古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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進みが本当に遅い。三か月経ったのに作中時間が一日も経っていないとは何事ぞ


どう足掻いても逃げられない

アリスの家の前まで来たところでレミリアが急に立ち止まる。何事かと尋ねる魔理沙に対するレミリアの回答は、何とも怪しげな音が近づいているというものだった。

魔理沙には何も聞こえない。レミリアの耳を以てしてようやく聞き取れるほど小さな音なのだから、人間の彼女に聞こえないのは当然のことだ。

 

「怪しげな音ってなんだよ。具体的に何かないのか? 足音だとか咀嚼音だとかさ」

 

「いや、そういう類のものではないわね。でも恐るべき速さでこちらに近づいてくる。耳算であと7秒ってところね」

 

「ま、まさかまた隕石か何かなんじゃ…………」

 

耳算にツッコむことも無く純粋な恐怖心を見せる魔理沙。

 

彼女は数え切れぬほど妖怪を伸してきた少女であるが、恐怖を忘れた人間ではない。()()()()()()()()がいったい何なのか。得体の知れない物への恐怖は人間であるならば忘れることは無い。

今、魔理沙が最も危惧しているのは少し前に落ちてきたような隕石だ。その夜、幻想郷を滅ぼしたかもしれない規模の隕石が落ちてきていたにも拘わらず、彼女は全く気付かずに寝床にいたのだ。翌朝の新聞が無ければ知ろうともしなかっただろう。

 

故に彼女は恐れる。妖怪ならば戦えば良い。ルールに反してきてもレミリアに任せれば問題なく撃退できるだろう。

だが隕石はそうはいかない。巫女のように神に頼ることもできない。大妖怪たちのように規格外の能力を持っているわけでも、紅魔の魔女のように莫大な魔力を秘めているわけでもない。抗う術を持たない少女にとって、天災とは過ぎ去るまで待つしかない非情なものなのだ。

 

 

だがレミリアの方はと言うと何も恐れることは無いと思っているようである。暢気なのかと言えばそうではない。彼女にとって確信に近いものがあるのだ。

前回の隕石は降るべくして降って来た。今回のように予測のできないものは隕石ではないと、彼女の頭ではそう処理されている。もし隕石だった場合は不死者を除き、皆等しくお陀仏であろう。

 

そのことをレミリアが口に出そうとしたその瞬間、驚異のスピードで近づいてきたモノが落ち葉を舞わせながら降りてきた。

 

「はぁ~、間に合いましたね。どうもお二方! 清く正しい……って無視しないでくださいよ~」

 

音の速さで飛んできた少女、射命丸文が幻想郷に棲む者たちに疎ましがられているのは周知の事実だ。本人は断固として認めたがらないが、彼女の新聞はどうにも信憑性に欠ける記事が多い。

人間にも配る新聞を妖怪目線で書いているのだからそう思われても仕方のない事だろう。しかも取材対象も大抵が人外であるためか、里の人間にとって興味のある記事と言うのが少ない。

 

結果、人間が注目するのは見出しと写真と初めの一、二文程度になる。それ以上は読む価値無しとして掃除に使われるのが関の山だ。

しかし彼女は決して悲観的ではない。自分の書いた新聞の現実を知っていてもだ。

 

彼女の標的は人間ではない。もちろん人間にも読んでもらいたいと思っているが、毎日をせかせかと生きている忙しない種族に全てを読めというのは少々酷だろう。

対して妖怪は賢者を筆頭に暇な者が多い。その層に読んでもらえるならばたいした数もいない人間など標的にする必要はあまりないのだ。ただ最近は例の賢者に『人間にもきちんと情報がいくような新聞を書け』と言われてしまったようで、今回の事件が収束した後はその事についても考えなければならなくなるらしい。

 

「……ちぇ。胡散臭えやつばかりの幻想郷でも屈指の胡散臭さを誇る天狗は無視するに限るんだよ。なあレミリア、お前もそう思うだろ?」

 

「ええそうね。それに今は忙しいのよ。来たところ悪いけど今は取材にも応じられないわ。あ、今紅魔館に行っても無駄よ?」

 

「もちろん知っていますよ。フランドールさんが行方不明だとお聞きしましたが本当のとk……」

 

軽快に話し始めた文が急に口を噤む。フランドールの名を出した直後のレミリアの雰囲気の変化を敏感に感じ取ったからだ。幼い吸血鬼の倍以上を生きている鴉天狗にとっても、今発されている気は軽視できないものだった。

 

「ここからの嘘は禁物だ。貴様は何処でフランの話を聞いた? 正直に答えろよ?」

 

「……っ風の噂ですよ。私の風を操る能力を使えば遠く離れた場所の情報も入ってくるんですよ。私が毎回の事件に顔を出しているのもこの能力があるからです」

 

「嘘は吐いていないようだな。だが何故ここまで遅くなった? その能力があるならば昼過ぎからでも行動を開始できただろうが」

 

「情報を精査していたんですよ。ブンヤにとって虚偽の情報を流すわけにはいきませんから」

 

嘘とも言えないがこれは真実ではない。彼女がここまで出遅れたのは取材対象と取材内容を決めかねていたからだ。情報の精査自体はかなり早い段階で終わらせていた。

 

「そのおかげで彼女、フランドールさんの居場所も分かりましたがね。ええ」

 

「何?! 今すぐ教えなさい。早く!」

 

「おっと、情報を渡すにはそれなりの対価を頂きませんとね。割に合いませんよ」

 

「そんなもの後で良いだろう? 今はあの子を見つけるのが先決だ」

 

世界を知りなさい、ガキが。たかが五百しか生きていないくせに調子に乗るんじゃないわよ

 

その声は先ほどまで丁寧で温和な口調で話されていたモノと同じとは思えない程に鋭く、冷たく、フランドールの話題につい熱くなってしまっていたレミリアの心に深く突き刺さった。

普段はペコペコしながら幻想郷中を飛び回っている文だが、彼女も幻想郷屈指の大妖怪の一人。誇り高い天狗は本気を見せることが無い。だからこそこの言葉は文の実力を本当の意味で知らなかった二人に、今の自分たちが明確に下に見られていることを認識させた。

 

あるいはただ単純に先ほど黙らされたことに対する意趣返しの意図もあったのかもしれない。

普段隠しているプライドをここに曝け出したのは、彼女が山の外の様々な人妖に会うことにより幻想郷色に染まってきたことの証なのかもしれない。

 

「くっ、くく……私はお前を随分見くびっていたようね。良いわ。フランを連れ戻せたらいくらでも取材させてあげる。すぐにでもしたいなら館の修理を行っている間にでもすると良い。ま、私がおすすめするのは修理が終わって一段落ついた後だけれど」

 

先に折れたのはレミリア。ここで無駄に張り合っても余計に捜索が遅れるだけだ。自らの妹と友人の妹が関わっている状況下で、そんなことに現を抜かす事ほど愚かなことは無いと考えたのだろう。

文の見せた力の片鱗に驚いたレミリアに対し、文もまたレミリアの行動に驚いていた。

 

「ほう。ここまであっさり折れるとは。ですが双方にとってはその方がありがたいでしょう。取材はすぐにでも行いたいですね。ここのところ新聞を発行できていないですから」

 

ここで自らのプライドを押しとどめ、瞬時に双方にとっての利益の方向に思考を移したレミリアの判断は正しい。文は思いのほか合理的な判断を下すレミリアへの評価を少々改めることになった。

 

「そうだそうだ。そのことで香霖のやつが文句を言っていたぜ。俗世に興味の無いあいつにとっての暇つぶしは私らかお前のとこの新聞くらいだろうし」

 

「へぇ。あの気難しそうな店主も意外と読んでくれているのですか。いやはやいやはや」

 

「まああいつは障子を破って投げ入れる方法には賛同できんようだったがな。あいつもお前の新聞の事は気に入っているらしいぜ。大げさな鞍馬なんちゃらと比べても中身が薄くて考察のし甲斐があるとか何とか……」

 

「まさか『鞍馬諧報(くらまかいほう)』と私の新聞が比べられることがあるなんて……!」

 

甚く感動している文の耳には都合よく入っていないようだが、中身が薄いというのは明らかに嫌味である。しかも霖之助は文々。新聞の内容に関しては内心でこき下ろしていたりする。

哀しいかな。彼が評価しているのは彼の暇を潰せるほど長時間考察ができるという点のみなのである。考察ができるとはすなわち事実が書かれているとは思えないという事でもあるのだが……。

 

「ちょっと、貴方の新聞の話はもういいかしら? 取材は解決後すぐに、ね。さて、フランの場所を教えてもらおうかしら。当然嘘なんて吐いていないわよね?」

 

「そ、そうですね! 早速行きましょう……妖怪の山へ!…………あ、そう言えばフランドールさんと一緒に覚妖怪のような者もいたような気がしますが、何か心当たりは?」

 

無意識が通用するのは生物に対してだけだ。無生物に対してはこいしの能力も働かず、問答無用に写されてしまったのだ。

しかしフランドールを狙って念写した物に写っていた彼女はピンボケであり、文がこいしに会ったことが無いということもあって誰なのか、そもそも覚なのかさえも確実ではないのだ。

 

この情報により、フランドールとこいしが共に行動していることを知って安堵しているレミリア。

しかしこの情報に心当たりがあったのは当然レミリアだけではなかった。

 

「まさかさとりだというのか? だがあいつは確かに地底にいたはずだ。いやしかし咲夜がフランから聞いた証言も…………」

 

ここに来て再び、無実の少女に白羽の矢が立った。

 

「運命とはままならないものね。貴方にどうか、運命の加護のあらんことを

 

ぼそりと呟かれた言の葉は誰の耳にも入らずに虚空に消えていった。

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

思いのほか穏便に終わった勇儀との談笑の後、流石に疲れたからと帰ってもらった。ここで酒でも呑まれたら洒落にならない。

だが疲れ果てた私を待ち受けていたのは穏やかな休息の時ではなく、更なる厄介の種となるべきモノの存在だった。

 

「は~、()()あなたですか。そろそろいい加減にしておいた方が良いんじゃないですか?」

 

『やっぱり貴方はつまらないわね。普通なら仰天して腰を抜かすものなのに』

 

「生憎私は普通ではありませんし人間でもありませんから。私の前で幻影を語るなど千年は早いんじゃないですか?」

 

そう言うと途端につまらなさそうな顔をする()()。いや、つまらなさそうな顔自体は初めからしていたが、それをより一層深めた、と言うのが正しいか。

 

「私より若いくせによく言うわ。私の能力がまとも通用しない相手なんて貴女くらいのものよ。鬼でさえ私に気づかないのに」

 

「いえいえ、あれは気づいていても無視しているだけじゃないですかね。そもそもこの封鎖された旧地獄にUMAなど現れませんよ。……おっと失礼。貴方がそのUMAでしたね」

 

未確認であるからこそ十全に発揮できる能力。それが破られたからこそ旧地獄に封印された存在。私の最も会いたくない相手TOP5に堂々ランクインしている鵺こと封獣ぬえ。

正体不明をウリにする彼女にとって私ほど厄介な相手もまたといないだろう。彼女がいくら不明であろうとしても私はその内側を見ている。彼女がいくら自分を虎や蛇や鶏やなんかに見せようとしてもそう見えることは無い。

 

能力の面から見れば私が圧倒的に有利。では何故この妖怪を苦手としているのか。その答えはあまりにも単純なものだが厄介だからだ。

平安の大妖怪である彼女にとっては鬼の喧嘩ですら余興の一部。恐怖に陥れる対象である人間がいなくなったことで、彼女の悪行は地上にいた時よりもひどくなった。さらには地霊殿にまでちょっかいをかけてくるようになった。

 

私と親しくない地底の連中のうちで私が生きていることを知っている妖怪はこの封獣ぬえだけだ。この妖怪が地底の連中からも疎まれているおかげで私の話が広がらないのは素直に感謝したいところだ。皮肉の報復が恐ろしいからしないが。

 

「貴方の旧友だとかいう二ッ岩大明神にでも変化の手ほどきを受けたらいかがです?」

 

「なんだ、地上に出ても良いの? そういえば()()()()は最近出てったんだっけ。どうして見逃したの? 貴方なら止められたんじゃないの?」

 

「ええ確かに止めることも可能だったでしょう。ただあの時はそれ以上に忙しかったので手が回りませんでしたよ」

 

これは嘘。鬼との会話でもなければそこまで気を遣う必要も無い。

私が彼女たちを見逃したのは崇高な目的を持っていたからだ。私たちが地獄に降りてきた少し後にまとめて堕とされてきた妖怪たち。その妖怪たちが救いたいと願った一人の僧侶を思うと止めることなどできなかった。

多くの妖怪や人間にも好かれた、私とは正反対の外道者。紫さんが作り上げた今の幻想郷ならば彼女も受け入れられるだろう。

 

「確かにあの時の貴方は忙しそうだったわね。でもあいつらを見逃したんだから私も見逃すんでしょうね?」

 

「ええ構いませんよ」

 

こう言った時の封獣ぬえの表情ときたら過去最高に間抜けだった。まさか私が二つ返事で承諾するとは思ってもみなかったからだろう。歴史的大妖怪のこの表情を見れただけでも即答した意味はあったといえる。

 

「ただ一つ、条件があります。…………彼女たちに協力する事、これが約束できるなら貴方を薄暗い地底から解放しましょう」

 

「なんだそんなこと。良いわよ。私もあいつらの動向には興味があるし」

 

今はまだ協力する気になっている。だがこれが退屈へと変わり、邪魔へと移るのも時間の問題に違いない。実際端からこの妖怪が彼女たちの計画に協力するとは思っていない。

ただ適当な条件を付けて、いかにも合法っぽく見せて地底から追い出したかっただけだ。

 

幸い今日、地上と地底の間の不可侵条項は撤廃された。紫さんへの心配をする必要も無い。

全ては私を不要な心労から解放するために。どうか出て行ってくれ。




ここでレミリア・魔理沙ペアに文が追加。そろそろクライマックスです(多分)

最後のさとり様パートはこの異変には直接関係しませんが次の準備ということで
心の中でだけじゃなく口に出して叫べばいいのに。発狂して虎になったらぬえ二世の誕生ですね()
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