「勝手な事を言ってごめんなさいね」
紅魔館だったものに帰って来てすぐ、レミィの第一声はそれだった。しかし急にその一言だけを言われても私たちには何のことかさっぱりである。レミィの心の内なんて彼女ともう一人しか知り得ないのだから。
「さとりとの話の時の事よ。貴方たちはこいしにも謝らせるつもりだったんじゃないの?」
「なんだ、そんなこと。初めは確かにそのつもりだったわ。でも諦めた」
想像以上に厄介だったのは姉ではなく妹の方だった。ここでも同じであるが、妹を見れば姉が如何にまともであるのかがよくわかった。
自分が悪い事をしたとは塵とも思っていない目。そもそも成り立たない会話。あれに謝らせようとすることが如何に無駄なことか。性格と能力に難があるというのはフランドールと似ている点だが行動力が桁違いだ。
結果、彼女はただ善意のつもりで迷惑をかけ、それが迷惑であることを理解しようとせず、反省することも開き直ることも無かった。あれは姉とは異なる意味で厄介な存在だ。
フランドールもそうだが彼女たちと会話しようとすると、私たちが棲む世界とは一線を画しているような微妙な違和感が積み重なる。古明地こいしはその最果ての存在。フランドールへ抱く違和感を極限まで積んだようなもの。
然るに私は謝罪させることを諦めた。彼女とまともに会話することすら到底できないだろうと判断したからだ。古明地さとりはそんな私の気の変化に随分と早い段階で気づいていたようだが。
あとは一日中あちこちを飛び回って疲れたというのも大きい。普段から運動をしないからとは言うけれど、むしろ魔法使いとして身体が強い方がおかしい。私の場合は持病の問題もあることだし、それが無ければきっとアリスよりは動ける。
「…………はぁ、もう駄目。疲れたわ。地下は無事だったから私はもう寝るわ」
魔法使いには食事も睡眠も不要だと言われている。実際にその認識は間違っていない。普段動かない魔法使いならば自前の魔力だけで賄える。しかし疲労というものは確実に蓄積するもので、今日のように一日動き回れば疲れて眠たくなることもある。
疲れたから寝るなどいつ以来だろうか。あぁ、きっとまた小悪魔に茶化されてしまう。『生粋の魔法使いである貴方様も疲労には勝てないのですね』なんて。本当に
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パチェはその性質故にほとんど睡眠をとることが無い。だから彼女が寝る時には相応の疲労が蓄積されているのだろうと考えられる。確かに今日は昼から大騒ぎだったし、最後には彼女の嫌いなさとりと対面することになったせいで精神的にも疲れていたのだろう。
彼女がほとんど寝ないせいで、彼女が寝る時に小悪魔が散々煽り倒すというのも最早何度も見た光景となった。本当に仲のいい主従だ。感覚としては咲夜が私の紅茶に変な薬草を入れたりするのに近いか。今日もまた彼女たちの声が聞こえてくる。なんだ、パチェもまだまだ元気じゃないの、と思っていても五分もすれば静かになっているのだけれど。
紅魔館が建っていた瓦礫の上。今この場にいるのは私と咲夜だけだ。
パチェと小悪魔は地下。美鈴は門の前。フランは紅魔館が再建されるまでの間地霊殿で預かってもらうことになった。さとり曰く精神へ強力な負荷を受けた状態のフランの経過観察をしなければならないらしい。
「しかし咲夜も変わったわね。貴方なら真っ先にさとりに斬りかかるかと思っていたわ」
「あの場には古明地さとりの他にも何人かいましたし、そんなことをすればお嬢様の、延いては紅魔館の品位を疑われたでしょうから」
つい半日前はそんなことも気にせず八雲紫と私の前で彼女にナイフを投擲していたくせに。たった半日あれば変われるのが人間の強みか。いったい何が咲夜を変えたのかは私の知るところではないが、あまりにひどかったさとりへの嫌悪が少々でも和らいだのであればこれからの紅魔館と地霊殿の関係もよりよくなるかもしれない。
「お嬢様こそ妹様のことは良かったのですか? 古明地さとりが妹様に何をするか分かったものではありませんよ?」
「私はさとりを信用しているからこそ預けたのよ。仮に相手が八雲ならば断わったでしょうね。貴方も心の底では分かっているんでしょう? さとりは決して私たちに害をなす妖怪ではない。その上で彼女を嫌うのは個々人の自由だから口出しはしないけれどね」
「そうでしょうか…………いや、きっとそうなのでしょうね。しかし私から彼女への感情が消えることはあり得ません。心を読まれる不快感というのは確かに存在しますから」
結局彼女は性格ではなく能力故に嫌われる。生まれ持ったその能力だけが理由で。いや、散々人を煽ったりするくらいだから性格も良いわけではないのだが、やはり嫌われている主な理由は心を読むという凶悪な能力だ。
私だって心を読まれることが好きなわけではない。さとりがどこまで読めるのか分からないが、会話の中では常に先を読まれ続けていると考えていい。そんな状況でまともな会話なんてできるはずもないだろう。
咲夜たちはきっとその部分をひどく嫌っているのだろう。全てを見通されているという拭い去れない不快感。八雲紫にもどこか通ずるところがあるが、あちらは単純に性格が最悪だから私は嫌いなのだ。何故さとりが彼女を嫌っている様子がないのか、私には不思議で堪らない。
「心を読まれるのが嫌なら妹のこいしの方はどうなの?」
「どうでしょう。私にとって彼女は本当に赤の他人でしかありませんから好きでも嫌いでもありません。強いて言うなら哀れ、でしょうか。彼女が能力を失った理由と現状。そのどちらもが哀れでならないですね。お嬢様はどう思っているんです?」
「私? 私もそうねぇ」
こいしが本来の能力を失って今に至った経緯は先ほど聞かされた。私は既に知っていたから二度目だったが何も知らない咲夜たちに向けての話だ。
心を閉ざしてからは何処へともなくフラフラと行動する日々。帰る事もほとんどなく心配しても当人はそれに気づいていない。
古明地こいしという少女の心は脆すぎたのだ。さとりが現在進行形で耐え続けているような他者からの大きな嫌悪を背負えるほど彼女の心は強くなかったのだ。
「哀れ……確かにその言葉が一番しっくりくるように思うわ」
好きでも嫌いでもない。誰も彼女を好きにも嫌いにもなれない。彼女が選んでしまったのはそんな道。嫌われることは無くなった。しかしその対価として支払われた彼女の未来はあまりにも……。
私たちに散々迷惑をかけてなお恨む事のできない妖怪。彼女のせいでフランが生命の危機に陥ったという話もさとりから聞いた。それでも憎めない。不思議な娘だ。
「さて、私たちももう寝ましょうか。朝起きれなくなっちゃうわ」
「ふふ。吸血鬼なのにおかしな話ですね」
「仕方ないわよ。もうすっかり
形は違えど確かに彼女の情報のおかげでフランを見つけ出し、連れ帰る事も可能となった。約束は約束だ。きっちり守る。
それに昼からは紅魔館復興のために鬼がやって来るはず。射命丸の方から解決後すぐの取材を取り付けたのだからまさか断るようなことはしないだろう。これは面白いことになりそうだ。
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レミリアさんたちが帰宅し、漸く長かった一日に区切りがついた。彼女たちを帰す関係上この部屋の結界が解かれたわけだがそんなことをすれば当然簡単に出入りできるようになるわけで、気づけばこいしは何処かへ消えていた。
この部屋にいるのはまだ帰っていない紫さんと私の二人だけだ。
「紫さんも冬なのに大変でしたね」
「本当に。それにまだしなければならないこともあるし、今年の冬眠は諦めるほか無さそうね」
「しなければならないこととはいったい何なのか聞いても答えてはくれないのでしょうね」
「そりゃそうよ。貴方に隠し事のできる稀有な存在である私が、わざわざ秘密をばらすなんてもったいないことをするわけがないでしょう?」
則ち私に関係する隠し事ですかそうですか。紫さんが私にしてほしいことなんて私にとって碌なことが無いから困るのだ。決闘法の考案とか成り代わりとか。とにかく私の胃に優しくない場合が多い。
「はぁ。次の胃薬は少し多めに仕入れてくれるとありがたいです」
「安心なさい。今回は貴方だけではないし、胃薬もよく効く物を用意しておくわ。それに今回はちょっとした実験のようなものですぐに終わるはずよ」
なんと私以外にも巻き込むつもりなのか。
「それは勿論私以外の誰かにも伝えてあるんでしょうね?」
「そんなはずないじゃない。ま、貴方が気にすることでもないわ。断るか了承するかの二択の話ではないもの」
問答無用に巻き込むだけか。いつもの紫さんらしい強引な方法だ。それが敵を増やすことになっているというのに紫さんは気にしようとしない。
考えられる理由は主に三つ。紫さんにとって嫌われても良いくらいの木端であるか、これ以上嫌われようが無いほど嫌われているか、あるいはそんなことをしてもなお紫さんを嫌うような事をしないかだ。
私の場合は三つ目か。互いの苦労を知っているせいで嫌おうにも嫌えない。私とまともに会話してくれるだけでもありがたい存在ではあるし、彼女に助けられたこともある。それ以上に振り回されているように思うがなんだかんだで悪い関係ではないだろう。私の他に萃香もよく巻き込まれているような気がするがそちらの関係も悪いようには見えない。
今までの経験から推察するに、紫さんは一つ目と三つ目を好んでいるように思う。二つ目といえば文さんが巻き込まれていたことがあったっけ。だがすぐに思い浮かぶのはそれくらいでその他は捨て駒を作ったりしている。
「無理矢理連れて来られた誰かが私と行動するんですか? それはかなり危険だと思いますが」
「そのあたりは恐らく問題ないわね。私に対しては一方的な嫌悪感を抱いているようだけれど、今まで見てきた感じだとその他の人妖には比較的温厚だもの。それにいずれ彼女と貴方は関わることになるでしょうからね」
この発言から恐らく二つ目の方法だろうことは分かったが、彼女の言っていることはますます分からなくなってきた。察するに今は私と関わりが無いが後々関わりが生まれるであろう人物……可能性は無限大だ。
「いったい誰なんです? 私と関わるなんて相当な変人だと思いますが」
「それは暗に私を揶揄しているのかしら?」
「まさか。そんな意図があったわけではありません。ただ珍しいなと。で、誰なんです?」
「言う訳無いでしょう? これ以上詮索されても困るし話題を変えましょうか」
それを相手の目の前で言うか。せめて心の中で言ってほしいところだ。紫さん以外なら心の中で言っていても分かるからいつもと大差ないのだが、声に出して言うのはどうなのだろうか。
ところで……、と切り出された話題は先ほどまでのものとは90°ほど異なるものだった。
「貴方のところの式神はなってないわねぇ」
おそらく紅魔館組の発言に噛みついたときの事を言っているのだろう。彼女のために何か言ってあげるべきなのだろうが事実だから何も言い返せない。
「貴方のところの式神が優秀過ぎるだけでしょうに」
そもそも術者の実力の違いが大きすぎる。紫さんが適当な式を打っても戒のようにはならないだろうし、私がいくら頑張っても藍さんのような式神は生み出せない。現実は平等などではなく非情なものなのだ。
藍さんも少々堅苦しいところがあることや、元の妖怪も九尾なんて言う馬鹿げた力を持っているせいで高圧的な態度をとるところは難点か。でも本当に欠点などそのくらい。
「頭も良いですし実力も十分。彼女一人いれば地底は回せるんじゃないですか?」
「無理ね。あの子は確かに私の式だから賢いし力もある。でも本当にそれだけ。今日だって異変解決について行きたいというからちょっとしたテストをしてみたんだけれど、驚くほどひどいものだったわよ?」
「いったい何をしたんです? 何をやらせてもそんなにひどい結果を出すとは思いませんが」
紫さんの自画自賛は無視して素直に疑問に思う事を尋ねる。藍さんといえばまさにオールマイティ。何でもそつなくこなすイメージしかない。
「異変解決に一番大事なのは実力でしょう。これは藍も持っているわ。でもその他にも大事な要素として機転が利くかどうかというのもある。如何に思考にロックをかけずに周囲を見られるか。これがあの子には決定的に足りない。頭が堅すぎるのよ」
すなわち柔軟に物事を考えられるかどうかのテストをしたわけか。だがそれは式神にとっては非常に難しい物の一つ。基本的に主人からの命令通りの動きしかしない式神にとって、その範囲外から投げられた物は意味の無い物だとしか認識しない。
演算能力は幻想郷随一の式神であっても機転が利くかどうかは全く別の話。そこを紫さんは試したというわけか。本当に式神に厳しい妖怪だ。
ほらこれ、と言って投げられた紙を見てみれば、おそらく藍さんへテストとして課したのであろう歌が一つだけ書いてある。
―――八雲立つ 雲間抜ければ 夏は来ぬ 惑い止まれば 春はまだ来ぬ―――
「なるほど。これはまた露骨な…………」
そもそも注視すべきは初めの『八雲』と『夏』と『春』だろう。
八雲は十中八九紫さんあるいは藍さんのこと。何故夏の後に来るのが春なのか。それはおそらく今が冬だから。春の後の『来ぬ』は
『八雲立つ』が本来の意味で使われているのならば……
「本当に貴方は自分の式神に厳しいですね。心の底から意地悪です。これは式神には導けてはならない答えであるはずでしょう? 答えを教えれば異変解決に連れて行ってほしいと言ったことすら忘れるかもしれませんね」
「まあ私はあの子を連れて異変解決に乗り出すことなんて無いから良いのよ。答えを教えるつもりも無いわ。だってこんな式神の存在を危うくする歌だと知ったら、ねぇ。何をされるか分からないもの。明日の朝食が無くなるかもしれない」
「それで済めばいいですけどね。そうなっても貴方の事ですから無理矢理命令して作らせるんでしょうけど」
結局少し解説しただけで答え合わせをせずに終わるという。一応聞かれればお答えしますよ
次話からしばらくは星蓮船までののんびり平和回になります。なおさとり様は(ry