古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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今回スーパー独自設定が入っていますが、別に原作を壊すようなことはありません。話の展開上入れたかっただけです


さとりと怪書
私の死ねない理由


「あんた、あの妖怪を命蓮寺で匿うことにしたそうじゃない。なかなか挑戦的ね」

 

 もうすっかり春色になった暖かな昼下がり、人里の茶屋では霊夢と白蓮がそんな会話をしていた。

 『あの妖怪』というのは先日騒ぎの元凶になった封獣ぬえのことだ。結局霊夢の勘違いだったとはいえ、人里で騒ぎを起こしたのは事実であるため、霊夢は別段自分が悪いとも思っていない。それよりも彼女は、そんな妖怪を保護した命蓮寺を警戒しなくてはならないという面倒くささに注意を引かれている。

 

「誰に対しても分け隔てなく、が私の求めるあり方ですからね。いかなる種族であっても決して虐げられてはならない。そう思いませんか?」

 

 対する白蓮の姿勢は初めから一貫している。誰に対しても等しく救済を与えるために彼女は妖怪を保護しているのだ。野生の妖怪というものはいつ博麗の巫女に目を付けられるか分からない。それに対する恐怖がある妖怪が寺に転がり込むために、幻想郷に現れてからの命蓮寺には比較的力の弱い妖怪がよく集まっている。

 

 霊夢が直接相手にしなければならない者など精々白蓮とその側近たちくらいのもの。だからこそ今までは大して警戒もしていなかったのだが、最近入ったぬえは明らかに大妖怪の風格である。

 既に紅魔館、冥界、八雲、花妖怪、妖怪の山、天界、地底などなど厳重に警戒すべき場所がいくつもあるというのに、ここにさらに命蓮寺も加わったというのだから霊夢の心労は推し量る必要すらないだろう。

 

 

 白蓮の問いに霊夢は気の無い返事をする。同意してしまっては巫女としての活動ができなくなるのだから当然だろう。白蓮もそのことは分かっており、ただ自分の意見を述べたいがために質問にしてぶつけたに過ぎない。

 

「妖怪なんてものがいなくなれば世の中は平和になるんでしょうに……はぁ、面倒だわ」

「何言ってるのよ霊夢。妖怪がいなくなれば困るのは人間の方よ?」

「げっ、なんであんたがここにいるのよ」

 

 神出鬼没ここに極まれり。紫が何の脈絡も無く現れるのは、彼女を知る者にとってはもはや慣れっこだ。

 霊夢の質問と白蓮の驚きを無視して彼女は団子を三つと饅頭を二つ注文した。饅頭は霊夢と白蓮の分としてのものだ。スキマ妖怪流巫女対処法である。

 

「で、なんでしたっけ……あぁそうそう、妖怪がいなくなった世界の話でしたね。ここは一つ、妖怪の非常に少なくなった外の世界についてお話してあげる。妖怪がいなくなれば、それまで妖怪や妖精が関与してくきたような些細な事象にまで人間が干渉し始める。人間は霊力の代わりのエネルギーを使って自然を切り拓き、最後には天然の食糧は無くなってしまうのです」

 

 既に人間は鴉天狗よりも速く飛行することに成功している。月より遠くへ物を送ることにも成功している。地底より深くまで穴を掘ることにも成功している。

 近い将来、森林は全て人工林に置き換わり、野菜やキノコ、果ては肉まで人工で生み出すようになる。そこに妖怪や妖精の入る余地はなく、霊夢たちのような人間が入る余地もない。世界は悉く異端分子を排除し、全てを科学的に証明できる形に押し込める。

 

「人間の心が妖怪を生み、霊を生み、神を生んだ。私たち妖怪と貴方たち人間は切っても切れない、そんな関係に必然的になっているの。妖怪を排除した世界が目指す先はただの破滅でしかないでしょう。その頃には貴方は死んでいるでしょうけれど、貴方の子が、孫が……人類の破滅の日を目の当たりにしてしまうことでしょう。「だから妖怪はいなくてはならないのです」……ん? え……と、貴方は確か貸本屋の娘だったかしら」

「そうです! なにやら霊夢さんがいるのを見つけたので丁度良いと思って来たんですよ。そっちの方は確か聖白蓮さんでしたよね。こちらの方は?」

 

 阿求曰く歩くトラブルメーカーこと本居小鈴の登場で茶屋の軒先はさらに賑やかになった。つい先ほどまでは霊夢と白蓮がのんびりとお茶をしていただけだったというのに数分でこの有様である。

 小鈴の突然の登場に額を抑えながらも霊夢は丁寧に対応する。他者からはよく意外に思われる事だが、霊夢はこう見えて案外面倒見が良い。相手が戦う力ももたない人間ならば尚更だ。

 

「八雲紫。胡散臭い奴だから小鈴ちゃんは関わっちゃ駄目よ。んで、小鈴ちゃんも何か私に用事があったみたいだけど?」

「そうそう、そうなんですよ。実は数年前からこんな本が鈴奈庵にあるんですけど……解読しようとしても一体何が言いたいのかさっぱりわからないんです」

 

 どれどれ、と霊夢がその本を開いてみると、そこに書かれていた文字は全く見覚えのないものだった。潰れた饅頭のようなもの、ただの点にも見えるもの、民家に窓のようなもの……およそ本であるとは思えないような奇天烈な記号が並んでいたのだ。

 

「こりゃ解読できなくても不思議じゃないわね。何かの暗号かもしれないけれど」

「いや、そうじゃないんです。読めるには読めるんですよ。例えばここは『我と共に来るべし。奔る才有り』と書いてありますし……」

「……古代天狗文字。人間に読めるようなものではないはず。人里で暮らしてきた子供ならなおさら」

 

 驚いているのは紫だけではない。白蓮も霊夢も目を言葉を失い、見開いて小鈴を見つめている。明らかに日本語ではない文字列の内容を理解できている小鈴に、彼女らは驚愕と警戒を強めることとなった。ただの人間には収まらない”本居小鈴”が阿求以外の目に留まった瞬間である。

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 死んでしまいたい。

 

 

 お燐の淹れてくれたお茶を飲みながらふとそう考える。最近、前にも増して忙しくなっているように感じる。戒に仕事を全て任せてしまいたいという私の願いとは裏腹に、私の周囲はちっとも落ち着かない。

 

 戒が悪いわけではない。あの子はもう随分とできることが増えたし気が利くようにもなった。傀儡臭さは捨てきれないが仕事をするだけならばそれでも全く問題は生じない。

 地底が悪いわけでもない。一昔前ならまだしも最近の地底の連中はかなり大人しくなった。主に鬼たちによる旧都管理の成果である。魔窟においては恐怖政治こそが大正義だと改めて認識した。

 ペットのせいではない、式神のせいでもない、地底のごたごたのせいでもない。ならば私が深く関わっているもので残るのは一つ、地上である。

 

 最近猛烈に後悔していることがある。地底と地上の不可侵条項撤廃だ。今思えばあれのおかげで私の安寧はある程度守られていた。だがもうそれは無くなってしまった。私の下手な勘定のせいで取っ払ってしまった。

 

 元を正せばお空に勝手に力を与えた神様が悪い。……が私はそれにすら気づけなかった。もっと他にやりようはあったかもしれない。お空に何か別の方法で力を与えていれば神の力には靡かなかったかもしれない。

 こんなものは全て理想の話だ。私には過去に戻る力など無いし、今見えている現実から逃れる術ももたない。ずっと向き合っていかなければならないのだ。これから数千年、あるいは万に至るかもしれないほどの年月を耐えなければならないのだ。

 

 

 あぁ、死んでしまえればどれほど楽なことか。人間が羨ましい。人間程度の短い寿命であればどれほど気楽に生きられることか。辛い事があっても数十年すればきれいさっぱり消え去ってしまう。死にたいと思えば心臓を一突きしてしまえばいい。それだけでこの世から去って新たな肉体へと生まれ変わることができる。

 何故私は妖怪になど生まれてしまったのだろうか。私の寿命があと数十年しかなければもっと自由に過ごすことができるのに。今ある(しがらみ)なんて気にしないで未来を見つめられるはずなのに。

 

「さとり様、駄目ですよ。あたいたちを置いて先に逝ってしまうなんて許さないんですから」

「あらお燐……声に出ていたかしら?」

「いえ。ですが死にたい人の顔というのは見るだけで分かるものです。あたいは今までそんな人間たちを幾度となく救ってきましたから」

「…………ふふ」

 

 そんな状態で死んでもちっとも楽しい会話ができないから、か。未来のさらなる楽しみのために死体(お楽しみ)を我慢するなんていかにも彼女らしい。そいつが本来の死に際にもう一度お燐の前に現れてくれる保証なんてどこにもないというのに。

 

「分かってないわね、お燐は。私は死にたいと思っていてもいざとなれば怖くなるの。何故か分かる? 私は自分の身よりも貴方たちが大切だからよ。死んでも地獄で罪を償い続けるだけ。そんなのはなんてことも無い」

 

 鬼も私に対しては強く言ってこないだろう。関わりたくもないはずだ。だから地獄は別に怖くない。地獄に落とされる前に四季様にいちゃもんをつけられるのは少し怖いがそこから先の悠久の時間はほとんど誰ともかかわることのない、ある意味平和な世界が待っている。

 

「私にとっては貴方たち家族だけが心の拠り所足り得るの。だから安心なさい。貴方たちが生きている限り私も生きるから。……情死? するわけないでしょう? 私は貴方たちに生きてほしい。その生を楽しんでほしいんだから」

 

 今いる家族なんて元々私が勝手に拾ってきた子ばかりだ。お燐もお空も……そしてこいしも。皆私と血はつながっていないけれど、私の傍で生きることを選んでくれた。

 私のせいで本来進むべき道を歪ませてしまったのだから、せめて今生きていることを楽しんでいてほしい。それに妖怪の死は人間のそれよりもはるかに重いし残酷だ。

 

 

 

 

 お燐の淹れてくれたお茶を飲みながらホッと一息つく。どう足掻いても私は決して死のうとは思えないのに、どうして死にたいと思ってしまうのか。それは私が長い生に疲れているからだ。何故妖怪が異常に長命なのか、それは先ほどまで考えていたことに繋がる。

 

 お燐が運んでくるのは人間の死体だけである。旧都や幻想郷を見れば妖怪の死亡数の方が人間よりも圧倒的に多いのにもかかわらずだ。

 

 スペルカードルールなど関係ない所で喧嘩は頻繁に起きるし死者も出る。酔っぱらった鬼が暴れればそれほど力の無い妖怪はひとたまりもないだろう。

 対して人間の死体は外の世界や幻想郷で埋められ、地底に流れ着いたものだけに留まる。だからそれほど多くの死体は出てこないのが普通だ。実際旧地獄の熱源を保つだけならばお空の力もあるので数日に一人分投げ込めば十分であり、今はお燐が適当に見つけてきては放り込んでいる。

 

 経験上、死体は外の世界からよりも幻想郷からの方が流れ着きやすい。結界を超える必要がないからだろう。しかし幻想郷の人間は大して数がいないので死者があまりでない。その結果、お燐が運んでくる死体は大抵流れ着きにくい外からのものになる。

 もしお燐が妖怪の死体も持って来られるのならば今までよりもかなりハイペースで運べるに違いない。幻想郷では毎日新しい妖怪が生まれては死んでいるからだ。地底の死者に頼らなくても十分に賄えるだろう。

 

 

 しかし実際にそうはなっていない。お燐が運んでくるのは数日に一回、人間の死体だけ。その理由はそもそも妖怪の死体というのが何処にも見つからないからだ。

 妖怪は肉体ではなく精神に依存する。妖怪という存在が人間の恐怖や関心から生まれた存在だからである。肉体はあくまでも飾りに過ぎず、本質としての精神が最も重視されるのだ。これが妖怪の『死』にも深く関わってくる部分である。

 

 人間は死ぬと肉体から魂が分離し、彼岸に運ばれて閻魔に裁かれる。地獄へ行っても罪を償い終えれば転生し、新たな生を得る。そこで新しい肉体を得るわけである。

 

 だが妖怪は違う。死ぬと肉体から魂が分離する。ここまでは人間と同じだが、ここから先が人間とは大きく異なる。

 転生という選択肢がないのである。閻魔によって裁かれる先は地獄か極楽。妖怪は基本的に地獄にしか落とされないが一応この二択は存在する。極楽とは天界であるというという説も聞いたことがあるが実際のところは分からない。

 

 さて、妖怪に転生が無いというのがどういう事かと言えば、まぁそのままの意味である。転生させるという選択肢を閻魔が意図的に消しているのではない。閻魔にもそれを選択できないというのが正しい。妖怪は死んだ時点で本来持っていたアイデンティティが消滅したことになる。そして妖怪の肉体とは魂に付随してきたものであり、ただの入れ物というわけではない。

 閻魔が魂の行先を決定した時点で妖怪の魂は肉体を纏う。しかしそれも生前の肉体とは異なり、死んだ後の魂の形を体現したものであるため、生前のような力は肉体に宿らない。

 残された生前の肉体は魂が分離した後もしばらくはその場に残り続けるが、魂が彼岸に到着し、二度と帰ってこない事が確定した段階で肉体は消滅してしまう。ただの魂の入れ物ではなく、魂と肉体が密接に結びついている妖怪ならではの現象である。

 

 だから妖怪の死体はお燐にも見つけられない。死んで数刻も経てば消滅してしまうからだ。

 

 失われた肉体は死後の魂の形を示すものとなり、死んだ妖怪を包み込む。そして地獄では肉体レベルで苦痛を味わうことになる。人間は魂だけを虐められ、十分に反省して償えば輪廻に戻ることを許されている。対して妖怪は永遠に肉体を虐め続けられるのだ。

 この永遠に等しい恐ろしい地獄が用意されているために、妖怪の生は人間よりもはるかに長く用意されているのだろう。

 

 

 

 人間は死んでも生まれ変わる。それしか知らない人間は妖怪の死の事情を無視して妖怪狩りを幾度となく行った。私たちには今と違う肉体で生きる未来なんて存在し得ないというのに。




メインは前半の霊夢パートですが後半のさとり様パートも全く内容に関係がないわけではありません

妖怪の死体は自然消滅するというssは割と見るので私もバッチリその影響を受けてしまったわけです。そこに理由付けをしたのが後半の内容です(要約)
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