「この規模の魔法陣を扱ったことがあるという事はパチュリーさんに加えてレミリアさんも容疑者という事になりますが」
「それで良いんじゃないの? 探偵ってのは全てを疑ってかかるべきでしょう」
私の確認に対してもパチュリーは何ら焦る様子もない。レミリアの方もその言葉にうなずくだけで反論してくるわけではない。分からない。容疑者であるとされたならば自らの潔白を証明するための反論があるものだと思っていたが、この二人には一切そのような気配がみられない。
二人に限ったことではなくさとりに対しても言える事だが、この場の妖怪達は一人を除いて今回の事件についてあまりにも非協力的だ。まるで全員がグルであるかのように話が進まない。
「あのですねぇ阿求さん、私はほとんど地底にこもっていますしこのお二人も基本的に外に出ません。そんな私たちから人里の事件の情報を聞き出そうとすること自体が間違っているのです。貴方の目的は事件の詳細ではなく魔法陣の詳細でしょう? ならばそのことを尋ねるべきです。今この場でするべきことは犯人捜しではないでしょうに」
この妖怪が分からない。私に一切関わる気が無いのかとも思ったがそうではないらしい。心を読んだのか私の最初の目的も知っているようだ。
確かに彼女の言う通り。初めはこの魔法陣の使い道を探るためにここに来た。しかしそこから話しは進み、用途までは大まかにわかった。今はこの規模の魔法陣を扱える者を絞っている最中なのだ。
「貴方は一つ勘違いしているようですね。パチュリーさんが訂正しなかったせいもあるでしょうが、魔法陣の大きさと使用者の魔力量は一般に相関がありません。強大な魔法使いであるパチュリーさんが小さい陣を使うのが良い証拠」
む……確かに。しかし単純に魔力を扱える者となれば幻想郷に溢れかえるほど存在している妖怪達のほとんどがそうだ。人間の中にも魔理沙さんなど魔力を扱う者はいる。ここまでの容疑者捜しは徒労に終わったということか?
「しかも貴方はひどく思い込みが激しいようで」
「なんですって?」
「話を聞いていれば分かることですよ。パチュリーさんも、アリスさんだってあの魔法陣を召喚魔法のものと断定していません。似ているだけの別物である可能性を忘れている。貴方の結んだ線による魔法陣は魔法に明るいお二人が知らない模様を描いているんですよ。もしかすると起動に必要なのは魔力ですらないかもしれませんね」
私が口を噤んでいるのを良い事に、さとりは紅茶を一口啜ってからまた話し出す。
「そうなると容疑者を絞ることだって難しいでしょうね。何せこれが未知の陣である以上どのような力が起動に必要なのか分かりません。魔力かもしれませんし神力かもしれません。霊力であればどうです? 本来ならば人間だって全員扱えるはずの力ですから人里の人間が絶対に安全かも分からない。内部犯であれば人里を閉鎖する意味すら全く意味を為しませんよ。
そも、その描かれた模様だって阿求さんが勝手に引いたもの。参考先が魔導書であるならば魔法陣に似るのは自明ではありませんか? いわばこれは偶然の産物。探偵が偶然や勘に頼って事件を解決してはならない、というのは貴方が一番よく知っているのではないですか? Ms. Q?」
薄らと私を馬鹿にしたような笑みを浮かべながらさとりは言葉を並べる。癪だが彼女の言っていることは間違っていない。私は勝手に発生現場に意味があると信じて模様を描いたわけだし、実際に記憶にある魔法陣を参考にしたわけだ。アリスさんやパチュリーが『似ている』としか言わなかったのも当たり前な事ではある。だってあれは私が作った模様なのだから。
たった十個の点を都合よく結んでできた物が本当に魔法陣として機能してしまうと一時的にでも考えてしまっていた。魔法とはそんなに単純なものではないと分かり切っているのに。あぁ……悔しい。その事をさとりに言われるまで無視し続けていた自分が情けない。
「貴方はいつも探偵の視点に立って小説を書いているのではない。決められた結末に向かうように容疑者を動かし、辻褄が合うように探偵を動かしているだけ。主観でしか考えられないような現実の探偵はあんなに鮮やかかつ正確に事件を解決に誘えません。その事を分かっていないから今回のように自分に都合の良い手がかりを生み出すことになってしまうのです。貴方が首を突っ込もうとしている世界は貴方の作る世界よりよほど残酷で耐えがたい世界。探偵気取りのごっこ遊びなら今のうちにやめてしまった方が身のためですよ」
この妖怪は私の小説も知っていると確信した。
私は自惚れていた。探偵はいつも自分のつもりで書いていたからか、私にも同じことができると思い込んでいた。特別だと思っていたのかもしれない。
けれど違うのだ。私は他でもない私自身でしかなく、犯人は思いもよらない行動をとり得る。犯人と解決方法から逆算して私を動かすなんてことは到底できるはずもない。私には早かったのだ。
「がっかりですね、九代目阿礼乙女。私の言葉に頼らないと誓ったのはつい先ほどだったというのに、その私にたった数分で心を折られるなど……えぇ、がっかりです。
ではレミリア、先ほどの件はまたよろしくお願いしますね。私はお暇させていただきます」
言うが早いか、さとりは咲夜の案内を伴うことも無く一人でエントランスの方へ歩いていった。私はただ自分の情けなさに唇を噛むばかりだ。あれほどまでに邪悪な妖怪が地の底に眠っていたなんて思いもよらなかった。
「気にすることはないわ」
消沈していた私にそんな声をかけてくれたのは意外にもレミリアだった。もっと傲慢な妖怪だと思っていたので、私のような人間を気遣う言葉がその口から出てくるとは思わなかった。
「さとりは嫌な奴だけど悪い奴ではない。最後に貴方の心の中と彼女との間でどんなやり取りがあったのか私は知らない。けれど期待していたからこその落胆ではあったでしょうね。まぁ彼女が何に期待して落胆していたのかは皆目見当もつかないけれど」
「それに古明地さとりの言っていることが全て正しかったわけではないわ」
今度はパチュリー・ノーレッジだ。ずっと黙っていたので協力する気が無いのかと思っていたが、どうやら単純に話すタイミングが無かっただけのようだ。
「確かにあいつの言う通り、魔法陣の大きさ自体は使用者の実力を問わない。けれどそれは私たちが魔法陣を描くのに魔道具を使っているからこそ。里の家や畑にまとわりついている魔力はそれとは比べ物にならない程少ない。つまり、仮にその規模の魔法陣を里の家や畑を使って起動しようと思えば、使用者が莫大な魔力を補助として使用しなければならないことになる。今の幻想郷にそれができる妖怪はいないわ」
パチュリーはおろか、あの八雲紫をもってしても魔力では補助しきれないらしい。あの妖怪ならばそんなことをしなくても能力でどうとでもできるだろうが。
「あいつの言葉には確かに誤った情報が乗っていたけれど、貴方の探偵としての能力は私も擁護できるようなものではないと思うわ。こういった事件の解決こそ霊夢や魔理沙に頼るのが良いんじゃないの?」
「……今回に関してはあの二人はあまりアテにならないと思っています。彼女たちは優秀な異変解決者ですが事件と異変は違うものです。何より今回の犯行を見るに人間にちょっかいを出したいだけのようにも思えます」
危害を加えようと思えば何人だって対象はいる。畑に出る者たちから作為的に一人ずつ狂わせる。しかしその狂った者だって何か危険な行動をとるわけでもなく叫んで眠りにつくだけ。昏倒状態と言っても数日すれば自然に目覚めるだろうという医者の意見もある。
恐らくそれをタイムリミットとした計画的な愉快犯。わざと痕跡を残していくくらいなのだから自信はあるのだろう。
「霊夢や魔理沙はひたすら容疑者を叩き潰していく迷惑極まりないスタイルだからね。それにしてもさとりのせいで阿求の持って来た事件が余計に宙ぶらりんだ。ここのところ退屈だしパチェも何か手伝ってあげたらどう?」
「面倒よ。退屈なのは私ではなく貴方でしょう? ……それにしてもこの事件の手口はどこかで見たことがある気がするのよね。どこで見たのかは忘れたけれど、確かかなり新しい本だったはず。図書館を貸すくらいの手助けはしてあげるわ。どの本かは知らないけれど」
紅魔館の大図書館と言えば勝手に本が増え続ける棚もあるくらい、数えられないほどの蔵書数を誇る場所だ。そこで目当ての一冊を探すとなれば私に残された十年余りを費やしても到底足りないだろう。
パチュリーの言う『かなり新しい』がどのくらいの年月までを指すのか私には想像できない。百年ほど魔女をやっていると考えるとここ十年以内に図書館に入った本と仮定しても大きく外さない気がするが、問題はその間に入った本だけでも相当量あることである。
「あの……新しい本というのはどのあたりに置いてあるんですか?」
「……咲夜、案内してあげて。その先は小悪魔に任せてまた戻って来なさい」
阿求と咲夜が部屋を出たため、この部屋に残されているのはレミリアとパチュリー、それとアリスになった。
「パチュリーが直接案内してやっても良かったんじゃないの? もうさとりは帰ったんだしここにいる理由もないわよね」
「阿礼乙女がいる間はここにいるわ。読書は静かな場所でしたいもの」
「あの子は魔理沙や霊夢と違ってうるさくしないと思うけれどね。それにレミリアがいる方がかえって賑やかになるのではなくって?」
そう言ったアリスに対し、パチュリーは一瞬だけ目を上げて睨む。『何が言いたいのかは分かっているだろう』とでも言いたげな目に、アリスだけでなくその会話を見守っていたレミリアも思わずクスリと笑みをこぼす。
パチュリーは静かな場所で本を読みたいのではない。落ち着ける場所で本を読みたいのだ。普段全く関りの無い他人がいる空間というのは彼女にとって落ち着かない。それならば多少賑やかでも友人たちと同じ空間で過ごす方が幾分かマシなのである。
「それにしたってパチュリーが図書館に人を通すのは珍しいわね」
「別に……私はコソ泥ねずみども以外にはいくらか寛容なつもりよ。それにあれは十分信用するに足ると判断した。それだけよ」
「やれやれ…………それにしてもパチェったら意地悪よね。どうせどこで読んだ本なのかなんて覚えていたんでしょう? 教えてあげればよかったんじゃないの?」
「簡単に教えたってつまらないでしょう? 答えを与えてしまったら探偵ごっこもすぐ終わってしまうわ」
底意地の悪い妖怪の内面を人間は知ることができない。ヒントを与えられれば、そのヒントに基づく答えを知っている可能性を捨て、先出しされたヒントの方に飛びついてしまう。
「それにしても何故犯人は佐戸愛子の小説なんて参考にしたのかしら」
「さぁね。外道な解決法すら許容するってことかもしれないわ。それよりも佐戸愛子の小説にそんな内容の物あったかしら」
「レミィが知らないのも無理ないわ。最新刊だもの。タイトルは確か『前方後円墳になる村』」