ゲームの世界に転生した挙句黒幕に飼いならされてます……… 作:休も
「カインズ家の件、準備はしているが決行はもう少し先だな」
魔法考古学の授業中にヴィレムとミストは小声で雑談をしていた。お互い前を向いたままだが、目線だけは僅かに横を向いている。
「うん、流石にそんなに早く準備ができるとは思ってないよ。上層部の闇の深さは尋常じゃないしね」
権力は足が早い。比較的長い歴史を誇る王国はなおさら上層部の闇が深いものなのだ。しかし、これでもかなりマシな方である。その闇をきちんと国王が抑えているからだ。
「ねえ、5年目の調査の件なんだけど、手伝ってくれる?」
「お前の情報収集能力なら必要ないと踏んでいるんだが」
「………察してよ。私だって、女子なんだよ?過去のトラウマに一人で向き合えっていうのは、冷たいんじゃないかい?」
心細そうに手を握り、涙目で不安を吐露するミストを見てヴィレムはそれが嘘泣きだとコンマ数秒で見破った。
この異常な観察力は、昔からウソ泣きで自分を揺らしてくる人間が多かったことに起因する。
「お前の強さを信じてるんだ」
「物は言いようだね」
あっさりと、涙を引っ込めるミストだが不安そうな表情を隠さずにジト目を送る。
「………わかった。わかった。そのうちな」
根負けしたヴィレムはその提案を受け入れた。正直、犯人である教団メンバーの関係者である自分が、ミストの件に参加するというマッチポンプを受け入れたくなかった。
それでも了承したのは、本当にミストが心細そうにしていたからだ。不安げに揺れる金色の瞳は、ヴィレムの罪悪感を煽った。
「話は変わるんだが、ミストは剣魔祭でるのか?」
「たぶんでないかな。正直勝てる気がしないし」
四年生にはイエティ、オクテット、シトラシア、ダンタリオン。三年にはフッド、セーレ、そして、ビネガー。二年には俺とアイセア、ミスト、クライシス。1年生と5年生には基本的には出場権がないため、強敵はこのくらいだが決勝に残れるのが5人だとするとかなり厳しい戦いになるだろう。アイセアは出ないとしても強敵が9人。ミストの気持ちはわからなくはない。
(ミストも実力的にやり方次第では決勝に残れる気がするが、ダンタリオンの動き次第だろう。ダンタリオンは教団のメンバーだ。ベレネート・ダンタリオン。公爵家の長男にして学園入学から常勝無敗の怪物だ。レベルでいえば、アイセアに肉薄するレベルだ。それでもアイセアには絶対に勝てないだろうが)
「ヴィレムこそ出るの」
「アイセアの気分次第だろうな。現在俺は休暇扱いでこうして自由にしているから、剣魔祭に出れるが休暇が終わればそうもいかない。保証されている休暇まで残り3日っていうのを考えると厳しいだろうな」
「………ねえ、この後時間ある?」
「魔導応用学の授業がある。何かあるのか?」
迷ったように視線を動かし、そして僅かに赤らめた顔でミストは言葉を紡いだ。
「…行きたい店があるんだけど、一人じゃ入りづらいんだ」
「ボッチなのか?」
「失礼だな!?そんなわけないだろ!」
ヴィレムはあえて空気を読まなかった。ミストの育ちかけの好意は自分が原作知識を使って彼女の心に土足で踏み込んだゆえのものだと思っているからである。
「ねえねえ、いいじゃん!いこーよ」
予想外のしつこさにヴィレムは困惑し。結果的には根負けする羽目になった。
「あーわかった。わかったから」
「よし」
満足げに頷くミストを見ながらこいつこんな性格だったかなと思うヴィレムだった。
ミストは一番端のテーブルを指して、二人でそのテーブルに座った。隣のテーブルでは同じぐらいの年の男子が栗色の髪の女の子と一緒に座っていた。
「あーなるほど。確かにここは一人じゃ入りずらいな」
ヴィレムが店内を見回すとカップルだらけで、みんなキスをしたり、手をつないだり、キスをしたりしている。
「お二人さん、注文は何にするのかしら?」
艶やかな茶髪の女性が話しかけてきた。
「コーヒーを二つと期間限定スポンジケーキを二つ」
ミストが注文した。ヴィレムは隣のテーブルの二人がキスをし始めたので気まずい気分になった。
「………」
「………」
沈黙。二人の間だけ何を話せばいいのかわからないのか凄まじいほどの沈黙が下りてる。
(確かに欲しい言葉をミストに掛けたけど、こんなに好感度稼いでいると思えないんだけど。どういう状況なんだこれ?)
(うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!ちょっとカップルが多いぐらいの評判だったじゃん!!!!!うそじゃん!カップルしかいないじゃん!!!!!ちょっと揶揄ってやるぐらいの気持ちできたのにこれじゃぁ、私がガチみたいじゃん!)
ヴィレムは罪悪感と困惑からミストは緊張と予想外から何を話せばいいのかわからなくなっていた。先にコーヒーを持ってきた店員の初々しいカップルを見る様な生暖かい視線が痛い。
「ねえ、ヴィレムってさ…恋人とか婚約者とかいるのかな?」
ヴィレムははミストが真顔でそんなことを言ったので、コーヒーをむせ込んだ。
「………藪から棒になんだよ…。調べればわかるだろ。俺はマーキア家からはほぼ切り離された存在だからな。婚約者なんていない」
「だ、だよね!」
ミストは安心したような顔を浮かべながら、会話の選択肢を間違い続けた。
「王女殿下の騎士に恋人がいたら問題だもんね」
「え?」
「え?」
ヴィレムは困惑と疑問を抱く。ミストは驚愕と疑問を抱く。
「確認するんだけど、ヴィレムって王女殿下のことどう思ってるの?」
「どうって…護衛の対象ではあるな。不本意ながら」
「え?それだけ?王族と従者のラブロマンス的なのは?」
「小説と演劇の見過ぎだな」
ヴィレムの発言にミストは目を丸くした。ミストも学園の女性と同様、噂を割と信じていたのである。
「あれだけ、四六時中あんな絶世の美少女と一緒にいて何もなかったの?」
「…あるわけないだろ」
「君ってもしかして不能なの?女は好きじゃない感じ?」
「ぶっ飛ばされたいのか?」
ミストの発言にヴィレムは顔をしかめた。
「だいたい、何かある方が問題だ。俺、国王に殺されるだろ?」
「えー、ロマンのない話をするなよ~」
ぐでーと机に上半身をのせ、手を伸ばすミストを見てヴィレムはため息を吐く。
「その行儀の悪い体勢止めろ。ここはお前の家じゃないぞ」
ミストが防音魔法をかけ、二人は軽い変装をしているとはいえ、ここは王都の中だ。貴族令嬢であるミストがこのような上品とは言いがたい恰好をするのはよろしくなかった。
「大丈夫だよ。ここ平民が多いし。貴族なんて滅多に来ないよ。来るのは私たちみたいにリフレッシュしたい人か、変人だけだって」
ミストは自身の桜色の髪をかき上げながら、周囲を見渡す。そして、ピシリっと石像になったかのように動きを止めた。
「うっそぉ………」
いやな予感がしつつ、ミストの視線の方向をたどるとそこには学園の生徒にして伯爵の三男であるフッドと少女が座っていた。幸いこちらには気が付いていないように見える。だが、ヴィレムは知っていた。フッドは原作でも腕利きのスナイパーであり、空間把握能力に限って言えば作中トップクラスの能力を持つことを。
(あいつの索敵範囲は異常な上に、常時発動しているからなぁ。バレてるだろうな)
ヴィレムは憂鬱な気分になりかけたが、向こうも向こうで事情があるらしいし問題ないのではないかと思い始める。フッドにはセルレーナという平民の恋人が原作開始時にはいたことを思い出し、ヴィレムは安堵した。三男とはいえ、貴族がただの平民と付き合うことはあまりよく思われないはずだ。だから、向こうもここでのことは黙っているだろうとヴィレムは高を括った。
「大丈夫だ。ここに来ているのは向こうだって同じ。べらべら話はしないだろ」
「そ、そうだと良いけどねぇ」
露骨に不安そうにしながらミストはヴィレムを見る。
「何だ?」
「私このことがばれたら流石に王女殿下に呼び出されそうで怖いんだよね」
「大丈夫だろう。そこまでアイセア様は暇じゃない。もしもの時は俺が止める」
「………まあ、言われてみれば大丈夫な気がしてきたよ!」
ちょうどよく運ばれてきたケーキを口に運ぶ。
生クリームを少しだけなめてみると、いちごの香りがほんのりする。良質でフレッシュな生クリームだからこそ、こういう自然な移り香がある気がする。ヴィレムはアイセアの騎士であるため、アイセアの食事の毒見をすることが多々ある。故に、並大抵の味には感動をしたりしない。ただ、それでもこのケーキは普通においしいと感じ、ヴィレムは目を見開いた。
しっとりと焼き上げられたスポンジケーキと口当たりなめらかなホイップクリーム、それに真っ赤に熟れたイチゴの甘酸っぱさ。ケーキは普通においしいと二人は感じていた。
その反応を見て、ミストはしてやったり顔で、得意気に豊満な胸を張った。
「フフン!どーだ!おいしいだろう?私の行きつけの店なんだ!最近は客層が変わって、
「何でお前が偉そうなんだ………悪くはないけど。そして、そんな闇の深いことを言うな」
嬉しそうにケーキを頬張り、やけくそ気味に話すミストにそんな感想を話す。
「素直じゃないなぁ。元々は結構穴場だったんだよ?夜の時間は客層がまた変わって、落ち着いた喫茶店になるんだ。客層もかなり変わるしね」
「ほー、それは興味深いな。今度はいつが空いている?」
「へ?」
ヴィレムとミストの視線が絡み合う。
「だからいつが空いているか聞いているんだ。夜にも来てみたいし、昼間に堂々と来るために俺に声を掛けたんだろ?俺もこの店は気に入った」
ミストは次第に顔を赤くしながらも絡まった自分の視線を慌てて彼から外した。内心はパニック状態だった。
ヴィレムは鈍くはないが、女性経験はあまり多くない。その上、割と純粋な性格なため、自分のかけた言葉の意味が理解できていなかった。それこそ、多少の好意はあれどケーキを本当に食べたかっただけなんだと解釈していた。それは間違ってはいないはずだったのだが、畳みかける様なセリフと状況にミストの心が揺れつつあった。
その後、流れる様に街中を少し散策して夕日が沈む前に分かれたヴィレムは、その足でアシュテルと落ち合っていた。
夜闇に浮かぶ明かりと人の騒めきと喧騒は、飽和気味に街中を覆っている。
「歓楽街は相変わらず騒がしいな」
夜の街を歩きながら適当な飲食店を見つけ、中に入ってからヴィレムはアシュテルに話しかける。
「そうですね。ですがいいじゃないですか。平和な証です」
アシュテルもヴィレムも戦場での経験がある。故に、この光景の意味を多少なりとも理解してる。アシュテルは元平民が故にその思いはヴィレムよりも強かった。
「まあな。…話は変わるが最近、セルベスター様はどうだ?」
「相変わらず、困った方だ。いつの間にか、屋敷を抜け出しているし王都に戻ってきてからは来てからで別邸の改造から当主への口出しまで大人しさと無縁の生活を送っていますよ」
困ったものだと笑うアシュテルの顔には負の感情は一切なかった。ヴィレムにはそれが眩しく羨ましく思う。
「そっちこそ、どうなんですか?殿下の騎士、大変ですか?」
「ああ、クッソ大変だ。仕事量がえぐい。国の上層部は曲者と野心だらけだからな。面倒すぎる。アイセアは面白半分に敵を作るし、才能で回りを蹴散らすから後始末が大変だ」
「アハハハ、どこでも従者は大変ですね」
「大変なのは主がアグレッシブな場合だけだがな」
そんなくだらないやり取りをしながら、二人は夜が更け空が明るくなりかける直前まで談笑し酒を飲んでいた。時間の経過に気が付いた二人は店の外に出る。
飽和気味に街中を包んでいたはずの夜闇に浮かぶ明かりと人の騒めきと喧騒は、早朝にはすっかりなくなっていた。二人は酔いを醒ましながら、貴族街のある北西に向かって歩いていた。
「話は変わりますが、剣魔祭。出ませんか?」
歩きながらそんな話題を振ってくるアシュテルにヴィレムは問いかける。
「何故だ」
「私はあのころよりも強くなったつもりです。だから、貴方と戦ってみたい。貴方と初めて会ったあの日からずっと戦ってみたかったんだ」
翡翠色のその眼には確かな炎が宿っていた。確かに初めて会った時、ヴィレムはアシュテルをボコボコにしたことがあった。別に嫌いだったわけではなく、ただの模擬戦での話だ。だが、アシュテルはそれ以来ひそかにヴィレムをライバル視していたのだ。
「まあ、いいか。アイセアが許可を出せばやぶさかではない。あとで聞いてみよう」
「そうですか。では期待して待っていますよ」