古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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前話の後書き、ヘカテーさん完全に頭から抜けてましたわ。彼女が最強ですはい
投稿時間まで間違えたのはただのミスです


ヘルズ・メス

「ありがとうございます。私が言ってもきっと断られていたでしょうから」

 

地霊殿に戻って来た八咫烏からお願いしていた物を受け取る。普段からお空にも八咫烏にも悪い扱いはしていないためか、こういった簡単なお願いならばこなしてくれるのがこの神のありがたいところだ。

神を使い走りにするなんて罰が当たると言われるかもしれない。だがそんなものは私にとってどうでもいい事だ。私はこの神を信仰しているわけではないしむしろ嫌っているくらいなのだから、それをひた隠している時点で十分に私が罰を受ける理由になるのだ。未だにそうなっていないのは偏に八咫烏が私の思いを誤解しているからである。

 

信仰とは誠複雑なもので、神を思う心があればそれは信仰として流れてしまう。信仰を失うというのは信者が消えるというわけではなく、その神の存在を信じる者がいなくなることなのだ。私が彼女を嫌い続ける限り、彼女には信仰心として流れ続ける。抜け道のような非道な信仰。神が許しているならばそれで良いのだろうか? 良いのだ。神が満足しているならばそれで良い。

私に罰が下ったとしてもそれは端から想定しなければならなかったもの。既に覚悟を決めておかなければならないものなのだ。

 

何故わざわざ神の怒りを買うような真似をしているのかと問われても立派な答えは持ち合わせていない。ただ憎いからだ。かつてのお空を奪われたからだ。本来憎むべき相手は八咫烏ではなく守矢の二柱の方。八咫烏は彼女らに降ろされただけの被害者に過ぎない。

それだけならば私だって八咫烏を恨みはすれど憎みはしなかっただろう。私が不快な思いをしているのは、彼女がお空の意思とは完全に別にお空の身体を使っているからだ。彼女の身体の主導権を他者が握るなど到底許されざる行為である。

 

しかし私も同罪である。そんな八咫烏の行為を見て、それでも表面に怒りを出すことなく利用しているのだから。なんと都合の良い女なんだと自分でもしばしば思う。憎んでいる相手に勝てないとみるや媚び諂って表向きには文句ひとつ言うことが無い。本当に、最低だ。

 

私は誰かに罰してもらいたいのかもしれない。断罪して地獄に放り込んでもらいたいのかもしれない。頭の片隅では死んでしまっても構わないと思っているのかもしれない。

独善的な偽善者。私は本当にペットたちに慕われても良い存在なのだろうか。いっそのこと殺されてしまった方が地底は上手く回ってくれたりしないだろうか。ならないだろうな。私は地底のあり方を変えすぎた。

 

「誰かが私を断罪してくれないかしら」

 

ぽつりと呟いた言葉は誰にも聞かれることなく闇に溶けるだろうとそう思っていたのに、あの方が恐るべき早さで私の前に現れた。

 

「断罪をお望みならば私がしてあげましょう、古明地さとり」

 

「四季様……お久しぶりです。どうもお変わりないようで。というより何処から入って来たんですか? 屋敷の鍵も部屋の鍵もかけているはずですが」

 

断罪してくれるならこの人だとは思っていたが、まさかこんな夜中にたった一人の呟きのために来るなんて。真の地獄耳ここに見たりといった感じか。いやそれよりも暇を持て余していたのか。閻魔としてどうかと思うが。

 

「鍵など私たちに対しては無力でしかありません。私には怠惰ですが優秀ではある部下がいますからね」

 

死神の小野塚小町だったか。一応彼女の事を認めてはいるのか。来るたび愚痴を言っているから険悪なのかとも思っていたがどうやらそうでもないらしい。四季様の心は読めないが、表情から読み取る限り彼女の事を自慢げに思っている……のか? 多分。

 

「まぁそのような事はどうでもいいのです。本題の前に古明地さとり、一杯いかがです?」

 

この方が酒に誘うなんて珍しい。酒と一緒に愚痴も多くなるだろうことを考えれば今夜は長くなりそうだ。

 

「そうですね、一杯だけいただきましょう。肴は何も用意できませんがね」 

 

どのような話をするのかは分からないが、最悪の場合を想定するならば怨霊管理に関する私への長々とした説教コースか。善意100%で言っている分余計に厄介なのよね。悪意の一欠片でも籠っていれば遠慮なく拒絶できるのに。

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

映姫が言うに今の幻想郷は霊の数が明らかに少ないらしい。数年前の花の異変の時とは真逆の事態だ。死者が激減しているというのは本来喜ばしいことのように思えるが、地獄など生と死を管理する者たちにとってはそうではなく、むしろ危惧すべきことなのだ。

死者と生者の霊が釣り合ってこそ本来の輪廻が成り立つ。六十年に一度の回帰を除けば死者は少なくてもいけないし多くてもいけない。

 

今の状況を地獄からの観点で言うならば「多くの人間に死んでもらわねばならない」ということである。

 

「今週死ぬはずだった人間が今ものうのうと生きて里で暮らしている。それだけではなく本来まだ生きているべき妖怪は次々と死んでいる。これは由々しき事態なんですよ」

 

十王が管理して定めた死者のために裁判の時間を作っている映姫たち中間管理職の閻魔にとって、その死者が彼岸に訪れない、或いは余計な死者が溢れているというのは迷惑でしかないのだ。そしてその事態は十王たちにとっては迷惑以上のものになる。

たった一人が予定通りに死なないだけでも地獄は上から下まで迷惑を被る。幻想郷ではそれが今月だけで十数人。逆に妖怪は二百を数える魂が肉体を離れた。

 

緊急でもその全てを裁かなければならないのが映姫ともう一人の閻魔である。閻魔だけではない。生者をそれとなく死へ誘う死神や此岸と彼岸を結ぶ死神も混乱を極めている。それも見事なまでに幻想郷だけでだ。

映姫が愚痴をこぼしたくなるのも当然だろう。他の閻魔たちは普段通りの業務を行えているのに幻想郷を管理する映姫たちだけは人間に狂わされているのだから。

 

「死ぬべき者は早く死ななければならないというのに、いったい何様のつもりで生を謳歌しているというのか……」

 

「それ、閻魔の貴方が言っても大丈夫な事なんですか? 普段は生き方について説教している貴方が」

 

さとりの疑問も尤もである。いつもならば小うるさく徳を積む生き方を説いて回っているというのに、その映姫自身が他人に死んでほしいと言っているのだから。映姫の心が読めないさとりにとって彼女の言葉は冗談か本気か分からない時がある。普段の映姫は冗談なんて言うような性格ではないのだが、今回の発言はもしかしたら酒が入って気が大きくなったことによる冗談の可能性が捨てきれないわけだ。

 

さとりは悩んでいるがしかし、当の映姫の方は全くもって冗談を言ったつもりも無く、いたって真面目な話をしているつもりである。厳格な裁定者である彼女が酒に飲まれるなどあり得ないことなのだ。

 

「私が説教をするのはあくまでも生きるべき者たちに対してです。死んで輪廻を回すべき者たちに対して慈悲など不要な物。死ななかったり予定外に早死にしたりされるのが我々にとって一番厄介なのです。ところで古明地さとり、今何故人間の死者が激減しているのか、その理由は分かりますか? 妖怪が数多く死んでいる理由でも構いませんが」

 

当然さとりにそのような事態の心当たりがあるわけがない。地上で起こっていることについては基本的に紫が持ってくる以上の事は知らないからだ。紫から『最近人間が死なないのよね』だとか『最近妖怪がよく死んでいるのよね』だとか聞いていたのなら別だっただろうが、残念ながらそんなこともない。

相手が映姫でなければ心を読んで言い当てることも可能だっただろうが今回はそういうわけにもいかない。結局さとりは少し考える素振りを見せた後に首を横に振るしかなかった。

 

「酒。…………あぁいえ、酒が欲しいのではありません。この問題の原因が酒なのです。話が読めないといった顔ですね。時に貴方は飲酒のリスクを知っていますか?」

 

「成人病、でしたっけ」

 

成人病。近年では生活習慣病と呼ばれている、様々な生活習慣の悪さから発生する疾患だ。飲酒もその原因の一つであることは広く知られている。もっとも妖怪には全く縁のないものなので知っている者は幻想郷中でもほとんどいない。

 

「ではその成人病で死ぬはずだった者たちが価格の高騰で酒を買えなくなって死なずに済んだということなんですか?」

 

「そうではありません。死ぬはずだった者たちはそのほとんどが女子供で占められています。恐らく酒の力による暴力が無くなったのでしょうね。不思議な事に悪酔いするまで呑む者ほど貧乏ですから買えなくなって悪酔いも無くなったのだろうと見ています」

 

映姫の予想としては酒癖の悪い者による家庭内暴力が激減したということである。家庭内だけでなく、人里内での酔っ払い同士による喧嘩も無くなった。

では人里は治安が良くなったのか? というと実はそうでもない。里周辺に棲んでいるような妖怪達は酒の調達を里で行っている。妖怪によっては酒が日常の娯楽に不可欠と言っても良いほど重要なものである場合もある。高騰とはつまり彼らにとって供給が断たれることとほぼ同義。

 

結果的に本来暴れてはならないはずの人里の中で妖怪が暴れだし、人里の自警団或いは竹林に住んでいる自称妖怪退治屋に退治されてしまう。本来暴れる必要の無かった場所で暴れてしまい、退治されて死んでしまう。

人里は以前よりも一層危険な場所になってしまっているのだ。人間同士の争いは減ったが妖怪の暴動は止まらない。

 

現在の人里は常に自警団が見回りを行っており、妖怪を見つけ次第退治するという、今までにないほどの厳戒態勢が敷かれている。元々人里に住んでいた比較的友好的な妖怪たちもいくらか誤退治されてしまい、運よくそうならなかった妖怪たちも里から逃げ出してしまった。

 

「本当に人間とは恐ろしいものです。一度やる気になってしまえば里の外の妖怪まで無差別に退治しだすんですよ。里の周辺の妖怪というのは比較的弱くて人間に友好的な者が多い。退治するには恰好の相手なわけですよね。それも知らずに人間が妖怪退治をすると人里では誉めそやされる。それに気をよくした人間がまた無害な妖怪を退治する……負のスパイラルが続くほど私たち地獄の仕事は増えてしまうんですよ。あ~、もう嫌だ」

 

少し酔いが回って来たのか口調が粗雑になっているように思うが、言っていることは間違っていない。増長した退治屋が余計な妖怪退治まで行ってしまっているのは事実だ。

 

「それでしたらそろそろ片が付くはずですよ。よほど怠惰でもなければ明日にでも巫女が解決に乗り出すはずです」

 

ここで断言できないのが普段の霊夢の怠惰さを物語っている。異変に対してここまで暢気に構える博麗の巫女など今までいなかっただろう。全てが遊びで片付くようになってしまったが故か、異変解決に乗り出しても頭は春のままであったりする。緊張感が全くと言っていいほど無いのだ。

 

「はぁ。今代は本当に腰が重いですね。人妖のバランスが崩れて一番困るのは彼女だというのにそれすら理解していない。まったく八雲紫は彼女に何を教えたんでしょうか。いえ、あの妖怪に何か期待する方が無意味でしたか。とにかく片付けてくれるのなら大いに結構。この話は終いにしましょう。

これ以外にも貴方とも少し話したいことがあって来たのです。最近脱走している怨霊が多いと聞きましたよ、古明地さとり。その辺りどうお考えで?」

 

ようやく愚痴が終わったと思ったのにまさかのダブルパンチである。さとりの夜は長そうだ。知らぬ間に朝が来て誰かが部屋をノックするまで映姫の説教は止まらないだろう。




丁度一年前に地霊殿3面を書いてたのに未だに星蓮船1面に到達していないのは筆の遅さもありますが無駄に話を広げ過ぎたせいでもあります

また最近こいしちゃんが空気になりつつありますが星蓮船でも多分出番は無いでしょう
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