古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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今年初投稿だからというわけではないですが今回は長めです。しかもちょっと重いかもしれないです


美しき死の幻想(ネクロファンタジア)

()()が現れたのは普段なら誰も寄り付かないであろう場所、旧血の池地獄の畔であった。

あまりにも静かに現れ、あまりにも自然に風景に溶け込む()()は血の池地獄をよく知る者にさえも違和感を覚えさせない程であり、たまたまそこに居合わせた二人組も特に気にすることなく()()に向けて歩き出した。

 

『そろそろ地上に戻らないとまた何か言われそうだけど』

『これ以上長居はできないし最後に少し神頼みでも試してみようか?』

『馬鹿。私たちが頼るのは決して神などではないのに……まぁこの際ついででしょうかね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、さとり。お疲れ様」

 

最後に見たグルグル地獄から目覚めた先にいたのはレミリアでも早苗さんでもなく、この世界にいるはずのない紫さんだった。目覚めたつもりだったが、実はまだ夢から覚めてはいないらしい。

 

「こらこら、現実逃避しては駄目よ。貴方たちはあの時代から何故か勝手に帰って来た。私の想定よりもはるかに早く」

 

「……紫さん?」

 

「えぇ、私は八雲紫。他の誰でもないしこれは夢でもない。いい加減現実を見なさいな」

 

頬を抓る。痛い。どうやら夢にしては出来すぎているようだ。

サードアイを紫さんに向けてみる。何も読み取れない。いつも通りだ。

地面に触れてみる。冷たい石畳ではなく、柔らかな布が手にあたる。私はベッドか何かに寝ているらしい。

周囲を見渡す。見慣れた私室が目に映る。寝ているのは自分のベッドか。

サードアイにも触れる。気持ち悪い。手にあたる感触も、サードアイが触られている感覚も、どちらも私の嫌いなモノそのままだ。

 

…………流石にこれは現実と認めざるを得ないか。

 

「あの、聞きたいことが山ほどあるのですが……」

 

「先にこちらの質問に答えてからでお願いするわ。これは結界維持をする上でも特に急を要することだから」

 

今まで見たこともないような真剣な表情でこちらを見つめる紫さんを前に、私はそれ以上の言葉を続けられなかった。

 

違う。

聞きたい事はたくさんあるが、その思いを上書きするかのように―――まるで誰かの感情が割り込んでいるかのように―――私はこの妖怪の話を聞かなければならないと思わずにはいられなくなっていた。ある種、強迫観念とも呼べるものが私の口を止めた。

 

嫌に神妙な面持ちをした紫さんは私ですら読めない所から切り込んできた(紫さんの心は読めないから当り前だけど)。

 

「貴方たち三人、どうやって帰って来たの? それぞれいるべき場所に送り返してはいるけれど事情はまだ聞けていないの。教えてくれるわよね?」

 

「は?」

 

は? 訳が分からない。私たちが独力であの時代から帰還できるのであればわざわざあのように面倒な手順を踏む意味はなかった。あんな不明瞭な説明を二人にすることもなかった。

 

「紫さんが私たちを帰したんじゃないんですか? 私はその認識だったのですが」

 

「違うわ。断じてそれは無い。私は一週間ほどあちらで過ごしてもらうつもりだったもの。しかし実際はその半分ほどで帰って来た。あちらからこちらへの移動に私の介入は全くないのよ」

 

「私だって全く知りませんが。そもそもあの二人にはこの旅行の真相すら悟られていなかったし、今すぐ帰りたいという思いはあの二人の心には無かった……って、あれ?」

 

まるで金縛りにあったかのように身体が動かせない。先ほども感じたような、思考に割り込まれる違和感を再び覚える。

 

「いったい何が」

 

「悪いわね。疑いたくはないけれど、貴方がまるっと本当の事を言っている保証は全くないもの。少しだけ、貴方の記憶を覗かせてもらうわよ」

 

 

私のアイデンティティの否定にもなり得ることをこの妖怪は平気で行う。しかしそれを指摘する前にまた暗転してしまう。

目を開けるとそこはすっかり見慣れてしまった神社の境内だった。しかしそれを認識した直後にまた周囲の景色が歪み、回り始めた。

 

もう何度目かの暗転が入るかと思われたが、今度は意識が浮上するように引き戻された。しかし気分は最悪だ。今日だけで何度吐き気を催しただろうか。

引き戻された後の視界には暗転する前と同じ、私室が映っている。しかし先ほどまでとは決定的に異なる点が一つ。先ほどまでの緊張感はどこへやら。

 

「泣いているのですか?」

 

「……は? 私が? 貴方の、気のせいよ。そう。昔の名を思い出したくらいで泣くわけないでしょう?」

 

これ以上触れるな。言外でそう言われているような気がした。ヒトには誰しも触れられたくない秘密や過去がある。弱みがある。紫さんもやはり、所詮妖怪でしかなかったのだ。

紫さんの心に生まれた一瞬の隙。忌々しい事に私の能力はそれを目ざとく発見してしまった。

 

 

苦悩。歓喜。悲嘆。寂寥。後悔。希望とそれを塗りつぶす絶望。

 

あり得ないほど負の感情が渦巻いている。どうして……どうしてこんな心をしているのに笑えるんだ。どうして泣くことを自分自身が許していないんだ。どうして、どうして。

 

「紫さん…………」

 

「言わなくても分かるわ。でもそう……貴方は見てしまった。知ってしまった。それについて何かしようとは思わないわ」

 

複雑な気分を余所に何処かホッとしている私を気にすることも無く彼女は話す。もう既に心は読めない。

 

「私はね、いつかこうなるだろう事が昔から分かっていた。1000年前、貴方に会った時から」

「…………」

「貴方は……さとりはどんな私でも幻滅せずに受け止められるかしら?」

「…………えぇ。私と貴方は友人なのですから」

「全てを知る覚悟があるのならばベッドから起き上がって三歩進みなさい。無いならばそのまま布団をかぶって寝てしまいなさい」

 

そう言うが早いか紫さんは自慢のスキマテレポートで何処かへ行ってしまった。

覚悟など聞かれる前から決まっている。私は彼女をもっと知らなければならない。かつて疎んだ彼女に迫らなければならない。

 

素早くベッドを抜け出して三歩前に進む。すると何の変哲もなかったはずの床が抜けたような感覚に陥った。落ちた先は何度か見たことのあるスキマの中。数多の瞳が不気味に私を覗き込む。この空間には重力が働かないのでこれ以上落ちることもない。

不思議な浮遊感に身を任せつつ周囲を見渡すと、少し先に大小二つの人影が見えた。もう迷う事は無い。その影に向かって飛んでいく。

近づくにつれ小さい影は一度だけ見たマエリベリー・ハーンの後ろ姿。大きい影は滅多に見ることの無い、紫さんの後ろ姿であることが分かった。

 

「紫さん!」

 

呼ぶと紫さんの肩がピクリと震える。確かめるようにそうっとこちらに振り向く様はあまりにも艶めかしくて同性の私でもドキリとしてしまうほどだった。

しかし同時に今の紫さんはそれほど弱々しいのだとも言える。

 

「ありがとう、さとり。もし貴方がマエリベリーの名を呼んでいたら私の存在は消えていたでしょう」

 

紫さんの指さす方を見てみれば、先ほどまでいたはずのマエリベリー・ハーンは何処にもいなくなっていた。つまり逆だったかもしれないってこと? そんな大役を私に? そもそも私が来なければどうなっていたというのか。

 

「貴方の覚悟は理解できたわ。私だけが知る、永遠に劣化しない心の封印を今解く。妖力を籠めて、私に光弾を一発撃ちこみなさい。遠慮はいらないわ」

 

いくら紫さんの頑丈な身体とは言えど妖力を籠めた弾を受け止めて無事で済むとは思えない。私の躊躇を読み取ったのか、紫さんが補足する。全力でなくともわずかな力を籠めてくれさえすれば良い、と。

 

 

その言葉に甘えさせてもらい弾を放つ。それが紫さんに着弾すると同時に空間が眩い光に覆われた。

 

「私、八雲紫はかの者に歴史を晒す。合言葉は……『宇佐見蓮子』」

 

奪われた視界の中、紫さんの声が高らかに響き渡る。

歴史? 合言葉? 私の中で渦巻き肥大する疑問とは裏腹に光は収束する。

 

「ようこそ、私の歴史へ。心より歓迎いたしますわ」

 

 

 

 

そこからは早かった。私の疑問が消えることは無かったが、紫さんはそれを気にすることも無くマエリベリー・ハーンの記憶を次々と私に見せた。

一番最後は私たちから逃げ出した直後の彼女の姿。走って逃げる彼女を見送って映像は唐突に終わった。

 

「お疲れ様。この記憶を引っ張り出せたのは、私が蓮子を思い出せたのは貴方のおかげだった。貴方はまだ何も理解できていないでしょう。今こそ全てをお話しますわ。さぁ、サードアイをこちらへ向けなさい」

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

八雲紫はその昔、境界を見ることができる程度の力しかもたない人間だった。初めの頃はそれが当たり前だった。だがいつからか夢の中で不思議な体験ができるようになり、いつからか夢の中の物を現実に持ち出すこともできるようになった。

蓮子の心配を余所に、メリーは自分の能力でできることが増えるたびにただ歓喜していた。能力の強化が妖怪化を加速させる原因になる事を知らなかった頃である。

 

何度か幻想郷に迷い込んでいたから妖怪は見たことがあった。竹林の蓬莱人や玉兎、そして紅い屋敷の従者と主人……えぇ、私は私になる前から彼女らを知っていたはずよ。実際はこの記憶を封印していたから初対面同様だったけれどね

 

メリーは自分がもう戻れない場所まで来てしまったことを自覚した後、八雲紫として生きることになる前に記憶を含めマエリベリー・ハーンという少女のほとんどを封印した。全ては未練を断ち切るため。

彼女はまず初めに自身の名を封じた。もはや人として生きられない彼女にとっては何より邪魔なものだったから。次に何より大切だった親友の名も、顔も、性格も、思い出も、全て封じた。それこそが一番の未練になるから。

 

えぇ。戻れないというのは比喩でも何でもない。私はかつての自身の能力によって夢の中で過去に迷い込んだ。それまでにも何度か同じようなことがあったからその時も別に焦りはしなかったわ。でもあの時はそれまでとは全く状況が異なった。私の精神は、身体はこの世界と完全に親和してしまった。決して後には戻れない。覚めない夢の始まりよ

 

記憶を封じた彼女はしかし、全てを封印しきることができなかった。妖怪として目覚めたばかりだった彼女の力不足故だろう。そのうちの一つが今回さとりたちをあの時代へ送り出すきっかけになったもの、未来に生きる『誰か』の姿である。

 

私は知りたかった。もう1200年以上も心の中に自分の知らないモノが存在していた。何かが足りなかったの。だから貴方たちを橋渡しにした。有り体に言えば利用した。不快でしょう? 目がそう言っているわ

 

だが彼女はそうしなければ封印を解くことができないことも分かっていた。記憶を封印した事実、何かしらの合言葉が必要な事、手掛かりは未来にあることまでは覚えていたからだ。

問題はどうやって未来に行くか。それを探すのに長年費やした。時の境界は禁忌であり、紫でさえ容易には触れ得ぬものだった。

 

カギになったのは東風谷早苗の能力。あの子自身の持つ奇跡の力を利用させてもらったわ。無許可だけれど気づいていないから大丈夫でしょう。そして送り出すメンバーは初めから決まっていたわ。マエリベリーの拙い封印は貴方たちの事を忘れさせてくれなかったから

 

自分の事と友人の事ばかりを気にし過ぎた弊害か、彼女にとってトラウマにもなり得たさとりたち三人の事は封じ損ねていた。すっかり頭から抜けていたからだ。それを思い出したのは初めてさとりに出会った時である。

その時の紫の動揺ときたら、今では想像もできないだろう。表情だけで心の内が読まれていたくらいである。

 

貴方に初めて出会った当時、まだ妖怪化してから二百年程度しか経っていない私にとって貴方はトラウマを想起させる化け物にしか見えていなかった。実際そんな妖怪だったと知ったのはその直後なのだけれど

 

心を見透かしてまくし立てる小さな妖怪。心を読ませまいとしていても何となく読まれているような感覚に陥っていたものだと紫は懐古する。

 

出会ってすぐは貴方を懐柔しようと考えた。……高圧的だったって? それはまぁ私自身も妖怪となって強くなっていたから仕方ないわよ。元々は地底を地上から切り離してしまおうと思って向かったわけだし

 

結局第一の目標はすぐに達成できた。地底と地上の不可侵条項を締結することによって、地底は地上と切り離された。さとりを懐柔することは叶わなかったが、結果的にはより良い関係を築けたと言えるだろう。

 

貴方がどうだったかは知らないけれど、少なくとも私は貴方をできる限り刺激しないように気を付けた。貴方が厄介なのは知っていたから。でもレミリアと早苗には少々強く出たわ。精神が幼くて捻りやすかったからかしらね

 

レミリアには武力で、早苗には精神的な弱みを利用して自身の事を強く印象付けた。結果的に両方に嫌われることにはなったが、それと同時に頭に残ることにもなった。八雲紫には絶対に敵わないと思わせることで後の計画にも投入しやすくはなったのである。

 

私は別に嫌われたくて嫌われているのではないわ。性格だってそう。本当ならばもっと柔らかい性格でいたいものよ

 

しかしそうはなれなかった。知らない世界に一人飛び込んで、何も知らないままに生き抜かなければならない過酷さ。ぬくぬくと生きてきた時代には考えられなかったような残酷な世界に足を踏み入れてしまったからだ。

そこで生まれたならばその環境が当然のように生きられたのだろうが彼女は違った。記憶の全てを封じられてはいなかったからである。

 

初めは虚栄だった。弱者とみられないように、元から持っていた能力と変化した能力を駆使し何とかて生き延びた。彼女の能力は使うたびに新しい可能性を見せ、彼女を高みへと導いていった。一時は全能感が彼女を支配したほど、できないことは無いと思わせるような力だった。

高度な能力の使用によって彼女の内包する妖力量は急速に成長し、能力の強さだけでなく妖怪としての格をも押し上げた。

 

強がっているうちに、死にたくないと思っているうちに私は本当に強くなってしまった。同時に直感的に悟ったわ。私たち妖怪に寿命という概念は意味を為さないであろうことを。……何故って? 簡単よ。妖怪となった私の一番初めの友人は萃香だったもの

 

紫は数十年かけただけで地上最強とも呼ばれた鬼の実力に並び、当時四天王の一角でもあった萃香から直々に力を認められた稀有な存在である。まさに鬼才とも言える才能を以て強くなったのだ。そしてそこから百余年。出会ってから一向に成長しなかった萃香はその他の鬼たちを引き連れて地獄に降りて行き、紫は名実ともに地上最強の妖怪となったのである。

 

月面戦争の話は一度したわね。あれが私の驕りだったことも話した。でもそれが地底に赴くことに繋がった、という話はまだだったわね

 

地底を地上から切り離し、あわよくば萃香を地上に戻そうと考えていたのである。最強と称された自分が負けたという事実が許せなかったからだ。その時には既にそう思えるほど強い自分に慣れてしまっていたのだ。

月に二度目の敗北を喫さないために萃香という強力な助っ人を引き抜いたうえで邪魔くさい地底に蓋をする。当時の彼女にはそれが最適解に見えていた。結局それはさとりに邪魔され、月面戦争のリベンジは千年の後に延期されることになったのだが。

 

あの時の私は本当に人間的だったわ。黙って萃香を連れ去った上で黙って蓋をすれば良かったんだもの。閻魔にはお叱りを受けたでしょうけど妖怪にとってそんなこと取るに足らないことなんですものね。そして、そこから先はもう貴方も知っての通りよ

 

さとりにとっても紫にとっても、過去千年間で最も長い時間を共有している友人は互いになるだろう。しかしそれだけの長い時間を共に過ごしてきたというのに、紫は今の今まで一切心を見せてこなかったのだ。

 

貴方を信用していなかったわけではないの。むしろその逆。誰よりも信用していると言っても良い。でも何かきっかけがないと。急に心を開いても不自然でしかないでしょう? 言い訳? 確かにそうかもしれないわ。何はともあれ今回ようやくきっかけができた。幼い頃の記憶を取り戻せたし、何より尊かった我が友人の顔も名前も思い出すことができた

 

今の紫ならばそれらを思い出してしまっても迷う事は無い。選択肢などもはや存在していないから。あの頃に戻る手段はもうないから。

 

寂しい。悲しい。虚しい。恋しい……そんな感情はもう何処かに置いてきてしまった。或いはそれをひた隠して気づかないように振る舞っていただけかもしれない。ねぇさとり、貴方が私の心に見た物を教えてはくれないかしら?

 

精神的に弱かったからこそそれを隠蔽するために心に蓋をした。さとりにさえ読めないように固く閉ざした。記憶を消し、未練を断ち切ることで彼女は自分を保った。

それが暴かれた今、彼女の心は彼女でさえ完全に理解できるものではなくなってしまっている。自分の事は自分が一番よく分かっていると常日頃から言っている紫も、今この時ばかりは心の代弁をさとりに委ねた。

 

 

苦悩

妖怪になった時、どう生きていけば良いものかひどく思い悩んだものね。あの頃はまだ弱者でしかなかったもの

 

歓喜

とても懐かしい感覚だわ。全てが上手く行くように感じた。結局のところは後悔に入る前の全能感でしかなかったけれどね

 

悲嘆

心の異物に気づいたときには一時悲しみに暮れたこともあったわ。思い出したい事をどうしても思い出せなかったんですもの。あの子のことも

 

寂寥

これは悲嘆のあとにきた感情だったでしょう。一時無気力にもなった私を力試しやお酒で救ってくれたのが萃香だったかしらね

 

後悔

今となってはなくなってしまったわ。この世界は本当に私を受け入れるためだけに存在している、そう思うほどに私はこの世界を好きになってしまったから

 

過去を懐かしいと思いはする。蓮子に会いたいと願いはする。でもそれは叶うことの無い幻想でしかないわ。私はマエリベリー・ハーンではなく、この世界と共に生きていくことを選んだ八雲紫。記憶が全て戻った今も、この世界を愛する心に一点の曇りもないしあの頃に戻りたいとも思わない。それは貴方が一番よく理解できているでしょう? さとり

 

紫はこの世界を見て、触れて、感じて、心の底から好きになってしまった。忙しない世界で親友と二人で旅をする。それもきっと楽しかった事だろう。それを忘却してしまった彼女の心を埋めたのが深い愛情だったのである。

かの時代で受け入れられなかった能力はどこに行っても受け入れられるようになり、生き延びるための力はいつしか世界を守る力に変わった。

 

この記憶を今思い出せたのもきっと必然だったのでしょう。貴方たちが想定よりはるかに早く帰って来たのも私が記憶を取り戻していれば理解できていたでしょうけれど残念ながら思い出したのは今。貴方たちが自力で戻って来た方法に心当たりがあるから教えてあげるわ

 

そう言って紫が懐から取り出したのは『天鳥船神社』と書かれた扁額。

 

これがあったのは血の池地獄跡。貴方たちが倒れていた場所よ。この扁額は貴方たちと共に時代を渡って来た。これは私の仮説だけれど、貴方たちはおそらくこの神社の幻想入りに巻き込まれたのでしょう。事実、あの夜以降天鳥船神社は跡形もなくあの場所から消えていたんだもの

 

封印されていたからこそ風化せず鮮明に蘇る記憶。彼女はさとりたちから逃げ出した翌朝、一人で再び同じ場所を訪れたが、そこにはただ平らな土地だけが残されていたのだった。蓮子に聞いてもそんなものがあった記憶はないと言われ、そもそも大阪に来た目的さえ忘れられていた。

大阪付近の天鳥船神社をインターネットで検索しても一致する記事は見当たらず、似たような名前の分社だったと思しき神社がぽつぽつと出てくるだけだった。

 

幻想入りしたものは永遠に人々の記憶から消え去る。当時はその事を知らなかったから自分が恐ろしくなった

 

自分にだけ見える妖怪。自分だけが覚えている場所。自分だけが()()できる夢。もうそのころから自身が人外めいていることにも薄らと気づいていたのだろう。

 

貴方の記憶を覗いてみて初めて分かったわ。神社が幻想入りした絡繰りの原因となったのは貴方たち、特に早苗の行動による。ただでさえ人が忘れかけていた神社にさらに人除けの結界を張ったみたいね。そしてその時代の博麗大結界がそれを感知したんでしょう。神社は未来の幻想郷に飛ばされているはずよ

 

しかしさとりたちはその時代の幻想郷に同一のものが存在している。幻想入りする建物の中にいるが同じ時代には飛ばすことができない。さとりたちだけがこの時代へと飛ばされて戻される……そのはずだった。

 

不可解なのはこの扁額とそれについてきた鳥居。これらだけが時代の壁をすり抜けてこの時代に飛ばされた。悪いけれど調査のために血の池地獄は一時封鎖させてもらうわよ。……何? いつもの私に戻ったって? もう私の記憶に関して話すことは無いんですもの。長旅で疲れているでしょうからもう寝た方が良いわ……休暇中に溜まっている仕事? まだ貴方たちが出発してから現実時間でまだ半刻も経っていないから安心なさい

 

話すことを話してスッキリした紫とこんな状況下でも溜まっている分の仕事だけはこなそうとするさとり。本題が終わればすぐに頭を切り替えるという点でも二人は案外似ているのかもしれない。

紫の能力によって眠りに誘われたさとりを元居たベッドに戻して紫は独り言ちる。

 

初めに貴方がマエリベリーの名を呼んでいたとしても私が消えるなんてことは無かったわ。これは貴方が見たあの子の姿をもとに生み出した幻影でしかないのだから。貴方がいったいどんな顔をするのか気になっただけだけれど、思ったより悪くなかったわね。……ありがとう、おやすみなさい

 

 

 

現実時間での数十分。それだけの間にさとりたち三人は外の世界を観光し、紫は過去を暴くことに成功した。紫にとって全てが計画通りとはいかないが、その計画よりもはるかに大きな収穫を得ることになった数十分間であった。

 

 

なおこの後レミリアと早苗が経験したことは全て夢の中の出来事でしかなかったとさとり経由で説明してもらうことになるのは別の話。鳥居の調査を言い訳にして説明を他人に丸投げする賢者に呆れ返る覚妖怪がいたとか何とか。




紫=メリー説が大丈夫な方は是非「The beautiful world」を聞いていただきたい


次はアンケートで過半数を超えたので番外編を次に投稿します。読みたくない方は無視して頂ければ

書くとすれば休暇編終了後に別枠で一話分書くという形になります。ちなみに結構胸糞悪いと思います

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