さてさて、霊夢さんも帰ったことだし気は乗らないが灼熱地獄跡まで降りようか。既に異変の黒幕があの二神であると人間側には伝えた。となれば彼女らが守矢神社に赴くのも時間の問題だと言えるだろう。未だに向かった様子が無いのは山の妖怪を気にしてか。
兎にも角にも彼女らが神社に行った時にそこの主である神がいないのはあまりにも不自然。これ以上こちらに面倒ごとを押し付けられないためにもさっさとお帰り願いたいものだ。
「何処に行くんですか? さとり様」
「ちょっとお空のところにね。そこに元凶の神様が二柱ほどいるはずだから」
先ほどの霊夢さんの発言から分かる通り、彼女を地底に送り込んだのは紫さんで間違いない。
紫さんは霊夢さんが紅魔館の異常に気付くより前に真実を知りたかったからここに来たのだろう。そして霊夢さんが間違っても紅魔館に行かないようにしばらく地底で足止めをした、と。
恐ろしく冷静で周到だ。彼女はここに守矢の二神が来ることも予測していたのだろう。犯人が現場に戻るときの心理とはまた別だろうが、彼女らがまたお空の様子を定期的に見に来るだろうことは十分に予測可能な範囲だ。
それでもお燐はまだ疑っているようだ。主人の言動を疑う事も時には大事だけれど。それでも今回はこうでもなければ辻褄が合わない。
「お燐、私の話は決して夢の中の話ではないわ。紫さんもレミリアさんも咲夜さんも、間違いなくこの館に来ていたの。寝ていたのはお燐、貴方の方かもしれないわよ」
「……そうですか。ではあたいもついて行きますよ。今のお空は少し危険ですからね。それにさとり様なら大丈夫でしょうが相手の神は二人なんでしょう? ならこちらも多い方が良いですし」
本当に優しい子。でも本当に疑り深い子でもある。口に出さずとも私にはすべてが分かるというのに……だからこそ本音は心の内に留めるのかしらね。
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一方その頃、紅魔館地下フランドールの部屋。
「結局帰って来ちゃったのね。折角自由の翼をあげたと思ったのにな~」
そこにはまだ無意識の娘が居座っていた。否、この言い方は正しくない。フランドールが部屋を出て行った後、彼女も一度は部屋を出ている。
その後行く当ても無くフラフラしていたらもう一度ここに戻って来ていたというわけだ。やはり犯人は現場に戻る。しかしそこには何の心理も働いてはいない。何故か惹かれるようにこの部屋に戻って来ていたのだ。
しかしそれに驚いたのはこいしではなくフランドール。咲夜が出て行って一人になったと思った矢先にこのように声をかけられてしまえば驚くのも無理はない。
ただ彼女の感情表現はそう豊かではない。生きている間のほとんどが一人であった為に、他人と比べれば感情が極端に薄いのだ。
面白いから笑う、ではなく皆が笑っているから笑みをつくる。吃驚仰天する、ではなく一瞬肩を震わせる。怒る、ではなく苛立つ。普段の彼女はあまりにも喜怒哀楽の表現に乏しい。
しかし彼女は感情が昂る事もままある。気が触れている、とも言われる彼女は一度スイッチが入ると感情の振れ幅が大きくなってしまう。
こいしの操る無意識と言う部分がフランドールの本能を刺激し、思わずしてそのスイッチを入れてしまう原因になってしまっている。先ほどは起こらなかった感情の爆発。抑え込んできた感情の波の暴走。それはもはや避けようがないだろう。
「貴方は……古明地こいし…………そう! 古明地こいしだわ。古明地さとりではなかったのね」
「ん? あれ? 私フランちゃんにお姉ちゃんの名前教えたっけ?」
思わぬところで出てきた姉の名前に困惑するのはこいしも同じ。それでも彼女にとって重要なのはどこからその名前が出てきたのか、ではなくその名前自身の持つ意味である。彼女の心を占めるのは何故フランドールが名前を知っているのかではなく最近地霊殿に帰っていないという事ばかり。
「まあいいや。でも折角あげたチャンスを棒に振るなんてもったいないことしたね。こんな地下に閉じ込められてさ、嫌だと思ったことないの?」
「……でもここが私の居場所なの。地上に出てもみんなにメイワクをかけるだけってお姉様に言われたし…………」
「じゃあそのお姉ちゃんをぶっ飛ばせば良いんじゃない? そしたらフランちゃんも外に出られるしきっと楽しいと思うよ」
あまりにも狂った理論である。こいしは根っからの自由人となっている。故に不自由に甘えて自由を求めようとしない者の気持ちが理解できない。
自由を求めるならばそれを手にする未来を諦めてはいけない。こいしはそのためなら何でもしてみろ、とフランドールに言っているのだ。
長時間閉じ込められ、外部との接触も断たれていたフランドールにとって自由という言葉の持つ甘美な響きはとても魅力的に残った。それをこいしの策略だとは気づけず、彼女はそれに手を伸ばした。伸ばしてしまったのだ。
「ふふ……今日は曇り。私で良ければ少しだけ遊んであげる」
そう言って今度こそ部屋から地上へ向かうこいし。フランドールもそれに続く。
全てはレミリアをぶっ飛ばすために。レミリアと咲夜は紫のスキマ空間の中で気絶中。パチュリーと魔理沙は図書館内。美鈴は昼寝中。
誰も二人に気づけない。瞬間、紅魔館が爆発した。
姉の苦労妹知らず。
さとりが、レミリアがこれを見ればどう思うだろうか。愛ゆえに野放しにし、愛ゆえに閉じ込め、それでも姉の愛は妹には真っ直ぐ届かなかった。
彼女らが姉の愛に気づいていればこのような事には決してならなかっただろう。正反対で、それでもある意味似た者同士である妹たちが幻想郷を傾ける。
後に間欠泉異変の
親の心子知らず。姉たちは勿論、幻想郷の親である紫もまたこのことに胃を痛めることになるのだがそれはまた後の話。
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分かってはいたがやはり力は別格だ。地底でもまともに渡り合えそうなのは勇儀や萃香くらいか。それだけでも神という存在がどれほど自分たちと次元を分けて生きているのかが分かる。
何せこの二柱は外で生きて行けなくなったからと幻想郷の信仰を頼りにやって来た、いわば敗走者のようなもの。それでも妖怪の頂点に近い者たちと余裕で渡り合うのだ。矮小な私たちがいくら束になっても勝てっこない。
スペルカードルールという決闘法が無ければもはや勝負にすらならないだろう。彼女らが少しやる気になればお燐でさえも蹂躙されるだろうというのが目に見えている。
それほどまでに強い。まさに異次元の相手。紫さんの境界や咲夜さん、輝夜さんの時間干渉では破れない意識的な次元の差。それをまざまざと見せつけられている。
「うーん、本当にいたよ。となると寝ぼけていたのはあたいの方なんでしょうかねぇ」
「さあどうかしら。紫さんの事だから特殊な結界でも張っていたのかもしれないわ。どちらにせよ私が寝ていたわけではないのは確定ね」
つまり最悪の事態とも言える、こいしのフランドールさんへの干渉もまた事実ということになる。何か変な事をしていなければ良いが。とにかく紅魔館とのコネクションが無くなるようなことになるのはかなり拙い。
レミリアさんが紅魔館の多勢に寝返ってしまうようなことになれば地底は大きく傾いてしまいかねない。洋酒が無くなった後の鬼の暴動も心配だが、一番懸念すべき点はやはり紅魔館全体の意見一致による
総出で対処しようにもやはり主人同士の対決になれば分が悪い。何よりも相手の狙いは私一人になるだろうからそもそも対処しきれない気がする。
だが今あれこれ考えすぎるのも良くない。生じ得る未来はそれこそ無数に存在し、レミリアさんのような能力も無い私では到底絞り込むことなどできない。今はまだ経験から僅かな手を選び取る事しかできない。
今考え得る最悪の場合は地上と地底の全面戦争になること。こうなればもはや地底側に勝ち筋はない。紅魔館は私たち+α、妖怪の山は鬼で完封できるとしても他、特に八雲と永遠亭があまりにも厄介すぎる。冥界は紫さんからの要請が無い限りは不干渉だろうから考えなくていい。
後はそうか。この二柱が住む守矢も相当に厄介だ。妖怪の山とは完全に別勢力だと切り離して考えるべきか。そして最後にして最悪の博麗。妖怪にとっては相性が悪すぎるのもあってまともにやり合えば大ダメージは避けられない。
風見幽香は恐らく完全に不干渉を決め込むだろう。あの妖怪は俗世に全くと言っていいほど興味がない。自分の生活と花が脅かされなければ、いくら紫さんからの願いとあっても無視するだろうと思う。これは単純にありがたい事だ。一介の妖怪としては破格の強さを持っているし。
最悪の場合を想定することが大切であるとは言え、そもそも全面戦争になどならない方が良い。地底の方がより大きなダメージを受けるだけで、地上もかなりのダメージを受けることになるだろうから。
「おやおやおや、お前が
会った瞬間に気を引き締めてくるか。こちらが臨戦態勢に入っているわけでもないのに敵対心をむき出しにしてこちらを見てくる理由は……なるほど。
少々揺さぶってみるか。どうせ神には通用しないだろうが物は試しだ。
「いかにも。私がその子の主にして地霊殿主人である覚妖怪、古明地さとりです。それにしても……フランクだと聞いていましたが話とは随分と違うようで」
「ふん、私は別に地底の妖怪からの信仰など求めちゃいない。私が地底の妖怪どもに求めるのは神への畏れのみよ。フランクに接してしまえば畏れなど吸い上げられんだろう? 地底の妖怪どもは皆私に畏れをなすが良い。何、悪いようにはしないさ」
「ふっ、あはははは」
笑わせてくれる。地底の妖怪から強引に畏れを引き出そうとするのを黙って見ていろとでも言いたいのだろうか。ただでさえペットを良いように使われているのに。
ああ、私は本当に神が嫌いだ。あまりにも自分勝手。あまりにも傲慢。
でも私では相手にならないほどに強力。故に私から出せるのは拒絶ではなく譲歩の一手。
別にこの神たちだって悪意があるわけではないのは分かっている。信仰が無ければ生きられない、畏れられなければ姿を保てないのは妖怪だって同じこと。
「失礼。ですがそれはあまりにも一方的で勝手な暴論じゃないですか? お空も私の大切なペットの一人。それを主に黙って改造。それだけでも笑止千万ですよ。その子が強くなりたいと望んだから? そう思わせたのは貴方たちなのよ。
その上でさらに他の妖怪たちからも畏怖されようとするのですか? それは流石に黙認できないですよ。面倒な事に地底を巻き込まないでもらいたいわ」
直後に飛んでくる殺気。こりゃ拙い。下手すりゃ中てられているだけで気を失ってしまうかもしれない。というか殺す気満々だ。私を殺せば紫さんも黙ってはいないだろうが、たとえただの脅しのつもりでも私としては怖いからやめてほしい。
つい最近戦の味を思い出したせいでまた血が騒いでいるのだろうか。できればそういうのは地上で発散していただきたいものだ。私に向けてくるのはやめて。
「やめな、神奈子。確かにこの件に関しては私たちも悪いさ。これじゃただの侵略だよ。ま、あんたは私の国に侵略してきた実績があるけども」
うひょー。助かった。絶対に殺されると思ったから本当に気絶寸前だった。
まさに捨てる神あれば拾う神あり。心の中では勝手に洩矢様と呼んでおこう。崇め奉るような事は絶対にしないが感謝くらいはする。
「…………そうだね。すまなかったな、さとり。ただ私たちも何の意図も無く八咫烏を降ろしたわけじゃない」
「こちらこそ良い過ぎましたね。すみません。……お空の力を貴方たちの計画の下利用するのは許可しましょう。当然お空本人も了承すれば、ですが……ああ良いのね。ではそれは許可します。ですが地底への過度の干渉は避けていただきたいところです。
当然私たちも妖怪。しかもここに閉じ込められていますから地上よりも畏れられにくいのが現状です。先の異変でようやく地底の存在が明るみに出てその恐ろしさも人間に伝わったでしょう。ここであなた方がそれを制圧したとでも言ってしまえばその畏れは一気に冷めてしまうのですよ」
私が一番謝ってほしかったところは勝手にお空に力を与えたところだったのだが、それに関しては一切の謝罪もないようだ。だがそれも仕方あるまい。相手にとっちゃ力を欲した妖怪に究極の力を与えてやったわけなのだからむしろ貸し一つと思っているだろう。
それについて追及し始めるとまた話が平行線を辿りそうなのでここは切ってしまう事にする。私だって暇ではない。不毛な論争をするくらいならば状況に応じて折れることくらいなんてことはない。しかし私が過度な干渉を避けてもらいたいのにはもっと重大な理由がある。
「……というのはあくまでも建前に過ぎません。一番避けたい事をこれからお話しましょう。それは私の存在が明るみに出る事。今の地底を治めているのはあくまでも私の式神ということになっていましてね、私は世間では死んだことになっているのです。
もし今も私が生きていることが地底中に知られたらどうなるでしょう。恐らく被害は百数十年前の騒動をはるかに超えるでしょう。ええ。私を殺すために起こった暴動です。え? どうして生きていることがバレていないのか? ふふ、簡単な事です。私の式神が騒動の主犯ですからね」
「敵将を自分の駒にして操っているというのか? なかなかクレイジーな事をする奴もいたもんだ。紫の言っていたこともあながち間違っていないかもしれないな」
いやだからそのイメージは間違っている。あまり私を過大評価しない方が良いと思いますよ。私は平和主義者だから戦う事なんてほとんどないでしょうが。
「分かった。信仰の糧に地底を使うのはやめよう。その代わり頻繁に出入りはすることは許可してもらいたい。これで良いか?」
「ええ、それで構いません。しかし今日はもう地上に帰った方が良いでしょう。どうやら厄介な事になっていそうです」
紫さんが私を放置してまた何処かへ行ってしまったことを考えても、また地上で何か動きがあったと考えるのが妥当。その中心にいるのは恐らくこいし。
もう何か月も帰っていないのに心配事だけは引っ提げてくるこいし。早く帰って来てちょうだい。地上からの報復がある前に。
なんかさとり様のキャラおかしくない? と思われた方、ここのさとり様は極限状態でも冷静でいられるほど強くないのです
戒について➂ ~過去の話(前作10話、11話参照)
数百年前から度々起こっていた覚妖怪への反乱。戒となった妖怪がリーダーとして起こしたのは大結界騒動あたりの時期。その時から戒が表の統治者、さとり様が裏の統治者となっています。
ついでにこれ以上反乱を起こさせないためにさとり様は死んだことになりました。こいしちゃんを知っている妖怪はそもそもほとんどいないので地底では覚妖怪は全滅した、という認識になっているわけです