてっきり中ボスかなんかだと」
「いやいや、流石にそれはないから」
驚くクラインに、リクは苦笑いでツッコんだ。
もし序盤のフィールドでそんなレベルのモンスターが定期的にポップすれば、ゲームバランス崩壊もいいところだ。
「それで、三人ともどうする? 勘が掴めるまで、もう少し狩り続けるか?」
「そうですね。まだ不安もあるので、もう少し続けます」
「それじゃ、俺もコハルに付き合うよ」
「よーし、そんじゃ俺も! と言いてぇところだけど……」
コハルとリクはこのまま狩りを続行する気でいるが、クラインは途中から声のトーンを落として、目元をチラッと右方向に動かした。
プレイヤーの視界の右側には現在時刻が表示されており、それを確認したのだ。
「……そろそろ一度落ちて、メシ食わねぇとなんだよな。ピザの宅配、五時半に指定してっからよ」
「準備万端だなぁ」
キリトは呆れたが、リクは内心では理解を示していた。
リクも万全を期してSAOにログインするために、前日にコンビニでカップメンとサラダを購入し、今日の十一時半に早い昼食を取ったのだから。
「ほんじゃ、俺ぁここで落ちるわ。マジ、サンキューな、キリト。リクとコハルも、これからも宜しく頼むぜ」
「こっちこそ、宜しくな」
「ああ、宜しく」
「はい! またよろしくお願いします」
キリト、リク、コハルに「おう!」と威勢よく返したクラインはメニューウインドウを開き、現実へと帰還するための操作を行う。
キリトは近くの岩に腰掛けてアイテム整理を行い、リクとコハルは沈んでいく夕日を見つめるのだが……
「…………あれっ?」
頓狂な声に反応し、リクとコハルはクラインの方に視線を向ける。キリトも途中で手を止めて顔を上げている。
「どうかしたのか?」
リクが尋ねると、帰ってきたのは予想だにしない言葉だった。
「なんだこりゃ。ログアウトボタンがねぇよ」
「……へ?」
「「…………」」
リクは拍子抜けした。コハルとキリトも固まってしまっている。
「そんなはずないだろ。つまらない冗談はやめろって」
「いや、冗談じゃねぇよ。本当にどこにもねぇんだよ。おめぇらも見てみろって」
リクは半笑いしながら言うが、クラインが頑なに言い張ったため、仕方なくリクとコハルはは自分たちのメニューウインドウを開き、キリトも右側に開いていた
ウインドウが初期状態である三人は、右側の一番下を確認した。本来なら、仮想世界から出るための《LOG OUT》と書かれたボタンが存在するのだが……
「……ねぇだろ?」
「うん、ない」
「私の方もないですね。リクは?」
「ないな」
確認するように聞いたクラインに、三人は素直に答えた。
とりあえず冗談ではないことは証明されたが、僅かに静まり返った。
「ま、今日はゲームの正式サービス初日だかんな。こんなバグも出るだろ。今頃GMコールが殺到して、運営は半泣きだろなぁ」
クラインはのんびりした口調で静寂を破るが、本人にとって肝心なことを忘れている。
「そんな余裕かましてていいのか? さっき、五時半にピザの配達頼んであるとか言ってなかったか」
「冷めちゃいますね?」
「うおっ、そうだった! 冷めたピッツァなんてネバらない納豆以下だぜ……」
「確かに、チーズは冷えると固くてまずい……って、いやいや、そういう話をしてる場合じゃなくてだな」
キリト、コハル、クラインの会話に、リクはついノリツッコミをしてしまった。
「とりあえず、GMコールしてみたらどうだ。システム側で落としてくれるかもしれないだろ?」
「そうだな。他の奴らもそうしてるだろうしよ。しばらくすりゃ、向こうもどうにかするだろ」
クラインはリクの提案を呑気に受け入れ、とりあえず言われたとおりメニューウインドウからコールボタンを押した。
時間が経てば運営は何かしらアクションを起こすだろうと、この時ばかりは四人とも思っていた。
「んだよ、うんともツンとも言わねえじゃねえか!」
しかし、数分経っても緊急ログアウトの兆しが見えないことは疎か、対応のメッセージすら来ない。さすがに苛立ってきたクラインはコールボタンを連打するも、何も起きなかった。
「えっと時間は……ああっ、もう五時二十五分じゃん! チキショー、オレ様のアンチョビピッツァとジンジャーエールがぁー!!」
「ボタン以外ににログアウトする方法ってないんでしょうか?」
クラインが喚いている間、コハルに尋ねられたキリトは表情を強張らせ、少し考える仕草をした後に答える。
「いや、マニュアルにもその手の緊急切断方法は一切載ってなかった」
それをを効いた三人は、得体のしれない不安を感じた。キリトも同じ気持ちだろう。
無理もない。ナーヴギアは体を動かす命令信号を、仮想世界のアバターを動かす信号へと変換している。
つまり現実世界で横たわっている肉体は全く動くことがないため、自力でギアを外すことができないのだ。
「……じゃあ、結局のとこ、このバグが直るか、向こうで誰かが頭からギアを外してくれるまで待つしかねぇってことかよ」
クラインの言う通り、他力本願ではあるが、現時点で仮想世界から脱出する方法はその二つしかない。しかも後者に関しては、一人暮らしをしている人にとっては絶望的である。
そんな中、リクは今の状況に恐ろしい違和感を感じていた。
自力で出られないということは、仮想世界に閉じ込められたと言い換えることもできる。誰かの手を借りなければ脱出できないなら、不安にもなるのは当然だ。
そんな人達の気持ちを考えれば、こんなバクは起きてはならない。
なのに起きてしまっているのはどういうことなのだろうか?
「なあ、いくら何でも異常じゃないか?」
「お前もそう思うのか」
リクは自身の不安を打ち明け、キリトも賛同した。
「そりゃ異常だろ。バグってんだもんよ」
そう言うクラインに、キリトは説得力のある説明で事態の深刻さを告げる。
「ただのバグじゃない。《ログアウト不能》なんて今後のゲーム運営にも関わる大問題だ。それなのに、運営からのアナウンスも緊急対応の動きもないのは奇妙すぎる」
「問い合わせが殺到して、対応が遅れてる、とか?」
「それなら原因が分かるまで、一度サーバーを停止させて、全ユーザーを強制ログアウトさせるのが筋だ」
コハルの推測をキリトは正論で否定した。
SAOの運営元である《アーガス》は、ユーザー重視の姿勢で名前を売ってきたゲーム会社である。キリトの言う対応をしなければ、会社の信用にも関わる。
さらにSAOはVRMMOというジャンルの先駆けでもあるため、最悪の場合にはジャンルそのものが規制されかねない。
だが少なくとも、四人がログアウトボタンがないことに気づいてから既に十五分近く経っている。にも関わらず、この状況を未だ放置しているのは普通ではない。
「一体、どうなってるんだ?」
リクの口から不安の声が漏れる。
その時だった。
リンゴーン、リンゴーン
「「――っ⁉」」
「んなっ⁉」
「何だ⁉」
突然、大きな鐘の音が大ボリュームで響き渡り、その場にいた全員が反応した。
さらに、四人の体を青白い光の柱が包み込んだ。彼らのいた草原の風景は段々と薄くなっていき、光が強くなったと同時に視界から消えた。
時刻は午後五時三〇分。悲劇の始まる時間であった。