「うわわっ……あれ? お姉ちゃん? どうしてここに?」
フランドールを救うための簡単な方法。それはこいしの存在を再認識させて忘れないようにすること。そのためにまずはこの部屋に強力な結界を(紫さんが)張り、そして場所の分かり切っているこいしを(紫さんが)連れてきたのだ。
つまり全て紫さん頼みの作戦であるが、彼女としてもフランドールが消滅する事態は避けたいところだったようで、快く協力してくれた。肉親を失った者は人間妖怪に限らず理性を飛ばしてしまうものだ。それがレミリアさんという力ある妖怪になれば被害は計り知れないだろう。
「あらこいし、ここは地霊殿の私の部屋よ? 私がいるのは当たり前のことでしょう?」
「うーん? あ、ほんとだ。ここお姉ちゃんの部屋じゃん。じゃあどうして私がここにいるの? さっきまで賑やかな人間さんたちと遊んでいたはずなんだけど……あ、フランちゃんもここに来てたの? 奇遇だね」
ああ駄目だ。本当にこの子は人の話を聞こうとしない。興味の対象もコロコロ変わるから何かに着目して話をしてもすぐに話題が逸れてしまう。あの紫さんでも困惑してしまうほどに自由を極めているのだから私に御せるはずもない。
「フランドール、この子が私の妹の古明地こいし。無意識を操る妖怪ですよ。
とりあえず急なこいしの登場に困惑しているフランドールの心を安定させるために紹介してあげる。これでフランドールにとってのこいしは既知の領域に収まるようになるはずだ。そして後半にはちょっとした暗示をかけておいた。
精神が未熟であるからこそ暗示には簡単にかかるし効果も大きい。心が分からないこいしや紫さんに対してはまったく効果が期待できないのが玉に瑕だが。
「古明地こいし……そう、貴方だったのね。薄暗い地下から私を引っ張り出したのは……」
それだけ言うとすぐにフランドールは寝てしまった。もうすぐ日も変わろうかという時間。本来ならば吸血鬼の活動時間の真っ只中であるが、今日一日で相当様々なことがあって疲れたのだろう。精神的な負担も多くかかっていた。できればもう少し話しておきたかったけれど。
「眠ってしまったわね。なんだかおかしな勘違いをしていたようだけれど貴方が何かしたのかしら?」
「まさか。私はただ言葉が自然に馴染むように多少の暗示をかけたくらいです。特別催眠をしたというわけでも洗脳をしたというわけでもありませんよ。そんなことをすればレミリアさんたちから何をされるか分かったものではありませんからね。で、その肝心のレミリアさんたちの様子は?」
私がこいしと共に紫さんに連れて来てほしいと頼んだ関係者。それが紅魔館の住人のうちメインの四人。彼女たちには真実を知ってもらう必要がある。レミリアさんは知っているはずだが他の三人はこいしの存在すら知らなかったはず。だからこそ私を疑ったのだろう。
当然嫌悪している私への当てつけもその中には含まれているのだろうが、それは私が彼女たちを呼ばない理由にはならない。本来の私は嫌悪されてしかるべき妖怪だからそんなものにいちいち注意を払っているわけにもいかないのだ。
たとえ嫌われていても、憎まれていたとしてもそれを気にかけずに他の者たちと同列に扱う。それは傍目には聖人のようにさえ見えるかもしれない。しかしそうではない。私は決してそのように徳の高い崇められるべき存在足り得ない。
嫌われるべくして嫌われ、憎まれるべくして憎まれる。それは私のせいでもあるが種族のせいでもあるのだ。私を嫌わない者たち、言葉は悪いがそれこそが異常者なのである。幸いこの辺りに異常者が多いだけで、旧都や地上に行けば健常者だらけで倒れてしまうかもしれない。
紅魔館内で言えばレミリアさんは異常者。それに付き従う者たちは健常者としてみることができる。フランドールは完全な例外。誰かを見て『好き』や『嫌い』といった感情を全く出さない。あるいはそのような感情はとうの昔に捨て去ったものなのかもしれない。
そういう目で見てもフランドールはこいしと似ていると思う。こいつはよく『好き』という言葉を口にする。私に対して。お燐たちペットに対して。パルスィたち友人に対して。
それはきっと嘘ではない。だがきっと本当でもない。こいつは心を閉ざした時に半ば感情を失った。何をしても楽しくない。何を見ても美しいとは思えない。孤独を寂しいと感じることも、誰かに憤ることも無い。どうして私をまだ姉として認識してくれているのかが不思議なほどにこいしは空っぽだ。
フランドールは心が読めるこいしのようなもの。だが心が読めるということはすなわち読み取れるだけの心と感情を残しているという事でもある。そういう点ではフランドールはこいしと絶対的な差異を持っているというわけでもあって…………。
「何か深く考え込んでいるようだけれど、レミリアたちの方ならそろそろかしらね」
あぁそういえばそんな話をしていたところだった。私から聞いていたのにそのことを忘れて思考の沼にはまってしまうとは情けない。私も今日様々なことがあったから疲れているのだろう。
「今は順次解散していっているようね。私が消えたうえにこいしも消えたからでしょう。
霊夢とアリスの目的は紅魔館が破壊された原因を探る事。フランドールに行きついた時点で既に目的は達成していた。永琳たちの目的はフランドールを捕まえて研究する事。フランドールが消えたと分かれば目的も消滅。射命丸の目的は紅魔館への独占取材のためにフランドールを連れ戻すこと。これもフランドールが消えたから消滅。
厄介なのは魔理沙ね。彼女はレミリアたちと目的を同じくして動いているから紅魔館組と離れてくれない。そこさえどうにかすればレミリアたちも攫えるはず」
想定よりもはるかに多くの人物がこいしの遊びに付き合ってくれたようだ。だが利己的な理由であったりもするため感謝できるかといえばそうでもない。こいしの事が分かっていた者などほとんどいなかったはずだし。
「それにしても魔理沙さんを何とかする、ですか。貴方は本当に……」
「それが最善であるならばどんな汚れ役でも担うのが管理者のあるべき姿だと思わない?」
「分かっていてもできる者などほとんどいないのですよ」
地底の管理者の側面も持っている私の場合はその汚れ役を担う前に逃げてしまった。自分を犠牲にして他人を救う事など弱い私にはできなかったのだ。
紫さんは強い。いつだって自分を犠牲にしようとする。その結果誰からも避けられようが、彼女は自分のするべきことを分かっているからそれをやめない。本当に不遇だと思う。常に利己的に他者を弄んでいるように見えて、その実第一に考えているのは常に幻想郷の未来の事だ。
しかし誰もがその表面しか見ようとしない。心は読めなくても大事にしていることなんて少し話せばわかるというのに誰も深く関わろうとしない。昔は私もあまりの胡散臭さに敬遠しがちだったのだけれど。
「あらあら、やってみれば存外簡単なものよ? 少し待っていてちょうだい」
言うが早いか姿を消してしまった紫さん。そう言えばもう結界は解かれていたっけ。ここにずっと居られても邪魔だから鵺はさっさと地上に出てもらおうか。相互不可侵の破棄が決まったのもまだ今日のことか。本当に今日は長いし疲れた。
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こいしが何処かへ消えてしまったことにより異変の収束を予感したのか皆が次々と帰って行ってしまった中、フランの行方を追っている私たちだけが取り残されている。それでも今の私たちにフランの居場所を探し当てる術はない。当てはあっても確定ではない以上下手な行動もできない。
「ん? なんだ紫じゃないか。神奈子たちに早苗の事を謝りにでも来たのか? 残念ながらあいつらは二人とも留守にしているみたいだけどな」
そんなとき、静かな境内に魔理沙の声だけが響く。音もなく現れたのは彼女の言う通り八雲紫だった。フランとこいしを攫ったであろう張本人。その意図はよくわからないがおそらくさとりも絡んでいるのだろう。
「あの二柱に用事はありませんわ。むしろ用事があるのはそちらの四人。魔理沙はもう帰っても良いわよ。月姫は永遠の術を解いた。すぐに月は傾き始めるでしょう」
なるほど。夜を止めていたのは彼女たちだったか。てっきりまた八雲紫が止めているのかと思っていたけれど。
「帰って良い、だと? 私は紅魔館の奴らに貸しを……っと手伝うために動いているんだ。お前に指図される筋合いはないぜ」
「夜は妖怪の時間。人間はそんな当たり前のことも忘れてしまったのかしら? 愚かしい。いくら力を得ても所詮は人間でしかないというのに」
瞬間、八雲紫から尋常でないほどの力が噴出した。魔理沙が「こりゃインチキだろ……」とつぶやくのも納得できるほどの感じたこともないような妖力。かつての私はこれとやり合おうとしていたのかと思うと寒気がする。
「これが戦場ならば相手を見誤った時点で死あるのみですわよ。あらもう寝ていましたか」
今回は先ほどとは違って外に妖力を漏らさないよう結界まで張る徹底ぶりだった。いったい何時張ったのかはまったく感知できなかったが。
「いいのか? 幻想郷の賢者が弾幕勝負を無視するなんて」
「私からは一切の攻撃もしていませんもの。弾幕を撃つまでもなく落ちてしまったならばそれは勝負でも何でもないでしょう? 故にルールを破っているわけでもない。違って?」
「ルールは破らずともマナーは悪いと思うがね。で? 何の用なのよ。お前の事だからただの暇つぶしに魔理沙を気絶させた可能性も捨てきれないけれど、今回はそうでもないみたいだし何か用事があって来たんでしょう? もしかしてお前が攫ったフランを返してもらう条件でも提示しに来たか?」
この妖怪のすることは全くもって理解できない。如何に非道な事をしようともただの暇つぶしだった、で済ませるような奴だからだ。自分のしたい事に忠実であるという点で見ればこいつほど妖怪らしい妖怪もそういないだろう。
人間にとっては迷惑でしかない上に私たちにとっても迷惑かつ厄介な存在だ。しかも隔絶した力を持っているせいで下手に抗えない。
「マナー違反……なるほど。確かに様式美は大切ですものね」
そういいながらも倒れた魔理沙を淡々と回収する八雲紫の思考はやはり読めない。本当に様式美を大切にしようという気があるのかどうなのか。謎は深まるばかりだ。
「まあ良いか。で、ここに来てわざわざ魔理沙一人だけを家に帰した理由は?」
「彼女がいると面倒になりますからね。さ、私について来ればフランドールはお返しするわよ。どうぞついておいでなさいな」
「…………ちょっと待っていなさい。少し私たちだけで話し合うわ」
「どうぞどうぞ。でもお早めにね? 時間の猶予はそれほどないですから」
この提案を怪しいと感じたのはどうやら私だけではなかったらしい。そりゃそうか。そもそも胡散臭さがマックスな奴の口からこんな胡散臭い言葉が出てきたのだから警戒するのが私一人であるわけがない。
「どうするの? レミィ。紫の提案に乗るメリットは?」
「フランが返ってくることでしょうね。私たちの一番の目的はそれだとあいつも知っているんでしょう」
だからこそのこの提案。今の私たちは弱みを握られている状況だ。フランを返すことによって私たちに恩を売ろうとしていると考えることもできそうではあるが、彼女が私たちに恩を売る理由が分からない。
「提案に乗った後、フランドールが返ってこない可能性は?」
「おそらくないわね。八雲紫はそんなに安い挑発をする妖怪じゃない。約束を破る可能性は破棄して良いと思うわ」
それよりも警戒すべきはその対価。あちらは私たちの望むものを持っているが私たちの方は持っていない可能性が高い。しかしここで断ればフランが返ってこない可能性も非常に高い。フランを攫ったのは間違いなく八雲紫だからだ。
どうするべきか。乗っても断ってもデメリットが大きいのならば、せめてメリットも大きい方を選ぶべきか? それともいかにも怪しい提案をここで断ったうえで多少の時間をかけてでも安全にフランを取り戻す方法を探すべきか? 分からない。
「残念。時間切れ」
だがよく考える暇もなく、一分ほど話し合っただけで中断させられてしまった。これは『早め』で済ませて良いレベルではない。まともに考えも纏まらないままに、私たち四人は不気味なスキマへ吸い込まれてしまった。
堕ちるという感覚もほんの一瞬のもので、次の瞬間には既に掃除の行き届いたこじんまりした部屋に連れられていた。しかし他には何の特徴も無いような平凡な部屋で、ここが何処なのかを判断する材料は見当たらない。
しかし咲夜はそうでもなかったらしく、ここが地霊殿であると断定した。何でも消えた私を探している間に地霊殿の隅々まで見て回ったようで、この部屋は昼間来た時にも何も無かったらしい。よくそこまで覚えているものだと感心してしまう。
確かに言われてみれば真冬だというのに気温はかなり高いように思う。図書館にかけられているような魔法かとも思ったが別にそうでもないのだろうか。地霊殿に魔法が使える者はいなかったはずだし。
「フランドールはいない。紫も何処かへ消えている。まさか古明地さとりに嵌められた?」
「まあ落ち着きなさいパチェ。むやみに他人を疑うのもどうかと思うよ。それに地霊殿という事はこいしがいる可能性も高い。そうなれば彼女と一緒にいたはずのフランもこの辺りにいるかもしれないわ」
本当にパチェはさとりの事となると急に思考が短絡的になる。そう言えば少し前にさとりが恋と呪いの類似性についての話をしてくれたっけ。恋は盲目。となれば呪いもやはり盲目なのだろうか。進む道が恋でも呪いでも私は家族を応援してあげるが、まあ恋の可能性はゼロに等しいだろう。
さとりなら『同性同士の恋なんて非生産的で馬鹿らしい』と断じそうな気もするし。私は別にどうでもいいと思うけれど。恋仲になるような人がいるならばそれが同性でも異性でも素晴らしい事だと私は思う。私は異性に恋したいけれどね!
紫様ホントチート級ですわ。というかこの世界線の幻想郷民の気が弱すぎるのかしら
ちなみに最後の恋・呪いの話題は前作11話で書いてます