古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

25 / 49
今年最後。サブタイトルが迷走しすぎているのはいつも通りです


蓮子は初対面相手には割としっかり敬語で話しそうな気がするのですが、そうすると早苗と蓮子のどちらが喋っているのか分かり辛くなるので口調を崩しています。それを前提にお読みください


休暇期間と三半規管

「へぇ、天鳥船神社に鳥船遺跡ですか。もっと詳しく教えてくださいよ」

 

「それは構わないんだけど……貴方ってこんなことも知らなかったの? 専門家が馬鹿にしてたから割と有名だと思っていたのだけれど」

 

「私はずっと山奥で閉鎖的な暮らしを強いられてきましたから世間に疎いのです。この場所が住吉神社だったというのも最近知ったばかりでして……はは」

 

メリーと別れてから、蓮子はまだホテルに戻ってはいなかった。流石に怪しさ満点の早苗を自分の泊まる部屋に連れ込むのは気が引けたからだ。蓮子一人で使う部屋ならあるいは連れ込んだかもしれないが、蓮子もメリーもまだ大学生。その資金力では一人部屋など夢のまた夢だった。

結局は天鳥船神社から少し離れた住吉神社の一角で談笑しているのである。談笑とはいっても基本的には蓮子から話題を出し、早苗がそれに反応するという形式だ。早苗はさとりからの忠告により下手な事を言えないので自然とこうなっているのである。

 

「ふぅん。そっちの話も気になるけどまぁ良いわ。さっき貴方がいた場所、あの神社には特殊な結界があるの」

 

早苗は下手な事を言えない。それと同時に蓮子もまた下手な事を言えない立場にいる。公になってしまえば確実に処罰が与えられるであろう愚行を幾度となく繰り返してきているからだ。今回の話題というのも本来ならば誰も知らない、知ってはならない極秘事項にあたる。

放棄された人工生態系。その中に生きる数多の動植物と危険極まりないキマイラ。そして中に設置された鳥居。何故か想定されていた軌道を外れて勝手にラグランジュポイントへと移動してしまった衛星トリフネ…………

 

蓮子はその全てを早苗に話したわけではない。部分的にかいつまんで伝えた。早苗のことを九割がた人外であろうと考えてはいるものの、本当に世間を知らない田舎娘である可能性も捨てられはしないからだ。しかし今時世間一般が知っている事も伝わらないような田舎に住んでいる人々などいないと言えるほど都会化が進んでいるのでやはり早苗は怪しく映る。

もし早苗が今知ったことをオープンなネットワークに乗せて発信してしまえば、それを教えた蓮子への厳罰は免れない。良くて退学処分だろう。

 

蓮子もそれを分かっているはずなのだが教える口が止まらない。興味のある分野について深く知りたいという早苗の思いは蓮子自身よくわかるものだからだ。

 

「人工物が人知を超えた挙動をする。人々はそれを単なるバグとしか認識できないんですか……」

 

嘆くような、呆れたような早苗の言葉に対して蓮子は、ならば早苗はどう考えるのかと問いかける。それに対し、早苗は自信満々にそれこそ神の力だと唱えるが、今度は蓮子が呆れる番だ。今時神の力などという馬鹿げたものを信じるような奴はいないからだ。

全ては科学で解決できる。人知を超えた物などあり得はしない。計画が失敗すればそれに見合うだけの根拠があり、コンピュータ内部でバグが発生すればそれが分かるのだから。

 

「ならば何故、未だにその動きが謎のままなんでしょうか? バグが見つからいない、科学的にも説明できない事象がそのトリフネには起こっているのでしょう?」

 

「バグが見つからないと言っているのも所詮は国際機関が表向きに発表しているだけかもしれない。表の情報に踊らされるしかない私たちにはどう足掻いても知ることのできないものじゃないかしら」

 

蓮子はあくまでも早苗の自論に納得しようとしない。自分たちの目という非科学が最も身近に存在しているというのに、それでも彼女は科学の枷に囚われている。彼女は何処までも非科学を科学で説明しようとしてしまうのだ。

 

「現実から目を背けるべきではありません。超常的な現象は常日頃から起こり続けています。量子コンピュータでも追いつけない先におわすのが神という存在なのです」

 

「神という万能物を持ち出して理論を破綻させようとする方が現実を見ていないのではないかしら…………いやまぁ私はその手の存在を完全に否定したいわけではないけれど、科学的に証明するのが私たち物理畑の人間の性だから。気分を害したのなら悪かったわ」

 

互いに譲れない者同士の会話。下手を打てば修羅場にもなりかねない状況を穏便に収めようとするのは流石年上か。

 

「……いえ、こちらこそ熱くなり過ぎましたね。こんなの慣れっこになっているはずなのに申し訳ありません。私も理系ですから蓮子さんの気持ちは分かりますし」

 

早苗自身も外での生活が長かったために神の否定という侮辱にも近い行為に対しての耐性は幾らかついてはいるつもりだった。だがしかし、一度幻想郷という『神が当たり前に受け入れられる土地』に行ってしまったがゆえにその落差が測り切れなくなっていた。

慣れは人を狂わせる。一度体に馴染んでしまった感覚は簡単には拭えないのである。今回は蓮子の気遣いに助けられたから良かったものの、まったく早苗の思いを理解できない相手だったらどうなっていたか分からない。

 

暫く無言の空間が続いたが二人とも次第にほとぼりが冷めてきたようで、蓮子の一言を皮切りに、先ほどまでの掛け合いがまるで嘘だったかのように和やかに会話を始めた。

 

「貴方も理系なのね。それでもそこまで神に執着するという事は何かあったの?」

 

「えぇえぇ。私は神社の風ほ……巫女ですから神の実在を誰よりもよく知っているのです」

 

蓮子には「巫女」という言葉がどこかとても遠い時代の言葉に聞こえた。現代ではもう既に滅びかけているからだ。それは何も巫女だけではない。観光名所と呼ばれるような、よほど大きな寺社でもなければ神仏に仕える職は追いやられてしまったのだ。

しかし当然ながら早苗はそのことを知らない。蓮子が早苗の出自を勘違いしてしまうことになるのも仕方の無いことなのだろう。

 

「じゃあ貴方はもしかして神の遣いだったりするのかしら?」

 

「神の遣い……。まぁあながち間違ってはいないでしょう。私は蛇でも蛙でもありませんけど」

 

蓮子にとっては冗談のつもりで放った言葉だったろう。或いは半ば本気だったかもしれない。蓮子の中では早苗が人外である可能性が極めて高いからだ。

だからこそ生真面目な顔で答える早苗にどう返せばいいのか迷ってしまった。そもそも否定されるだろうと読んで適当な話題作りでもしようとしていたのに、全く別の方向から答えが来たことで話題をどうつなげようとしていたのかすら頭から吹き飛んでしまった。

 

 

蓮子ーー! 早く! 逃げるわよ!

 

そんな蓮子の戸惑いを救ったのはいつも通りの親友だった。と言っても彼女も恐怖から逃げてきただけなのだが。ちなみにメリーの逃げた先に蓮子がいたのは運命のいたずらである。

疾走してきたメリーが蓮子の腕を掴んで急いで去っていくのを早苗はただポカンとして見送る事しかできなかった。

 

 

「やれやれ。貴方が過剰にビビらせたからよ、さとり。分かってるの? 折角久々に出会った客人でもあったのに」

 

「……えぇ、分かっていますからそう何度も言わないでください」

 

さとりとレミリアもメリーを追って来ていたようだった。彼女らにとって人間の疾走が遅すぎただけなのだが。

 

「喧嘩ですか? するなら余所でしてくださいね」

 

既に時刻は午前三時。ぐっすり眠っていたところを起こされた早苗にとってこれ以上の迷惑は避けたいところだった。

 

「まさか。私とさとりが喧嘩するのは世界が終わるときだわ」

 

「あらあら。それではこれから何度世界が終るか数えきれないでしょうね…………いや何、冗談ですよ。それで、まだ朝早いですが早苗さんはもう起きることにしたのですか?」

 

さとりにとっては一生に付してもらえれば良い程度の冗談のつもりなのかもしれないが、この場にいる二人にとっては何とも反応しがたい微妙な空気を生み出す冗談にしかならなかった。これはさとりが他人を和ませる冗談を苦手としているというのが一番の理由だが、二人からの古明地さとりという妖怪への評価も関係している。

早苗にとってのさとりは吸血鬼のレミリアと対等以上に会話する上位の妖怪であり、レミリアにとってのさとりは敵うはずのない相手として勝手に認識されているのだ。

 

さとりがこれに気づいていないはずはない。ただ誤解を解くのを面倒がっているだけだ。今まで幾度となく同じような誤解を見てきた。数百年の付き合いがある友人たちでさえほとんどは未だに誤解したままであることを考えれば、今ここで誤解を解こうとしても無駄だと思ってしまうのは致し方ないだろう。

結局この場の空気を和ませることができないと悟ったさとりがまた適当な話を振った。今の相手の求めている話題を自然に提供できるというのは一つ、さとりの長所と言えるだろう。たまに一方通行的な話し方をしてしまう事はあれど、基本的には聞きに徹することもできる。おそらくは面倒ごとを避けるために身に付けた処世術に似たものだろう。

 

「はい。目が冴えてしまったので。早起きは三文の徳とはよく言いますし悪い事でもないでしょう」

 

急な話題の転換に戸惑いながらも今の自分に合った話題ならば即時の受け答えに支障はきたさない。早苗自身もこの微妙な空気を生み出す原因になったことを気にかけていたようなので、さとりからのパスには素直に感謝しているくらいだ。

 

「所詮三文程度の徳にしかならないんですけどね。まぁ昼も夜も寝ていない私よりはよほど徳を積んでいるでしょう」

 

……早苗はさとりからの気遣いに感謝していたのに、さとりは空気を読むのが絶望的に下手なのかもしれない。心を読むのは得意。それをもとに相手の望む話題を出すのも得意だ。しかし能力に頼りすぎるがゆえに、普通の会話の中で空気を読むという行為が苦手なのかもしれない。

結局は彼女の自嘲によってまたもや微妙な空気が流れることとなってしまった。普段のさとりは頼りになる地底の主かもしれないが、今のさとりはただのポンコツである。何の役にも立たないどころかむしろ空気を悪い方向へ持って行っている。

早苗が『さとりさんって実はKYなんですか?』と遠慮がちに問うのも、さとりがその意味を理解してショックを受けるのも、もはやレミリアでなくとも想像に難くない未来だった。

 

 

 

 

 

 

 

初めに異変に気づいたのはここら一帯に結界を張っていた早苗だった。ただ神社の屋根の上に座って秋の明け方を眺めていた三人。その静寂を壊したのは早苗の一言だ。

 

「また結界が破られている…………いや、揺らいでいる?」

 

そう、早苗が張っていた結界が突如として揺らぎだしたのだ。早苗の持つ強大な霊力と神の血による加護があるため、生半可な事で彼女の張った結界は揺るがないし崩れない。

 

「!? ま、周りの景色が……! いったいどうなって……うっ」

 

三人のいる場所を中心として結界の外側の景色が歪み、グルグルと回りだす。

初めに音を上げたのは最も三半規管が弱いレミリアだった。*1ほどなくしてさとりも地面に倒れ込んだ。妖怪は人間に比べて感性が鋭すぎたのだ。

 

徐々に速くなる周囲の回転。しかし果たして本当に周囲が回転しているのだろうか? 実は結界内だけが高速で回転しているだけなのではないだろうか?

やがて自身も倒れ込むその刹那、早苗はこの感覚を思い出した。つい数年前に一度経験したこの気持ちの悪さ。自分たちが現実から透けて上書きされるような違和感。

 

 

 

 

今、天鳥船神社は永遠に幻想に封じられた。

 

2XXX年のある日の早朝。制御不能とされていたトリフネから内部生態系に関する大量のデータが送信されてきたというニュースが日本だけでなく世界中を駆け巡った。その中に奇妙な形態の生物を示すデータは一切無く、ただ順応過程の動植物に関する予測とその一致・乖離に関するものだけが入っていた。

住吉神社の一角が不自然なまでに均されているがしかし、これに何かを思う者などもはやいない。もう誰も天鳥船神社がここにあったことを覚えてはいない。

 

ただ一人を除いて、誰も。

*1
普通に考えれば高速で飛び回っているのでむしろかなり強いだろうが、話の進行の都合上弱い設定にしている




もしかしたら今の小学生とかはKYという言葉の意味が分からないのだろうかと思いつつ

作中での「住吉神社」は全て現実の「住吉大社」で置き換えてください。「守矢神社」と「諏訪大社」のようなものです


今年は急激に投稿頻度が落ちてしまいました。そして上げられそうにもありません。一作品の更新止めてこれですし。どうか気長にお待ちいただければ幸いです
どうか良い新年をお過ごしください

書くとすれば休暇編終了後に別枠で一話分書くという形になります。ちなみに結構胸糞悪いと思います

  • あれば読む
  • 不要
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。