何とか威圧感のある神を地上に追い返したが、どうにも今日はイレギュラーな事態が多すぎる。これからいつものように仕事をしようと思ってもきっとどこかで邪魔が入るだろう。
私と地上を最も強くつなぐのは紫さんではなくこいし。そんな子が渦中にいるのだと言うからにはこんな場所でのうのうと過ごしている時間ももったいなく感じる。だが私が地上に出ることは好ましくない。地底と地上双方にとってだ。
今までの経験から立てられる予想として、こいしが地底に帰ってくるのは主に二パターンだ。一つ目は当然彼女の気が向いた時。年に数回ほど何となく帰ってくる事がある。二つ目は私が何らかの理由で危機に瀕している時。
あの子は何故か私の身が危なくなれば帰ってくる。多くの場合私があの子の姿を直接見ることは無いが、それでも後から聞いた話に出てきたり、私の意思とは無関係に身体が動いたりという経験は今までにも何度かあった。
本当に何故帰ってくるのかは分からない。理屈ではない部分で彼女の本能がそう告げるのだろうか。無意識だからこそ本能に正直で敏感なのか? 私にはそのあたりの事はよくわからない。
とまああの子に確実に帰って来てほしいならば私が危険な目に遭えばいいというわけだ。生半可なものではなく、それこそ命の危険を感じるレベルで。
もちろん嫌である。確かにあの子の事は心配だが、その見返りが私の命では重すぎる。あの子が地上で好き勝手に振る舞った結果私の命が刈り取られる可能性は無きにしも非ずなのだが、それでもできるだけ長く生きたいと思うのはいくら妖怪であるとはいえ生者の性というもの。
つまり何が言いたいかと言えば、今の私にはあの子を止める術がないということだ。姉の権力なんてものはありはしない。
私よりもよほど厄介なあの子を止められる人はきっと地上にもいる。それに紅魔館の連中も流石にフランドールさんが関わったとなれば本腰を入れてくるだろう。その結果あの子が干されるような事にならなければ良いのだが。
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「お嬢様……これはいかがいたしましょうか」
どうしようもこうしようもない。八雲の罠から解放されたと思ったらこれだ。
「とりあえずは皆の安否確認が先決ね。美鈴は…………あの間抜け面は寝起きね。後で叱っておきましょう。心配なのはパチェとフランね。探すわよ、咲夜」
そう言って崩れ去った我が館跡へと舞い降りる。今日が曇りで良かった。いや、そうでもないか。これだけの被害を出したのは恐らくフラン本人。もう館の中にはいないと考えるのが自然だ。
問題はこれが唆された結果なのか自発的に行った結果なのかというところ。多分前者。しかも唆した本人は悪意も無いと思われる。紅魔館と地霊殿の対立は深まるばかり、か。
「あっ、お嬢様に咲夜さんじゃないですか。お二人は外出なさっていたんですね。でも丁度良かったです~。たった今原因不明の大爆発が起こったところでして……パチュリー様の魔法実験の失敗か何かでしょうか」
うむ。確かにそれも候補の一つに入れるべきか。ここまでの大爆発を起こすような実験をしたら彼女自身の身体が危ないからしないと思うけど。
とはいっても事の詳細を知っている私からすればやったのはフラン一択。この館にフランがいなければそれは確固たるものになる。だから美鈴に気配の探知を行ってもらうことにする。生存確認も兼ねることができるので案外便利なのだ。
「うーん……地下に比較的大きな反応が
「地下に三つ?!」
「え、ええそうですが……恐らく妹様とパチュリー様と小悪魔ですよね。どうかなさいました?」
何でもないと口では言っておくが正直に言うと完全に訳が分からない。錯乱状態である。さとりがいればそれはそれは良い笑顔でこちらを見るだろうほどに。
考えていたことすべてが水泡に帰したことになる。
仮にフラン以外が紅魔館を爆発させたとして、この規模の爆破が瞬時にできるような存在は相当限られる。
まずは先ほど美鈴も言ったようにパチェの魔法。貧弱でも魔力だけは多いので当然魔法の威力は高い。可能性として一番高いのはこれだろう。
次に八雲紫。あいつの場合は底が知れない分、爆発を起こせるのかも正直不明。それでも私たちがあいつの空間から抜け出した直後に起こったことを考えれば十分容疑者であろう。
次いで河童と月の連中。河童に関しては恐らく紅魔館に喧嘩を売ることに対する不利益が分かっているだろうから無いだろうし、永遠亭の奴らは八雲以上に動機が思い浮かばない。
次にフランが爆発を起こした場合についてだ。爆発を起こしたのちに地下に戻ったとすると一応辻褄が合わない事は無いのだが、そうするメリットが考えられない。
さとりの言っていたように犯人は現場に戻るという心理に基づいた行動なのだろうか。仮にそうだとしてもわざわざ地下の自室(と思われる)まで戻る必要はあるのだろうか。凡そ犯行が不可能な位置にいることで犯人が自分ではないと主張する算段なのか?
「おや? 変ですね。あの規模の爆発ならばこの辺りの装飾品は軒並み全滅かと思っていましたが……。妖精も何事も無かったかのように元気ですしどういう事でしょうか」
館の残骸に近寄ってみて初めて分かった。館は破壊されているが中はそんなに家具の破片が散らばっているわけではない。崩れ落ちた館の下敷きになって破損しているといった感じだ。
となるとやはり犯人はフラン以外に考えられない。ただの爆発ではなく館のみの破壊でなければこうはならないはずだからだ。
咲夜はパチェが家具を魔法で保護していたのではないかと言っているがあの親友に限ってそれは無い。我が親友が大事にしている物は館の家具ではなく図書館の本。
本には全て恐ろしいほどの保護魔法がかけられているというのに、妖精がよく落として割ってしまう壺なんかには魔法をかけてくれない。そんな奴なのだ。私はあんな壺の良さが分かるほど目が良くないので割れたところで別に何を思うでもないのだが。
あくまでもパチェの魔法実験失敗説を掲げ続ける従者たちとは違って私は概ね答えにたどり着きそうだ。だが私の推理が間違っていれば余計に面倒なことになるのでまだ二人には言えない。地下にいるフランを問いただせばわかる事なのだから急ぐ必要も無い。
しかし何を意図してこんな破壊を行った?
何を思って地下に戻った? やはり私にはさっぱり理解できそうにない。
あと気になるのはこいしの行く先か。さとりによれば今日フランに接触したのはこいしで間違いないとのことだ。しかしその後の行動が全くつかめていない。
フランが咲夜と遭遇したタイミングで既に紅魔館から出ていたのか。それともいまだにフランと共に紅魔館に残っているのか。無意識を操るというのがどこまで通用するのかは分からないが、美鈴の探知を意図的に回避するくらいはできるのではないだろうか。
しかしそうなるともはや彼女を探すことは不可能に近い。意識して彼女を見つける事はできないらしいからだ。不意に、いつの間にかそこにいる、という状況以外ではさとりでさえも見つける事は不可能だという。
ならばどうする。一時彼女を認識できなくなれば相当親しくない限りは断片的にしか彼女を思い出せない。まだ一緒にいる可能性にかけて先にフランの部屋に行くか。美鈴の探知に引っかかったという事はパチェたちも無事ではあるようだし……うぬぬ…………うん決めた。
「先ずフランの安全を確認しましょう。最深部だから部屋ごと埋められて寝床に閉じ込められている可能性もあるわ」
それっぽい理由で先ずフランに事の詳細を確認をしに行くことにする。
「―――――っ! 今何か聞こえなかった?」
キーンと耳をつんざくように一瞬鳴った耳鳴りのような不快な音。
それでも咲夜と美鈴には聞こえなかったらしい。だとすれば本当に耳鳴りだったのだろう。幻聴が聞こえるようになればいよいよもって危ないと判断されかねないから気のせいだということにしておこう。私はまだまだ健在だ。
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「どうかなさいましたか? 紫様。私共にできることなら何でもいたしますが」
八雲藍は非常に困惑していた。朝から忙しそうに外出していた主が大層疲弊した様子で帰って来たからである。
普段の主の姿とはかけ離れた様子を見て、彼女も何か不穏な空気を感じ取ったのだろう。
「ならばしてもらおうかしら、とはならなさそうね。貴方はただ結界の管理をして橙の稽古をつけていればそれで良いわ。今回の件に関して貴方ができることは無い」
彼女の主、八雲紫も相当参っていた。朝、地底との不可侵条項を撤廃したところまでは何ともなかった。だがその後、紅魔館に立ち寄ったことで彼女の運命は大きく変わり始めてしまったのだ。
先の異変で中断してしまった冬眠を再開しようと画策していたところにこれだ。なお紫が冬眠しようがしまいが藍が為すべき仕事は増えも減りもしない。
普段なら冬は完全に無気力になる紫が忙しそうに動き回っているのも彼女が混乱している原因の一つであるだろう。
結局先の異変は人間と紫たちの援護によって無事に収まった。主が河童や天狗などと手を組んで人間を援護する中で、藍はただ適当に幻想郷を見張りながら主の帰りを待つことしかできなかった。
藍はあくまでも式神。定められた命令に沿って動く忠実な僕だ。紫は式神をソフトウェアと表現する。元の人格に憑依させた藍という式。しかし一般のハードウェアとは異なり、本体も思考を巡らせる程度のことなら軽くこなせる。
紫の憑けた式神があまりに強力であるがゆえに完全な思考の自由が許されているわけではない。しかし元が最強の妖獣である九尾には捨てがたい感情が強く残っていた。
その一つが矜持。プログラムされていないにもかかわらず自身より弱い相手に対して高圧的に接するのはこの感情が強く出ているが故だろう。
しかし彼女のそれは主によってよく傷つけられる。異変時も紫は藍を頼って解決に赴くことは無い。彼女が助力を求めるのは藍よりも力が弱いであろう妖怪ばかり。
河童も、天狗も、森の魔法使いも(実は覚妖怪も)実力で彼女には敵わない。自身の方が強い、という自負があるからこそ彼女は傷つけられる。
残るのは強い無力感。主のためになる事を何もできない自分に呆れるのが異変後の日課になりつつある。何かあっても頼られるのは自分ではなく他の弱者たち。自分には紫の式たる資格が無いのではないかとぐるぐる思案を重ねる日々。
そこに投下された今回の言葉。――――――貴方ができることは無い
紫にとって悪意はなく、それどころか藍への期待をも含んだ言葉だった。
今は橙を役に立つくらいまで育て上げる事。藍ならばそれができるはずだ、と。自身が何もしなくても藍ならば結界の管理に問題は生じないだろう、と。
主が滲ませた期待と信頼が全て従者に届くわけではない。言葉足らずと言ってしまえばそこまでだが、紫は藍がそこも含めて理解できるようになってほしいと願っているのだ。
「本当に……私にできることは他に無いのですか…………?」
悔しいのだろう。
声が少々震えているのを自覚もしていないように絞り出すその声には悲嘆もわずかに含まれているようにさえ感じる。
紫もそこまで理解できぬほど鈍感ではない。どうにも仕事を与えていなければならないと考えた彼女は短冊にさらさらと何やら書き付けて藍に渡す。
『八雲立つ 雲間抜ければ 夏は来ぬ 惑い止まれば 春はまだ来ぬ』
「これが理解できれば貴方を異変解決に帯同するわ。でもそれまではまだ、早い」
はっきり言ってこれ藍であるかどうかの問題以前に理解しにくいと思いますね。一応私の中では明確な答えを持って作った物ですが、どこかで答え合わせがされる日は来るのでしょうかね