古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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復古令

 霊夢と魔理沙が人里に到着したのは丁度逢魔時の頃だった。

 そろそろ薄暗くなってきている人里では既に帰路についている者たちが多い。まだ仕事のある者や飲み屋に向かう者でもなければ、この時間以降は基本的に家に籠って妖怪の脅威をやり過ごすものである。

 

 現在も例に漏れず、里は帰宅する人々で混雑している。それほど里を歩き慣れていない霊夢にとっては目当ての場所を探すのさえ手間取ってしまう。

 

「っとに人が多いわねぇ。ただでさえ横道がたくさんあって面倒なのに」

「おい霊夢、そっちじゃなくてこっちだ。あの蕎麦屋を曲がったところ……だったはずだ」

 

 魔理沙も里を離れて幾年が経過してしまっているので確実に覚えているわけではない。しかし彼女の薄っすらとした記憶は彼女らをきちんと目的地に導いた。

 彼女らが初めに目指した場所は人里唯一の学び舎である慧音の寺子屋。つい数年前にできたばかりの施設であり、魔理沙が人里にいた頃にはまだ無かったものである。

 

 運営しているのは半人半妖である上白沢慧音ただ一人。人でありながら妖怪でもある彼女は過去に差別的な扱いを受けたことも多々あったが、それでも人間好きを貫き通したような少し変わった半妖だ。酷い扱いを受けたのも数年などではない。阿弥の縁起にも書かれているほど昔、百年以上前からごく最近まで続いていた。

 今では人里内で最も信頼されるようになった慧音だが、その裏にはそのような悲しい積み重ねがあったのだ。しかしそれすら知る者はほとんどいない。慧音が人里の未来のためにその歴史を書き換えたからである。その過去を知る者は慧音自身を除けば稗田と妹紅、そして紫の三人だけ。それ以外の者にとっては半妖でありながら人間から広く受け入れられている存在だとしか思われない。

 

「あ、あ~……まだ子供たちの遊びを監督しているみたいだ。もう少し待つか?」

「そうね。団子でも食べながら待つとしましょう。魔理沙の奢りでね」

 

 現在の時刻から考えてももうすぐ子供たちは家に帰って行くだろう。それならば一度神社に帰るよりも里で時間を潰す方が都合が良い。今の慧音も忙しそうには見えないが、それでも小さな子供たちの前で妖怪の話題を出すのはあまりよろしくないだろう。

 二人は手近な茶屋に入って団子とお茶をそれぞれ注文した。これからの調査次第では今晩帰るのが遅くなるかもしれない、という霊夢の発言により団子の数が想定よりも多くなってしまったのはご愛嬌。自分の金でないのを良い事にたくさん頼んだ霊夢も霊夢だが、彼女の言葉にホイホイ乗せられてしまった魔理沙も悪い。

 

 ほどほどに満足した霊夢と不満げな魔理沙。そこに帰宅途中の少女が一人声をかけてきた。

 

「あれ? 霊夢さんに魔理沙さん? こんな時間にこんな場所にいるってことは例の怪異の調査ですか?」

「ん? 誰かと思えば小鈴じゃないか。んでその言い方、小鈴も何か知ってるのか?」

 

 もちろんです! と言って小鈴は二人に最近人里で起こっていることを話し始める。小鈴の話は概ね二人も知っていることだったが、UFOが丑三つ時にしか現れないこと、既に聖白蓮が解決に乗り出したことは初耳だった。

 

「丑三つ時にしか現れないってことなら目撃者は漏れなく酔っ払いなんじゃないか? 何とも信憑性に欠ける情報だなぁ」

 

 先にも述べた通り、逢魔時を過ぎて外を歩き回るのは妖怪か酒場に向かうような者だけであり、しかも健全に酒を呑む者は日を跨ぐような真似をしない。本来最も危険な時間とされる丑三つ時に外を出歩いている時点で泥酔しているのはほぼ確実。その情報に信憑性も何も無いというのは誰の目から見ても明らかなのだ。それでも現在人里で話題になっており、博麗の巫女にまで話が行っている理由は単純。目撃者が非常に多いから。それだけである。

 

「私も頑張って起きて一つ拾ったんですよ。もう白蓮さんに返しましたが」

「小鈴ちゃんも? そんな時間に起きてたら妖怪の餌食になるわよ?」

「おい霊夢、そんな心配している場合じゃないだろ。小鈴も見たってことでこの話には一気に信憑性が増したんだ。夜更かしは決定だぜ」

 

 なんとも非情な物言いにも聞こえるが、出回っていた情報がデマではないということがここで初めて明確になった。情報提供には感謝すれども解決のための準備に小鈴は邪魔となる。気が急いていたせいで些か無遠慮な言葉になってしまったが、別に魔理沙に悪気があったわけではない。

 それよりも霊夢が気になったのは小鈴の口から出た白蓮の名だ。小鈴と彼女には特に繋がりなど無かったはず。それでも小鈴がUFOを飛倉の欠片として認識し、正確に白蓮に返しているという事実が引っかかった。

 

「さっきまで阿求のところにいたんですよ。阿求が白蓮さんを呼んでたみたいで、私も少しお話したんです」

 

 小鈴に聞いてみるとそんな答えが返ってきた。なるほど幻想郷縁起に関することか、と霊夢も魔理沙も心当たりを辿る。その会談の場に小鈴がいた理由は分からないものの、それならば小鈴が白蓮に会ったということにも然したる違和感は無い。

 

 癪なことに、小鈴が白蓮の話を信じているであろうことは二人の目からも明らかだ。とは言え白蓮の人当たりの良さを考慮すれば当然の事ではある。

 癪だと思ってしまうのは二人の心が汚れているからなのだが、そんなことを指摘してくれる性悪な妖怪もここにはいない。

 

 小鈴と白蓮の事について考えを巡らせていた二人はしかし、次に発された小鈴の言葉に固まるしかなかった。

 

「そう言えば白蓮さんもこの怪異の解決に参加してくれるらしいですよ! 良かったですね!」

 

 そう、小鈴をはじめとした里の人間たちにとっては、誰がこの不気味な異常を解決してくれても有り難いことだ。異変解決をした者がたとえ妖怪であっても、それで人里への脅威が去るならば等しく益となる。

 つまるところ、今の小鈴にとっては白蓮と霊夢たちがまるで異変解決をする仲間のように見えているのである。

 

 

 しかし実際には当然そうではなく、特に霊夢にとって白蓮はただの商売敵に過ぎない。魔理沙の方は異変解決者としての新しいライバルとして好意的に彼女を見ているようだが、いずれにせよ仲良しこよしで解決しようなどという考えは持っていない。

 白蓮が異変解決に参加することは少なくとも二人にとっては良くないことだ。

 

 そんなことを知らない小鈴は白蓮から聞いた話を嬉々として二人に話す。二人にとっては苦痛でしかない時間だが、何も知らずに良かれと思って話している小鈴を無下にすることもできない。どうしようもない感情に板挟みになってしまった二人は、ただ小鈴に適当な相槌を打ち続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 そろそろ家に帰った方が良いと小鈴を帰らせた後、二人は茶屋を出て寺子屋に向かっていた。あまり長居すると店主に叱られるから、という理由も無きにしも非ず。

 

「あいつも来るってのは少々厄介だな。飛倉の破片は元々あいつの物だ。さっさと回収されると犯人までたどり着けない可能性もあるぜ」

「魔理沙……あんた小鈴ちゃんの話聞いてなかったの? あいつは不届き者を懲らしめるために解決するって言ってたじゃない。少なくともUFOを集めて終わりとはならないはずよ」

 

 だからこそ厄介なのだけれど、呟く。白蓮は不届き者を懲らしめるという名目で動いているものの本質的には妖怪の味方。霊夢たちとは全く相容れない信念で行動する。霊夢たちがいざ妖怪退治を行おうとした時に邪魔になる可能性が極めて高いのだ。

 霊夢にとっては白蓮がさっさと帰ってしまった方が楽である。最悪三対一が二対二の構図に変わる未来まで見えてしまっているからだ。そうなってしまうと手間が増えるだけでは済まないだろう。

 

 魔理沙の方もその可能性に気づいたらしく、顎に手を当てて少し考えるようなポーズをとる。白蓮が元人間だと言えども現在は妖怪に味方する存在だ。先日だって妖怪を退治して進んで行った二人をそれだけの理由で非難した。今回だって本当に異変解決に注力してくれるとは限らない。

 爆弾を抱えたまま解決に突入するくらいなら初めから来ないように仕向けることはできないだろうか。そう考えるものの、結局は『難しいだろう』という結論に落ち着いてしまう。今回の一件で迷惑がかかっているのは白蓮側も同じこと。来るな、とは言い難い。

 

「ま、とりあえずは慧音に目撃の多い場所を聞いてみるしかないわね」

 

 ようやくたどり着いた寺子屋は既に一室に灯りがついているだけになっており、そこに慧音がいるであろうことは容易に想像がつく。

 迷惑を顧みず声掛けもせずにサッと開いた障子の先には慧音の他にも見知った人影があった。

 

「げっ、よりにもよってなんであんたがここにいるのよ」

「あらお久しぶりですね、霊夢さんに魔理沙さん。私がここにいる理由を敢えて説明するまでもないと思いましたが人里の事ならばこの方に聞くのが一番手っ取り早くて確実でしょう? 現に阿求さんにもそう助言されましたので」

 

 白蓮が慧音と話すためにここに来ていた。

 彼女は人里はおろか幻想郷の中でも新参だ。分からないことがあれば先人にすぐ聞ける素直さも持っている。人里の事が知りたければ阿求か慧音に聞くのが一番早いというのも人に聞けば教えてもらえることだ。白蓮がここにいるのは本来何もおかしなことではない。

 

 にもかかわらず霊夢がこのような反応をしたのは、白蓮に邪魔されずに事を収束させるという彼女の中での目標が事実上達成不可能になってしまったためである。会ってしまった以上、目的が同じである彼女と行動を共にしようとしないのはむしろ不自然だ。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着け。お前たちもここに来た目的はこの僧侶と同じなんだろう? だが残念ながら私も詳しくは知らないんだ。満月の前は普段以上に忙しいんでな」

 

 事情を知らない白蓮のために慧音が自分の素性を交えながらよく知らない旨を語る。人里で半妖が普通に生活していることに感動している白蓮を見るに、阿求からそのような説明は受けていなかったのだろう。慧音は嬉しそうだが純人間の二人は呆れ顔である。

 

「慧音が知らないんならもうここにいる意味はないわね。邪魔したわ」

 

 まだここに来て二分と経っていないのに霊夢が寺子屋を出るのに続いて魔理沙も出る。あわよくばここで白蓮を置いて行けないかという考えもある。しかしその希望も儚く、白蓮も慧音に一言礼を言うと二人について外に出てきた。

 

「人里のことはまだよく知らないので教えてくれませんか? 丑三つ時まで時間はありますし」

「私眠いから一旦仮眠とりたいんだけど」

「あら残念。ですが仮眠なら命蓮寺の一室をお貸ししますよ。ここからもすぐ近くなので」

 

 霊夢の考えている以上に白蓮は善人だった。無理矢理別れようとしているのに、それを気にも留めず親切な提案をされてしまう。しかも断ろうにも特に理由が見つからないので断れない。霊夢は早くも白蓮を面倒な同行者に認定した。

 

 結局時間が来るまで魔理沙に白蓮の相手をさせて自分だけ寝ることにしたようだ。こんなことを普段からしているから他人からの信用は上がらないし、他の神社や寺に人気を奪われるのだが本人はまるで気づいていないようである。 

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

「今代の巫女はまぁ何というか威厳が無いわね」

 

 紫さんの映し出す映像を見ながらそう独り言ちる。妖怪の棲みつくお寺で何の警戒も無しに寝てしまうところがお気楽というか能天気というか。

 

「良くも悪くも今の幻想郷は平和すぎるのよ。先代以前の巫女ならばいつ妖怪が暴れ出すとも限らない夜中に熟睡なんて到底できなかったもの。妖怪と一つ屋根の下というのも有り得ない光景だったわ。スペルカードルールの制定、その遵守があってこその今」

 

 地上の事はやはり紫さんが詳しい。誰よりも過去の巫女を見てきたであろう妖怪だからこそ彼女の言う事は十分信用に値する。

 彼女の言う通り、今の幻想郷は数十年前に比べれば格段に平和になったと言える。しかし逆に平和ボケし過ぎているとも言える。妖怪退治の巫女が妖怪寺で眠るなど本来あってはならないようなこと。人間にとって妖怪とはそこまで信頼してはならない存在のはずだ。

 

「霊夢はスペルカードルールにおいては最強に近い。でも実戦になったら? 先代までは奥の手を使わずとも鬼と張り合えたかもしれない。でも霊夢は違う。反則的な奥の手こそ持っているものの、それ以外の部分で先代には決定的に劣っている」

「あの子は天才。前に紫さんはそう言ってませんでした?」

「えぇ、確かにあの子は過去類を見ないほどの才能も霊力を持っているわ。でも違う。力の籠め方がスペルカードに縛られてしまっている。あれでは強力な妖怪を怯ませることはできても殺すことは難しいでしょう」

 

 人、妖の双方を護るためのルールは博麗の巫女という幻想郷の歯車を完全に狂わせている。その歯車が失われてもルールが残る限り、幻想郷は今の形を保ち続けることができるだろう。

 

「この状態が続けばいつかは博麗そのものが不要になってしまうのでないですか?」

「そうはならない。幻想郷がある限り博麗の巫女は継承されるわ。問題は博麗という存在そのものが妖怪の娯楽へと変貌してしまう事。博麗に解決させるために異変を起こすような者が現れてしまった以上、その辺りについては慎重に検討しなければならないでしょうね」

 

 紫さんが天人に対して珍しくキレた原因の一つはそれなのかもしれない。強い妖怪たちの道楽のために博麗が使われる。それこそ幻想郷のバランスの崩壊を意味する。

 博麗という存在の形骸化を防ぐためにも、まずが博麗霊夢自身が妖怪との付き合い方を考えなければならない。今の腑抜けきった幻想郷を引き締め、正す。それができるのは魔法使いでも余所の巫女でもない、博麗の巫女たる彼女唯一人だけだ。




最後こんなことを言っていますが次回は普通に霊夢たちの方から始まります
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