古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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多分純粋に狂っているこいフラを望んでいる人ってそういないと思いますが頭のおかしくなる会話が書きたい衝動は捨てきれないです


重ね続けた罪の形

こうなるから嫌だった。こいつは何時だって不安定な者の心をぐちゃぐちゃに混乱させて愉悦に浸るような奴だ。それが悪いとは言わない。愚かしい他者を見て優越感に浸る事は誰しもがすることであり、私だってそれを楽しんだ時期があったのは確かだ。

しかしこいつの場合はそれよりもはるかに(たち)が悪い。こいつが見下すのは弱者ではなく今まで上に立って来た強者たち。もっと言うならばこいつが興味を示さなかった強者。

 

何ともみっともない称号だが性格の悪さだけで見れば超一級品だ。今更ながら自分が何故こいつを嫌っていないのかが分からなくなる。性格はもちろん、言動から何からすべてが胡散臭い上に自分を見せない狡猾さまで併せ持つ。

私たち鬼とは完全に相性が悪いはずの存在。それでも私は何故かこいつを嫌っていない。むしろ気に入ってさえいるくらいだ。それはきっと強さによるものではなくそのどこまでも妖怪らしいあり方によるものだろう。

 

「能力は使わないのかしら? ほら、私の身体は無防備よ?」

 

どこまでも自分勝手。ゆったりとしていながら決して相手にペースを握らせない立ち回りはいつかの西行寺幽々子を想起させる。流石は親友と呼ばれる間柄。似なくても良いところまでそっくりだ。

 

「二度も同じ手に引っかかる馬鹿が何処にいるのよ」

 

対するのは悪魔の妹。さっきから紫に散々遊ばれている可哀そうな強者だ。世間を知らない子供に世界の広さを教えてあげるのも年長者の務め、なんて言って……私にゃただ虐めているようにしか見えないけどね。

紫に誤算があったとするならば、それはフランドールが思いのほか冷静だったことだろう。バカみたいに無謀な事を繰り返すわけではなくきちんと理性を保って攻撃しようとしている。まあ全部いなされているが。

流石にこれ以上続けても埒が明かないと判断したのだろうか。彼女の顔に諦めの色が出た。

 

「…………あぁ~もういいわ。降参降参。そもそもどうしてお前は私の邪魔をするのよ」

 

「はて、邪魔と? 貴方は希望通り館を出たんじゃなくて?」

 

「私の……望み? 私は別に外に出たいわけじゃなかった。私の世界は紅魔館の門の内側だけで良かったはずなのに…………どうして? どうして私は外に出たの? 分からない。知っているのに知らない誰かのせい……私は何を邪魔された……?」

 

やはり、この吸血鬼もこいしちゃんの事を覚えていない。きれいさっぱり忘れるわけではないが記憶に彼女は残らない。本当にただ嫌われないための力。

嫌われないと同時に好かれもしない。今のあの子を本当の意味で愛せるのは古明地とお燐だけだろう。私たちはもちろん、お空や戒のやつもきっとあの子を愛せない。

 

古明地こいしという覚妖怪を唯一覚えている古明地と、こいしちゃんに最も気に入られている初めのペットであるお燐。真の意味で古明地こいしという少女を知っているのはこの二人だけだ。

私や勇儀もこいしちゃんが目を閉じる前から知っている。それでも目を閉じた彼女の事を一時的に忘れてしまっていたほど、私たちはあの子に入れ込んでいなかった。会って百年以上が経っていたにも拘らず忘れてしまった。

 

こいしちゃんを記憶に留めるには二つの方法がある。一つ目はあの子を決して忘れないほどに愛すこと。これはもはやできないので実際はもう一方の方法で覚えておくしかない。

もう一方とは言うが、こちらは難易度がガクっと落ちる。ただ第三者から彼女の名を聞く。それだけで古明地こいしという存在は記憶に残ってくれる。私や紫が覚えているのはこれのおかげだ。そしてフランドールが覚えていないのもこのせいだ。

 

「やはり、覚えてはいないか。最終手段ね。専門家に診てもらいますわ」

 

「何? 私を医者にでも連れて行くつもり? まあ確かに私の頭は少しおかしいからね。どうせお姉様たちは此処にたどり着けないんだからどこへ連れて行こうと構わないわよ? 賢者さん」

 

狂っているなと思わずそう思った。自分の頭のおかしさを自覚しているのもある意味で頭がおかしいのだ。そして先ほどまでの空気がまるで嘘だったかのような切り替えの速さ。

自身の感情を一過性のものだと切り捨てる。まるで先ほどまでのフランドールが今のフランドールとは別人であったかのようにふるまう。感情がまるで彼女の頭についていっていない。これこそ狂気と呼ぶにふさわしい。 

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

綺麗だと、美しいとそう思った。同時に汚いと、醜いとそうも思った。あの子の放つ光の一粒一粒があの子の儚さを表しているように思えて、どこか切なくなった。

あの子が何度か見せたハート型の弾幕。よく観察すればあの子のサードアイの管もハートを形作っている。

 

本来の感情も分からない虚ろな微笑みと強調されるハート。

弾幕は確かに美しい。それでもその裏に隠れているであろうジレンマを思ってしまうとどうしても醜く思えてしまう。

 

あの子は瞳を閉ざして以降決して誰かを好きになる事は無かったしこれからもあり得ない、とはさとりの談だったか。誰をも好きになれないのに強調するのは愛の象徴。

一方的で決して還元されることのない想い。これはあるいは自らへの皮肉かもしれない。あるいは得られぬものへの憧憬かもしれない。あまりにも惨めだと思うのに、彼女の笑顔からは何も読み取れない。感情を乗せない笑顔とは対極の笑顔を見せる少女が彼女の後を追っている。

 

「へっへっへ、まだまだこんなもんじゃないんだろ? さとりのやつはもっと強かったぜ」

 

少し、ほんの少しだけ苦しそうな顔をしつつも遊んでやるからには、と笑顔を絶やさない魔理沙のあり方には素直に敬意を表すべきだと思う。曇った夜空に星をばらまきながら小さな子を楽しませている彼女はまさしく魔法使いと呼ぶにふさわしい。

 

「おかしいな~。私はお姉ちゃんに負けたことなんて無いのに」

 

さとりは心を読める相手ならばほとんど無敵を誇る。能力で抉り出したトラウマと彼女持ち前の器用さによってあらゆる弱点を突く事が可能だからだ。特に精神的に脆い妖怪を相手にする場合はまさに独壇場といった様相になるらしい。

だが逆に言えば、心を読めない相手や精神に絶対的な強さを持つ人間を相手にする場合には途端に勝ち星を計算しにくくなるということだ。

 

後者の場合でも本気の殺し合いとなればさとりはまず負けないだろう。人間の肉体は脆いからだ。殺すつもりで相手をするなら精神に付け込む前に想起してトラウマをぶち込めば良い。

前者ならばさとりはまず勝てないと言える。読心に頼りすぎている彼女は心を読めない相手への対策がない。普段は強力な後手で勝利するが、このような相手になればずっと相手のターン状態になってしまう。だからさとりはこいしにも八雲にも勝てない。

 

これが真実。さとりが魔理沙たちを相手にしたときはまだ彼女にも打つ手があった。しかしさとりがこいしを相手にする時は打てる手がない。そもそもの前提が違うのだ。

力とは単純に測れるものではない。私はさとりには勝てないだろうがこいしにはおそらく勝てる。と言ってもスペルカードルールに落とし込めばさとり相手でも勝機が見え、逆にこいし相手には敗北も色濃く見えるようになる。それがこの遊戯の面白さか。

 

「お姉ちゃんは私と遊ぶときだけ手を抜いてくれてるのかな。そう言えばこの前はいつ帰ったんだっけ」

 

「おいおい、家出娘か? そりゃ見過ごせないな。子供なんだからとっとと帰って安心させてやった方が良いんじゃないか?」

 

貴方が言える立場でもないでしょうに。でもまあ冷静に考えれば、おそらく前回こいしが帰ったのは一月前の異変時なのだろう。

さとりはもう半年帰ってきていない、などと当たり前のように話しているがよくよく考えれば異常な事だ。私の場合はフランが二日でも帰ってこなければ幻想郷中に捜索願を出すだろう。三日顔を合わせない時があっても、一週間顔を合わせない時はない。

 

やっぱり貴方はいけない子よ、こいし。貴方のお姉ちゃんがどれほどの気持ちで帰りを待っているのか、妹がいない方が日常となっていることがどれほど辛いか、貴方には永遠に分からないのでしょうけれど。

 

「『季節が移れば場所も移ろう。移り虚ろう貴方の場所は私には指定できないわ』ってお姉ちゃんが言ってたけどどういう意味だろうね?」

「それは……無理して帰ってくることは無いって言ってるんじゃないか? 移ろい続けるお前の場所はさとりには固定させられないってことだろ」

「お姉ちゃんというのが古明地さとりの事であるのなら、私はむしろ古明地さとりの嘆きを表していると思うけれどね」

 

声のした方へ振り返るとなんとパチェ、美鈴、咲夜の三人が立っていた。ついさっきまではいなかったはず。となれば少し離れた場所で八雲紫の力の開放を感知したのだろうか。

何故かパチェと咲夜は肩で息をしているが、二人とも特に外傷らしい外傷も見当たらないし何も問題ないだろう。

 

「あ? そりゃどういう事だよ。今のどこに嘆きがあった?」

「やれやれ……答えだけを求めて過程をすっ飛ばすのは三流のすることよ。そも私の推測が当たっているという保証も無い。答えが知りたければ自分で導きなさい。自分の納得できる説明でね」

「かー、頭の固い奴だ。私にゃお前らほどの時間は許されてないんだよ。答えを求めて何が悪い」

 

悠久の時間を持つパチェと数十年程度の時間しかもたない魔理沙。命短し求めよ答え。魔理沙の場合は答えだけを求めすぎているから毒キノコを誤って食べてしまう事にもなるのだろうが。

しかしパチェはそんな魔理沙を無視してこいしに話しかける。他人の気持ちに何一つ理解を示そうとしないのは我が親友の欠点とも言える。パチェにも会話する気があるときはきちんと気遣ってくれるけれど。

 

「ところで貴方のお姉さんは古明地さとりで合っているのかしら?」

「そうだよ。覚妖怪の最後の生き残りらしいね。私はもう覚じゃないし……うーんでも、いや~どうなんだろうね」

「種族を変えたというの? …………まさかあり得ない……でもそうね、おもs……」

「そこまでよ、パチェ。ここでその子に手を出せば古明地さとりからどんなしっぺ返しが来るか分からない。興味があっても手を引きなさい」

 

怖いのはさとりだけではなく地底の鬼どもや八雲紫もだ。敵となれば万に一つも勝ち目はないだろう。確かに妖怪がアイデンティティを失って別の妖怪に変じるというのは非常に珍しいが、たかがパチェの興味一つでそんなハルマゲドンを起こされは困る。

流石のパチェもここで手を引かないことのデメリットは理解しているはずだ。目の前にいるのはあくまでもさとりではなくこいし。憎悪する対象とはなり得ないのだから。

 

「お姉ちゃんが怒ると勇儀も萃香も何もできないからね。怖いよ…………あっ、え? 何?」

 

話している途中だったにも拘わらず唐突にこいしの姿が消えた。一瞬鈴仙の能力の効果が切れたのかとも思ったが、消える直前のこいしの焦りようから察するに本当の意味でこの場から消えたと考える方が妥当。

思い当たる節はあれども場所は分からない。捜索開始からおよそ半日。私たちは遂にフランとこいし両方の手掛かりを完全に失った。

 

「……帰りましょう。これ以上いても天狗が来るだろうし、ここにあんたの妹がいる気はしない」

「ちょっと待ちなさい。ここにフランドールがいないと断言できるわけではないんでしょう? それならば隅々まで探すのが筋ってものじゃないのかしら?」

「探したいなら探せばいいじゃない。少なくとも私は意味ないと思うってだけ。ほらアリス、行くわよ」

 

口惜しいが霊夢の言う通りでもある。ここにフランがいるとは思えない。何のつもりかは知らないが、フランは八雲紫によって攫われただろうから。そしてこいしも。

 

「そのあたりでやめておきなさい、パチェ。フランは確かにここにはいないと思うわ」

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

ペンが紙の上を走る音だけがしている空間に突然騒音が混じる。振り返らずともわかる。またまた来客だ。しかもこの登場の仕方は紫さんで確定。

 

「こんな時間に何の用ですか? 紫さん……と珍しい顔が一人」

 

紫さんとフランドールさんがいて萃香がいないという事はおそらく既に旧都の方へ帰してきたのだろう。良い判断だと思う。できるだけ早く帰す方が下手に暴れられる心配もしなくてよくなるし。

 

「そう邪険にしないでちょうだい。一応起きているのを確認してから訪ねているのだから」

 

余計に嫌だ。私生活を自由に覗けるという発言に対して、確認したうえでの訪問だったなら仕方ないという人がいるとは思えない。紫さんはもう少し他人の感情というモノについて考えてみても良いのではないだろうか。

私よりもはるかに多くの人妖と話をしなければならない立場だと思うのに、こんなことで大丈夫だろうかと心配してしまう私はお人好しなのだろうか。

 

「……はぁ。それで結局何の用なんです?」

 

「流石に分かっているでしょうけどこの子に関するお願いに来たのよ。心の専門家である貴方なら何か分かることもあるでしょう」

 

心の専門家か。随分と久しぶりにそう呼ばれた気がする。確かに私は専門家とも呼べるほど他者の心については理解しているが、だからと言って何でもできるわけではない。

特に紫さんが求めてくるものは偶に規格外に大きなこともある。今回はそうでもないようだが。

 

「なるほど。……お久しぶりですね、フランドール・スカーレット……フランドールで良い? 分かりました。貴方は私を覚えていないでしょうが……おや、覚えている? ほう、これはまた……」

 

前回会った時とは随分と雰囲気の違う彼女だが、私の事はきちんと記憶しているらしい。あの時の私は勇儀に指示を出していただけの付属品でしかなかったのに。無駄に悪意をばらまいていたから記憶に残っていたのかもしれない。

しかし纏う雰囲気は変わっても心の歪さは大して変わらない。むしろこいしとの邂逅の記憶が微妙に残っているせいで余計に不安定になっている。

 

「危険ね」

「え? それはどういう事かしら。まさかまだ暴れ足りないとでも言うの?」

「いえ、違いますよ。この子の心は今、あまりにも不安定すぎる。下手を打てば今すぐにでも消滅してしまうかもしれない程に存在が揺らいでいると言っても良いかもしれません」

 

この子に元来備わっている不安定な心。そこに付け込んだこいしとその記憶の一部を失っているフランドール。不安定からより不安定に。

 

危険だ。

心が存続を左右する私たちにとって不安定な心というのは本来それだけで危険な物なのだ。ここまでフランドールが495年間も生きてこられたのは、その不安定を崩す者がいなかったからだろうと推測できる。誰も会いに来ない地下への幽閉は実に正しい判断だった。レミリアさんは当然そんなことを気にしていなかっただろうが、これも彼女の持つ運命力の結果と言えるだろう。

しかし今、私の妹によってその均衡は崩されている。瓦解するかしないかというギリギリの状態。

 

「本当に危ない。もしこのまま明日の朝を迎えていれば……フランドールは自身の感情に押しつぶされていたかもしれません」

 

原初の恐怖の一つ、不安。今のフランドールはそれに支配されている。自分が自分であると認識できなくなった時に妖怪は死ぬ。私だってそうして何匹も殺してきたから知っている。

記憶の喪失というのも普通の妖怪にとってはかすり傷にもなり得ない。新たに生まれた自分を自分と認識できるからだ。こいしの事を忘れても普通は痛くも痒くもない。自分本位な妖怪にとっては他者を忘れる事など日常茶飯事だからだ。

 

しかしフランドールにとってはそうではない。知っている者ばかりの領域に突如として現れた部外者。既知の領域を踏みにじる未知の少女。しかし既知となった少女は再び未知の領域へ逃げてしまった。フランドールはそのことを記憶に残してしまったのだ。

不安定は突き崩され、フランドールは不安の支配する海へ真っ逆さまに落とされた。

 

「その言い方、まだ助ける方法はあるという解釈で良いのかしらね?」

 

「当然です。フランドール、貴方を救うのにそれほど大きな犠牲は必要ないわ。ただ一つ、思い出せば良いだけですから。紫さん、こいしをここに連れ戻せますか? あとは…………」

 

あの子はあまりにも自由に生きすぎた。何も考えず他人の領域に踏み込んで、荒らすだけ荒らして去ってしまった。それは決して許されない事。

これに関しては私も悪い。あの子を縛りたくなかったからと甘やかしすぎた部分がある。私もあの子も罪を重ね続けた。そして遂に贖う時が来たようだ。




さとり様とフランちゃんの初対面は前作31話。今見ても鬼のチートっぷりが……

メインは異変ではなくさとり様の関わる方なのでこいしちゃんと魔理沙の遊びについては割愛です

前作URLは

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