ウマ娘との日々 〜あなたは彼女のトレーナーです〜   作:柊龍

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あなたはダイワスカーレットの担当トレーナーです。


ダイワスカーレットとの日々

ダイワスカーレット

 

「スカーレット……? 」

 

ダイワスカーレットがあなたのお腹に顔を埋めるように抱きついてくる。今までになかった事態に、あなたは思わず戸惑うような声を出した。

 

「アタシは何が何でも1番になれば良いって思ってた。だけど違かった 」

 

顔が見えないためダイワスカーレットの表情は分からない。しかしその声は少し震えているように思える。

 

「……夢を見たの。アタシが世界のレースで1番になって、皆から褒められる夢 」

 

それは常日頃から1番を目指すダイワスカーレットにとって、とても素敵な夢に違いない。だが彼女の今の様子を見るに、素敵なだけでは終わらなかったのだろう。

 

「皆がおめでとう、おめでとうって言ってくれたわ。トレセン学園の友達も、ファンの人たちも。……だけど、皆は遠くにいたの 」

 

それは夢の中での世界のレースで海外にいるから、という物理的な遠さではないのだろう。彼女の言葉の端々には、寂しさが感じられるのだから。

 

「そして夢の中でアンタは何故かいなかった。側には誰もいない。アタシは暗闇の中で1人スポットライトを浴びて、周りからお祝いの声を浴び続けた 」

 

ようやく、ダイワスカーレットが顔を上げた。その瞳からはボロボロと涙が溢れており、いつもの勝気な表情はなく、眉を八の字にした不安な表情をしている。

 

「1番なのに全然嬉しくなかった……‼︎ そばに誰かいて欲しかった‼︎ 結果だけじゃなくて、努力も見て一緒に喜んでくれる人がいなきゃダメだったのよぉ……‼︎ 」

 

ダイワスカーレットのあなたを抱きしめる力が強くなる。あなたは至極真剣に、ダイワスカーレットの次の言葉を待った。

 

「だからこれからも一緒にいて……‼︎ アタシの人生を、ずっと一緒に見つめ続けて、アタシのトレーナー……‼︎ 」

 

感情をそのままに吐き出すように、だからこそ強い思いが込められた言葉をダイワスカーレットは叫んだ。あなたは…… 泣きそうになる程困った顔をしながら、ダイワスカーレットの肩を掴んで引き離した。

 

「スカーレット…… ごめん 」

 

「‼︎ 」

 

信じてたのに、とダイワスカーレットはショックを受けたように目を見開いた。

 

あなたもできることなら、人生をかけて彼女の生き様を見続けていたい。その思いは本物だ。だが今回ばかりは、彼女の願いを聞き届けることはできない。なぜなら……

 

「……さすがに歯医者の付き添いは待合室までにしてくれ 」

 

「なんでよぉぉおおお‼︎ 」

 

ダイワスカーレットが慟哭とともに崩れ落ち、拳と膝をつく。場合が場合なら大真面目になるようなシーンだったが、今回はそんなドラマチックなことにはならなかった。

 

あと先ほども言ったがここは歯医者の待合室。ダイワスカーレットのリアクションに、先ほどまで泣いていた子供もドン引きである。

 

「アタシのことずっと見てくれるって言ったじゃない‼︎ 」

 

「実際にずっと見てたから、虫歯だって気づいたんだけどね? 」

 

うぐ、とダイワスカーレットはバツの悪そうに眉を寄せた。

発端は数週間前のこと。ダイワスカーレットが練習中や学園生活で、よく不機嫌な顔をするようになったことだ。これは普段から優等生を目指している彼女には、考えられないことだ。

 

それからよく見ると、特に食事中に顔を歪めていることが多いことにあなたは気づいた。

すぐにダイワスカーレットに歯が痛いのか尋ねたあなただったが、その時の彼女の様子はまあ酷いものだった。

 

『え、虫歯? おほほ、まさかアタシがそんなものあるわけないじゃない? ほら、今だって普通に食事できてるし? 歩く振動で痛んでるわけじゃないし? 寝るときも痛いから寝不足になっているわけでもないし? ぜーんぜん問題なんてないわ……よ? 』

 

やたらと早口で、目が泳ぎまくっており、やけに汗をかいているダイワスカーレットの言葉に説得力というものは存在しなかった。

 

その後、偶然通りかかったアグネスタキオンの助けを借りて、やはり虫歯があることが判明したのだが、その後が大変であった。

 

『歯医……者? あの高速回転する刃物を口内に入れてこようとする場所? 自分の体の一部が削れる音を長時間聞かされる場所にアタシを連れて行くつもりなの⁉︎ 』

 

ダイワスカーレットの歯医者に対するイメージは最悪だった。

『アタシはこの痛みを背負って生きていく‼︎ 』と、虫歯じゃなければかっこよかったセリフを吐くダイワスカーレットに、後日買い物に付き合うという条件でやっと歯医者に連れてきて、またぐずりだしたとこで現在へと戻る。

 

「アタシが戦っている間に手を握っててよぉ‼︎ 」

 

「何と戦うつもりだ。それに歯医者の先生の邪魔になるだろ 」

 

「じゃあ足でいいから‼︎ 」

 

「俺はわいせつ行為で捕まりたくない 」

 

気が動転してるのかとんでもないことを言い出すダイワスカーレット。あなたはやれやれと思いながら、使いたくはなかった奥の手を使うことにした。

 

「……ショッピングモールのスイーツバイキング 」

 

あなたがぼそりとつぶやいた言葉に、ダイワスカーレットの耳がピンっと立つ。

 

「もしも虫歯をちゃんと治療してきたら、次の調整期間中に俺のおごりで食っていい。その後にショッピングをするなら、もちろんそれも付き合う 」

 

「…… 」

 

無言ですっと立ち上がるダイワスカーレット。ちょうどその時受付のお姉さんがダイワスカーレットの名前を呼んだ。

 

「……行ってくるわ 」

 

背を向けたまま歩き出し、親指を立てた手を横に伸ばすダイワスカーレット。あなたからは見えなかったが、きっとその表情は覚悟を決めたものであったのだろう。

 

あなたは大切な担当ウマ娘が精神的に成長したことと、これからの自分の財布が軽くなるであろう未来に、胸の中で様々な感情が入り混じって天井を眺めることしか出来なかった。

 

『ママ。僕、ちゃんと歯が痛いの治してもらってくるよ 』

 

『ええ、そうね…… 』

 

同じ待合室にいた親子の言葉は、ダイワスカーレットに良い意味で触発されたものだとあなたは思い込むことにした。

 

◇ ◇ ◇

 

「燃え尽きたわ、真っ白にね…… 」

 

「お疲れさん、今度からは早めに言ってくれよ? ……それにしてもスカーレットがあんなに歯医者嫌いなのも何か意外だな 」

 

治療が終わり、トレセン学園へと戻る途中の河川敷。あなたはふとした疑問を口にした。答えを求めるものではなかったが、ダイワスカーレットはぽつり、ぽつりと話しだす。

 

「アタシが子供の時、同じように虫歯になったことがあったの。その時も隠し続けていたんだけど、ママにはバレてたみたいで、アンタみたいにすぐに歯医者に連れて行こうとしたのよね 」

 

「いい親御さんじゃないか 」

 

「それでも歯医者が嫌だった私は、ずっと治しに行かなかった。でもある時ママに『いい場所に連れて行ってあげる』って言われて、歯医者に連れて行かれたの 」

 

虫歯は悪化するばかりなので放っておく訳には行かない。それは母親にとっても苦渋の決断だったに違いない。この時ばかりはあなたは親心というものが理解できる気がした。

 

「当然、いい場所だと思ったら嫌がっていた歯医者だったから、当時の私はママに向かって『バカ‼︎ 』って叫んだわ。その時ばかりは尊敬してたママが大嫌いになった 」

 

「……それは今でも許せてないのか? 」

 

「引きずってる訳じゃないけどね。あれはちょっと理不尽すぎたように思うから、いくらママでもそればかりは納得してないわ 」

 

「スカーレット 」

 

いつになく真剣な表情で名を呼ぶあなたに、ダイワスカーレットはきちんと向き直る。ダイワスカーレットは、あなたが真剣な話をすると今までの体験から察した。

 

「君が子供の頃、虫歯で苦しんでいる時。一番泣きたかったのは誰だと思う? 」

 

「それは痛がってる本人の私…… 」

 

「違うよ。1番泣きたかったのは多分、君のお母様だ 」

 

怪訝に眉を八の字に傾けたダイワスカーレット。彼女はまだ、虫歯になっていた本人の視点からしか物事が見えていないのだろう。

 

中等部に入るほどの年齢しか生きていないのだから、自分以外の視点を想像できないのは無理はない。しかしそれでは彼女と彼女の母の2人にとって、多大な意味で不幸なような気がする。だからあなたは話を続けた。

 

「君のお母様は、これ以上痛い思いをしてほしくないから、泣く泣く君を歯医者に連れて行ったんだと思う。そんなお母様は、本当に君の言うようにバカなのか? スカーレット 」

 

言われてハッとしたように目を見開くダイワスカーレット。

 

あなたは当時のダイワスカーレットの母の気持ちを、完全に知ることはできない。だがそこに悪意など存在するわけがないと思った。

親が子供の不幸を望むわけがないのだから。

 

だからダイワスカーレットが慕っている母の善意を、幼いとはいえ彼女自身が罵倒で払いのけた事実を、そのまま記憶の奥へと埋もれさせることはあまりに悲しいことの気がした。

 

「ごめんトレーナー。ちょっと外すわ 」

 

ダイワスカーレットはそう言って川辺へと歩き出し、携帯を手に取る。

 

彼女が電話をかける先と内容を、あなたはなんとなく想像ができた。だがそれをあえて文字にするのは無粋というものである。

 

「──ありがとう 」

 

かすかに聞こえたダイワスカーレットの言葉。その言葉を最後に通話を終えたらしい彼女が、あなたの元へと歩み寄ってくる。

その表情はどこか清々しく、晴々としていた。

 

「ママに歯医者に連れて行かれた時のことを話したら、驚くほどはっきり覚えていたわ。私にバカって言われたこと、ずっと気にしてたみたい。だから── 」

 

「内容は言わなくて大丈夫だよ、スカーレット。電話して、話をできて良かったんだろ? 」

 

「ええ、このまま言葉にしなかったら、私は気づかないまま後悔をしていたかもしれない。……ありがとう、私のトレーナー 」

 

「どういたしまして。それに免じてショッピングでは手加減してくれると嬉しいんですが…… 」

 

「あら、それとこれとは話は別よ? スイーツバイキングもショッピングも、気が済むまで楽しむんだから‼︎ 」

 

通るとは思っていなかったが、淡い希望を打ち砕かれたあなたは節約生活の覚悟を決めた。

 

「帰りましょう、私のトレーナー‼︎ 」

 

だけどこんなに眩しい笑顔を見せてくれるダイワスカーレットのためなら、たまにはこんな事も悪くない。そしてこれからも彼女と過ごす日々は続いていくのだろう。あなたは微かに微笑む。

夕日が作る2人の影は、長く長く伸びていた。

 

 

◇おまけ  〜アグネスタキオンの手助け〜

 

「おやダイワスカーレット君。虫歯があるのかい? 」

 

「い、いえ、私の歯は全部真っ白で健康です‼︎ 」

 

「そうかい、それは良かった。ところでこれはこの前見かけた、虫歯を放置した際の画像なのだがね。見たまえ。放置した期間に応じて黒い部分がどんどん広く、深く侵食していくのがわかるだろう? 」

 

「ひっ…… 」

 

「やがては歯の硬質な部分を溶かして、原型も留めずにボロボロにしてしまうらしい。ネット上の画像のみなので、実際にはその様子を拝めていないがね。もしも虫歯になって、放置する予定があるのなら私にも言ってくれ。それもそれで興味深いデータになり得るからね 」

 

白衣をヒラヒラと仰ぎ、アグネスタキオンは立ち去る。その後ダイワスカーレットは青ざめ、泣きそうな表情であなたに歯医者に行くと言った。

 

 




ゴールドシップ、ハルウララ、キングヘイロー編を書いていたんですが、妖怪コレジャナイ感が出てしまい破棄することに……
特にゴールドシップが制御不能でボーボボネタに走ってしまうことがしばしば。精進します。
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