謎の組織   作:影宮

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ナワーブ編

「よいしょっと。これでいいかな。」

縋りつく藁を踏み付ける。悲鳴も許さないまま見ることも許さないまま…唯一許したのは聞くことのみ。必要なものを手に入れたら…振り返り様に手土産へ手を伸ばした。警報の鳴りが耳鳴りのようだ。心臓が高鳴り赤い照明が点滅する。新たな敵意を誘い出せば開け放たれた窓に身を乗り出して相棒の翼を借りて大空へ飛び立つ。朝日を目指すように光に紛れ鏡の方へ笑みを向けた。

 

 

ナワーブは溜め息をついた。暗殺任務に駆り出され与えられた情報はあまりにも少な過ぎた。天眼を持つ者を殺せ、というごく単純な命令だが、天眼がどんなものかを詳しく教えられてもいなければ、その天眼が誰であるのかもわからない。唯一の救いは、天眼持ちがいる組織名と組織の拠点が何処にあるのかという情報だけだった。この一週間前にこっちの組織に紛れ込んだ天眼持ちのいる組織の人間が仲間を傷付け情報を抜き取り、宝石をいくつか盗んでいったとリッパーから聞いたが、何故ソイツが仲間を殺さなかったのかわからなかった。ただ仲間が死ななかったことに安堵はしたし、傷付けた怒りもある。だからこの任務はその怒りをぶつけるつもりでも向き合う。仲間の様子は恐怖に怯え捨てられた子犬のようだった。突然背後から襲われ姿を見ることは叶わなかったようだが、声は聞いたと。その声が録音されているものであれば良かったが、記憶に残った程度では何の役にも立たない。トラウマとして残らなければ良いが…。作戦としてはこうだ。組織に潜入し、仲間のフリをする。そして天眼が誰なのか情報収集して特定できれば近付き始末する。準備をするべく部屋を出た。

 

 

「んー、これは…チャンスかもしれないね。そう思わないかい?」

ホー、と相棒が返答する。これから起こることがわかっていながらワクワク、殺意が向けられるであろう時へのドキドキ、最終的にどう片付けてやろうかというゾクゾクに塗れた心を抑えるように胸に手を当てた。女王様に危害を加えるつもりがないのなら、どうしようが自由だ。ただ、だからといってもしも未来逆転してしまうようなことがあれば…。

「楽しそうだねぇ、イライ。」

「うん、楽しいんだ。仲間が増えるかもしれないんだ。」

「フフフ、なら楽しみにしておこうかねぇ。」

耳に掠めた笑い声に口角を上げたイライは誰もいない廊下で敵意を潜めた客人が現れるであろう方向へ目を凝らした。きっとこれからもっと面白いことが始まる。そんな予感がしてたまらなく楽しくなっていた。こうなったら早く準備をしないと。誰かが傷付けられることはないように、ずっと私が傍で監視しよう。女王様にはもう少し黙っておいて…そう、一歩も近付けさせないんだ。事後報告なんていつものことだから、大丈夫だろう。そうだ、今日の朝ご飯はパンに苺ジャムを塗って食べようかな。グルグルとあっちにいったりこっちにいったりする思考を回しながら弾むように歩いた。

 

 

「嫌な予感がしますねぇ…。あの犬のことですから、大丈夫だとは思いますけど…。」

紅茶を片手に窓の外を眺めた。部屋に飾られた絵画が不安を煽るように音を立てて傾く。振り返り立ち上がるとそれを元に戻そうとした時、ひとりでに絵画は床へ落下した。これが未来を示していなければいいが…。死ぬなんてことは有り得ない。あれの腕は一応どれほどか理解しているつもりだ。成果なく帰ってくるだけならまだいい。それ以上の失態をして帰ってくるようなら…いや、帰ってくるだろうか。何故こんな今までしたこともない心配をしているのか自分でもわからなかった。一週間前に逃した鼠が盗んだ情報が大したものではなくて安心したが、あの宝石は珍しいものだったからきっとそれが最たる目的だったのだろう。女王に無茶を言われて忍び込んで情報はついでと考えると自然だ。警報を鳴らされたというのに、捕まえられなかったのは腹ただしい。警報が鳴っても逃れられるという確信でもあったのか、わざと鳴らして挑発の意味でもあったのか。得られたのは部下の記憶に染み付いた声だけだ。考えれば考えるほど苛々してきてしまう。絵画を拾い上げて壁へ掛け直すともう一度窓の外へ目を向けた。

 

 

「やぁ、見ない顔だね。もしかして、最近入った新入りさんかな。私はよく外に出ているから知らなかったな。」

目隠しとフードで身を殆ど隠した男が背後から声をかけてきた。誰にも気付かれずに潜入成功、と思った瞬間のことだった。握手を交わしてそうだと頷けばその穏やかな笑みは嬉しそうに明るさを増した。見た目とは正反対に光のような反応をする男はお人好しそうな雰囲気をしている。ラッキーかもしれない。

「きっと皆には挨拶終わっているよね。ってことは、案内も済んでいるのかな。皆忙しくて私に君の事何も教えてくれていないから、困っちゃうな。」

誰も教えてくれない理由が忙しいの一言で済んで、俺を疑うことを一切しないのはかなり助かる。天眼について聞き出すのはコイツにしよう。何かあっても騙し易そうだし。

「あ、そうそう。新入りくんのお世話役は私なんだ。よろしくね。もう話は聞いていると思うけれど。さぁ、夕食の時間が近いから食堂に一緒に行こうか。」

こっちの話は一切伺おうとせずさっさと歩き出した。食堂で皆で食事するのは少し危険かもしれない。でも、ここでついて行かなかったら怪しまれるか…いや、嘘でなんとか…。顔を上げると男は立ち止まっていて、俺へ振り返っていた。先程まで上がっていた口角は下がっており、俺の躊躇を読んだのかとゾクリとした。しかし、一歩前へ足を出したことによってついてくる事がわかったのか男は再び口角を上げ前を向いて歩き出した。逆らうと罰でも与えられるのだろうか。ここにはそんなルールが…?食堂につくと席へ案内され男の隣に座ることとなった。出された料理はどれも美味しそうだが、誰も俺へ何かを言うことはない。不思議に思いながら周囲の様子を伺うと皆、目をこっちへ…いや、この男へと向けているようだった。

「今日はハンバーグだ!」

嬉しそうにそう言うとさっそく食べ始めている。心なしか場の空気が和んでいるような…?まるで子供のようだ。こっちの組織じゃまず有り得ない空気を吸いながら俺もハンバーグを頬張った。知らない奴…というか敵に囲まれたこんな場所でも警戒心を問答無用で溶かすかのようで気が緩む。食事が済むと、食堂を一緒に出た。新入りの世話役だからか離れる様子はない。ただずっと楽しそうだ。潜入してから部屋を与えられているわけでもない俺はさっさとコイツと離れて寝床を探したい気分だがそれを許してはくれないようだ。

「あぁ、そうだ。新入りくんには悪いんだけれど空き部屋が無くてね。私の部屋で暫く過ごしてくれ。倉庫になってしまっている部屋を片付けるまでの間だけだから。」

「それは…。」

悪いから、なんて言って断ってしまおうとしたその時だった。また、男の口角は下がった。隠れて見えないがその目でじっと見つめられている感覚に陥る。拒否権はない、と言いたげだ。俺を疑っているのではなくて、それとは別の意思を感じる。従え、という空気は重たく、頷くことしかできなかった。頷いた瞬間に舞い戻る笑みは俺に安堵を覚えさせた。それは危機を回避した時の安堵によく似ていた。男の部屋へ案内される時も、少しでもついてこない気配を察すれば振り向きあの顔をするその敏感さと強制に息が詰まりそうだった。入ったが最後、此処から出られない…なんて悪夢が始まったりしないだろうか。従ってさえいれば男は穏やかで優しい奴だった。

 

 

彼を見つけられたのは思ったより早かった。何処から入り込んだのかはいっそどうでもいい。入り込めないようにしていては意味がなかったから。私に気付いて勢いよく振り返った彼は私を下から上までしっかりと観察しているようだ。手を差し出せばゆっくりと握り返してくれる。良かった、やっぱりまだ彼は私が天眼持ちだと知らない。でも気付かれるのは時間の問題だろう。彼の都合の良いような言葉を並べ立てて、彼がそれを怪しまないことに好都合だと思った。夕食の時刻が迫っているのを理由に食堂へ連れて行こうとした。皆は当然知らないし、私は視えてからずっと外に出ず待っていたから私が知らないわけがない。そして、皆が教えてくれるはずがない。もし、そうならそれは新入りではなくて侵入者として彼を紹介してくれたことだろう。その時のためのセリフだって用意していたけれど、必要なかったかな。

「ついてこないかもしれないねぇ。」

イドーラがそう呟いたので振り返ると顔を伏せて何か考えている。今、何処かへ行かれたら面白くないじゃないか。お腹だって空いているし、一緒に皆に囲まれて食べようよ。絶対に逃がさない。此処に居てくれ。顔を上げた彼は私の顔を見て何かを感じ取っていたようだった。そして一歩踏み出した。ついてきてくれるならいいんだ。さぁ、おいで。口には出さなかったがそう心の中で呟いて食堂を目指した。彼は度々足を止めようとしていたようだったが、振り向く度に彼は一歩踏み出した。彼は後ろを振り向けない。イドーラの尾が彼の背中を押しているから。食堂に到着して、彼を席へ案内しその隣に腰を下ろす。皆が彼ではなく私を見ているだけで済んだのはきっと私がわかりやすく楽しんでいたからだった。それに…今日はハンバーグだ!思わず口に出た言葉に彼は私を見つめたが構わずハンバーグを口に放り込んだ。食事が済んでから、それでも彼を解放するわけにはいかない私は彼が何処か一人で行きたがっているのをわかっていて、私の部屋へ招いた。元々、新入りでもない彼に部屋が与えられているわけがないだろう?そしてこれからもまだ彼が此処に永遠に留まることが確定するまで部屋を与えない。永遠は言い過ぎたけれどね。予定のない片付けが済むまでの間という長い期間を私の部屋で消費してもらうんだ。嘘をついた私に嘘だと怪しむこともしないで、でも彼は私の言葉に拒否を見せた。絶対に許さない。私の監視無しにこの組織の中を歩けるなんて思わないでくれ。私の相棒の目だって今此処に無いんだ。絶対にそんなこと許さない。もし女王様や仲間に何かあったらどうするんだ。私の傍に居てくれないと困るんだ。だから、此処に居てくれ。面白くないじゃないか。ねぇ、わかるだろう?イドーラが彼の頭を掴んで頷かせた。それはそれは自然に。私はそれを好都合に思わず笑った。この笑みが果たして彼の目に正しく映ったか、それは流石に視えなかったけれど。

「こっちだよ。少し狭いかもしれないけれど我慢してくれ。」

 

 

1人部屋にしては少し広くて、2人部屋にすると少し狭く感じるような部屋だった。ベッドは一つしかないが、2人寝るには無理では無い大きさだ。鳥籠はないようだがとまり木のようなものが置いてある。しかし、そのとまり木の主は留守のようだった。開け放たれた窓の外を男は少しだけ眺めたあとに、俺へ振り返る。

「あぁ、そうだ。新入りくん、消灯時間になったら部屋の外へは出てはいけないよ。私みたいに夜に仕事があるのなら別だけれどね。私はこれから仕事に出掛けるんだ。見回りの子に見つかってお叱りを受けるなんてしないでくれよ?」

「そうか。じゃあな。」

「うん、また明日。」

窓を閉めて鍵をかけると、男は部屋から出て行った。扉が閉まった音の後にまた鍵のかかる音が小さく響いた。閉じ込められた、のか?今のうちに部屋の中を調べよう。ベッドの下を覗くと何か黒い箱があった。引っ張り出して開けると一冊の本が入っていた。本を取り出して読んでみる。どうやら日記のようだ。

 

『xx月xx日

私が赤ん坊の時から彼女は傍に居てくれた。私を愛してくれたのは彼女だけだった。今までも、これからも、きっと。===でさえ私を裏切った。私がまだこうして生きていられるのも、彼女のおかげだ。私は十分、幸せだ。彼女が傍に居てくれるだけで。それ以上は何も欲しくはないよ。相棒の翼がふわふわしていて、一緒に寝るとあったかい。

 

xx月xx日

辛うじて日記を書くことができている。檻の中は冷たくて寒くて…でも、彼女が居てくれているからきっと大丈夫だ。誰が私なんかを買ってくれるのだろう。相棒だけは逃がすことができたから、安心だ。

 

xx月xx日

私はなんて幸運なんだろう。これも、彼女のおかげかな。私を買ってくれた人が、私に温かい美味しいスープを飲ませてくれた。それに、素敵な服も。相棒のためにとまり木を置いてくれたんだ。私のためのお部屋も。もう寒い外で寝なくてもいいんだ。頑張って働かなくちゃ。

 

…………

 

xx月xx日

ナワーブくんが来る。一緒にハンバーグを食べて、一緒に部屋に戻る。私は仕事で留守にするけれどね。そして彼は私の日記を見つけて読むだろう。そうだろう?ナワーブくん。久しぶりに書いたよ。日記なんて。忙しいから先に今日の分を書いておいたんだ。ナワーブくん、悪いけれどこの部屋の物を色々と漁るのはやめてくれないかい?おやすみ。良い夢を。』

 

途切れたと思ったら今日の日付で日記が書かれていた。その文章にゾッとして思わず日記を閉じる。読むかどうかもわからないのにこんなドッキリを仕掛けておくなんて悪趣味だ。いつ書いたんだ?もしかしたら、部屋の至る所にこんなドッキリを仕掛けているかもしれない。だったら、これ以上漁ったりしない方がいいかもしれない。そこでハッと気が付いてもう一度ページを捲る。そして先程の文章を読み直した。

「俺…コイツに名前…教えたっけ?」

夕食の前に初めて顔を合わせて、それからずっと一緒だったんだ。その間に日記を書く様子もなければ、名前を教えた覚えもない。それにこの書き出し…俺が此処に来ることを事前に知っていたということになる。此処の人間に行くと言う知らせなんてするわけがないし、それまでに誰かにそんなこと漏らしたわけでもない。知っているはずのない者が、どうして。頭が痛くなってきた。敵の拠点で呑気に寝るのは流石に危ない。俺が新入りではないと知っていて…、あぁ、そうか。だから扉や窓に鍵を閉めて此処から出るなと言ったんだ。それに、拒否しようものならあの態度…か。あの男は俺を監視するためにずっと傍にいたんだ。そうは見えなかった。この日記がなければ絶対に気付けなかった。ということは聞いても絶対に天眼についてなんか答えないだろう。日記を見下ろす。それにしても…この男の過去は決して良いものではなかったようだ。塗り潰された文字も何を隠したくてそうしたのかわからない。貧しい生活をしていて、捕まって売られた…そしてきっとこの組織のボスに買われたんだろう。このとまり木もきっとあのとまり木のことだ。顔を上げて入ってきた時に見たとまり木をみる。日記を閉じ箱に戻すとベッドの下へ滑らせ片付けた。ベッドの上に寝転がり、これからどうするか考える。バレてしまっている以上はどうにかしないと。扉に鍵がかかっていてもこじ開けられるが、見回りがいたらどうする?窓に目を向ける。確か、内側から鍵をかけていたな?立ち上がり窓の鍵を開けた。よし、出られる。いざ、窓を開け放とうとしたらびくともしなかった。どういうことだ?押しても引いても開かない。窓を割ろうとしたが、傷一つつかなかった。こんなはずは…。扉に駆け寄って無理矢理打ち破ろうとしたがそれもできなかった。

「どうなってやがる…?」

明らかに可笑しい。扉は兎も角、窓があんな…。諦めるしかない。あの男が売られて買われたというところ、俺のことを事前に把握してたところ…もしかしたら天眼っていうのは…。

 

 

早朝に部屋に戻るとベッドを広々と使って眠る彼がいた。流石に朝まで起き続けるなんてことはできなかったらしい。一睡もしていない私は先程朝食を早めにいただいてしまっているから、彼の朝食には相棒を連れて行ってもらおう。私はその間に睡眠をとる。

「ありがとう。彼は大人しくしていたかな?」

「ううん。扉を叩いてたよ。」

「うん、流石だ。」

小さな頭を撫でて笑いかける。もちろん、この子だけじゃないんだけれど。彼が起きたのはそれから30分後で、ベッドに座って彼が起きるのを待っていた私を見て跳ね起きた。天眼で見たから間違いないのだろうけど、きっとあの日記は既に…。だから、私が天眼であることも、彼のことを最初から知っていたということもわかっているはずだ。

「おはよう。」

「アンタ…いつ帰ってきたんだ?」

「さっきだよ。ご飯はまだだろう?私はこれから寝るんだ。良ければ私の相棒を連れて行ってくれよ。」

呑気にそう告げて彼をベッドからどかせるとフードを外して寝転んだ。寝転んだ私の背中で相棒がホーと鳴く。片手を上げてさっさと行ってくれと手で払うと彼の気配は大人しく遠ざかっていった。扉が閉まった音の後に、イドーラが傍に来たのがわかった。少しの間だけ、眠ろう。

 

 

あの男の相棒?である梟を連れて腹を満たしに食堂へ向かう。廊下には小さな女の子が立っていたが特に反応はなかった。もしかしたらあの子もこの組織の一員で見張りやらしていたのかもしれない。人は見た目に寄らないことを思い知らされた後だから、あり得なくてもあり得ないと片付けられない。ただあの男が俺をわかっていても、他の人間はそうではないようだった。梟は食事はせず大人しく俺の傍にとまっていた。俺はあの男に監視されてはいるけど、何故わかっていて俺のことを知らせないのかわからない。それを直接聞いて、答えてくれるのかはわからないしリッパーのように気まぐれだったとしたら…。美味しいはずの料理に味がしなかった。食堂を出るとあの男が目の前を横切った。寝ると言っていたんじゃなかったか。それに、急いでいるようだった。追いかけてみると玄関に行き着き、そこには怪我をした人が倒れていた。数人が集まっていたが、その中にあの男がいた。

「クラークさん!貴方はっ。」

「いいんだ!教えてくれ!何処の何奴が君を!?」

クラーク…。やっと名前がわかった。クラークっていうのか。怪我人が弱々しく何かを言うとそれを聞き取ったクラークは立ち上がり脱いでいたフードを被った。

「すまないが、彼を頼めるかな?」

「クラークさん!」

クラークを止めようとしている。仲間が怪我をしたと聞いて飛び起きてきたんだろう。一旦こっちを振り返り片手を不自然に振った。それが誰に向けられたものかわからない。

「事後報告するから!」

そう叫ぶように言い残しクラークは玄関から飛び出して行った。あんな感情的な奴だとは思わなかった。意外に意外を重ねられ続けている気がする。どれだけ俺を驚かせれば気が済むんだあの人。

「お前は行かなくていーのか?」

相棒であったはずの梟を置き去りにして飛び出してしまったクラークを指差して問いかけるとホッと短く返事をした。主人の帰りを待つことにしたようだった。梟が服を引っ張ってくるのでそっちに着いて行ったら部屋に着いたし、何処か行こうとするとそれを叱るように妨害してくる。つまり、さっきの合図は梟に此処に留まれって意味とこの梟が行かなかったのは俺をクラークの代わりに監視するため…っと推理。あり得なくない。

 

 

「いやぁ〜気持ちがいいね!」

スッキリした!と伸びをすると足元で恨めしそうな声が聞こえた。踏み付けていたからちょっと私が重かったのかもしれない。それは悪いことをした。降りて動かない腕を掴んで引っ張って岩にちゃんと座らせる。自分でやっておいてなんだけど、とても痛そうだ。でも、これ以上何もしないから死なない。

「大丈夫、殺さないよ。ちょっとお仕置きしただけだから。あぁ、ほら、泣かないでよ。人間、この程度じゃ死なないって。それじゃあ、私は帰るけど…君は迎えが来るまで此処で大人しく待っててね。」

大人しくも何も、動けないんだからどうやっても大人しくなるものだけれど。迎えがくる保証はない。でも、来るんじゃないかな?仲間が居なくって心配して探したりすればの話だけど。仕返しを代わりにやったことでついでにストレス発散にもなった。満足だ。さて、帰って寝よう。

 

 

部屋に帰ってくるなりクラークはベッドに倒れ込んだ。俺のことはお構い無しで。梟がとまり木から離れてクラークの傍にとまった。

「あぁ、うん、眠たいんだ。」

梟が鳴くのをそう返事をして俺に背中を向けたまま起きあがろうとしない。何をしてきたかはわからない。クラークからは今までずっと血の匂いがしたことがなかったから、殺しなどの汚れ仕事はしないように思える。寝ようとして仲間の怪我に飛び起きたんだ。そりゃあ疲れて眠くもなる。梟は主人の様子からとまり木に戻った。

「クラーク…さん。」

呼び捨てにするのもなんだか可笑しく感じて変にさん付けをしてしまった。

「……………なに。」

冷たい声がそう反応する。眠たくて仕方がないのだろう。あの穏やかで優しい態度は何処へやら。これが本性かもしれない。

「天眼ってアンタのことか?」

「……………ねぇ、ナワーブ。」

「なんだ?」

「…静かにしてくれ。」

初めてクラークが俺の名前をその口で呼んだ。やっぱりあの日記はクラークの物で間違いない。寝かせてくれと言わんばかりの態度で問いには答えてくれなかったが、天眼はクラークで間違いないだろう。隠し持っていた短剣を取り出し、構えた。クラークからは既に静かな寝息が聞こえてくる。首に向けた時、ホーと強い鳴き声が聞こえた。梟が俺を睨んでいる。何故だか俺は短剣を引いていた。梟がどうこうしようが関係ないはずだ。でも、もう、これ以上刃先がクラークの方へ進まない。駄目だ。

 

 

多分、ナワーブは私を刺そうとしただろう。それをイドーラも、相棒も許さなかった。構わず彼の前で無防備にも眠ってしまった私を守ってくれたのには感謝している。そしてベッドを長いこと占領してしまったことには反省だ。時刻はもう夕食時を指し示し部屋には相棒もナワーブも居なかった。きっと食べに向かったのだろう。イドーラの気配は目を覚ました時から傍にあり、その安堵感に長い瞬きをして目覚ましに鏡を見つめた。机に積み上げられた書類は、今朝にはなかったものだ。帰ってきた昼頃にはあったかもしれないが、気付かなかった。書類を、ナワーブに見られても構わないものと困るものに分けると、見られては困る方を抱えて図書室へ向かう。あとはナワーブが眠っている間に片付けるとして、これだけは部屋の外で片付けなければ。図書室には数人の先客がいたが一番奥の方には誰もいないようだった。

「ちょっと片付けてくるから、大丈夫だよ。」

そう小さくイドーラに声をかけた。彼女は笑いながらまた後でと手を振って信者を連れて散歩に出掛けた。退屈な書類処理に付き合わせては悪いもの。それに、寝ている間だって退屈だったはず。助かってはいるけど、昔からずっと見守ってくれている彼女にどうにか大きな恩返しがしたいものだ。黒い表紙の本を取り出してページをめくり、四桁の番号を入力する。開かずのページが番号を読み取って開かれ、そこに鍵を差し込んで回す。カチリと僅かな音が耳に飛び込んでくれば、鍵を抜き丁寧に本をしまい、一番下の段の本の隙間にこの本を差し入れた。カタッと溝に正しくはまった音を確認して後ろを振り返る。誰も居ない。黒い表紙の本が元々あった隙間に手を差し入れて引っ張れば大きな本棚は静かに動いた。その向こうにある暗い空間へ足を踏み出しながら小さな鍵を懐へ戻した。後ろ手で本棚の扉を閉めると、もう此処は私だけの空間となる。階段を降りていき、地下室に入るとそこに置かれた机に書類の束を置く。ぼんやりと明るいのは何処からともなく漏れ出したような不思議な明かりのおかげだった。ナワーブが食事をしている間に終わらせてしまおう。

 

 

クラークが何処かへ向かっていくのが見えた。その手に抱えられた紙の束はきっと此処の情報が書かれているのだろう。クラークの行く先にこの組織のボスがいるのかもしれない。取り敢えず尾行することにした。このまま人気のない場所に行ってくれるならそこで仕留めてもいい。幸運にも梟は今俺から離れていない。今がチャンスだろう。クラークは一度も振り返らなかった。真っ直ぐと、しかし足早に歩いて行く。そこは多くの本が保管される図書室であった。資料なども此処に置かれるのだろう。書類をまとめるのに必要な資料でも見にきたのかもしれない。しかしクラークはどの本棚にも立ち止まらず、他の利用者を一瞥するものの声もかけない。気付けばクラークには足音がなかった。まるで仲間にでさえも気付かれないように気配を消して歩いて行く様は妙だった。何か、この組織にでさえも隠していることがあるのか?本棚に隠れるようにして追っていくと一番奥の本棚の前で足を止めた。そして何かを呟いた。だが、いくら耳の良いナワーブでも聞き取ることはできなかった。探すことも迷うこともなく空いた片手で黒い本を慣れた手つきで手に取る。目的がその本なのか。それとも。本を開いて読んでいる様子だったが一向に俺に気付かない。誰も居ないと思っているのだろう。誰にも気付かれずに辿り着けたのだと。今、刺そうか。そう思った時クラークは本を閉じてそれを元あった場所とは違う場所に本を戻した。そしてクラークは一度振り返って背後を確認した。俺はそれを察知して本棚に隠れる。俺の気配にでも気付いたんだろうか。そっと覗いてもう一度クラークを見てみると本棚を動かしていた。そして、その本棚の向こうにある真っ暗な空間へと足を進めていきながら後ろ手で本棚を動かし閉めてしまった。

「隠し扉があったのか…。」

駆け寄って黒い本を取り出そうと見てみればまるでそこには元から何もなかったかのように隙間だけが存在していた。消えた…?そんな、あり得ない。本棚の本をじっくりと眺める。元々あった場所に、それは当然のようにあった。それを引き抜いて先程の隙間に入れてみるとカコンと溝にはまる手応えがあった。これで開くと期待をしたが引いても押しても本棚は動かなかった。向こう側からロックでもかけられたのか、それとも何か他に解かなければならない仕掛けがあったのか、わからない。仕方なく本を戻そうとしたがそこからやはり本は消えて隙間となっていた。見上げればまた我が場所は此処だと言いたげに本は戻されている。どういった仕組みなのかはわからない。もう一度本を取り出して、今度は開いてみる。見たこともない読めない文字で頭が痛くなるほど小さな文字で文章がぎっしりと詰まっていた。ページをめくっていくと、そこには異様な存在感を放つ入力画面が埋め込まれているページが顔を出した。これは番号を知らないと中に入れないということか。諦めるしかない。これでテキトウな数字を打ち込んで警報でも鳴ってみろ。面倒なことになる。本を戻したところでホーという鳴き声が迎えにきた。

 

 

ようやく書類が片付いた。さぁ、食堂に行って残り物をいただこう。立ち上がり、本棚を押して開き外に出る。閉めて振り返り本がある場所を見つめた。

「…ナワーブ、君は尾行も上手なんだね。」

少しだけ飛び出ている本を奥へ押し込んだ。きっと身長が少し足らなくて奥まで戻せなかったんだろう。此処にある本は読めたものじゃないから、此処に来る人間は限られている。それに、図書室なんて案内した覚えもないんだ。きっと、私を見かけて追いかけてきたんだ。気をつけなくては。図書室を出ようと真っ直ぐと出入り口へ向かおうとして歩きながらに視界の端にナワーブが見えた。立ち止まって振り返ると設置された机に腰掛けて手を振っていた。

「よう。調べ物か?」

「机じゃなくて椅子に座ってくれないか?」

「次から気をつけるよ。で?これから何処行くんだ?」

「お腹が空いたから、食堂にね。残り物を貰おうと思って。」

「俺も行く。」

「君は食べたんじゃないのか?」

それでもナワーブはついてくるようだ。大方、刺すチャンスを狙っているのだろう。まぁ、こんなこともあろうかと、服の下には刃を通さないように防具を着込んでいるからちょっとくらい問題ないよ。廊下で仲間とすれ違う度に挨拶をしながら食堂へ向かう。わざと人通りの多い廊下を選んで進んだ。食堂にはイドーラがいて、信者はパンを頬張っていた。イドーラのオリジナル信者は幼い女の子の見た目をしている。子供を前に人を刺すなんてまずできないだろう。する奴はするけれど、ナワーブは人の前ではそうそう刺さないと思う。

「やぁ。良いものを食べているね。」

「まだ残ってるよ。一緒に取りに行こう!」

可愛らしいこの子にチャンスを潰されてさぞかし心の内は舌打ちをしたがったろう。手を繋いで一緒に向かいながらイドーラがナワーブの後ろで意地悪に笑っているのを背中で聞いていた。美味しそうなパンをいくつかもらって信者の隣に座る。ナワーブは向かいの席に腰を降ろした。イドーラはきっと私が此処に来ると分かっていて先回りして待ってくれていたのだろう。おかげで私は自分で自分の身を守らなくても大丈夫なようだ。

 

 

流石にこの時間だから大丈夫だと思ったが、夜更かしをしてパンを食べている女の子がクラークを待っていた。パンを取りに行く僅かな間ですらクラークは一人にならない。廊下もこの時間でも頻繁に人は歩くし、やはりチャンスは寝ている間なのだろうか。ただ観察していてもわかるのは、クラークは組織の人間に愛されていること。俺なんか疑いはないものの怖がられている節がある。誰も話しかけてこないのは多分そういう意味。溜め息をついているとクラークは首を傾げてパンを一つ差し出してきた。その口にはパンが詰まっていて喋れたもんじゃない。

「ありがと。」

素直に受け取ると女の子もクラークもニッコリと笑う。わかってるくせに。微妙な気持ちでパンを一緒になって食べた。そういえば消灯時間は…?

「なぁ。」

声を掛けた瞬間クラークが立ち上がった。

「さぁ、そろそろ部屋に戻らないと。怒られちゃうから。」

どうやらそれはわかっていたようだ。女の子の背をそう言って優しく押すと元気に頷いて走っていった。クラークはこれからまた仕事で出て行くのかもしれない。だったら、今しかない。が、クラークはそう思ったタイミングで俺へ振り向いた。梟が短く鳴いてクラークの肩にとまると、俺には何も言わず歩き出した。今のは偶然か。梟が首を回してじっとりと俺を睨みつけている。閉じられた片目が一向に開かないで、片目だけで俺から目を一切離さない。動物にでさえ守られているコイツって何者だよ。部屋に戻るとクラークは机の上の紙束に頭を掻いて苦笑した。

「先に寝ててよ。片付けなきゃ。」

「明日すれば?」

「ダメだよ。明日にまた増えてるだろうし。」

溜め息混じりにそう言って椅子に座ると真面目な顔をして紙束へ目を落とした。集中している隙を突いて刺す。懐から刃を取り出し構えたら俺の腕を抑えつけるように梟がとまった。そして、警告をするようにホーと強く鳴く。

「先に寝ててって言ったよね?」

クラークが振り返らずそう言った。梟の鳴き声から察したのだろう。その声には圧がかかって重たく響いた。その声からあの顔を思い出す。拒否を許さない、あの顔を。そうして、この腕は梟の重みではなく自分の意思でもなく、刃をこれ以上持ち上げることもできなくなった。

 

 

書類が片付く頃にはナワーブは眠りについていた。相棒が羽繕いをしているのを一瞥して、ナワーブが持っていた刃をそっと触れた。これで刺されるが早いか、諦めるが早いか。刃を抜き取るとそれを机の上に見えるように置いた。ナワーブの首を片手で掴む。本当に眠ってしまっているのか、わからない。動じないのは、寝ているからなのか、そうじゃないのか。手を離してベッドから離れる。

「さぁ、行こう。」

相棒に声を掛けてフードを深く被った。一度、振り返ったがナワーブの瞼は開かれてはいなかった。

「ナワーブ、寝る時は武器をちゃんと手放すように。うっかりしてベッドが汚れたりしたら、困るもの。」

起きているのなら聞いているだろうし、そうじゃないならそれでもいい。反応はやはりなかった。油断ならない。尾行していたくらいだから、気を付けないとうっかり私の首が無くなってしまう。

 

 

クラークが短剣に触れた時、まずいと思った。それをゆっくりと引き抜かれて何処かへ置く音がした。閉じた目ではクラークの表情はわからない。そして首を優しく掴まれた。掴まれた、というよりも包まれたかのような穏やかなものだった。いきなり首を絞めるなんてことはしないだろうと寝たふりを決め込んだ。クラークが離れていく気配がした。そして相棒の梟を呼び寄せる。翼が空気を叩く音、布の擦れた音…。そしてクラークの一言に心臓が激しく鼓動を打った。寝たふりがばれている。だがそれ以上の言動はなかった。扉が開き閉まるまで、目を開けずに待っていた。このままでは任務達成は遠い。何か策をたてなければ。全て視え透いている相手に他の者にバレないような殺し方…二人きりの状況はわざわざクラークが用意してくれるというのに、梟の監視のせいなのか手を出せないでいる。いや、何か違和感がある。前もそうだった。何故だか、手が重く感じて…。

 

 

「イライ、お土産にあの宝石が欲しいの。」

「わかったよ、マリー。行ってくるね。」

この組織の女王、マリーとは呼び捨てをする仲だ。売られた私を買ってくれた…主人でもあるのだけれど、これがマリーの望みだから。彼女のお願いは叶えてあげたい。この恩を返す気持ちで。相棒を肩に乗せて、満月へ顔を向けた。背後に踊る影から触手が蠢いたのに気付いた時には私は既に敵地に到着してしまっていた。どうやら今回の任務は地獄の様を見せつけることになるかもしれないようだ。気を付けなくては。

 

 

目が覚めると、梟が俺を覗き込んでいた。閉じられた片目に秘めている瞳の色を見たことがないな…。開かれた目の色は美しい蒼だが、もう片目もそうとは限らない。そう思うと、クラークに関しては両目ともずっと隠れているじゃないか。そんなくだらない思考を回しながらふと机へ目を向けた。短剣が置かれている。なるほど。隠すことはしなかったか。カーテンを開けるとまだ外は薄暗い。夜明け前の色をした空を見上げて、クラークの帰りが近いのかもしれないと思った。俺の監視で梟を置いていったのか…あれ?出て行く時に梟を呼び寄せていた気がする。どうだったか。扉はいつぞやの時とは違いすんなりと開く。それが何だったのか未だにわからない。消灯時間になると何処の部屋もそうなるなら大変だ。この組織には謎が多い。食堂には誰一人居なかった。シン…と静まり帰った薄暗くただただ広いだけのこの空間はどこか不気味に感じられた。上を見上げると天井は遠くの方にあるように見える。照明は色を失いこの場を照らしてくれていた存在が頼りなく見える。自分の足音がやけに響く。静か過ぎる、と振り返ったが梟はもう何処にも居なかった。隅の方は暗くて見えない。窓から一筋の光が漏れてきて一直線にナワーブを照らす。その光の糸を追うようにして正面へ顔を戻した時、息が止まった。クラークがフードを外してそこに座っている。その肩には梟がとまり、ゆるりとナワーブを振り返った。少しだけ顔をこちらへ向けたクラークの顔には目隠しがない。一瞬の間に、クラークが現れたことに心臓は高鳴り、ふらりと一歩後ずさる。時間が止まったかのような静寂、そして戻ってきた呼吸は嫌な汗と共に加速した。まるで最初から此処に座っていたと言いたげの背中。机に置かれた目隠しの仮面を手に取って顔に装着するとフードを被る。陽の光がクラークの背中に刻まれた模様さえ隠した。逆光に目を凝らした時、クラークが立ち上がって僅かな笑い声を漏らした。

「………。」

何かを呟いたクラークに聞き返そうとした時、後ろで人の声と足音が複数聞こえそれに気をとられた。あぁ、目を離した一瞬の間、もう一度クラークの方へ目を戻した時にはもう梟以外、そこには居なかったのだ。騒がしさは唐突に訪れる。食堂に訪れる早起きの組織員達はナワーブも梟も気にすることなくこの空間を崩していく。食欲が失せて、ナワーブは食堂を出ることにした。とんでもない奴を相手にしてしまっている感覚が遅れて心を不安にさせる。梟が短く鳴いてナワーブの傍を羽ばたいた。

「なぁ…今……お前のご主人様は此処に居たよな?」

ナワーブの問いかけに梟はホーとだけ答えた。それが肯定にも、否定にも聞こえずその謎を解く鍵にもなりはしなかった。

 

 

ナワーブが食堂に入るのが視えた。相棒を飛ばしておいたから私が帰還したこともわかっているだろう。食堂に先回りして挨拶といこう。先に下手なサンドイッチを食べながら待っていると相棒の羽ばたきが聞こえる。影に蠢く触手が暇を持て余している。流石に敵だとはいえナワーブはいづれこの組織の一員になるんだから傷付けることはしたくない。心の方に傷が入っても、多少なら大丈夫だとは思っているけれど。静寂の中、足を踏み入れたナワーブを机の下から眺める。相棒が私に気付いてそっとナワーブから離れたのをナワーブは気付いていないようだった。天井を見上げた後、扉へ振り返った。その間にナワーブの正面へ腰掛けると相棒が静かに肩にとまった。窓から陽の光が漏れて私を通る。目隠しを外して久し振りに陽の光を見た。そして…ナワーブが息を呑む気配を感じ取った。その顔を見てやろうと思って少しだけ振り返る。目隠しを取り、装着するとフードも被っておく。陽の光が徐々に強くなっていくような感覚がして眩しくなる。立ち上がり、そういえば挨拶をしていなかったと思って私は、

「おはよう。」

と言っておいた。少し声が小さかったかもしれない。聞こえているかな?ナワーブが口を開いたその瞬間、廊下を仲間が歩く音や声が聞こえた。どうやら皆、起き始めたらしい。ナワーブが目を私から離している隙にさっさと退散した。相棒は引き続きナワーブを監視するように残ってもらったけれど。相棒の鳴き声が一つ響く早朝の廊下は酷く冷えていて、これから眠るにはちょっと寒ずぎるなと苦笑する。

 

 

あれから数日経った。クラークを観察していると必ず同じ時間帯に通過する場所があった。それも、一人きりで。そこで待ち伏せをしてやろうと思った。できるなら一刺しで仕留めたい。丁度俺の監視の梟もいない。…………待ち続けて一時間が経過したが、時間通りにクラークは来ない。何か特別用事でも発生でもしたのか、運が悪い。もう少し待ってみるか。三時間待って来なければ明日だ。………結局、その日は来なかった。食堂で盗み聞きしたが、どうやらクラークは任務から帰ってきていなかったようだ。このまま丸三日くらい行きっぱなしらしい。それから待って、やっとクラークが帰還した翌日、同じように待ち伏せてみた。また居ないなんてことがなければいいが。…………30分も過ぎた。来ない…………。

「なかなか通らねぇな…。」

「そうだね。」

今日もダメならまた明日…………、ん?自分の呟きに返答があった。それは可笑しい。しかも、その声はクラークのもののように思えた。後ろを振り返るとそこに座って肩に梟を乗せている。

「まぁ、気長に待とうよ。ね?」

「………うそだろ…。」

一緒に何を待つ気だ。待ち伏せしていたはずだし、此処に到着した時は確かに居なかった。何処からともなく現れて、いつの間にやら消えるクラークに目眩がしそうだった。立ち上がると、クラークは首を傾げる。

「あれ?もういいのかい?」

「アンタ…何してんだ…。」

「待っているんだろう?だから、私も一緒に待ってみようかと。」

この人はわかっててやっているんだ。悪意のない笑みは絶対に嘘だ。悪意のある行動でしかない。何を待つ気だコノヤロウ。深い溜め息にクラークは楽しそうに笑った。遊んでいる感覚なのだろう。自分が狙われているのに。そうだ、狙われているのはわかってんだ。相手をわかっているから遊べる。こんなにやりにくい相手が今までかつていただろうか。いっそ狙撃してみようかと思った。だからスコープからクラークを覗き込んで標準を合わせてみる。視えていたなら此処を通りがかるのをやめたろうに。気付いてからじゃ到底遅い。クラークがこちらをふと見上げて笑んだ。スコープ越しに目があった気がしてトリガーにかけた指の力がふっと抜ける。そしてカタンとスナイパーライフルが揺れて音をたてた。確認しようと顔を上げた時に梟の鳴き声が耳を刺す。視ているぞと言いたげに。そして次にスコープを覗いた時にはそこにはクラークは居なかった。舌打ちをしてスナイパーライフルから顔を離して座る。

「ここは良いところだ。よく見える。」

何度目かわからないクラークの嫌なご登場だった。背後にスッと現れて、俺をからかう。銃口をクラークに向けるもその表情は笑み以外の何かを見せようとはしなかった。

「撃たないでくれよ。銃声に皆がびっくりしてしまう。」

皆じゃなくてお前の心配をしろよ。撃ったらお前は死ぬんだぞ?他の奴が気付こうが俺は逃げられる。なのに。臆すことなくクラークは俺に近付いて来た。片手を伸ばし、距離を詰めてくる。その行動に理解ができなかった。だがもうここまできたなら撃つしかない。指に力を入れて銃声が響き渡った時、銃弾が何処に当たったか見てもう一度撃とうと構えた。もう後一歩の距離だった。しかし二発目の弾丸が飛ぶよりもクラークの手が早かった。銃身を掴み力強く銃口を空へ反らす。そして、また、あの顔をした。身体が硬直して、抵抗ができない。

「撃たないでくれ、と言ったよね?」

確かに撃った。当たったんだ。心臓は外れたが、胸に撃った。痛む様子もなくクラークは銃身を握り締めてナワーブを見下ろす。命令に逆らうなと強い圧を俺に降り注ぎ、見えない拘束に俺はまったく動けない。そんな俺にどうこうするつもりはないのかクラークはこの状況を変えようとはしなかった。俺の手が銃から離れた時、解放は訪れた。銃を奪うとクラークは膝で折った。壊れる音に流石に怒らせたかと思ったが、次の瞬間にはクラークの表情は笑みへ戻っていた。

「ほら、皆が慌ててしまったじゃないか。気をつけてくれよ。どうして、サイレンサーを付けなかったんだ?」

確かにサイレンサーをつけるべきだ。あぁ、つけていたんだ。犯人は梟だ。クラークに気をとられて梟の悪戯に気付かずそのまま発砲したのが失敗だったんだ。クラークの後ろを飛んでいる梟のその足にはしっかりとサイレンサーが存在していた。

「さぁ、言い訳をしに行こう。皆信じてくれるだろう。」

それはアンタだからだと思うが…。あぁ、疲れる。それにどうやって短時間でここまで登って来たんだか。一ヶ月間、何度も何度も様々な方法で殺そうとした。いっそ他の奴にバレてもいい、そう思ってもクラークが上手いこと皆に言い訳をして信じさせて敵の存在を隠そうとしてくれたおかげで何の進展もないまま変わらない日々を過ごした。無駄に。何故俺が敵であることを隠すのか問いかけもした。それに返答はなかった。とある日、クラークの部屋から追い出された時もあった。丸一日、クラークは部屋に閉じこもり、少女が部屋の前で、梟は窓の外で見張るかのように居座ってどうにか扉や窓から入ろうとしてもびくともしなかった。中から声も音も聞こえず、何故なのかわからないままだった。また別の日には任務の後で疲れているクラークを狙って刺そうとしたら初めてクラークに武器を向けられた。今まで俺に刃先を向けたことのないクラークが。それに少し驚いたがだからとてチャンスは逃したくなかった。気が立っているのか、クラークは容赦なく俺に刃先を突き出し、俺の反撃も読んで避け、足を引っ掛けて俺を容易く床に転がした。そして俺の首スレスレで床に剣を刺して…それから何事もなかったようにさっさと立ち去った。俺に傷はつけなかったが、殺気のようなものを纏っていたのは確かだった。その翌日、本当に何事もなかったような顔をして挨拶してくるもんだからどうかしてると思ったし、もう無理だと感じたのも本当だ。一旦、戻って立て直した方がいい。何か別の策を。俺以外にでも逆らうな奴を許さない圧は仲間にでさえ効くようでその様子も見た。あの組織のボスはクラークなのか?ボスらしい奴の姿を見たこともないし、クラークの命令に従っている様ばかり見る。もし、そうなら一筋縄でいかないのも当然だ。

 

組織から抜け出して、俺の隠れ家に帰る。監視のない場所は安堵があった。兎に角、潜入して暗殺はダメだ。クラークが任務で外に出たところを狙うとしたら、その任務内容を知らなければならない。さて、どうしたものか。クラークが何処を通るとか、そういった情報があれば遠くから狙撃するし、そこへ出向けばいい。他の目も気にしなくていいから派手にでもできる。ただあの日俺に刃先を向けたクラークの動きから、ただの一撃では通らない。数日悩んだが、これといって良い案が浮かばない。リッパーも何を言い出すかわからない。そろそろ文句の一つもあって当然か。戻りたくないが一ヶ月以上も留守にしているし顔出しをしておこうか。きっと一ヶ月も出ていて進展がないことに怒ることだろう。辛うじて、クラークが天眼であることとかそういった情報は入手している。それで許されるかといえばそうではないが。隠れ家の扉に唐突なノックが響いた。こんなところに客が来るはずがない。返事を待たずに扉はゆるりとひらかれた。そこに立っていたのはクラークだった。

「やぁ、あまりにも帰りが遅いから迎えに来てしまったよ、ナワーブ。」

アハハ、と不穏な笑みを浮かべてクラークは俺へ銃口を向ける。死神のような迎えだ。

「どうやってこの場所に来たんだ?」

「どう、って。君はもうわかっているはずだろう?私の相棒が君を監視していたこと。」

ね?っと小首を傾げたクラークの肩へ梟が俺の頭上を越えてとまった。俺としたことが気付かなかった。梟に尾行されて此処までしっかりと監視されていたことに。数日間の間に梟が此処と組織を行き来して場所を知らせるなんてことはできる。余裕がある話だ。

サイレンサーをしっかりと装着した銃で躊躇なく発砲したクラークは何が可笑しいのか楽しそうに笑っている。銃弾は俺の頬を掠めて壁へめり込んだ。それが合図にようなものだった。俺は壁を利用して跳ね返るようにクラークへ向かって突っ込んだ。片手に握り締めた短剣を果たしてクラークがその目で追えていたのかはわからない。切り裂いたのはクラークの服だけだった。服の下に隠れていた防具が刃によって嫌な音をたてる。その音を止めるように短剣を握っている方の手首を掴んでクラークは俺の胸へ銃口を押し当てた。撃たれる、そう思った頃にはもう遅い。クラークは足で俺の足を払いバランスを崩した俺の右肩を撃ち抜いた。片腕が力を失い、短剣は床に転がる。心臓を狙わなかったのはわざとか。起き上がり様に足でクラークの足を反撃にと払おうとしたがさっと避けられてしまう。短剣をもう片手に握り直そうとした時、左肩も撃ち抜かれた。もう残されたは、口で咥える手段だった。クラークは俺の首を強い力で掴んで床に押し当てた。

「ナワーブ、一つだけ私のお願いを聞いてもらえるかい?」

 

「それ、何処情報?」

「天眼情報。」

「ハッ、間違いねぇじゃねぇか。」

足を封じられていなかった俺はその足でクラークと共に組織へ戻った。クラークは俺のピンチに駆けつけて助けた、という設定で。間違いなくクラークの手によってピンチに陥ったが。梟が俺の荷物を運んでくれている。出迎えてくれた奴らに言い訳をしながらクラークは俺に医務室に向かうように言った。梟の案内で医務室にたどり着きクラークがしていた言い訳のまま喋った。

「貴方、新入りだったかしら…?ここに来るのは初めてね。」

そう言いながら俺の話を信じていないような顔をした。それでもちゃんと治療をしてもらい、それで俺は十分だったがもうクラークを殺す任務を放棄することを選び、リッパーを…俺の組織を裏切ることを決定した後だからか妙な気分で居心地が悪かった。

「私もね、クラークさんに此処に連れてこられたの。元々、別の組織に居たのよ?」

そういう意味でも仲間だと言いたげに医師は苦笑した。医師にその時のことを問いかけたが、長話になるといってまた今度と断られた。この組織には、他にもそんな奴らがいるのかもしれない。軽い自己紹介も互いに交わした。その後に俺の自室が与えられ、やっと俺は監視のない日々に戻ることとなった。梟は荷物を置くと飛び去っていったし、それ以降クラークとずっと一緒に行動をするなんてこともなくなった。

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