古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

33 / 49
唐突な新キャラ登場でモチベーションが上がりました
この小説には登場しないと思いますが


ちからと力

平和になった人里に近頃とある噂が立った。毎晩丑三つになると不気味な声と共に大小さまざまな浮遊物体が現れるというのだ。しかも同じ日の同じ場所で複数人がそれを見た場合であっても人によってそれが何に見えるのかが異なるという。

噂とは言うが実際のところは都市伝説に近い。そもそも丑三つ時なんて人間にとっては最も危険な時間帯であり、その時間に起きているような人間は普通いないからである。人によって見え方が違うというのも灯り一つない夜中ならば別に不思議ではないだろう。

 

 

稗田家当主は少なくともそう考えていた。都市伝説に夢中になるのも悪くないがあまり熱くなりすぎると都市伝説が具現化する恐れもある、というのは過去の自分が既に証明してきた事だ。そうして生まれて定着するような妖怪は少ないものの、全くいないというわけではない。

妖怪を無駄に増やしても何の利益も無い。だから今まではてんで相手にしてこなかった。だがそうも言っていられない事情というのはあるもので、今代の彼女の友人がその話を出してきた時には注意せざるを得なかった。

 

彼女の友人というのは貸本屋の一人娘、本居小鈴のことである。表向きは一人娘としてよく店番を任されている快活な少女、裏の顔は人並外れた妖魔本コレクターだ。小鈴がその手の話に食いつくであろうことは阿求も分かっていた。

そんな友人が今日もまた朝早くから稗田の屋敷にやってきた。阿求は朝から騒々しい小鈴に半ば呆れながらも手ずから紅茶を淹れてやるのだ。

 

「今日は店はいいの?」

「定休日。忘れたの? 阿求もボケてきたんじゃない?」

「ふふ、そうかもしれないわね。もうあと二十年は生きられないでしょう」

「御阿礼だっけ。私にはよくわからないわ」

「分からなくてもいいわ。小鈴はまだ十年余りしか生きてないんだし」

「阿求だって大して変わらないくせに」

「……そうかもね」

 

阿求にとって軽口を叩き合える友人である小鈴の存在には大きく助けられている。阿求は百数十年に一度転生する御阿礼の子の九代目。前世の記憶もわずかながら保持している。

妖怪への対抗策として纏められる幻想郷縁起。その重要性故に御阿礼の子は非常に丁重に扱われる。実年齢的には大人であっても身体は子供。どうしても身体の方に精神が引っ張られてしまうこともある。そんなときに孤独でないというのは精神的な健康にも繋がるのだ。

事実、過去には箱入り娘として育てられたこともあったが、その代は二十を数える前に病死している。心の健康を考える上ではやはり他者との交流が大切なのだ。

 

しかし過去を振り返っても小鈴ほど稗田に近づいた者はいない。同年代だとはいえここまで遠慮なく踏み込んでくるような者は今までいなかった。それが阿求にとっては新鮮で嬉しかったはずだ。毎度毎度特別扱いを受けている彼女が初めて友人を得たのだから。同じ目線で話ができる相手が九代目にして初めてできたのだから。

 

小鈴は阿求を見た目相応の年齢として見る。阿求が前世、或いはさらに前の記憶から情報を引っ張り出してきてもそれを素直に信用しようとはしない。誰もが彼女を御阿礼の子としてフィルタを通すところを小鈴は通さない。そのフィルタを持たない。それが阿求には心地よいのだ。

 

あるいは小鈴は全てを分かっていて自分を特別扱いしないのかもしれない。

 

阿求は時々そう思うことがある。というのも、小鈴は阿求のことを記憶力が良くて短命な一般人として扱うスタンスをほとんど崩さないのだ。まるで阿求を人間として見ることができるのは彼女だけだとでも言うように。

小鈴だけが阿求を等身大の少女として見る。そこに立場や能力は全く考慮せずに。

 

 

―――――阿求は今まで生きてきた中でこんなものを扱う妖怪を見たことあったりする?

 

だからこそ今回小鈴が持って来た物とそれについての彼女のそんな質問に、阿求は一瞬狼狽えてしまった。彼女が持って来た物は鮮やかな赤に光る円盤型のUFOだった。外の世界では未確認飛行物体としてSFや雑誌などに登場するそれが小鈴の手の中にあったのだ。

 

当然阿求は理解不能である。このようなUFOなど今代になって初めて知ったもの。いくら記憶を掘り返しても出て来ようはずもない。

小鈴は阿求を等身大の少女として見るが、阿求は自らを大きく見せるような言動を多くとる。今しがた彼女が狼狽えたのもそのせいである。小鈴にダサい姿を見せるわけにはいかないという矜持が返事を遅らせた。

 

「どうしたの? 阿求……あ、そっか。UFO使いなんて最新の妖怪は流石の阿求でも知らなくて当然か」

 

矜持。それは大いに思考の邪魔をする。今も阿求の頭の中では小さな葛藤が起こっている。

前八代を合わせれば既に二百年以上を生きている阿求にとって、その十分の一も生きていない少女からの『阿求でも知らない』という言葉は彼女の矜持を随分と傷つけた。

だがそれを顔に出すほど彼女は子供ではなかったし、短気でもなかった。平穏に、冷静に、ただ心を落ち着けるのに少々時間を要しただけで。

 

「そもそもUFOのことなら小鈴の方が詳しいんじゃないの? ほら、鈴奈庵には外の世界の雑誌とか置いてたわよね」

 

記憶力に関しては阿求は絶対だ。彼女が言うのだから鈴奈庵にはUFOに関連する雑誌があるということである。おそらく香霖堂から貰ってでもきたのだろう。

 

「言われてみればそうだったかも。……あれ? 誰か来たみたいだけど」

「そう言えば今日だったわ。幻想郷縁起のために妖怪に話を聞かせてもらうけどせっかくだから小鈴も聴いてく?」

 

今代の阿求はこのような形態で縁起を纏めているが、先代までは人伝での噂、特徴を纏めるだけだった。阿弥までの縁起はそのような形態だったので確実性に大いに欠ける。それは阿弥の書いた慧音の項と実物の慧音を見比べても一目瞭然だ。

あまりに役立たない物を書いていたと自覚できた今代、人間と妖怪の距離が縮まったのをきっかけに妖怪からも直接話を聞くことにしたのだ。挿絵が入っているのもそのためである。

 

「私が聴いても良いような話なの? 幻想郷縁起って阿求の一番大事な仕事だと思ってたけど」

「特に今日来られる方は特別危なくもないしむしろ温厚だと聞いているわよ? 私の仕事だといっても別に秘密裏に行っているような事ではないし、製本した後は鈴奈庵でも写しをとることもあるでしょう?」

 

今日やってくるのは最近人里付近に寺を構えた仏僧、聖白蓮だ。妖怪を護るために動いていると言いつつ人間に敵対するわけでもない。全ての種族を分け隔てなく、広く受け入れる姿勢は人里でも噂になっており入信者も徐々に増えているらしい。

 

元々妖怪に興味のある小鈴は阿求の許可が出たので残ることにしたようだ。この決断が結果的に良い方へ向かったのだから運命は本当に読めない。

 

 

部屋に通された白蓮は、阿求の他に小鈴がいるという想定外の出来事に対しても全く動じることなく丁寧に挨拶して入ってきた。この辺りに彼女の人の良さが現れていると言えよう。相手が誰であっても基本的に対応を変えない。

そのまま小鈴を脇において始まった阿求の質問攻めに対しても真摯に対応していた白蓮だったが、手持ち無沙汰になった小鈴が取り出したUFOを見るや否や表情が険しくなった。もちろん阿求も小鈴もそれに気づかない程鈍感ではない。

 

「このUFOがどうかしたんですか……?」

「UFO? いえ、それはUFOなどではありません。あなた方からした未確認飛行物体(unidentified flying object)という点で見れば確かにUFOなのかもしれませんが、私から見れば明確に識別可能な飛行物体です。あれは飛倉の破片です。ある程度歴史に造詣が深ければご存じかもしれませんね」

「「飛倉?」」

 

同じ言葉を発したが阿求は驚いたように、それに対して小鈴は頭の上に疑問符を浮かべている。妖魔本を好んで読む小鈴はそのような単語を今まで一度も聞いた事すらなかったのだから仕方ないだろう。

 

「飛倉伝説ははるか昔の僧である命連に深く関係するものよ。実際に飛んだのは倉本体ではなく彼が使っていた鉢だと言われているけれど」

 

よくわかっていない小鈴のために阿求が簡潔に教えてやる。その伝説が作られた当時も数十年の誤差はあれど生きていた阿求。当然覚えていたのである。

 

「よく知っていますね。流石は噂に聞く稗田家当主。ですが間違いもあります。人々は命連を気味悪く思うあまり、倉という大きな物が飛んだという事実を包み隠しました。倉を飛ばすよりも鉢を飛ばす方がはるかに簡単ですからね。彼らは嘘を吹聴して命連の神聖さを奪おうとしたのです」

 

まさか、と阿求がつぶやくのも無理はない。何せ彼女は当時を生きていたにもかかわらず、そのような捏造されたという話をどこでも聞いた事が無かったからである。もちろん数代経る過程で切り落とされる記憶は少なくないが、飛倉の話を知っているのにそれに関する正確な情報が欠如しているというのは些か不自然だろう。

 

完全に話についていけなくなった小鈴を置いて白蓮の話は続く。

 

「命連は非常に優秀な僧侶でした。彼の法力は一時的にではありますが一般人にすら飛行能力を与え、身体能力を向上させます。そしてこの飛倉にもそれが込められていたんです。もう随分と時間が経ったのでそれほどの力はありませんが……小鈴さん、それを宙に放ってみてくださいませんか?」

 

小鈴が手を離したUFOは重力に任せて落下するわけではなく空中に浮遊し続けている。阿求と小鈴からは本当にUFOのミニチュアが飛行しているようにしか見えない。

 

「それが命連の遺した僅かな法力です。私があの子を感じられる物はもう命蓮寺には残されていません。まだこの幻想郷を漂っている僅かな量の破片だけが彼の力を保存しているのです」

 

命蓮寺に残っているものなど本当にただ名前だけだろう。彼の遺産は白蓮の封印と共に全て消え去った。飛倉の燃料も既に全て白蓮の力に置き換わってしまっている。ぬえが改めてばら撒いたいくつかの破片だけが命連の法力を保持している。

 

「失礼なことをお聞きしますが白蓮さんと命連さんはどういった関係で? 先ほどから聞いているとどうにも他人とは思えないのですが」

「あぁ、言いそびれていましたね。命連は私の弟です。私は彼に法力を教わりましたし、彼を見て仏僧になろうと思い立ちました。そして今の私が魔法使いとしてここにいるのも彼の影響です。死などという絶望を二度と味わわないために、私は不老不死となったのです」

「人里での貴方は八苦を滅したとも称されているようですが?」

 

自分で聞いておきながら涙必至であるはずの白蓮の話に同情もせずに取材の方へ舵を切ろうとする様はいかにも阿求らしいといえばそうなのだが、弟の死まで掘り返された挙句大した反応も得られなかった白蓮は些か可哀想である。

こういうところが阿求の冷淡だと言われる所以である。無駄に蓄えている知識から相手の話題に合わせながらも、あくまでも彼女の主な目的は失わない。それが非常に腹立たしく、手を上げようとする妖怪もいる。白蓮も内心では気を悪くしているだろう。しかし、それを表には出さない程度には彼女にも心に余裕があった。阿求の質問が、今日ここに来た目的と密接に関わるだろうことを理解できたからでもある。

 

「八苦を滅したのは魔法使いとなって後のことです。私は人間のうちにそれらを克服できるほど見上げられるような僧ではなかったのです。私が人間の頃に克服できたのは生苦、病苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦の五つだけ。その他は全て不老不死になってようやく克服できました」

 

一度老いぼれた身体を魔法によって若返らせ、死の恐怖を乗り越えた。五蘊盛苦も散々魔界に封じられているうちにようやく理解できた教えだ。人間として死を待っていたならばこれらの苦しみに打ち克つことはできなかっただろう。

白蓮は独自に苦を乗り越えて新境地を開いた。それは仏教の目指すところの一つであり、彼女自身の優秀さを証明しているといえるだろう。

 

しかし本当に彼女は仏教徒として正しいだろうか?

そうではない。白蓮自身もそれを自覚している。輪廻と転生。その二つから完全に外れてしまった彼女はもはや真っ当な仏教としてはいられない。

許されるために彼女は永遠にも近い年月、祈りを捧げ続けるのだろう。

 

 

 

「これで聞きたかった事は大体聞き終えましたかね。お疲れ様でした」

「はい、そちらこそご苦労様です。飛倉の破片は私の方で持ち帰っても?」

「えぇ。元々貴方の所有物であるようですし問題ありません。しかし一言申し上げるとするならば、丑三つ時にそれをばら撒いて里を混乱させるのはやめていただきたいですね」

 

当然白蓮に心当たりがあるはずがない。破片を幻想郷中にばら撒いたのは彼女ではなくぬえだからだ。そして長い年月を地底ではなく魔界で過ごしてきた彼女はぬえの事など微塵も知らない。阿求と小鈴がUFOと呼称する理由も初めは分からなかったくらいだ。

 

「私が? あり得ません。何処かに命蓮寺の名を穢そうとしている不埒者がいるようですね。私の方でも調査して見つけ次第説教しておきましょう。仏様の教えは誰をも救ってくださいますから」

 

まるで自分にも言い聞かせるようにそう言うと彼女は席を立ち、一礼してから阿求の部屋を後にした。彼女自身に救いを見出すために。また自らの寺の名を穢そうとする者を改心させるために。




ということで星蓮船Exには白蓮さんが参加してくれます。短くするつもりなので章分けはしません
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。