古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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6月中には仕上がらないと思っていましたが何とかなりました


疎ましく紅き太陽

「本日はお招きいただきありがとうございます」

 

 今日は久しぶりの地上。と言っても前のように何百年ぶりなんてことはなくたった数年しか経っていないのだが、地上に知り合いができてからはなんとなく時間の流れが緩やかになったような気がする。

 地上は嫌いじゃない。木も草も水も妖精も、同じはずなのに全てが地底の物とは異なるように感じる。生気がまるで違うからだろう。そして何より地底と異なる物と言えば太陽である。この世の全てを照らすその光は幽霊のように白い私の肌を容赦なく焼く。

 

 好きじゃない。

 元々妖怪は陰の存在。地上に住んでいたころから太陽は得意ではなかったが今となっては疎んでしまうほど好きじゃなくなった。

 私が地底での生活に慣れてしまって太陽が眩しすぎるから? それもあるだろう。それは明るさの問題だけではなく、肌を焼く太陽がこんなに苦痛を齎すものだったのかと内心驚いてしまう。だがそれだけではない。二、三年前地上に出てきた時にはこれほど太陽を疎ましく思う事は無かったのだから。

 

 その間に私と太陽の間で何か関係が変わったことがあるのだ。少し考えてみれば心当たりが出てくる。お空に入り込んだ八咫烏だ。あれのおかげで地底は確かに以前より明るくなった。しかしあれが私に益を齎すとは到底思えないのだ。いつかお空という人格を奪ってしまうのではないかと、杞憂だと思いつつもそう考えてしまう。

 地上との太すぎるパイプも不要なものだった。地底という広大な監獄は人知れず荒廃してしまっても…………。

 

「…………いけない」

 

 いけない。耽るとついこのような考えに陥ってしまうのは私の悪い癖だ。直していかねば。

 

「どうか致しましたか?」

「いえ。それよりも随分と丸くなりましたね、咲夜さん。前回までとはまるで別人です」

 

 おそらく何かきっかけがあったのだろう。私を異常に敵視していたこの間までとはまるで違う。この人の記憶を読めばその原因も分かるのだろう。実際に彼女もそれを危惧している様子だし。

 

「安心してください。私が常に読んでいるのは心の表層だけです。私の能力はそこまで万能ではありませんので読もうと思わなければ記憶など読めませんよ」

 

 もっとも以前までの咲夜さんのままなら無理矢理記憶を覗いたでしょうが。今の彼女にそんなことをするほど私の性格は腐っていない。

 いや、甘くなってしまったのかもしれない。自分の身の安全を第一に考えて誰彼構わず本音を暴こうとしていたころに比べれば随分と他人への警戒心が薄くなったものだ。

 

「そうですか……。奥でお嬢様がお待ちです。では」

「貴方はレミリアの傍にいなくて大丈夫なのですか?」

 

 私がレミリアを呼び捨てにしたときにピクリと反応したが、私でなければ気づけないであろうほど一瞬で持ち直した。主人の面目のために自らを殺すのはお手の物か。本当に心の在り方だけは今まで会ってきたどの人間より異質だ。

 

「無論貴方がお嬢様に危害を加えるような真似をすれば瞬時に飛んでいきますがね」

 

 私に対する当たりが緩くなったとはいえ忠誠心も変わらず。まぁレミリアに手を出すつもりなんて毛ほどもないけれど。

 

 

 

 咲夜さんに通されて入ったのはレミリアの個室。個室であって自室ではなく、生活感というものは一切ない。机の隅に追いやられている紙の束は何かしら処理すべき書類だろう。

 この辺りには私とレミリアの考えの違いがある。私は自室が則ち仕事部屋かつ趣味の部屋でもある。レミリアはそれが別々。あるいは寝る場所と趣味に使う場所すら分けているかもしれない。私が一部屋しか使わないのは単純に屋敷内を移動するのが面倒だから。使っていない部屋はいくらでもあるが、やはり趣味も仕事も一部屋で完結すると何かと楽なのだ。

 レミリアはそれを厭わない。むしろ動き回るために部屋を分けているのかもしれない。普通の吸血鬼が寝ているはずの昼間でも博麗神社に遊びに行く程度には活発みたいだし、仕事でじっとしているのも本来は苦痛なのだろうなと思う。

 

 奥でご立派な玉座に尊大な態度で仰け反るレミリアが……見えない。心の声がするからそこにいるのは分かるのだが、背を向けて座っているせいで、小さな彼女の背中は完全に隠れてしまっている。翼だけがかろうじて見える。その程度。

 

「お久しぶりですね、レミリア。その後ご機嫌は?」

「まぁまぁね。さとりの方こそ大丈夫なの? 最近は地底……というか貴方絡みの事件が多いけれど」

 

 レミリアが言っているのはここ数か月。地底から間欠泉が噴き出した事件からのことだろう。確かに大変だった。地底にやって来た人間を迎え撃ち、終わったと思えばこいしが暴走し、外の世界に放り出され、ぬえに協力することにもなった。

 しかし私が地上絡みの事で頭を抱えるのはレミリアが幻想郷へとやってくるより前からのことであり、今となってはこれしきの事で腹痛に悩まされることも無い。嬉しくない成長だ。胃薬一瓶が長持ちするようになったのはありがたいことなのだけれど、それ以上にこの状況に慣れてしまうほど厄介ごとが当たり前になってしまったことが嫌だ。

 

 しかしこんな愚痴をレミリアに吐いてもどうしようもないしただの迷惑になるだけだ。適当に当たり障りのない返事で誤魔化して本題に入る。

 

「さて、私が今日ここに来た一番の目的が何かお分かりですか?」

「私は貴方ではないのよ? きちんと口で言ってもらわないと分かりかねるわね」

 

 嘘。レミリアの心を読む限り私の目的自体はとっくに分かっている。これは部屋の外で待機しているはずの咲夜さんにも私の目的を知らせるための嘘。わざわざ自分で答えないのは私自身の口から聞かせるためであろう。

 ここの連中は特に私絡みの事になると厄介になる。レミリアもおそらくそれを知っている。だからこそここでは敢えて私の口から()()()()。レミリアが私に操られているわけではないことの証明として。

 

 それすら私の計画の内かもしれないということを踏まえれば、たとえレミリアが私から直接言うように命令したとしても彼女が私の傀儡でないことの証明とはなり得ない。その辺りはまだまだこれから知っていくのだろうし考えるようになるだろう。まだまだ頭は幼いと思わざるを得ない。

 それでも百年後にはどうなっているか分からない。幼い方が物事をよく吸収できる。その楽しみに免じて今回の嘘は気づかなかったことにしよう。

 

 

 今日の私の目的はフランドールに会うこと。先日貰った手紙で気づいたが、私は最新作を世に出すのを忘れていたのだ。前回印刷してもらって本を出したのはもう三十年以上前。その本も書いたのは百年以上前だったはずだけれど。

 世に出し忘れていたとは言ったが、実は一冊だけはきちんと製本したものが鈴奈庵においてあるはずだ。あとは原本が私の手元にあっただけ。手紙を貰ってからこの一週間、楽しみにしてくれていたフランドールのために血反吐を吐く思いで写本してきた。活版印刷した物に比べれば多少読みづらいが。

 

「ですがまぁレミリアに話がなかったわけではありませんよ。実は今地底全体で見れば少し赤字気味でしてね……一年ほど実験的にワインの入荷を抑えたいと思っているのです。えぇ、急ですしこちらの勝手なのは自覚していますよ。それでも地底の経済が崩壊すると地上にも影響が出ます。今はもう地底と地上の境界が無いようなものですから」

 

 外からのパイプは基本的に全て紫さんに頼っているが、紅魔館製ワインだけはこことの個人的な契約によるものだ。地底でも人気のあるそれだが、紅魔館にとっては数少ない(あるいは唯一の)完全定期契約ということで少々値が張る。

 

「地底の鬼やらの化け物どもが地上に出てきて暴れるかもしれないということね。ちなみにその赤字の事は八雲には伝えているの?」

「もちろんです。彼女とも話をしましたよ。良い顔はされませんでしたがね」

 

 当然だ。地底は半ば私の独裁状態。それで赤字国家にしているのだからその責任は少なからず私にある。旧都での食品ロス問題があるとしても穀物や獣肉などの入荷量を決定しているのも店に分配しているのも私の裁量。

 あの妖怪のことだから徹底的に計算して無駄を無くせと言いたいのだろうが、私は彼女の頭を持っていないし計算処理能力も式神である戒以下……あぁそうか。戒にやらせれば良いのか。

 

「どうしたの? 気持ち悪い笑顔になっているけれど」

「き、気持ち悪かったですか?」

「どちらかと言えば薄気味悪い、だったかしらね。どちらにせよ見ていて気分のいい笑顔ではなかったわよ。で、まあそれは良いんだけどね、さっきのワインの件……一つ提案があるわ」

 

 レミリアの提案。それは今までと同じ量を一割引きで売ろうというものだ。私としては非常にありがたい提案なのだが、これはレミリア個人ではなく紅魔館全体の問題だ。一割と言えど量を考えればそうとうの金額になる。それをあのメイドや魔女や門番が許すかどうか。

 

「私気づいたんだけど幻想郷(ここ)っていくらお金があってもメリットが少ないのよ。外に比べて物価はかなり安いし。ぶっちゃけ今紅魔館にある財産だけで向こう三十年は暮らせそうなくらい余裕なの。だから気にしないでちょうだい」

 

 それでもこれ以上下げればパチュリーさんが黙っていない、と。今の売値も初めにパチュリーさんが提示した額よりはかなり値引いてあるし、レミリアとしてもここがギリギリの妥協ラインになるのだろう。

 

「それでもこちらとしてはかなり助かりますよ。ありがとうございます、レミリア」

「お礼なんてやめてちょうだい。友人が困っていたから助けた。それだけよ。貴方も私が困っていたら助けてくれると嬉しいわ」

「もちろんです。私が力になるかどうかは保証しかねますがね。さて、それでは本題といかせてもらっても?」

「そうね。咲夜、入りなさい」

 

 レミリアの言葉が終わる頃には彼女は既にレミリアの後ろに立っていた。初見ならばいざ知らず、何度も見てきた光景ならば別段驚くことも無い。

 

「話は聞いていたでしょう? 咲夜、さとりを地下まで案内してあげなさい」

「ですが……」

 

 咲夜さんは私がフランドールと会うことを危険だと考えているようだ。主に()()()()()()()()()何をされるか分からないという点で。いやおかしいだろう。私がフランドールから何かされる方がよっぽど可能性があって危険であろう。

 だがこれはあくまでも私目線で考えた場合である。あちらさんからすれば私はただの客。主人の妹に比べれば優先度はかなり低い。それでもあの娘の破壊力と凶暴性を考えれば私を心配するに足ると思うけれど。

 

 

 レミリアはフランドールの部屋には来ず、図書館に遊びに行くらしい。部屋に行ってもフランドールが嫌な顔をするから、という理由だったが、私の見る限りでは決してそのような事は無いはずだ。おそらくフランドールの方が姉に気を遣っているのだろう。今まで散々冷たくあしらってきた手前素直になれないだけである。

 だがそれを私の口から言うのはナンセンスだ。そんなことをしても姉妹のためにはならないし、それで心を開くほど素直な子ならば疾うに解決しているはずだからだ。

 

 今のフランドールにはまだ姉たちに謝る勇気がない。レミリアには妹と話す勇気がない。彼女らを繋いでいるのは基本的には咲夜さんと霧雨魔理沙。定期的にフランドールと話をして精神安定を図っているらしい。

 それでも今彼女の一番の精神安定剤になっているのはこいしだろう。こいし曰くかなりの頻度で遊びに行っているらしい。紅魔館のセキュリティを疑いたくなるが、こいしが相手ならば仕方ないかとも思う。あの子には普通気づけないし、鍵を閉めても無意識に開けさせてしまうから。能力だけなら盗人向きだと思う。実は密かにそれ紛いの事をしているのかもしれないが姉としてはあまり考えたくない。

 

「そういえば咲夜さんはレミリアとフランドールの関係は今のままで良いと思っていますか?」

「なんです? 藪から棒に。この館における家庭内関係を知ることは貴方にとって何か利益をもたらすのですか? 余計なお世話だと言っておきましょう」

「相変わらず釣れない人ですねぇ」

 

 心を読めばだいたい分かるが、彼女もこの関係性を肯定することはできないようである。そりゃそうだ。主人とその妹の仲が良くないのは従者にとっても居心地が悪いだろうから。大したプランも無いのに干渉するなと言ってくるあたりは流石咲夜さんだと思う。

 

「私にとっては今の紅魔館が全てです。何もかもを失ったあの日にお嬢様と契約していなければ今の私はいなかったでしょう。あの方の役に立ちたい。その気持ちは貴方のような他人には決して理解し得ない。もちろん霊夢にも魔理沙にも、ですが」

 

 いくら完璧なメイドと呼ばれていても所詮は人間であり、人間一人にできる事など限られている。誰かの心に関することならば尚更だ。いつ踏み抜いてしまうかもわからない心の地雷原でタップダンスを踊ろうとする気概だけは一丁前だ。この少女がいつか心折れてしまわないことを祈るばかりだ。

 

「最近は妹様の精神も非常に安定してます。お嬢様との不和を解消するのには絶好機と言えるでしょう。お分かりですね? 貴方がお嬢様と妹様の関係を本当に気にしているのでしたら、決して妹様を下手に刺激しないで下さい。貴方にできることはそれくらいです。……ここです。貴方の事はパチュリー様が逐一監視しておられますが決して気を緩めないようにお願いします」

 

 ここまで饒舌な咲夜さんはなかなかに珍しい。

 

 

 そんなことを考えながら私はフランドールの部屋の扉を開いた。咲夜さんがこの扉の鍵を開けた様子もない事に何の違和感も抱かずに。




さとり様にとって他人への質問とは心の奥にある感情を浮き彫りにするための手段です。質問の真の答えとなるものを強制的に意識させ、心の表層に持って来させるわけです。無理な手を使わずに深層の感情を引っ張り出せるのでやっていることは変わらなくても罪悪感は少なくて済みそうですね
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