古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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霊夢が出てくる作品では霊夢の扱いを見れば大概雰囲気が掴めるような気がします
博麗霊夢が好かれている世界線は大抵コミカルだし疎まれている世界線は大抵シリアス、近すぎない距離で関わり合っている世界線はシリアル
ここはシリアル。霊夢は別に好かれていませんが『友人かと聞かれれば友人と答える』程度に仲は良いでしょう


活躍する勝つ役と喝役

「貴方が思う博麗の巫女とはどういうモノですか?」

 

 魔理沙が人里のことをある程度話し終えた後、小休止を挟んでから白蓮が次に魔理沙に問いかけたのはそんな質問だった。白蓮にとってそれは単なる問いかけだ。『魔理沙が自分の()()をどう思っているか』ではなく『魔理沙が()()()()()()()をどう思っているか』という、新参ならばまず知っておきたい幻想郷での博麗の位置づけに関する質問。

 だからこそ博麗霊夢という名ではなく博麗の巫女という役職で質問をしたし、魔理沙もきちんとその意図を酌むことができた。

 

 しかし魔理沙にとってこの質問はなかなか回答に困るものである。普段から霊夢を霊夢として見ている魔理沙にとって、彼女を巫女として見た時の位置づけをあまり意識していないからだ。それでも分かる事はある。

 

「博麗の巫女ってのは誰からも恐れられる存在だ。妖怪からも、人間からもな。そりゃそうだ。およそ人間とは思えないような人間なんだから恐れられない方が不自然だろう?」

 

 魔理沙にとって博麗の巫女は精神が異常に強靭な者がなる職だというイメージがあった。人里への脅威を追い払っても感謝はされど受け入れはされない。それを知っていながら人里を護らなければならないという使命を背負って彼女らは生きているのだ。

 魔理沙にはそんなことが耐えられなかった。受け入れてもらえないと分かっていながらそいつらを護るなどという事が彼女には到底できそうになかった。精神がよほど強靭でもなければそれに耐えかねて自ら命を絶ってしまうこともあるだろう。博麗とはそれに耐えられる者だけがなれるのである。

 

「なるほど……あまりにも人外めいた力を得ることで同じ人間からも恐れられているのですか。私にも痛いほどよくわかる辛さです。私はそれに耐えられなかったので敢えて封印されるという手段をとりましたが」

「そうだったのか?」

「ええはい。時間を待つ間にひとつ、私の過去のお話でもしましょうか」

 

 

 ~~回想~~

 

 聖白蓮は元々ただの人間であった。弟の命連共に山奥で毘沙門天を信仰する生活を送っていた。

 当時の人間たちは白蓮と命連がバラバラに暮らしていたかのように描いたが、これは共に暮らしていたという事実を知らなかったからである。命連の死ぬ間際まで、白蓮は人前に姿を現さない生活をしていたので知らなくて当然であろう。

 

 白蓮は命連から法力の扱い方を教えてもらい、数年をかけてそれを会得した。白蓮が尼僧として本格的に歩き出した瞬間である。

 

 無我を見つめて十数年。悲劇は突然に訪れた。命連の死である。

 この時点で白蓮も命連も七十に近く、時代を考えればかなり長生きだったといえる。しかし、この弟の死が白蓮を変えてしまった。

 

 老いを自覚してしまったのだ。死を恐れてしまったのだ。仏教に身を浸しながら、彼女は死の先を見つめることができなかったのだ。

 死を恐れた彼女はそれを回避するための手段を探した。

 

 一つは妖怪となること。寿命はあれどほとんどないようなものだ。

 一つは仙人となること。死神を追い払えさえすれば死は訪れない。

 一つは魔法使いとなること。妖怪となることの延長線上でもある。

 

 最も確実で簡単なものは初めの選択肢だろう。妖怪へと至るには長い修行も鍛錬も必要ではない。しかし人間としての形を捨ててしまうのは彼女の望みではなかった。

 最も難しいのが二番目の選択肢である。もはや仙人へと至るための修行をする時間さえ彼女には残されていなかったからだ。年下である命連が死んだことからも、彼女の死期はかなり近づいているのが確実だった。

 

 結果として最も現実的となったのが最後の選択肢になる。とはいえ当時の日本には魔法使いなどいなかった。直接西洋と交易をしていたわけでもなく、その手の道具や書物は中国からしか入手ルートがなかった。当然何の権力も無い白蓮にそのルートを開拓できるはずはない。

 心優しい仙人がいなければ彼女は人間のまま腐ってしまっていただろう。運命が彼女に味方した。大陸出身だという見ず知らずの仙人は白蓮のためにできる限りの資料を集めてくれたし、年を取った彼女にできる限りの世話を焼いてくれた。

 

 なんでも、白蓮が弟子にそっくりだったかららしい。優秀な人材をそのまま腐らせてしまうのはもったいないということだった。

 

 ~~~~

 

 

「その方の事を私はよく思い出せません。若返りによる記憶障害では説明がつかないほど他の記憶は残っているというのに、その方の記憶だけがほとんど抜け落ちてしまっているんです。ある特定の記憶だけを処理するなど魔法でもおよそ不可能なことなので信じがたい事ですが、彼女がいなければ今の私は無いんです。封印が解けた今の私の一番の目標はその仙人を探して礼を言うことなのです……あら、こちらも寝てしまっていましたか」

 

 抑揚のあまりない白蓮の語りには魔理沙も耐えられなかったらしい。白蓮が本題として残していた、魔界に封印された理由は結局話されることがなかった。

 それでも白蓮は満足している。彼女が人間として生きていたころには無かった博麗という存在。その一端を知ることができただけでも収穫はあったというものだろう。

 

 満足感と物足りなさの両方を感じながら、白蓮はそっと部屋を後にする。誰をも起こさぬようひっそりと彼女は寺を出た。

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 紫さんとともに地上の監視を始めて数刻。そろそろ丑三つ時だという頃にようやく動きがあった。

 

「あれです。あれがぬえですね」

「あれが……文献で見たものとは随分と姿形が異なるようだけれど。そもそも獣の形をしているわけでもない」

 

 人里にようやく封獣ぬえが現れた。誰にも見られていると思っていない彼女は本来の姿を私たちの前に晒している。歪な羽が真っ暗な中にぼんやりと輪郭を残している。色は確か青と赤。

 

「人間が彼女を見るときはほとんどの場合正体不明というフィルタを一枚挟むことになりますからね。今の彼女は油断していますが、ここから誰かが現れれば姿は変化するでしょう」

 

 フィルタを素通しして見えてしまう私には全く通用し得ない能力。私が彼女を恐れる理由は単純な強さだけだが、他の者にとってはその能力こそが恐れる一番の理由になる事だろう。当人にとっては対峙しているのがぬえ本人であるのかどうかすら分からないのだから。

 

 不思議な力で浮遊している宝船の欠片はUFOに見えてしまう。飛ぶ鳥すらも彼女の能力にかかればUFOに見えることがあるだろう。彼女の能力の汎用性はかなり高い。人間に種を仕込むと、他人からは必然的に異形に見えてしまう。やろうと思えば同士討ちすらも誘発できるはずだ。

 愛犬や愛馬、愛する人……その全てを彼女の手を汚さずに処理してしまえるかもしれない。物ではなく動物に種を仕込む時には何かしらの制約があるのかもしれないが、それができるかもしれないという最悪の想定くらいはしておいて損はない。楽観視できる程私の頭は都合よくできていないし、彼女の能力について分かってもいない。

 

 もちろん強力な能力であるためにそれなりの枷はついているはずだ。基本的には読心は表面しか読み取れない。境界は時を越えられない。そんな風な枷が彼女にも必ずある。問題はそれがどんなものか予測できないことだ。

 

 私には彼女の能力が効かないために、彼女の能力の本当の恐ろしさを知ることができない。

 あるいはそれこそがその能力の弱点なのかもしれない。知っている者には何の恐怖も与えることができないのかもしれない。

 

 長屋の屋根に陣取っている彼女の周りには今も木片が飛び交っているが、一般人から見ればカラフルなUFOに見えていることだろう。

 そこに着いてからじっと佇んでいた彼女は何かを察したのか、急に立ち上がると不気味な声を発しながらある一点を目指して飛んでいく。

 

 しかし彼女が如何に素早く移動しても、紫さんの優秀な覗き穴からは逃れられない。彼女の移動した先にいたのは聖白蓮ただ一人。

 

『丑寅から不気味な声と共にやってくる正体不明の黒煙。聞いた事があるかい? げに恐ろしき平安の大妖怪を』

 

 頭は猿、躯は狸、尾は蛇、手足は虎の如く……と紫さんがブツブツ言っている通り、今のぬえは正体不明の状態だ。紫さんの境界越しでは私の能力が通用しないので、私も彼女を化け物の姿として見ることができる。

 

『さぁ? 私も平安に生きた人間でしたがそのような妖怪の話は聞いた事もありません。人間に封印されてしまったので』

 

 封獣ぬえと聖白蓮が二人で話しているが、こちらはそれを悠長に見ている場合ではない。何故聖白蓮一人でここにいるのか、それを探らなければならないからだ。彼女の性格からして命蓮寺で何かしたとは思えないが、それでも異変解決者である二人が来ていないというのは心配の種になる。

 

 紫さんもその事は気になったようで、しばらくスキマを通して二人の様子を見ているようだ。そしてふと呟いた。

 

「ただ熟睡してしまっているだけ。起こした方が良さそうかしらね」

「そうですね。そうしなければ余計に面倒なことになると思いますよ」

 

 聖白蓮が二人を起こさずに敢えて一人で向かった理由は想像がつく。彼女は妖怪が傷つくことを良しとしないからだ。たとえそれが弾幕での決闘だったとしても、黙って妖怪が傷つく様を見ているわけにはいかないのだろう。それは彼女の信念であり優しさである。

 彼女が一人で妖怪のもとへ赴けば、彼女なりの説得ができる。説教は恐らく彼女の得意とするところだろう。話し合いで平和的な解決を願ったからこそ彼女は二人を置いて人里へ向かった。

 

 しかし今回はそれでは解決できない。ぬえが今回の騒動を起こしたのは単に退屈だったからではない。人里を恐怖へと陥れたかったからである。噂にはなれど恐怖は全くと言っていいほど得られていない。到底満足できていないのである。

 故に今は話し合いでは彼女を落ち着かせることができない。彼女の鬱憤を晴らすためにはそこそこの刺激……具体的には先の異変を解決した人間との遊びが一番なのだ。

 

 今、ぬえと聖の話を聞いていても何ら進展は見られない。ぬえ自身は聖のことを知っているようで、彼女が妖怪の味方であることも相まって好感度は悪くなさそうである。

 しかしそれだけだ。話し合いたい聖と戦いたいぬえ。その構図は変わらない。

 

「寝ているところをそのままにしてぬえたちの前に落とせば良いんじゃないですか? そうすれば手っ取り早いですし嫌でも目が覚めるでしょう」

「ま、それでいいわね。これ以上長引いても面白い事は無さそうだし」

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

「いてっ」

「いたた……」

 

 寝ていたところを急に空から落とされた二人は驚きつつも警戒して周囲を見回す。

 見回した結果分かったことは、場所は明らかに人里であること。そして白蓮の隣に明らかな異形がいることだった。

 

 それさえわかればそこから先の行動は頭で考えるより先に身体が動いてくれる。妖怪の動きを封じるためのお札を投げつけてから夢想封印である。

 霊夢の頭の中では人里内で暴れた妖怪を白蓮が諫めている、という風に見えているわけで、当然ご法度である異形の行為に対してはごっこ遊びで済ますわけにもいかない。

 

 結果、弾幕ごっこ用に調整された夢想封印ではなく妖怪退治用の夢想封印がぬえを襲うこととなった。

 

 霊夢の方は急に地面に叩きつけられたものの、そこから先は本能的に身体が動いた。しかしぬえの方は急に人が現れて驚き硬直した上に、追い打ちをかけるような夢想封印を喰らってしまった。しかも高威力のものを。

 完全に不意打ちとなってしまったものはいくら大妖怪であっても避けることは叶わず、直撃する形となってしまったのである。

 

 何もできずに倒れ伏してしまった異形はいつの間にか歪な羽を持った少女へと変わっている。気絶したことにより能力が切れてしまったのだろう。つくづく不運な妖怪である。

 

「何してるんですか!」

「何って……あんたも見たとおりに妖怪を退治しただけじゃない。人里で騒ぎを起こしていいのは人間だけよ。あんたも深夜に騒ぐんなら一緒に退治してあげるけど」

 

 白蓮が声を荒げるのも無理はない。彼女はただぬえと話をしていただけ。今のところ彼女は何も危害を加えていなかったのだ。そこに唐突に現れ、ぬえを退治してしまった霊夢に対しては長い説教をしても良いはずだった。

 しかしそんな白蓮の気持ちを露も知らない霊夢の言葉は軽いものだ。実際、霊夢本人は自分が正しい事をしたと思っているのだから。彼女にとって妖怪は慈悲をかける相手になり得ない。

 

 

博麗の巫女ってのは誰からも恐れられる存在だ。妖怪からも、人間からもな。そりゃそうだ。およそ人間とは思えないような人間なんだから恐れられない方が不自然だろう?

 

 

 魔理沙の言葉が蘇る。かつての自分の境遇に重ね合わせたはずのそれは、いつの間にか無視できないほどのズレを生じていた。博麗霊夢という人間と白蓮は、彼女の想定していたものよりも相当に大きな壁に隔てられているのだということを実感してしまった。

 

 彼女は、彼女だけは博麗霊夢を等身大の人間として見ることができると勝手に思っていた。博麗霊夢の痛みを知ることができると思っていた。

 けれど違うのだ。博麗霊夢は彼女の測れるスケールをはるかに超えて異常な存在だった。死を超越して以来千年ぶりに彼女は恐怖を覚えた。底知れない強さに、冷静さに、そして何よりもその冷酷さに。




ぬえーん


ぬえが退治されてしまったので星蓮船はこれで終わりです。後日談含めた日常編は次章『さとりと怪書(仮)』で
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