全国各地を高速で繋ぐ都市間リニア新幹線の他にも京都と東京を直通で繋ぐ
初めは未来に来たことを俄かには信じられず、確信を得た後も私を警戒していた早苗さんはこれらの情報が集まるにつれてどんどんと私への警戒心を失くしていった。いや、これでは言い方が正しくない。私への興味を失くしていったというのが正しい。もはやこの娘の頭の中は超高速鉄道の事でいっぱいになって私への警戒に割くリソースが無くなっているだけなのだから。
さらに私は何ら不思議に思わなかった事だが、早苗さんにとっては京都が日本の首都になっているというのが最大限の驚きであったらしい。古来から神の末裔として継がれてきた帝。その住まう都市として発展してきた京が首都になる事に何の驚きがあろうか。
私はむしろ辺境だと思っていた東京方面に首都がおかれていた現代(?)に異常さを感じていた。しかしその辺りは生きてきた時代による感覚の違いだろう。そもそも千年前の地上しか肌で感じたことが無い私にとって京に都があるという事が当たり前だったというだけのこと。
日本の中心が東京だった早苗さんにとって現在の状況が異常であることはまぁ分からなくもない。その東京がもはや片田舎的存在になっているのならなおさらだ。
外の世界の事を全く私だって知らないわけではない。時折迷い込んでくる怨霊、紫さんから貰った本。その他様々なところから外の情報は得ていた。だから東京に首都があることは知っていたし、そこを中心に日本が、人間が回っていることも当然知っていた。
人間は移ろいやすい生き物だと思っていたがここまでだったとは思わなかった、と知った当時はそう思った記憶がある。しかし考え直してみればこれはただの遷都でしかなく、人間が幾度となく繰り返してきたことを千年の時を経て再度行っただけなのだ。結局還都したという事は、神の血が東京を好まなかったということの表れなのかもしれない。
この世界に放り出されて早五日目の晩。早苗さん就寝後のレミリア―――よく話をするのに敬称など鬱陶しいと言われた―――との会話もすっかり毎晩の習慣と化してしまった。
私を恐れていた頃とは随分と関係が変わった。レミリアはあの頃前面に出していた偉そうで強がっているような態度を出さなくなったし、私の方も地底の連中と同じくらい気軽に彼女と話せるようになった……と思う。
私には見えない物を見て、私には築けないような人間、妖怪関係を築いているレミリアとの会話は新鮮で楽しい。しかし笑顔で話す裏側で常に抱えている不安。それを表面化してあげた方が良いのか、それとも気づかないふりを続けてあげるのが良いのか。
レミリアをここに飛ばす理由にも利用された、彼女の中では重大な悩み。すなわち妹との付き合い方。第三者から見た結論から言ってしまえばそれは悩むだけ無駄なものなのだ。
フランドールは本当に不器用な子で誰との付き合い方も身に付いていない。それもそのはず。唯一の肉親であり、一番長く生を共にするはずの姉が彼女を避け続けてきたからだ。それが彼女の心を歪ませ精神を不安定にした。そして当のレミリアにその自覚はないのだ。
レミリアはフランドールの異常が生まれつきだと思い込んでいる。彼女が妹を知った時には既に狂っていたから。だから避けた。自分を守るためのその選択は決して間違いだとは言えないが失敗ではあった。未来を視るというレミリアの能力は完璧ではないからだ。
そこからどうして今の関係に至ったのか、どうしてフランドールが自ら地上に出られるほど自由を与えられたのか、そこまで深い事は私には読み取れない。聞こうとは思わないし無理矢理呼び起こす気もさらさらないので知りようもない。
だが確かに今の二人の関係は悪くないと言えるだろう。少なくともレミリアはフランドールへの後ろめたさを思いやりという形で無くそうとしているのが見て取れる。フランドールにある程度の自由を与えている事然り、先の騒ぎの後に彼女を叱らなかった事然り。
対するフランドールの方はと言うと、表面上は頑固にもレミリアを許そうとしていないように見える。心の中では既に決着している問題を今なお引きずっているように見せているのは彼女なりの照れ隠しか。するだけ無駄な心配を姉にさせ続けているというのに。
そんな私の考えも余所にしてレミリアはこれからのことを話す。所々に混じる幻想郷のシステムへの愚痴、親友への愚痴、従者、妹、人間……あらゆる物への愚痴をこぼしながらもまんざらでは無さそうに楽し気に話す。
しかしそんな平和っぽい空間も今夜は長く続かなかった。普段ならぐっすり眠っているはずの早苗さんが不意に起きてきたからだ。
「秋の夜長なのだから人間である貴方はもっと寝ていても構わないのよ?」
レミリアはそう茶化すが早苗さんはいたって真面目な表情を崩さない。尤もレミリア自身もその緊張を読み取った上で場を和ませようと考えての発言だったみたいだが。
「何者かの結界への干渉を確認しました。目が覚めてから即座に修復しましたが相手は既に結界内に入り込んでしまっています」
早苗さんの結界は所謂人避け。普通ならばここに近づいた時点でここへの用事すら忘れて入ってこないようになっている。
それが暴かれた。博麗大結界のような性質をもつ結界ならまだしも、人避けという明確な目的を持って張られた結界に抗う形で侵入してきた者は只者ではない。
しかも相手はおそらく人間。妖怪はいくら強力であってもこの時代に生きながらえていないだろう。生まれては消える儚い者たちだけがしぶとく根付いているだけで、固定の形と概念を備えた妖怪達は軒並み消滅するか幻想の郷に逃げたかしているはずだ。
「どうやらあそこにいるのがそうみたいですね」
そして人間だというのならば少しだけ心当たりがある。未来に生きる過去の彼女。結界を無意識的に暴いてきたのか、何かを探しているようではあるがこちらに気づく様子はない。
しかしまさか二人組だったとは思ってもみなかった。これだけ幻想が消えてしまった世界に人間の能力者がまだ二人も存在しているとはね。
「八雲紫……?」
「いえ、違います。あの妖怪ならばもっと邪悪な雰囲気を醸し出しているはず」
早苗さんの中での紫さん像がひどすぎる。先日も彼女に無理矢理気絶させられたそうだが、どうにもそれだけが原因の恨みではないようだ。敵愾心という方が正しいような激しい敵意を抱いているのが分かる。
比較的妖怪にも温厚であるはずの早苗さんをここまでにさせた紫さんの行動が知りたいものである。どうせ碌でもない事をして嫌われた結果なのだろうが。
二人組は段々とこちらに近づいてきているがまだこちらに気づく様子はない。
「相手の動向も探りたいですし早苗さん、あの二人に声をかけてきてもらえませんか。私たちが声をかけても聞こえないかもしれないので」
「構いませんよ。となるとさとりさんとレミリアさんの事は私からも見えない体で良さそうですね。変な会話になりそうですし」
流石。この辺りの頭の回転は速い。まぁ実際、紫さん似な人間の方は少なくとも私たちの事が見えると思うのだが、それを前提に会話を続けると齟齬が生じるかもしれない。それならばいっそのこと初めから何も知らない神社住みの少女を装う方が双方にとって損はないだろう。
早苗さんと共に私たちもは人間に近づいて行くが、私たち程暗闇に慣れていない彼女たちはまだ私たちに気づいていない。それでもメリーと呼ばれていた少女には私たちの声が聞こえていたようで、どこから聞こえたのか分からない声に怯えているのが見て取れる。
何故か尋常ではない程に怖がっているが、私たちにとってはそれほどにでも怖がられる方が都合が良い。早苗さんが声をかけて初めてこちらの存在にも気づいたようで、声が聞こえていたはずの少女も驚きと恐怖が入り混じったような顔をしている。声が聞こえていなかった方も不意な声掛けに恐怖が隠せていない。
…………なるほどなるほど。ここまで近づいてようやく十分に心が読めるようになった。どうやらマエリベリー・ハーンの方は妖怪である私たちの事も視認できているらしい。早苗さんの怪しい発言を気にしながらも明らかな異形である私たちを見て目を見開いている。
対する宇佐見蓮子の方は私たちの姿は見えていないようだ。早苗さんの方だけを見て怯えている。早苗さんもなかなか悪くない演技でマエリベリー・ハーンの不安を増幅させている。
「異常者は健常者と同じ空間で生き続けられないのです。そして貴方は間違いなくこちら側の存在でしょう?」
薄く微笑みながら揶揄うようにそう告げる。辛いだろう。苦しいだろう。でもここで越えなければ彼女らに未来は無い。ここで簡単に揺らいでしまうようならば二人で生きていくべきではない。趣味は悪いが試させてもらおう。その覚悟が如何程のものなのか。自分が世界にとっての異物であるという自覚。それを自分の脳がどこまで認められるのか。
迷いなさい。悩みなさい。その決断に正解はないのだ。きっとどちらを選んでも後悔してしまう。
どちらを選んでも不正解だが必ずどちらかを選ばなければならない。『どちらも選ばない』も当然不正解になり、時にはそれこそが最悪の結果をもたらすことさえある。
「それでも……それでも私は蓮子とこの世界で生きていきたいのよ」
レミリアには問題なく聞こえたようだが、私は読心の助けを借りてようやく聞き取れたほどに非常に小さな声だった。それでも彼女は宣言したのだ。きちんと決断した。
「ん? メリーなんか言った?」
「う、ううん。何でもないわ。少し夜風に当たりたいから蓮子は先にホテルに戻っていてくれない?」
少々苦しい言い訳。宇佐見さんの方もそれに気づかない程鈍感ではない。だがそれを指摘するほど無神経でもない。これこそまさに親友と呼ぶにふさわしい関係なのだろう。
全てを理解することはできずとも深く追及しない。それは無関心故ではなく相手の事を思うが故。
「美しいわね」
そしてそのあり方が私にとっては果てしなく眩しい。自分の方から心の距離を取ってしまう私には決して築けない関係だから。羨ましい、とは思わない。日陰を好む花が決して向日葵を羨まないように、陰を好む私が陽に生きる者たちを羨むことは無い。
だがそのあり方は、私のようなズルをする手段がなくとも言葉無しに通じ合う関係性というのは美しいと思うし素晴らしいと思う。
一先ず宇佐見さんは先にホテルに帰ることになったが、彼女の中にはもう一つの大きな問題がある。そう、早苗さんの事だ。
明らかに不審な人物ではあるが一応話は通じる。彼女の中での早苗さんはおおよそ人ではないナニカとして認識されており、共にいるのは危険だというまともな思考も残っている。
一般人なら(こんな時間にこんな場所にいる時点で一般人ではあり得ないが)早苗さんという危険物から離れることを第一に考えるだろう。それが健常者の思考。私はどちらかと言えばマエリベリー・ハーンの方が異常者に近い思考を持っていると考えていた。能力や経験も考慮しての事だ。しかしどうやらそうではなかった。より異常な思考を持っているのは宇佐見蓮子の方だった。
自らの好奇心に忠実。忠実すぎるがゆえにいずれ取り返しのつかない失敗をしそうな気さえする。
なんと彼女は早苗さんともう少し話したいなどと抜かしてそのまま連れて行ってしまったのだ。
……いやこれは面白そうだからとついて行った早苗さんも悪いのだが、それでも明らかな不審者を前にしてもう少し話がしたいと言ったり、明らかに不気味な神社に親友を一人残すことに躊躇いが無いという事に関しては絶対に宇佐見さんの方がおかしい。
とまあ色々と想定外の出来事はあったものの最終的には幼き日の紫さんに会って話すという目標は達成できたわけだ。私の中で勝手に立てた目標だが、そうでもしないとただ無為に過ごすだけになってしまうから。
「正直助かりましたよ。彼女……宇佐見蓮子さんがこの場に残っていれば混沌を極めることになったでしょうからね」
「えぇそうでしょうね。でもどうして蓮子には貴方たちの姿が見えなかったんでしょう。あの怪しいヒトは見えていたのに。グルだと思っていたけれど実は赤の他人だったり?」
「いえいえ。彼女は私たちの……身内? のようなものですよ。彼女は正しく『人間』なのであなた以外の目にも止まったのでしょう」
ここはきちんと誤解を解いておかねばならない。早苗さんの演技が迫真だったせいで私たちとは無関係な他人だと疑われていたみたいだし。
それにしてもこの娘が
いったいどこで道を踏み外したのだと考える暇もなく彼女の心の声が私の頭に入ってくる。喧しいほどの疑問の嵐だ。
「私たちが何者なのかについて深く知る必要はありません。どうして今貴方が考えていることが分かっているのかについても。不気味? 気持ちが悪い? えぇそう思って当然でしょう。恨むなら私に話しかけることを選んだ貴方自身を恨みなさい。私は能力の従うままに話しているだけなのですから。え? いやいや、私の隣にいる吸血鬼も先ほどの風祝も私と同じ能力は持っていませんよ。貴女だって連れの方と同じ能力ではないでしょう? 能力は各人に固有なものです。なるほど。能力者の絶対数が少ないから知らなかったのですね。これから生きていくなら知っていて損はないですよ。なにせ…………」
「その辺にしておきなさい、さとり。あちらさんも顔を青ざめさせているわよ……ってあら、逃げ出しちゃったわね」
いけない。あれほど純粋に妖怪を知らない者は久々だったからついつい嬉しくなって話しすぎてしまった。結局不気味な印象を植え付けただけで終わってしまった。それにしても……
「天鳥船……ですか」
彼女はやはり幻想に愛されているようだ。
えげつないほど蓮メリに救いがない分岐もあるのですが書けば読みますか? 最終的に行きつく場所は正規ルートと変わりありません
書くとすれば休暇編終了後に別枠で一話分書くという形になります。ちなみに結構胸糞悪いと思います
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あれば読む
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不要