紫さんがやって来た。なんと本日三回目。つい数刻前に更新したばかりの新記録をさらに更新してきた。年明けの彼女がここまで積極的に動くというのは今まで無かったことだ。大体毎年寝ているはずだし。
しかし暢気にそんなこと考えているような余裕は無さそうだ。彼女が動く原因を作っている妖怪が私の妹だからである。
正直な話、紫さんの能力を使えばこいしの場所の特定くらいなら楽だと思っていた。しかし実際はそうでもないらしい。意識と無意識との境界を弄ってもこいしの場所が分かるわけではない。そこにこいしがいれば、彼女がたとえ姿を隠していても見えるというだけらしい。
手当たり次第に幻想郷の各地を回ると言ってもあまりに非効率。神出鬼没対神出鬼没のいたちごっこが始まるだけだ。ならば敢えてこいしを探さない方法ならどうだろうか。
「フランドールさんの能力によって被害を受けた場所なんかは無かったんですか?」
「残念ながらまだ見つかっていないわ。強いて言うなら紅魔館かしらね。一応湖や森、山や沢なんかもくまなく探してみたけれど、それらしい痕跡は何処にも見つからなかった」
ふむ。つまり人や妖怪が滅多に立ち入らないような場所を重点的に探したというわけか。確かに館を抜け出して外に出るのが目的だったのならば、早々に連れ戻されないように人目の無い場所へ行くのが妥当だろう。
しかし彼女たちの本来の目的と言うのがそもそもズレてしまっているような気がしてならない。外に出るだけならば紅魔館を四散させる前に目的は達成されており、わざわざ自分から目立とうとするのはかなりの悪手。紅魔館の破壊はあり得ない選択だと言える。
初めはフランドールさんの外出に肯定的だった紫さんがこうも焦っているのは当初の予定と大幅にズレてしまったからだろう。
そりゃそうだ。少なくともあの時の紫さんはフランドールさんの世界を広げる事の利点しか考えていないように見えた。深く物事を考えているようには見えなかった。
その原因は恐らく過労による疲労。年末から新年にかけて、月の時並みの忙しさがこの妖怪を襲っているはずだ。
しかも今回はあの時とは違い、すべてが紫さんの掌の上というわけでもない。動きの読めない二人の少女は簡単に彼女の手から零れ落ちてしまう。
今の紫さんを一人で動かすのはあまり望ましくない。かといって彼女の式神を侍らせるのは逆効果だろう。主人が弱っている時の式ほど脆い物はない。混乱に陥って何もできなくなるのがオチだ。
「私が思うに紫さん、貴方は自分の考えに囚われすぎているのではないですか? 今の私たちではあの子たちの真の意図を知る事なんて不可能なはずです。館から出たのちに新たな目的ができていても何ら不思議ではありません。目撃情報を聞くのは捜索の基本ですよ」
「……………………」
「ああ、一つ言い忘れていましたね。こいしが姿を隠せるのは自分自身とそれに属する物だけです。確固たる自我を持っているフランドールさんはあの子の能力では消えないはず。フランドールさんの目撃情報なら何処かにあるかもしれませんよ」
私も知らないうちにこいしの能力が強くなっていたら知らないが。と言っても私としてはその可能性を考えたくはない。あの子の能力が強くなるという事は、覚妖怪からどんどん離れていってしまうということに他ならない。
サトリの力を嫌ったあの子にとって私たちの種族は既に忌むべきものとなってしまっているかもしれない。それでも偶に帰って来てくれるという事は、まだ覚を捨てきれていないからだと思う。既に覚妖怪ではなくなったあの子の最後の拠り所はきっと私。
だが、彼女が無意識に呑まれてしまえば覚妖怪であったことも、私という存在すらもその心から消し去ってしまうかもしれない。
だから私はこの可能性について深く考えないようにしている。考えれば考えるほど不安になってしまうから。
「そうね。まずは神社にでも向かおうかしら。あとはそう……さとり、一人借りても良いかしら?」
「ええご自由に。盗み聞ぎをするような鬼には多少の制裁も必要でしょう。……何、心配はいらないわ。勇儀には私から直接言っておきますから」
待ち合わせの場所を勝手にここに設定するのはどうしてなのか分からない。だがそのおかげで私は地霊殿から出ずとも勇儀に呑みのキャンセルを直接伝えることができるので今回ばかりは良しとしよう。
「えぇ?! おいおい、お前まさか鬼か? 盗みと攫いは鬼の基本だろ? 頼むから勘弁してくれよぉ。呑みも無しでその上紫に攫われるなんて…………あっおい紫ぃ!」
あ……紫さんに無理矢理萃められてスキマに放り込まれてしまったようだ。無慈悲にもほどがある。と言えどもあれ以上喋らせても、どうせ勘弁してくれだの鬼として当然の事をしただけだの言い訳をするだけだっただろうから問題ない。
盗み聞きが多いのは萃香の欠点だ。便利な能力を持っているからこそ半ば癖になってしまっているのだろうが、彼女特有の強力な妖力が消えるわけではない。薄くなっていても不自然である。
「こいしとフランドールが見つかれば彼女は返すわ。彼女の能力があれば探索はかなり楽になるでしょう」
仮に見つけられなくて朝が来てしまったとしても、萃香がいれば雲を萃めて太陽を隠すこともできるだろう。彼女は今回の騒動に関してはうってつけの能力者だ。
一応レミリアさんにもヒントを与えたつもりだったが、結局彼女を使うのは紫さんになった。だがむしろそれでよかったと思う。紫さんの頭について行けるのは地底では萃香くらいだからだ。今の疲れている紫さんにも彼女なら上手く対応してくれるだろう。
「そうそう、言い忘れていたわ。今の地底と地上の出入り口は結界で完全に蓋をしてあるの。一番の理由は紅魔館の三人衆が無関係な貴方に手を出すことを禁じるためのものだったのだけれど、結果的には萃香に戻られても厄介だし一石二鳥になったわね。ではまた会いましょう」
勇儀が暴れて地上に出る可能性も考えれば一石三鳥かもしれない。致し方ない事だとはいえ、鬼は約束を反故にされるのを嫌う。地上からの不安要素は消えたが、それ以上の不安要素がまだ地底に残っている。
まったく、どこまで行っても私に追い風は吹かない。
いつも原因を作るのは私ではないのに、いつだって力ある者の自分勝手に巻き込まれているだけなのに。私には逆風しか吹かない。敵ばかりが増える。
だって私は覚妖怪だから。いつだって世界は嫌われ者に厳しい。弱者に容赦がない。
もう千年も前からそれを知っているのに、どうして原因が妹だったら悔しさではなく悲しさが込み上げてくるのだろうか。
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「うわぁ、本当じゃないの」
「だから言ったでしょう? 昼過ぎに本を読みに来たら既にこうなっていたの」
「私が昼前に通った時は普通に建っていたけど」
「何? 私を疑ってるっての? 巫女の勘も鈍ったものね」
瓦礫だけを残して原形を失った紅魔館の前で話しているのは森の人形遣いと麓の巫女の二人。
霊夢が地底に向かう途中に通った時にはまだ趣味の悪い館は何の問題も無く建っていた。しかしアリスが図書館の本を読もうと来た時には既に崩れ去っていた。この時間差は恐らく一刻も無い。
だがその一刻足らずの間に地上では様々な事が起きていたのだ。地底にいた霊夢は当然知らず、アリスも家にいたので異変に気付けたわけもない。
「いやいや、いくらあんただからってねぇ……疑わしきは罰せよ、よ。あんたなら紅魔館の破壊くらいできたんじゃないの?」
「確かにできるかもしれないけれど…………って最後まで聞きなさいよ。ホント、相も変わらずせっかちねぇ。確かにできるかもしれないけれど、私がこんなことをする理由は無いでしょう?」
疑わしきは罰せよを指摘しない辺り、アリスの霊夢観が分かるというものだ。彼女にとっての霊夢は古い友人であると同時におっかない
友人であるとはいえ
「パチュリーを倒して図書館の本を独り占めしたかったとか……」
「はぁ、馬鹿馬鹿しいわね。そういう霊夢はどうなのよ。あんたもこのくらいならできるんじゃないの? ほら、レミリアが鬱陶しかったとかさ。霊夢ならやりかねないわね」
「あのねぇアリス、私は別に誰彼構わず攻撃するわけじゃないわよ? あんたも知ってて言ってるでしょ。確かにあのチビ吸血鬼は鬱陶しいけどね、だからって館を壊すような事はしないわ。そんなことをしても私には何の得も無いんだから。私は魔理沙とは違って盗みの趣味は無いし」
紅魔館を破壊できるか否かについてはもはや答えるまでもないとしてスルーする霊夢。
自らの館を壊せる者たちが幻想郷には溢れている。きっとレミリアがそのことを知れば心の中で涙するに違いない。
「これ以上くだらない事を話していても埒が明かないわね。で、どうするの? 館は妖精メイドを除いて無人。魔理沙も行方不明。図書館は無事みたいだけれど、あのパチュリーでさえ外出中。どこに行ったかなんてまるで見当もつかないわ」
アリスがこの惨状を湖の上空から見た時、先ず一番に向かったのは魔理沙の家だった。不仲ではあっても一応は同業者。しかも魔理沙は紅魔館の連中と仲が良いときた。初めに頼るには最適だっただろう。
だが彼女は家にいなかった。アリスは知らないが、彼女もたまたまと言うべきか必然と言うべきか、紅魔館の図書館にいたからだ。
魔理沙がいないと知って次に向かった先は紅魔館。もっと言えばパチュリーがいるはずの図書館だ。しかし彼女はフランドールを探すために外出中。
動かない大図書館だけではない。華人小娘も完全で瀟洒な従者も紅い悪魔も紅魔館にいる様子は無かった。
「頭が切れるくせにあんたはいつもどこか抜けてるわよね。あいつらがここにいないのはあのフランとかいう奴を探しに行ってるからじゃないの? レミリアに言わせれば屋敷から出したことは無いくらいの箱入り娘らしいし、どうせそいつが何かやらかしたんでしょうね」
先ほどまであれほど頭の悪い会話をしていたとは思えない程的確な指摘をしてくる霊夢に博麗の恐ろしさを改めて感じるアリス。なるほど確かに生粋の箱入り娘が何処かに行けば家族総出で探しに行くに違いない。
「ああそう言えばそんな子もいたわね。話に聞いた事しかないから忘れていたわ。それにしてもフラン、フランねぇ……その子の能力って何か知ってる? 戦ったことあるんでしょう?」
「そんなの覚えてないわよ。名前もまともに覚えてないのに。レミリアの能力だって覚えてないのよ? 一度会ったきりの奴の能力なんてねぇ」
無駄な事に脳のキャパシティを割かないのが霊夢の良い所であり悪い所でもある。常に脳内を整理できているものの、今のような場面では全く使い物にならない。
ちなみに霊夢がレミリアの能力を知らないのは、レミリアが霊夢に言っていないから当然である。何にせよ自慢げにいう事ではないように思うが。
結局手掛かりらしい手掛かりを得ることはできなかったが、アリスは特にこのことを問題視しているようではない。
「はぁ~、また厄介そうな異変だわ。でもなーんか引っかかるのよね。後ろで糸を引っ張られているような……あんたやっぱり何か知らないの?」
「そこで私に飛び火するの? 私の糸で操れるのはあくまでも命の無い人形だけよ。それよりも良いの? 早く解決に向かわなくて。手柄を誰かに取られるかもしれないわよ?」
「それは無いわ。きっと今夜は永くなる」
霊夢は今夜の事を話しているが未だに夕刻にすら到達していない。霊夢の勘はよく当たるが、百発百中というわけではない。
霊夢は何となくの勘で異変解決を少々先延ばしにしようとしているらしい。解決してくれる人がいるなら別にその人が解決してくれても構わない。そんな心持ちなのだろう。残念ながらそれに釘をさす監視役の妖怪はここにはいない。
「あんたがそれなら別に文句は言わないけど。一応あんたの事は信じてるしね」
「それは博麗霊夢として? それとも博麗の巫女として?」
「どちらも、と答えておきましょうか」
意地悪な質問にもすぐさま適当な答えを返すアリスと霊夢の関係はもはや親友と言っても過言ではないだろう。本人たちはあくまでもただの友人という体を崩さないが、それは人間と妖怪という種族の差があるからなのか。彼女たちにさえきっとよくわかっていないだろう。
「つまらないわね。ま、あんまりグズグズしていても
「やっぱり、知っていたけれどあんたの手綱を握るのはどうやっても無理そうよね。絶対結婚できないわよ、あんた」
あまりにも自分勝手な物言いをする霊夢に対する皮肉を口にするアリス。呆れて苦笑いをしてしまっているがそんなことを気にする霊夢でもない。
結局は「あんたもね」と返してさっさと歩きだす。慌ててそれについて歩いて行くアリス。
何処へ向かうとも知らず足の向くまま歩き出した霊夢。方角的には人里か。特に考えるでもなく先ず人間の安全を確認する方へ向かうというのは流石博麗の巫女と言える。
永い夜になりそうね
正直霊夢を書くのはかなり難しい。どう足掻いてもコレジャナイ感が否めないんですよね