古明地さとりは隠居したい   作:小鈴ともえ

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他サイトの無断転載問題とかを見ていたら何故か少しモチベーションが上がったので7月中に書ききれました。話題になっていたのはもう一週間前ですが


私の楽しみはまだ続く

 部屋に入るとフランドールの記憶にもあったような、違和感を覚えるほどにメルヘンチックな光景が広がっていた。この部屋に幽閉されている少女の気が触れているなんて一寸も感じさせないほどに小綺麗で、それでいて本棚の中の本は横にして積み重なっていたりと整いすぎているわけではない。

 ごく一般的な少女の部屋だと言われても誰も難癖は付けないであろうと思われるほどに自然だった。もっとも彼女を知っている私からすれば不自然この上ないくらいに薄気味悪い光景でもあったのだが。

 

 吸血鬼の少女は部屋を見渡す限り何処にもいない。だが彼女の意識はこの部屋にあり、この部屋に確実にいることを私に教えている。それでもその意識は心と呼ぶにはあまりにもぐちゃぐちゃで捉えどころがない。おそらく夢の情報が私のサードアイに入ってきているのだろう。

 夢の情報というのは、上手くやれば相手の深層心理にある願いを読み取ることも可能である便利なツールだが、そもそも読み解くことが非常に困難であり確実性にも欠ける。しかも失敗すれば誤ってフランドールを起こしてしまう可能性や、能力の反動で私が深い眠りに落ちてしまう可能性すらある。フランドールの深層心理を読み解くことは、今はまだそれほどまでにリスクを背負ってまでするようなことではない。

 

 相手が何であっても寝ている者を起こすのは得策でない。特に目の前にいる吸血姫なんて獅子の比ではないほど危険な存在だ。

 起こさないようにそっと本棚を覗いてみる。本は別に意識して並べてあるわけでもないようで、私の書いた本の上には数冊簡単な魔導書が置いてある。おそらく読んだ順に積み重ねているのだろう。バランスなど考えられていないので、小さな本の上にある魔導書の重みでいつ崩れても不思議ではない。

 あまりにもアンバランスなので適当に整理することにする。昔書いた本を懐かしんで読むのも悪くはないが、推理小説は一度目にドキドキしながら読み、二度目に犯人の行動を意識しながら読むのが面白いと思っている。結末や犯人の動向はおろか、各人物の内面すら知っている私がそれを読んでも楽しめないだろう。

 

 

 

 それにしても、と私の書いた本を眺めながら思う。私の本は実は結構レアだったりするのだ。それも少し考えれば当たり前の話で、百年以上にわたって数冊を出し続けている私の本が外の世界で多数流通はしていないからだ。当然幻想郷内で流通している数よりは多いわけだが、そもそも幻想郷内での流通数がかなり少ない。以前調査した限り、私のシリーズが存在しているのは人里に一軒だけある本屋と貸本屋、寺子屋の蔵書と香霖堂にこの紅魔館くらいだ。

 お金がないので増刷もしない。外の世界では各巻五十冊ずつあるかどうか、その辺りは管理者である紫さんに聞かなければわからないことである。

 

 もっとも、レアだからと言ってプレミアがつくような代物でもないしそれほど価値のある内容のものでもない。ただただ流通数が限りなく少ないので知名度だけはある。そんなものだ。

 私の推理小説に独特なものといえばとにかく心理描写が多いことか。事件発生前と後に全登場人物のモノローグが入るので、二周目に犯人のそれを注意深く読み込めば動機となりうる記載が必ず見つかるようにしている。このあたりの描写が非常に難しいので構想だけあっても筆が進まないことが多い。

 

 

 残念だ。これが私の書いた小説でなければ、きっと私は終始心の読めない登場人物たちに対してワクワクしながら読み進められただろうに。探偵を最初の犠牲者にするなどというバッドエンドまっしぐらな展開でさえ今の私の心を揺り動かせただろうに。

 非常に残念なことに、私は初めの数ページをめくるだけですべての登場人物と犯人およびその動機と手口まで思い出すことができてしまう。長期間構想を練りに練って必死に書いたものなのだからそうあって当然だ。

 

 

 ……と、積み重なった本の山は私の本と魔導書だけで構成されていたわけではないらしい。おそらくこれもフランドールが好きなジャンルの小説なのだろう。著者はアガサクリスQ。正体は確か今代の御阿礼だったか。

 得意なジャンルは私の書く物とは異なり正統派なミステリー物。おそらく外の世界で名声を博したアガサクリスTを意識してのものなのだろうが、Qの方は名前こそ知っているが実際に読んだことはないので実力がわからない。先ほどまでのガッカリはどこへやら、久々に何が起こるかわからないワクワクが私の中を満たしているのを強く実感する。

 

 出てくる人物全てが胡散臭く見えるし、会話の中の一言一言、情景の一つ一つがどれも怪しく見えてくる。

 犠牲者の恋人だった男。既に引退した元刑事は犠牲者の叔父にあたる人物だ。その他にも数年前に一世を風靡した世界的マジシャン。犠牲者に強い嫉妬を感じていた貴婦人とその夫。夫の方は犠牲者の幼馴染であり、幼い頃から婚約者と言われ続けてきた過去がある。さらには犠牲者の同僚であり、彼女に弱みを握られていた男。事件の起こった時刻に会場の駐車場で遊んでいたという少年少女計五人。近くで遊んでいただけではなく、彼らも犠牲者の女性とは面識があったという。

 

 犠牲者の女性を中心とした醜い人間関係。たまたまパーティ会場に呼ばれてしまったという設定の凄腕マジシャンにどのような動機をこじつけるのか……というところでフランドールが目を覚ましてしまったようだ。フランドールの心は……うむ、かなり穏やかで健やかそうだ。

 新しい作家の開拓という面も含めてワクワクして仕方がない。また紫さんに頼んで買ってきてもらうか。面白かったらQの別の小説も読んでみたいと思う。今までのあの人の書き物と言えば百数十年に一度の幻想郷縁起しかなかったわけであるし、あの堅物がどんな人間関係を描くのかは当然気になるところである。

 

 

「ん……あれ、もう来てたの……ですか? さとり、さん」

「別に普通の話し方で良いですし、敬称も必要ありませんよ」

 

 なんと、この子は私の思っていた以上に真面目な子だったようだ。前までは生意気な口を聞いていたのに私がフランドールの好きな本の著者だと知っただけで慣れもしない敬語で話してくるのだから面白いし可愛らしい。

 そう言うところの一端を一目でも姉に見せてやれば姉妹仲は改善できると思うのだけれど。レミリアももう少し自分の弱い部分を見せるとかね。その辺りは私のなんとかできる領分ではないので大人しくしているが、姉妹仲が悪いのは本当に良くないことだ。

 

 私とこいしは……姉妹仲は一応良好と言えるのではないだろうか。あの子がどのような考えを持って私に接しているのか、そもそも何か考えているのかすら全く分からなくなったので確実ではないが、私が嫌いならそもそも会いに帰ってこないと思う。

 

「じゃあさとり、貴方が本当に佐戸愛子なの?」

「いかにも。趣味で小説を書いている者です。この前手紙をくれたでしょう? あのようなファンレターじみたものは貰ったことが無かったので大変嬉しかったんですよ。どれ、少し本の内容についての解説でもして差し上げましょうか?」

「本人からの解説なんて豪華だね。でも要らないよ。私はね、自分の力でこの小説内の人物の気持ちをはかれるようになりたいの。それもできないようじゃ現実世界にいる人たちのことなんてどうやっても理解できないでしょ?」

 

 そうだろうか。私の能力を考慮に入れても現実世界の人妖は小説内の人物よりはるかに面倒で複雑な思考を持っている。何も考えていないようなおバカな妖精でさえ私の能力で全てを読み解くことは不可能に近い。

 小説内の人物の感情なんて物は結局私の考えた空想上のものでしかなく、それがたとえ私の経験から来ているものだったとしても現実世界のものとは違いすぎる。

 

「空想上の人物の感情を全て読み取ろうなんてする必要はないのですよ。それを読み解いて分かるのは私がどのような感情を人間の本質として見ているのか、それだけでしかありませんから。結局役に立つのは対人において相手の感情を酌めるかどうかです」

「でもそんなのさとりにしか分からなくない? 裏にどんな黒い感情が渦巻いているのかなんて私には知り得ない」

「それは貴方だけが悩んでいる問題ではありませんよ。私以外誰にも他人の感情なんてものは分からない。ですがそれについて苦悩して閉じこもっている者などいないでしょう。他人との会話が貴方を成長させてくれるはずです。現に貴方は今、こうして私とまともな会話ができている。その精神的な安定状態を維持できるならば、貴方はもはや対話について何をも恐れる必要はないんです」

 

 分かっている。今のこの安定した精神が私の存在によって作られていることは当然理解できている。少し前までは普通に対話しようとするだけでも支離滅裂で爆発寸前の状態になっていた。それが今こうして緩和されているのは悪い事ではない。

 しかし、この心の安定が私抜きの状態であっても維持できるようにならなければ、他者との会話ですら混沌を極めることになり、それに理性が耐えきれなくなれば相手を不用意に傷つけてしまうことにもなり得る。

 

 その相手は実の姉であるレミリアならばまだいい。だが勇儀や萃香のような鬼など、到底フランドールに情けをかけそうもない非道な連中が相手であった場合には、フランドールの方が傷ついてしまうことになるだろう。それではいけない。

 

「全然知らない者の感情を知りたいと思うよりも先ずは身近なところから知っていくのが近道ですよ。物理的というよりも心理的に身近に感じる者の方が話しやすいし良いでしょう。……あ、私は駄目ですよ。私は裏の感情が真っ黒ですし表情も硬いので参考になりません。尤も表情が柔らかくても参考にならない妖怪もいますがね」

 

 紫さんとかこいしとか。あとは地獄の女神も紫さんと同じ、内心どす黒そうな匂いがする。もう随分昔に会ったきりなので今の彼女がどうなのかは知らないが、紫さんを見ていると腹黒いのが千年変わらなくても普通なのだろうと思う。

 

「一番良いのは素直で感情が表情に出やすい者ですね」

 

 当然私の思い描いているその人物はレミリアである。魔女、門番、メイドはどれも心を見透かされるのが分かってる私にだけ表情を変える者たちだ。私以外に対しては基本的に真顔か笑顔を保っている。感情を隠すのが上手い人妖ばかりの紅魔館の中ではレミリアが最も純粋で分かりやすい妖怪だろう。

 あわよくばこれを機に距離を縮めてくれないかと僅かな希望を抱いていた私だったが、どうやらフランドールの中ではレミリアもその候補にいないらしい。

 

「うーん……じゃあ魔理沙かな。何か壊すとすぐに顔が引き攣るし」

 

 フランドールの遊び相手として招待されることもある霧雨魔理沙。確かに彼女ならば都合が良いかもしれない。妖怪にとって一番の脅威が人間である以上、妖怪退治も請け負っている彼女を知ることはフランドールの未来にもきっとプラスになるはずだ。

 

「では次に彼女が来た時にはいつもより少し彼女の気持ちを考えながら接してみると良いでしょう。では少しばかり基本的な事を予習しておきましょうか。……何、簡単な事ですよ。相手が笑顔で貴方に接してきた時貴方はどう思いますか?」

「え? うーんと、悪い気はしないかな。怖い顔をしているよりはよっぽど安心できると思う」

「そうでしょうそうでしょう。笑顔に相手をリラックスさせる効果があるのは誰でも知っています。ですが、笑顔とは最も警戒しなければならない表情でもあるんです。どういう事か理解できますか?」

 

 この辺りの質問は対人経験が絶望的にないフランドールには少し厳しいかもしれない。それでも多少読書を嗜んでいれば分かることではあるはずだ。この手の表現はよく使われるから。それに思い返せば先ほどフランドールもこの話題に触れていた気がする。

 

「笑顔の裏に真っ黒い感情が渦巻いているかもしれない」

「概ねその通りです。笑顔は相手をリラックスさせることができますから、それを逆手にとって仮面に使うことが多々あります。真っ黒い感情でなくとも有利に交渉がしたい時、ただただ自分の中で考え事をしたい時なんかは笑顔を作っている場合が多いです。ではこれらをどのように区別するのか、それを少しばかり勉強しましょうか」

 

 来てしばらくフランドールが眠っていたためそれほど時間はないが、まともな会話をするための手段の一つや二つは教えてやりたいところだ。

 世界はこんなにも広くて汚い。その汚さすら糧にできるならば、こんなに狭い場所に閉じこもっているのはもったいないと思う。

 

 こんなに他人の事を考えるなんて私らしくもないが、今の私は地底の統治者ではなくただの古明地さとり。一介のサトリ妖怪である。




また微妙なところで区切ってしまったので更新が開くと続きが分からなくなるやつですね


さとり様の小説は東方で言えばC62版の蓬莱人形みたいなものです。数は少ないけど界隈の人にとっては内容も含めてかなり有名
さとり様の小説はある種外道に近いような手段を使うこともありますが、阿求の小説はまさに手本のような推理小説です。よりミステリとして真剣に謎に向き合っているのが阿求の小説になります。さとり様のは人を選ぶのでコアなファンしかつきません
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