今回も少し会話が続くところは行を詰めています
封獣ぬえのことはお燐に任せた。彼女なら一応面識があるし、私が直接行っても嫌な顔をされるだけだろうから。神様たちはまだ屋敷の中にいる。眠っているところを起こすのは流石に悪い気がするし、何よりも神の怒りに触れるのが恐ろしいからだ。
彼女たちの神社の巫女は心配しているかもしれないが、そんなものは私の憂い事とは比べようもない。強いのだから心配するだけ無駄だと思うけれども。
「ねぇねぇお姉ちゃん、私の話聞いてる?」
「えぇもちろん聞いているわよ。本当に色々なことがあったのね。多くの人妖と関わっているようでお姉ちゃんも嬉しいわ。でもねこいし、今回のように他人に迷惑をかけるような事はできるだけしないでもらえるともっと嬉しいわ」
「えー。お姉ちゃんも楽しんでくれると思ったのに。それにフランちゃんも閉じ込められているのは可哀そうでしょ? ねぇ、私はそんな可哀そうな籠の中の鳥を解き放ってあげたの。えらいでしょ」
「そうね、とってもえらいわ。こいしは本当に優しいのね」
私の心配事といえばこのこいしのことだろうか。地上で散々騒ぎを起こしたというのにその自覚が一切ないんだから。私がこうして甘やかしてしまっているのも原因の一つではあるかもしれないがこうして話ができることも少ないのだからたまには、ね。
「ほらこっちにいらっしゃい、こいし。良い子の頭を撫でてあげる」
たとえ心が読めなくなってもこいしが私の妹である事実は変わらない。肉親ではないだろうがそんなことは関係ない。今私の掌に頭を押し付けてくるこの子がいる限り、私は自分の存在を証明し続けられる。心を保っていられる。
「んふふ……やっぱりお姉ちゃんの膝が一番だね」
「あら、他の人に膝枕をしてもらったことがあるの?」
「みんな私がいることにも気づかないんだもの。つまんないよね」
「そうね。こんなに可愛い子がいるのに気づかないなんて皆損していると思うわ」
かく言う私も気づけないのだが。それにしてもこいしが私の質問に答えてくれないせいで私の心配がなくならない。まさか誰彼構わず膝に乗るような子ではないと信じたいのだけれど。もしかしたら普段も気づかぬうちに私の膝に乗っていたりしたのだろうか。
あぁ、こいしの能力を看破できる玉兎や紫さんが羨ましい。心を読むことしかできない私とは違って様々な事に活かせる能力で、しかもこいしを見つけられるんだもの。私の能力も便利だから悪いわけじゃないけれどね。
「やはり貴方たち二人は仲が良いのね。姉妹仲が良いのは悪い事ではないわ」
「紫さんですか。入ってくるなら無断で入らないでと何度言えば良いのか……貴方に何を言っても無駄なんでしょうけれど」
もう随分昔から言い続けてきた事だ。勝手に屋敷に入るだけならまだしも、勝手に部屋を覗いたり入ってきたりするのは別だろうと。勇儀でさえノックしてから入ってくるというのに。
別に勝手に入って来られて困ることは無い。疚しいことなど何もないから。精々執筆中の小説があるくらい。だがそれでも他人の自室に勝手に入って良い理由にはならないだろう。地上でも地底でも常識で語ることが如何に無駄な事なのかは嫌と言うほど学んできたけれど。
案の定、紫さんは表情一つ変えずに「よくわかっているじゃない」なんて口にする。よくわかっているのではなく諦めているのである。そこのところをよくわかってほしい。
「はぁ……まあいいでしょう。レミリアさんたちも一緒かと思いましたが、もしかしてまだかかりそうなんですか?」
「いえいえ。もうレミリアたちは地霊殿に連れてきたし魔理沙は彼女の家のベッドに寝かせてきたわ」
寝かせてからベッドに放り込んだんだろう。しかも手荒な方法で。紫さんならば能力で強制的に眠りに誘う事もできそうなものなのに、どうして遠回りしたうえで嫌な目で見られる道を選ぶのか理解に苦しむ。
それでも彼女がその行動をとるのならば、きっとそれが彼女にとって、幻想郷にとって最善なのだろうと思う。彼女の見えている世界を私は見られないから予想でしかないが。
「では他の部屋に閉じ込めている、とそういうわけですか」
「そういう事ね。変に暴れられても面倒だったから」
「地霊殿への印象がさらに悪くなるということまでは考えてくれないんですね。まったく、どこまでも貴方らしいですよ」
「あら嬉しいわ。そんなに褒めてくれなくても」
本当にこの妖怪には敵わない。微妙な微笑みを崩さずに言うところがまたいやらしい。皮肉の言い甲斐がないというのはなかなかに面白くないからだ。
「はぁ。レミリアさんたちをこの部屋まで連れて来てください。歩いて、ですよ。もてなす準備がいるので…………間取りが分からない? お燐でも連れて行ってください……いや、戒の方が適任ですね。戒を案内役にしてください」
お空は寝ているだろうが戒ならばこの時間はまだ起きているはずだ。お空は休めるときにしっかり休ませてあげなければ再び熱くなった地獄跡の世話がままならなくなる。随分と健康的な時間ではあるが原因である二柱も寝ているし暴走されては止めることも難しい。
お燐に案内役を任せると変に紅魔館の者たちといがみ合い始める可能性がある。こういう時には中立を保ってくれそうな戒が最適だろう。そしてお燐にこいしの相手を任せている間に私がもてなしの準備をするのが良いだろう。
結論から言うとこれは最適解ではなかった。むしろ程遠かったようだ。いつも戒を見ているせいで失念していたが、彼女はあくまでも私の式神として刷り込まれた人格を持っている。つまるところ私の悪口をたれるような者が相手になると相性が最悪なのだ。
藍さんが紫さんの悪口に怒るのと同じ。言う方は軽い気持ちで話題に出したとしても式神に対してそれは通用しない。ただ主人を貶されたという事実が残るだけだったというわけだ。
結局は何故か部屋の場所を知っていた咲夜さんが案内役を担ってくれたらしい。珍しく紫さんも疲れたような顔をしていたから随分と戒が迷惑をかけてしまったのだろう。戒にはもう寝るように言っておいた。これ以上この空間にいても双方の邪魔になるだけだろうから。
「あの子が随分迷惑をおかけしたようで……」
「あの式神だけじゃないでしょう? 貴方の妹とやらにも今日一日随分と迷惑をかけられたわ。親友の妹が行方不明になる事の意味が貴方にはわかるかしら?」
こりゃまずい。パチュリーさんの怒りが既にかなりのものになっている。それも当然と言えば当然だ。私だって同じ立場ならば文句の一つや二つで満足はしないだろう。こいしは常時行方不明だし咲夜さんには邪険に扱われるけれど。それらは何も今日始まったことでもないから立場はまったく異なることになるのだが、それでも言いようのない不安というのは分かるものだ。
「それは本当に申し訳ないと思っていますよ。ですがこいしの行動を制限することなどできないのです。それは妹を甘やかしているだけ? 違いますよ。私ではない第三者でも……そう、貴方でもこいしの行動は縛れません。縄をかけてもいつの間にか消えてしまうでしょう」
本当にこいしをある一定の場所に縛りたいのならば今のこの部屋のようにこいしが逃げ出せないような結界を張るほかない。そんなことをすればこいしは誰にも会えなくなってしまう。心を閉ざしたこの子は寂しいだとか虚しいだとかいう感情を持たないから発狂することは無いだろう。
だが私はきっと姉としてこの子のそんな姿を見ていられなくなる。だからそんなことをすることは無い。これが姉として妹を甘やかしているということになるのならばパチュリーさんの言っていることは正しい。だが本当に閉じ込められている妹を見て何も思わない姉がいると思うのか。レミリアさんでさえフランドールの状況を憂いていたというのに。
「とはいっても悪いのはやはりこちら。ほらこいし、きちんと謝りなさい。迷惑をかけてごめんなさいって」
「そんなもの別にいいわよ。どうせその子もどうして自分が悪いのか分かっていないんでしょうし、私としてはフランが外に出るきっかけを作ってくれたのだから感謝すらしているわよ? まあ少々強引だったとは思うけどね」
妹を持つ姉同士であるが故か、初めからすべてわかっていたが故か、レミリアさんは特に謝罪も必要ないという。パチュリーさんや美鈴さんも謝罪を欲しているわけではないらしい。どうかこれ以後自分たちに関わらないでくれと心の中で訴えてくるに留まってる。
だがそれはおよそ不可能だ。地底のワインは全て紅魔館に頼り切っている状況。外から取り寄せたワインを紫さんに売ってもらうとなれば地底の税金の引き上げを行わなければならなくなる可能性も高い。かといって仕入れる量を減らせば今度は鬼が恐い。
「この子は人付き合いなんて知りませんし覚えませんからどうか許してやってくださいね。ですがこちらは紅魔館から多大な恩恵を受けている身。何もお詫びできないのは申し訳ないので紅魔館の修復でも鬼たちに手伝わせますよ」
私はしないが。私が行ってもただ足手まといになる未来しか見えない。
「いくら地底の主だからといっても貴方の独断であの鬼たちが動くのかしら?」
「えぇ。むしろ独断だからこそですよ。民主主義的に決定するということになるのなら地底が潰れます。あとついでに地上も」
鬼たちを動かそうとするならば報酬を用意を用意しなければならない。あまりに単純だと思うだろうが万人にとって最も効率よく人を動かすのは割のいい報酬なのだ。地底にいる妖怪達にとってのそれはすなわち酒である。仮に民主主義的に決定しようとすれば地底の総意だという名のもとに大多数が参加したがるに違いない。酒は実質タダで呑めるからだ。
こうなってしまっては収拾がつかない事態に陥ってしまうので、ここは鬼だけに絞って動かす。鬼だけならば何とかなるだろうし、鬼も昔とは変わった久々の地上を楽しめるはずだ。
修復中に呑まれては作業が進まないかもしれないから、修復が終わった後に地上で宴会でもしてくれればいい。妖怪の集う宴会に参加する者は特別鬼に恐怖することも無いだろう。
それに鬼の集う地上での宴会は萃香の悲願でもあったはず。今回もこいしの捜索を手伝ってくれた事だし、私からのちょっとしたサプライズとでも思ってくれればいい。
「? まあ何でもいいわ。館の修復を手伝ってくれるのなら大歓迎よ。パチェの魔法も万能というわけではないし。いつ頃から始められそうなの?」
「早ければ明日……いや、もう今日ですか。鬼は作業が速いので明後日には完成するんじゃないですかね」
普段はほとんど使わない時計もたまには役に立つものだ。地底にいる限り時間なんて気にする必要もそれほどない気がしていたが、地上との関係が深まるのならば時間を気にして動かなければならなくなるかもしれない。面倒くさいことこの上ない。
ようやく一日が終わったところで地霊殿EXも終了。次回からは少しの間ほのぼの平和回が続く予定です
…………18話かけて一日?????