古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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たった千数百字でも改行しまくって隙間を空けまくったら読むのに時間がかかる不思議


地底への刺客

それはまだレミリアがさとりたちと話している頃の事。

 

紅魔館の何も無い平和な日々に突然乱入した古明地という異分子。フランドールの精神状態を安定させるために話を聞き、宥めたうえで更なる続報を伝えようとレミリアの部屋に訪れた咲夜。だが扉を開いた彼女の眼に映った部屋にはいるはずの主人の姿が無かった。

普段は冷静沈着で人間味が無いと思われるメイド長もしかし、れっきとした人間であった。自身の嫌悪を煽るような言動をする憎き相手、古明地さとりの事になれば、思考の過程がいくつか飛ばされるのは今に始まったことではない。

 

否、咲夜だけでなく美鈴もパチュリーでさえも古明地さとりに対しては一定以上の嫌悪感を抱いている。彼女たちにとってさとりという少女ははったりだけの詐欺娘でしかないからだ。

唯一無二の主人を、親友を誑かして地上とのパイプを作っている少女として。

レミリアは地底を発展させるために使われた体のいい駒として使われていると誤認している紅魔館の住人たち。

 

悲しいかな。それは彼女らがレミリアの事を信用していても完全に信頼しきれていないからこそ生まれてしまう感情なのだ。

 

『お嬢様ならばあのような下種の手駒になんてならないはずだ』

『レミィならばあの程度わけなく打ち負かせるはずだ』

 

と、そう思えるならばこのような誤解はよもや生まれ得まい。レミリアはその思いに気づいていないのだろうか?

 

そうではない。彼女は気づいていながらもこれを放置しているのだ。理由は単純。説明が面倒だからだ。

もしここで『私は別にさとりの意思に従って動いているわけではない。彼奴の手駒になるなどあり得ない』と弁明したところで彼女らが納得するわけがないのだ。表面上は納得の意思表示をしたとしても、心の中では決してそうはならないだろうことがレミリアにも分かっている。

 

元よりマインドコントロールに優れている(と勝手に思われている)さとりが相手なのだ。レミリアの意思すら奪って言わせることも可能なのではないか、と言う疑念を抱くことは間違いない。完全に疑いを晴らすことは現状不可能なのである。

しかも厄介な事にレミリア自身もまたこの状況を楽しんでいる節がある。彼女にとって今のさとりに対する咲夜は一昔前の自分に対する咲夜像に重なる部分がある。

 

ただ自分に従順なだけだった咲夜が誰かに強い嫌悪感抱いている。そのことに対してわずかな愉悦を含んでいるのだ。対象が自分でないのが些か残念、といったところか。

幼い見た目に騙されてはならない。吸血鬼はあくまでも大妖怪。他人の持つ強い感情でさえもただの暇つぶしの道具でしかないのだ。

 

 

一方でさとりがこの誤解を解こうとしない理由、これは言うまでもなく聞く耳を持ってもらえないからだ。何を言っても聞かない連中に割く時間など無駄でしかない。

その時間があれば読書も執筆もできる、とそう考えているのだ。

 

故に彼女はレミリアとさとりを取り巻く人妖の意思を全て理解したうえで現状を保っているのだ。

 

憎まれることも、嫌われることもとうの昔に慣れてしまった哀しき妖怪。

彼女はただ自分の事など放っておいてくれればよかった。嫌いならば近寄って来なければ良いと思っていた。

しかし現実はこうも非情なるか。

彼女の願いに反して人間はどこまでもしつこい生き物だった。

 

弱者に対して優位に立ったと見ればそれを誇示するかのように力の差を見せつける。逆に劣位に立ったと見れば異常なまでの反骨心を燃やすこともある。

目の敵とした者を地獄の底まで追うほどの執着心をも持つ。寿命が極端に短いからこそ狙った獲物を逃さぬとばかりに追ってくる。

 

相手が妖怪であれば、神であればすぐに飽きられて放置されることも容易かっただろう。実際に地底ではもはやさとりの存在を覚えている者すら少ない。死んだと思われる者に脳のリソースを割くくらいならば今日呑む酒の事を考えた方がマシだからだろう。

しかしこれが人間となれば違ってくる。本当に死んだのか、また誰が憎むべき相手を葬ったのか。そこにまで思いを巡らす。そしてその出来事を忘れることは無い。

 

妖怪ばかりの場所で千年近くも生きてきたさとりは人間への対応が致命的に下手だったというわけだ。人間の性質を見誤ったが故の現状。

放っておいて欲しかった彼女はしかし放っておかれず、妖怪三人での談笑は音も無くやって来た一人の人間によって破られた。

 

「あらあら、今日は本当に千客万来ですこと。貴方が立つべきはさとりではなくそちらのチビッ子吸血姫の後ろではなくて?」

「……ちっ

 

レミリアの部屋に誰もいなかったことから攫われたことを確信した咲夜。門を通らなかったことを確認した彼女は誘拐犯が紫であると決めつけた。このようなことができるのは彼女の知る限るでは紫だけだからだ。

部屋が空だったことで一瞬パニックに陥った彼女だが、頭はひどく冷静に行き先を地霊殿と結論付けた。紅魔館での急な古明地騒動とレミリアの誘拐。これらを統合すれば真犯人はさとりの他に考えられないと判断したのだ。

 

 

そして長時間をかけて(時間をかけずに)地霊殿にたどり着くと誘拐犯に慈悲は無し、とさとりの後ろから幾本ものナイフを投げつけたのだ。

しかしこれに対応したのは紫。ナイフは全て呆気なく無限の隙間に飛ばされてしまった。投げたナイフを回収できなければそれ以上は投げられない。今の咲夜はただ時を止められる少女でしかなくなってしまったのだ。

 

たとえそうであっても相手が人間ならばどうにでもなるだろう。時間停止と言うのはそれだけでも十分に脅威になる。

しかし今目の前にいるのはそれぞれ地上と地底のトップ。詰み、である。

 

「はて、何かおっしゃいました?」

 

「いえ何でもないですわ。私の言いたい事はただ一つ。お嬢様を返していただけないかと」

 

「えぇえぇ、もちろんお返ししますわ。ただしこちら側の用が済めば、ですけれど。それまではしばらく拘束させていただきますわ」

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

「おや、レミリアさんと咲夜さんはどうしたんです?」

 

「しばらくスキマの中で眠ってもらったわ。本当は咲夜だけでも良かったのだけれど、まあついでね。主従一緒の方が何かと安心でしょう?」

 

どうせ寝ている時間も紫さんの匙加減なのだから咲夜さんだけでも良かった気はするが。それにしても境界の能力は本当にできることの底が見えない。

気絶させることくらいならば強いトラウマを瞬時に想起することで私も真似できるが、その気絶した相手を入れておく場所もスキマ。この妖怪にかかれば何でもありだ。

 

「それにね……ここだけの話、今回の騒動にレミリアは関与しないべきだと思うのよ」

 

「どういう事です? レミリアさんは騒動の起こった紅魔館の当主。関わらないのはむしろ不自然では?」

 

「いえ、そうではないわ。こいしの次の狙いは紅魔館になる。真の狙いはフランドールの外出、かしらね。意図はさっぱり理解できないけれど」

 

その段階で邪魔になるのがレミリアさんと咲夜さんの存在というわけか。絶対に外出させたくないレミリアさんは如何なる手段を用いてもそれを阻止しに来るだろう、と。

私としてはそれでも構わないと思うのだが。だってあのフランドールさんだ。力の方は鬼にでも任せれば何とでもなるが、問題はあの話の通じなさだ。何処かズレた回答ばかりしてくるという点においてはこいしよりも酷い。

 

「彼女を野放しにした方が良いと? それこそ意味が分かりませんが。あの子の歪さは紫さんもご存じの通りでしょう。それにこいしが干渉すればどうなるか……」

 

あの子だって常に気が触れているわけではない。それはレミリアさんから聞いたから知っている。それでも万が一が起こればうっかりで済まされる事にはならないだろう。

無意識的に本能が働いてしまえば今までの圧制の苦痛を何倍にも増幅させた感情が爆発してしまうかもしれない。目も当てられないことになる前に止めるのが得策だと思うのだが、紫さんはどうしてそれを危惧しないのだろうか。

 

「それこそ無駄な考えよ、さとり。フランドールはたかが495年という私たちにとっては短い時間でもその生涯のほとんどを地下牢で過ごしてきたわ。抑圧にも限度はある。現に今の彼女は館内ならばそこそこの自由が許可されている。

でもいずれこの館と言う空間も牢となってしまうでしょう。外に出すならば今、このタイミングこそがベストなのよ。極端に狭い世界(地下牢)からそこそこの広さを持つ世界(紅魔館内)、そして無限に広がる世界()へ。世界を広げることは幼い者の成長にもつながる」

 

――――――――だから貴方もこいしを自由にしているんでしょう?

 

そう言われてしまうと何も言えない。確かにこいしを地霊殿に閉じ込めることは可能だ。彼女はただ他人の無意識を操って認識されないように動いているだけで物を透過することはできない。こいしが寝ている間に部屋に鍵をかけさえすれば監禁できる。

まさにレミリアさんがフランドールさんにしていたように、外に出させないようにする方法ならばそれが最も手っ取り早く、かつ簡単だ。でも私がそれをすることは無い。あの子がああなってしまったのはあの子のせいではないからだ。

 

他人からの負の感情を嫌って心を閉ざしたあの子を責める事など私にできようはずもない。それならばせめて第二の生とも言える今を楽しく過ごしてもらいたい。そう願うのは別におかしなことではないだろう。

自由という便利な言葉を笠に着て、その実放っておいているだけであることは否めない。全ての自由が相手にとって良いわけではないことも分かっている。

だがどうすればいい。自由を奪うにはあまりにも可哀そうで、先の行動も読めないので管理もできない。

 

確かに紫さんの言う通り、あの子の世界は極端に広がったし、そのおかげで多少なりとも成長した面はあっただろう。心を読むのを恐れていたあの子はもういない。いるのは広い世界をただ自由に飛び回るあの子だけ。

どちらが良いかと問われれば、当然後者と答えるだろう。種族に縛られない生き方をするあの子を見て少し羨ましい部分もある。

 

だが本当にそれだけか? 世界が広がることはメリットだけなのか?

 

違うだろう。得た物の裏には失った物がある。何事にも対価は支払われねばならない。強くなろうと思えば、賢くなろうと思えば、その分だけ時間を対価として支払うことになる。

それと同様。あの子は自由の対価として心を失った……いや、その言い方は正しくない。あの子にも心は存在する。だがそれを表に出すことができなくなったのだ。文字通り閉ざされた心は他人はおろか、あの子自身でさえも自覚できないようになってしまった。

 

あの子の表情は嘘。あの子の言葉は虚ろ。あの子の心に私の言葉は響かない。響くほどの隙間が心に存在しないから。あの子に私の言葉は通じない。もはやあの子に真意は汲み取れないから。

 

利益と損失は表裏一体。

自由を与えることは全てが益とはなり得ない。これは絶対の掟。それは貴方も分かっているはず。

「紫さん…………いない。いつの間に……」

 

私が少し思考している間に何処かに消えてしまった。もしレミリアさんたちがどうにも抵抗できない様ならばフランドールさんが野に放たれるのも時間も問題か。

非情に拙い事態だが、残念ながら私にできることは無い。地上への移動が自由化されたとはいえ、基本的に私は地霊殿から出られない存在。地底に被害が及ばないならばどうでも良いのだがフランドールさんの力は地底にも届き得る。こいしと関りを持ってしまっている以上楽観はできない状況だ。誠に不運である。

 

「失礼します……どうしたんです? さとり様」

 

先ほどまで賑やかだったとは思えないほど静まり返った部屋で今後について考えていると、ノックと同時にお燐が入ってきた。

丁度良い。紫さんについて知っていることが無いか聞いてみるとしよう。あの人の事だから扉をくぐるとは思えないけど念のためだ。

 

「紫さんがどこに行ったか知らないかしら……いえ、あの後もう一度来たでしょう? レミリアさんも来てこの部屋で盛り上がっていたし……そんなはずはない? 部屋も至って静かだった?」

 

お燐が言うには部屋からは私の寝息が聞こえていたし特段強い力も感じなかったらしい。耳が四つもあるお燐が寝息と喋り声を聞き間違えるとは思えない。ならば夢、だったのだろうか。にわかには信じがたい。

あれほど生々しい紫さんの焦り。レミリアさんの記憶。そして咲夜さんの嫌悪。その全てが、あれは夢でないと言わしめる力を持っている。

しかしその一方でお燐の証言。お燐が入ってくるまで私は一人で部屋にいたこと。机に置かれたままの書類。これらはもしや夢だったのではないかと思わせる。

 

どう足掻いても今の私とお燐の証言が食い違っている以上、さらにこの問題について追及するのは時間の無駄だ。

 

「不可解だけどまあ良いわ。それよりもお燐も何か用事があったんでしょう? ……へぇ来客。今日は一人で来たのね。ありがとう。客間にでも通しておいてちょうだい」

 

 

 

やってきた客は博麗の巫女。どうやら不可侵条項の撤廃を紫さんから聞いてやってきたらしい。真っ先に博麗の巫女に伝えるとは……あの妖怪もやはり真面目なところは真面目なようだ。

 

「お久しぶりですね、博麗霊夢」

 

「別に、まだあれから一月も経っていないじゃない」

 

普通の人間は数日でも会わなければ久しぶりと言ったりするものだ。特に限られた空間に住んでいる者たちは。そう言う意味でもこの巫女はやはりどこか人間からずれている。悪い意味で人間離れしている、という言葉が用いられる例だ。

 

「本日はいったいどんなご用件で?」

 

「あんたの事だから別に聞かなくても分かってるんじゃないの? 忠告しに来たのよ、忠告」

 

社交辞令のようなものである。

この巫女は妖怪相手だというのにいちいち要らない一言を追加するんだから。まあ霊夢さんからすれば妖怪を煽って怒ってくれれば儲けものといった風にしか考えていないのだろう。妖怪退治とはストレス発散の暴力の事をいうわけではない。

 

「生憎忠告などされずとも地上に出る気など無いですよ。地上に迷惑をかける事の対価はつい先日いただいたばかりですしね。で、用事はそれだけなの?」

 

不満そうに首肯する霊夢さん。普段妖怪相手にもずけずけ言うように私にもはっきり言えばまだ可愛らしい人間の子供、といった風に思えるというのに。

だが意固地を通して否定しないうちはふてぶてしいだけの少女である。霊夢さんが妖怪に好かれがちなのもこのような性格のせいだろう。妖怪はやはり張り合いのある者を好む。強い上に素直ではない霊夢さんは意識せずとも釣り餌となっているわけだ。

 

「それはそれは殊勝な事ですね…………ふふっ、私相手に本来の目的を隠し通せるとでも?」

 

情報を流したのは萃香か。この前の異変の時に言っていたようね。

 

わざわざ温泉に入りに来たなんて言えるわけないでしょ!

 

あら可愛らしい。…………はぁ、性格が悪いと称されるのはこういう事をしているが故なのだろう。これは他者から嫌われていても何も文句は言えない。

 

「はいはい、すみませんでした。まあゆっくり浸かってくれればいいですよ。鬼の肌には温くても人間の肌には丁度良いくらいの温度でしょう。入ったことがあるのは妖怪だけなので何とも言えませんがね」

 

地底の温泉の話は萃香から聞いたらしい。萃香曰く温いらしいが私にとっては丁度良い湯加減だ。鬼の肌は丈夫な分、分厚くて熱を感じにくいのかもしれない。

 

「ご安心を。湯は常に入れ替わっているので妖力が溶け込んでいるわけではありません。そもそもそうでもなければ博麗の巫女など入れませんよ」

 

妖怪しか入らない、という言葉に露骨に嫌な顔をされたので一応の補足はしておく。

もし入れ替わらなければ巫女の浄化の力が湯に留まる可能性を秘めているのだ。そんなリスキーな事はしない。数時間もすればすべてが入れ替わるからこそ巫女の入浴も許可するのだ。

あちらはまた別の解釈をしたようだが所詮は些細な問題。気に留める必要もないだろう。




ここの霊夢は何となく茨歌仙霊夢に近い、のかなぁ。少なくとも鈴奈庵霊夢ではないでしょう。逢引見て赤面しちゃう霊夢ちゃんマジ天使

紅魔館メンバーはレミリアとフランを除いてさとり様の事を毛嫌いしている設定になってます。フランに関しては好きとかではなく無関心ですが
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