古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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前回までとは真逆で内容はかなり明るいです
少し短めですが


東方星蓮船
暗雲広がる幻想郷


「おはようございます! さとり様」

 

「おはよう、お空。今日も元気そうで何よりだわ。お燐もおはよう」

 

この子が元気なのはいつも通りで良いとして、お燐はどこか浮かないというか疲れたような顔をしている。最近はゾンビフェアリーたちがまったく働かなくなったから彼女の負担も増えており、それが原因となっている。

私に挨拶だけしてキッチンに向かおうとするお燐を引き留め、代わりに今日は朝食の準備を戒に頼むことにする。過労で倒れられたりなんかしたら私が悲しくなるから。

 

「今日は一日休んでいなさい。貴方の分の仕事は私が代わりにしておいてあげるから」

 

「そんな……でもあたいの分の仕事って結構大変ですよ?」

 

何、昔は私一人で全てをこなしていたのだから問題ない。ペットが増えたのと怨霊が増えたのでどれほど労力が変わっているのかは分からないが。それに最悪戒もいる。私の隠居のためには全ての仕事をいずれあの子一人にしてもらうことになるし、今の内から少しずつ慣らすのもアリだ。

お燐が最近疲れ気味な理由は先の通り、ゾンビフェアリーの怠慢が原因だ。妖精のこなしていた分の仕事に加えて妖精たちを宥めなければならないのだからそりゃ疲れる。

 

では何故最近妖精がまともに働かなくなったのかと言えば、地上から落ちてきたとある木片が原因である。私から見れば何の変哲もない木片でしかないそれはしかし、ゾンビフェアリーから見れば奇怪な飛行物体に見えているらしい。ゾンビフェアリーだけではない。お空やお燐、戒、パルスィなんかもそれが木片であるとは認めなかった。

その形が面白かったのか珍しかったのか、妖精たちはすっかりその物体に気を取られて遊ぶようになってしまったのだ……というのを昨晩知った。お燐の顔色が悪い事を問いただして聞き出した。妖精の様子になんて興味が無かったから全く気づけなかった。主人として恥ずかしい。

 

とにかく今日はお燐を休ませ、妖精から木片を取り上げたうえでしっかりと仕事をこなせるように催眠をかけなければならない。お燐は妖精に催眠をかけることを嫌がるが、一度屋敷の仕事をやらせて例の木片の事を忘れさせるのが一番早い。

催眠をかけてしまえば碌に指示を出さずとも今日一日分の仕事くらいはまともにこなしてくれるだろうし、お燐の仕事を肩代わりする私も少し楽ができる。

 

 

で、問題はこの犯人だ。視覚情報を誤魔化してその正体が判らないようにするという点で見れば能力者に心当たりがある。この冬に地底を抜け出していった封獣ぬえだ。だが何故彼女の能力のかかったものが今地底にあるのかが分からない。

地上からの宣戦布告のつもりか? いや、そんなはずはない。彼女は誰よりも地底の厄介さを知っているはず……その上で挑発するような奴ではあるけれど。だが違うだろう。となるともう真意を推測することも不可能なのでまた紫さんが来た時にでも聞いてみるか。

 

食事中もそんなことを考えていたからか、お燐からは逆に心配されることになってしまった。情けない。とりあえずお燐には一日休暇を与え、温泉に行くも勇儀たちに会いに行くも自由としておいた。

 

 

 

のだが今お燐は私の膝の上にいる。仕事をするのに邪魔になるから退きなさい、と言っても『何をしても自由って言ったのはさとりだろう?』だなんて言って退いてくれない。

 

「そんな所にずっといてもつまらないでしょう? たまには遊びにでも行ったらどう?」

 

『なんだかんだあたいはいつも遊んでいるようなものだからねぇ。こうしてさとりの膝の上でのんびりするのも悪くないよ』

 

はぁ……。こういう時のお燐は本当に猫らしい。只管に自由気まま。私の家に棲みつく前のお燐はこんな感じだったっけ。もう出会った当初の事はあまり鮮明に思い出せない。

薄情だと思われるかもしれないが、私のペットとの出会いなんてだいたいそんなものだ。そもそも妖怪化する前提で飼い始めているわけではないし、行き場を失った子たちの保護の延長線上でしかなかったわけだから。まぁお燐は出会った当時から人語を解していたし半分妖怪化していたけれど。

 

 

そう思うと私も長く生きてきたものだ。たかが千年と言いはすれどその間に地上から逃げ、地底を任され、今ではたくさんのペットたちを飼うようになった。ただの獣が妖怪になった者もいくらかいるほどの年月をここで過ごしているわけだ。

お燐はそういった獣たちの初めの一匹だ。まだこの屋敷を私一人でやり繰りしていた頃だったか。これに関してはお祝いに赤飯を炊いたからよく覚えている。

 

『どうしたのさ、なんか遠くを見つめてるけど』

 

ああいけない。懐古していたら手が止まってしまっていた。昔を懐かしむのは良いけれどせめて今日の分の仕事を一通り終わらせてからにしなければね。

 

今日の分は…………ふむ、酒税をもっと下げろとな。確かに最近は急激に酒の価格が上がっている。地上で価格が上がればそこから仕入れている地底はもろに影響を受ける。地底で造っている酒も多いが、こちらも地上から輸入した酒の価格上昇に伴って値を上げてきた。

結果として今の地底は数か月前に比べ、格段に酒を入手しづらくなっているのだ。この状況が芳しくないというのは私も自覚している。今何とかなっているのは勇儀や萃香など力のある鬼が旧都を纏めていることと、戒が地底の主として居座っているからだろう。旧都の妖怪の多くは戒の元部下たちだし、彼らは戒が操り人形になっていることも知らないから。

 

酒の値段は上がっている。だがこれ以上酒税を下げるのは現実的ではない。現在は如何なる種類の酒であっても税率は一律5%としているからだ。あまりに破格であるが、酒好きの多い地底においてはとにかく安くて美味しい酒が命なのだ。

その他消費税、住民税諸々なんかは1%しかとっていないし、本当に地底は税金が低すぎるくらいなのだ。その徴収した税金もほとんどは地上から酒を輸入するのに使うし。

 

つい最近まではこのような税制でも全く問題が無かった。こんな文句が全く出てきていなかったわけではないが、出していたのは本当に下の下、賭場に入り浸っているような連中ばかりだった。ところが最近ではほとんどの店で酒の値段が倍近くにまで高騰し、今まで普通に酒を買って呑んでいたような妖怪達からも不満の声が出ている。

ここまで急激に酒の価格だけが高騰した理由は私には分からない。地上、もっと言うなら外の世界で何かしらの異常事態が起こっているのかもしれない。幻想郷の酒も多くは外の世界由来のものだし。

 

とにかく今の地底は酒を買いたくても買えない者が多数いる状態だ。皆が皆萃香のように自前で酒を用意できるはずはないから当り前なのかもしれないが。貧富の差が地上程ではないとはいえ、やはり生活を優先するために娯楽を泣く泣く諦めている者が現在非常に多い。

下手な暴動が起こってしまう前に何とかしなければならないが税率を落とすわけにはいかない。どうにかして地底産の酒の価格を落とすしかないのだ。非常に不本意だが輸入する酒を規制するか。

 

「お燐、パルスィを呼んできてもらえるかしら? あ、他の奴らは呼んでこなくて大丈夫よ。彼女だけ連れてきてちょうだい」

 

ぞろぞろついて来られたら鬱陶しいし邪魔にしかならないだろうから。

 

お燐が人型になって部屋を出て行くのを見送ってから引き出しの中を探る。下から二段目、バインダーに挟んだ書類の中に目的の紙もあった。『外来酒一覧』地上から仕入れている酒は全てこれにまとまっている。最終更新日は三週間前。ブランデーを追加した翌週だ。確か地底では大して人気が出なかったので翌週に削除したのだったか。

ブランデーに限らず洋酒は地底ではあまり人気が無い。値段に対して味が釣り合っていないという意見のようだが、そもそも彼らの舌は数百年以上日本酒を味わい続けてきたのだから合わないのは当然である。

 

地底で出回っている洋酒の一つは紅魔館のワインだ。これは紅魔館との直接取引によって買い取っている物なので他に比べて格安なのが良い。外の物価の影響を全く受けないので安定的な供給を見込める。何故か最近は取引価格が上昇しているが恐らく不作だったりしたのだろう。自家栽培の欠点だ。

その他はかなり強い酒。そもそも深く味わう必要のない者たちにとっては辛ければ辛いだけ刺激があって良いというところがある。やはり馬鹿なのではとも思うがどうなのだろうか。これも一種の酒の楽しみかたなのだろうか。

 

「久しぶりね。お元気かしら?」

 

つらつらと考え事をしているとふと声をかけられた。声の主が誰かなんて聞くまでもなく分かっている。この部屋にノックもせず、それどころか扉を開けもせずに入ってくるような知り合いは一人しかいないからだ。

 

「丁度良かったです。少々お願いしたいことがありましてね」

 

背を向けたままそう返すと「つまらないわねぇ」と言われてしまった。仕方ないじゃないか。昔はこの登場の仕方にひどく驚いていたが、今となってはもはや慣れたもの。声をかけられた瞬間にビクリとするだけだ。

 

「で、私にお願いしたいこととは?」

 

「少し仕入れるお酒の種類を減らそうかと思いましてね。ここ最近は値段が跳ね上がったせいで不満の声も大きくなってきているので」

 

紫さんもなるほどと唸る。酒の価格の高騰は紫さん自身も気にしていた様子である。しかしそれにしては顔が暗すぎる気がする。気づいていたならそれまでだと思っていたが何か問題でもあるのだろうか。

 

それを尋ねてみると紫さんからは思いもよらない答えが返って来た。曰く「高騰している理由が分からない」とのこと。

 

「確かに外で価格が上がれば幻想郷での酒の価格も上がるわ。でも今回は違う。外での価格変動はほとんど無い。にもかかわらず幻想郷ではどこを見ても高値が付けられているの。初めは私の関与していない所でぼったくっているのかと思っていたけれどどうにも違う。挙句の果てには人里と関係ないような紅魔館でも酒の価格を上げだした。……不作? そんなものあそこには無縁のものでしょう。門番の能力と魔法とで厳重に管理されているのだから」

 

私の予想が根底から崩れ去る音が聞こえるようだった。紫さんにさえ理解できないようなことが今幻想郷で起こっている? 外での物価には全く関係が無く、飲み屋や酒屋の結託というわけでもない。不作でもなかった紅魔館ワインの値上げがその確たる証拠となった。

 

「地底でも酒の価格が上昇しているんでしょう? 恐らくそれは地上からの酒の仕入れを減らしても変わらないわ。原因は私の方でも探っておきましょう。

ところで話は変わるのだけれどこんなもの見なかった?」

 

続きが気になるところではあるが紫さんが動き出したのならば解決はそれほど遠くないだろう。

次いで紫さんが懐から取り出したのは見覚えのある木片。当然知っているのでポケットから出して紫さんに渡す。これは地底にあるべきものではないはずだ。

 

「ありがとう。……そろそろ霊夢も動き出してほしいところなのだけれど。幻想郷が春になるまでまだもう少し時間がかかりそうかしらね」

 

やはりよくわからない。しかし仕入れ量を減らしても現状に変化がないのだとすると……パルスィは呼ばれ損になってしまう。申し訳ないし昼食でも御馳走するか。




お燐は猫の姿になるとちょっと口調が変わります。実際には猫の状態では話せないので口調が変わっているように見えるだけですが
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