古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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さらに拡がる冤罪の波

「さて、どうやらさっぱりして落ち着いたようですね。では改めて問いましょう。貴方を地底に送り込んだ犯人は誰なんです?」

 

ここに来た当初は確かに温泉の事が彼女の心を支配していた。私が見るのは、聞くのは心の表層の感情。記憶は手順を踏まなければ確かめられない。だからあの時は分からなかった。

だが彼女が温泉に入っている間に改めて考えてみるとどうにも腑に落ちない点がいくつかある。その最たるものが彼女が地底に来た理由だ。間欠泉が地上にも噴出した以上、地上でも温泉はできていると考えて良い。

 

ならばわざわざ地底に入りに来る意味はありはしない。危険な上に湯の温度は地上の物の方が確実に人間向け。忠告するついで、と言うのも理由としては弱すぎる。

安全な地上ではなく危険な地底に来る。そこには必ず裏で動いている人物がいるに違いないのだ。

 

そしてそのタイミングも気になるところだ。今地霊殿にいるのは私とお燐だけ。レミリアさんも咲夜さんも何処かへ攫われ、紫さんも丁度良く何処かへ行った。お空の方に行ったであろう二柱を除けば来客はいない状況だ。

あまりにも都合が良すぎる。裏で糸を引いている者は確実にいて、しかもその人物は地上と地底の不可侵条項撤廃を知っている。さらにこの屋敷には現在ほとんど人がいないことも知っているという。ここまで考えればもう誰なのかを聞くまでもない。

 

「やはり八雲紫ですか。まったく身勝手なものですよ。幻想郷一困った妖怪であることは間違いないでしょうね」

 

「別にあいつに送り込まれたわけじゃないわよ。『地底にある温泉にでも行ってきなさいな。異変解決の労いとして私がお金は出してあげるから』とか言ってちょっとお金をくれたから来ようと思っただけ。あいつはすぐ何処かに行ったけどね」

 

そして去り際にさりげなく条項撤廃を伝えたわけか。あたかもこちらが本命であると言わんばかりの捨て台詞として、彼女は博麗の巫女という少女に役割を与えたふりをして霊夢さんを確実に地底に向かうようにしたのか。

これを言わなければ霊夢さんが地底に来る意味は皆無だ。地上にも温泉があるのだから、いくら紫さんが地底の温泉を勧めても向かうならば当然そちらだっただろう。

 

本当に厭らしい。彼女は地底に行けと命令したわけではなく、そのために金を渡したわけでもない。ただ霊夢さんの中で地底に行くことが正当化されるように取り計らっただけ。

霊夢さんは気づいていないし気づかない方が良い。妖怪の言いなりになっていると知れば誰でもいい気分にはならないだろうから。

 

一仕事に対して労いの言葉をかけ、それを示すかの如く報酬として温泉で身体を休めさせる。

霊夢さんの性格上面倒を起こした妖怪は特に目を光らせるようになる。それを利用して直近の異変の首謀者である(と思われている)私を利用したわけだ。

私と紫さんの関係は公表されていない。しかし異変解決時にはなるべく地底と地上の関係が悪いかのような演技を続けた。

 

だからこそ最後の言葉が霊夢さんにも深く刻み込まれたのだろう。

 

――――地底の妖怪は非常に危険な奴らばかり。一歩誤れば地上は()()()()()()()ほどに

 

仲が悪いから放置しておくのは拙いよ、という忠告をさりげなく挟む。もちろん実際にはそんなことはあり得ない。地底でまともに戦力になる妖怪など一握り。

……それは地上でも同じなのかもしれないが、それでも地上のトップと地底のトップの差が果てしないのでやはり勝負にはならないだろう。つまり紫さんの最後の言葉は、事情を知っている者からすればただ杞憂を煽るための文句でしかないのだ。

 

これをした紫さんの意図は全く分からない。こんなことをされなくとも私には地上に出るつもりがない。もっと言うなら地霊殿から出るつもりも。

だというのに彼女はわざわざ博麗の巫女を使ってまで地底に警告を出した。私にとっては意味を為さず、霊夢さんにとっても結果として無駄骨になるというのは紫さん自身も理解しているはず。

 

警告された私にも、警告しに来た霊夢さんにもメリットはない。だがわざわざこうなるように言葉を選んでそれを伝えた。

となれば考え得るのはもはや一つ。これは紫さんにとってメリットを生むということだ。それがいったい何なのか、私には彼女の見ている世界を想像することさえ叶わない。

 

しかし彼女の都合で動かされた霊夢さんは本当に可哀そうだ。直接的に言えば無様。妖怪を退治する役目を持つ人間が妖怪の手の上で踊らされているのだから。

だが私は別に彼女を恨んでいるわけでも憎んでいるわけでもない。ただ憐れんでいるだけ。無料の温泉に金を持って来た。地底の環境も人間の身体には良くない。騙される方も悪いとは言うが、今回ばかりは騙した方が100%悪い。まだ幼い人間を自分の駒のように扱うとは何事か。

 

「お帰りになるのでしたらこれをお渡ししましょう。鬼の国で作られたという鬼ころしと地底の温泉まんじゅうよ…………あぁいや、この鬼ころしは所謂普通の鬼ころしとは完全に別物。ただの美味しい日本酒です。ご友人方とどうぞ」

 

鬼が自分たちの酒のために生み出した酒虫。普通に醸造される酒よりもはるかに美味しいそれはしかし、鬼が呑むために度数もかなり高い。それこそ人間の造る鬼ころしなどよりもはるかに。

しかし今回私が出したのはその酒虫をさらに改良して造られた酒。地底でも鬼以外からの評判は相当に高いと言われている逸品だ。鬼からすれば薄すぎるので評判はからっきし良くないらしいが、味だけならば勇儀のお墨付き。

 

しかしこの酒虫は非常に数が少なく、また再び生み出すことも不可能とされている。故にこれは超がつくほどの高級酒。鬼以外なら誰にとっても喉から手が出るほど欲しい酒だが、生憎私はあまり酒を嗜まないので持て余していたのだ。

一升しかないということでお燐も遠慮していたし。美味しい酒を中途半端な量だけ呑むというのはむしろ苦行らしい。あの子らからすれば一斗未満は全部中途半端なのかしらねぇ。

 

地底の温泉まんじゅうは普通に旧都から少し歩いた場所にある温泉街で売っている物だ。名前は『怨泉(おんせん)(しがらみ)』ちなみに私が決めたわけではない。と言うか仮にも土産物ならばこんな物騒な名前は付けないでほしいものだ。地底の印象が悪くなる。

元々地底の妖怪相手の商売だから特に問題はないのだが、こういう時には渡すのを躊躇してしまう。土産としてこんなおぞましい物を見せられたらその土地を色眼鏡無しには見られなくなる。

 

ちなみに怨泉と言うだけあってまんじゅうは怨霊の形。つまり怨泉の柵とはそのまま地底の事。大罪人を模した造形とそれを閉じ込める監獄を模した入れ物。

見た目はあれだが味は普通の饅頭同様美味しい。しかもきちんと温泉の蒸気で蒸しているらしい。そこに力を入れる前に形と名前をどうにかしてほしかった。まともな感性を持っていれば進んで食べようとは思わないだろう。やはり地底の妖怪はどこか感性がずれている。

 

「毒なんて入っていないでしょうね」

 

「おやおや、妖怪から施される物がそれほど嫌なら捨てれば良いでしょう。どうしても怪しいのならば八雲に押し付けるのもまた一手。あの妖怪ならば喜んで受け取るでしょう」

 

実際彼女は試作品の味見役としても食べたことがあるし。地底に対しても強く意見ができ、外の世界の食べものも食べたことがある彼女はそのような役にはピッタリなのだ。

味として判断してもらうならば幽々子さんが一番なのだろうが、彼女には広大な冥界を管理するという役割がある。紫さんを介して間接的に評価を聞くことは可能だが、それはそれで彼女の従者などの関係を含めれば面倒に感じてしまう。

 

まあしかしここで霊夢さんが渡した物を警戒しているのは相手が私だからだろう。同じ妖怪でも恐らくアリスさんの渡した物ならば無警戒に受け取るものだと思われる。紫さんやレミリアさんが渡しても私同様警戒されるだろう。

つまるところ信用できるか否か。アリスさんは前者。私たちは後者といったところだ。力としては頼りになるが心から信ずることはできない、そんな関係。希薄であるが蜘蛛の糸よりも強い、そんな繋がり。

 

そこにあるのは妖怪と()人間との違いなのか。或いはそのものの持つ人間らしさであるのか。人間の持つべき温かみというものを持ち合わせていない私には到底理解できそうもない。

 

だが今回はできれば紫さんの手には渡ってほしくないというのが本音だ。ここで土産を渡すのは紫さんへのささやかな意趣返しのようなもの。

 

『人間を好いていないさとりならば人間の益になるような事はしないはず』と彼女はきっとこう思って霊夢さんを送り込んだのだろう。この金は霊夢さんへの労いではなく私への手間賃だったとすればどうだろうか。

霊夢さんを少しの時間地底に押し付ける事への手間賃。そう考えれば納得がいく。彼女が何を思って霊夢さんを一時的にでも幻想郷から追い出そうとしたのかは分からない。だが()()金を払った。

 

紫さんにとって道具に人権はない。それが人型をした式神であっても彼女にとっては意志の無いコンピュータと同じ物。今回は霊夢さんを道具として使った。

だがこの子にはこの子だけの感情が、思想が、意思がある。手土産を渡すのはそんな霊夢さんへの惻隠と共に紫さんへの抵抗を見せるため。

 

霊夢さんは結局何も言わずに帰ったが、払わせた額以上のリターンを持ち帰った霊夢さんを見れば彼女も理解するだろう。私が人間に対してどのような感情で接しているのかを。嫌いだから突っぱねる、では統治などできない。

彼女はもう少し道具としての人間、式神への接し方を変えるべきだ。そうしなければ取り返しのつかないことになる恐れもある。

 

妖怪と人間との溝が広がれば人里は閉鎖的になってしまう。そして年月が経ち、もはや人間が妖怪の脅威を忘れ去った時、幻想郷は外の世界との境界を失ってしまうだろう。妖怪や神を失い均衡を破られた世界は直ちに崩壊を始めるだろう。

人と妖、主と従者は常に表裏の関係としてあらなければならない。妖は人がいて初めて生まれる。主とはそれに従う者がいて初めて成立する。妖の頂点として、また強力な従者を持つ主人として存在する紫さんがそのことを忘れてはならない。

 

抵抗と警告。私が霊夢さんに何も言わずとも彼女ならば理解するだろう。その上で計算高い彼女が今後どうするのか、それは非常に楽しみであり恐ろしくもある。

地底と地上との入り口が開かれた。それは地上の事柄に地底をも巻き込む意思を表しているとも見れるからだ。面倒ごとが増えるならば当然それを次々と処理しなければならない。

 

面倒ごとを効率よく処理するならばやはり演算能力の高い式神が有用だ。裏の統治者を廃止し、戒を真の統治者として育て上げる。完成はそう遠くないだろう。あとはもう少し臨機応変に対応してくれるようプログラムしなおす。*1

式神を憑けてはいるが、その力は藍さんほど強くない。式神そのものの力だけで言えば橙さんにも劣るかもしれないほどだ。だがこれを逆に利用すればプログラムした以上の働きをしてくれるようになるだろう。その時が今から楽しみだ。

 

「嬉しそうですね、さとり様。そんなにあの巫女を好いていたんですか?」

 

「いえ、あの巫女の事は嫌いよ。でも気に入っているのは事実ね…………よくわからない? そうねぇ……お燐は人間の死体は気に入っているでしょう? でも自分で殺すのは嫌い、それと似たようなものよ」

 

実際には結構違うのだろうがお燐がそれで納得してくれるのならばそれで良い。この子の事よりも自分の都合を考える私は理想的な主人とは言い難い存在なのだろう。

でも今はまだ知らなくていい。まだ好きの反対は嫌いでいい。

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼

 

 

さとり、レミリア、紫が談笑している頃。咲夜がまだ時間停止を使わずに地底への縦穴を探している頃。霊夢が紫に唆されて地底に向かっている頃、紅魔館の地下にはまだ侵入者がいた。

 

侵入者の名は霧雨魔理沙。何を隠そう第一の侵入者であるこいしが館に入るきっかけを作ってしまったのがこの少女である。

こいしは実体を持っているがゆえに壁を透過することはできない。しかし彼女はフランドールの部屋に確かにいた。入るためには彼女の部屋の扉が開いている時に滑り込むしかない。そしてその扉を開けたのが魔理沙なのだ。

 

過去の一件から、紅魔館の住人よりは魔理沙の方がフランドールの精神を安定させられることが分かっている。別に魔理沙でなくとも霊夢でも構わないのだが、頻繁にここに訪れるのが魔理沙であるだけだ。

こいしが魔理沙についてきたのはたまたまだ。おかしな恰好をして箒に跨りながら空を飛ぶ人間など初めて見た彼女は興味本位でフラフラと付いてきたのだった。

 

当然魔理沙は気づかず、美鈴もパチュリーも気づかない。図書館からフランドールの部屋へ。そして少しだけ扉を開けて中を確認した魔理沙は二言三言だけフランドールと話すとまた扉を閉めて帰っていった。

少しでも精神を安定させるための交流。それが魔理沙の与えられた役目だった。対価としては図書館の本数冊。貸し出し期限は二週間。未だに守られたことは無い。

 

だからこそフランドールが館内を走り回っていたという一報を咲夜から受け取った時、魔理沙はひどく驚いたし、パチュリーは何やら考えに耽ってしまった。

精神安定をした直後に暴れたケースなど過去に無かったからだ。原因は古明地さとりにあると言う咲夜に対し、パチュリーは珍しく怒りを露わにしたが魔理沙はまた別の違和感を覚えていた。

 

(さとりのやつがこんなところまで誰にも気づかずに来れるのか?)

 

魔理沙がフランドールの部屋に行った時にはさとりの姿は無かった。となれば考えられるのは魔理沙が図書館に戻った後からこれまでの短時間で美鈴や咲夜の目を掻い潜って紅魔館に忍び込み、そしてフランドールに何かをしたということになる。

魔理沙はパチュリーがこれ程感情を露わにしている物珍しさよりもその違和感の方が気になったのだ。先の異変で一度会った程度ながら、彼女はさとりの性格を概ね正確に把握できていた。普段から他者のスペルカードを研究しているからか観察眼はなかなかのものらしい。

 

その上で彼女の出した結論は古明地さとりを名乗る何者かがいつの間にか侵入した、というもの。さとりを知っていて誰にも気づかれず侵入でき、かつ他人の心を弄ぶような真似ができる妖怪は彼女の知る中ではただ一人。八雲紫に白羽の矢が立った。冤罪である。

そもそも古明地さとりを名乗る者はただの一人もおらず、侵入者が名乗ったのは古明地こいし。

 

こいしに悪気はない。騙してやろうという意志など欠片もありはしない。

だがそれを知る者はいない。彼女を知る者がいないのだから。

 

皆が無意識のうちにあらぬ嫌疑をかけ始める。ある者は私怨から。またある者は自身の持つ知識から。各々が自分の考えを肯定する中、ただ一人当事者だけはその現状を知らない。

冤罪は対立を生み、対立は疑心暗鬼を生む。幻想郷は大きく傾き始めたかもしれぬ。当事者たる悪意無き自由者は誰の目にも留まらない。

*1
様々な状況に対応できるよう教え込むこと




怨泉まんじゅうではあまりにもストレートすぎると思っただけ


戒について➁ ~名前の話(前作12話参照)

本名は万頭狼戒(ばんとうろうかい)。『戒』は傀儡(かいらい)の傀から
よろずの妖を率い、地底の住人を戒める楔となる操り人形(式神)であれ、という思いが込められています(あくまでもさとり様によって)
火焔猫燐の猫、霊烏路空の烏同様、万頭狼戒の狼は元となった動物を表しています
あとは名前が漢字一文字であることでしょうか。これに関しては一文字ならばお空も覚えやすいだろう、という設定が付けられています
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