ゲームの世界に転生した挙句黒幕に飼いならされてます………   作:休も

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第14話

「元気ないッスね」

 

気付けば、ヴィレムの正面に一人の少女がいた。ヴィレムと同い年か、一、二歳ほど年下の少女だ。胸元の紋章を見て一年の少女であると理解した。懐っこい顔立ち、明るい緑色の長髪を後頭部で一つにまとめている。隙間に輝く金色の瞳はくりくりと可愛らしい。華奢な身体だが、頼りなさは微塵もなく屹然している。

 

少女が、にっこりとヴィレムへと笑いかけた。ヴィレムの間、その少女を啞然と凝視し……困惑していた。

 

(何でここにあの少女がいるのだろう。だって、こいつは第二部で登場するキャラじゃなかったか?いや、厳密には第一部の後半で存在を仄めかされてはいたけど)

 

「あ、自己紹介が遅れたッスね!あたしはアリス・クロックベルです。王国騎士団に所属している新米ッス!先輩のお噂はかねがねッス」

 

敬礼をしてウィンクをする目の前のアリスにヴィレムは困惑を抱きつつ、不思議に思っていることを問いかけた。

 

「クロックベル、何故ここにいるんだ?」

 

「単純にあたしだけじゃ学園に戻れそうになかったので、切れ者と噂の先輩に手伝ってもらおうかと」

 

「………俺の見立てだとお前の方が切れ者そうだがな」

 

「アハハハハ、そりゃ光栄ッスねー!」

 

アリス・クロックベルは最年少で騎士団に入り、隠密と遊撃などの騎士団らしくない仕事において多大な功績を残し、騎士団長にもう一本の右腕だと言われるほどの実力者である。しかしその存在は、一般的には騎士団の一員という風にしか知られていない。騎士団長が意図的に隠しているからだ。その最大の理由は————教団への二重スパイという役割を帯びているからである。

 

「今回の原因に心当たりはないのか?帰り方でもいいぞ?」

 

「…いや、何言ってるんッスか。そんなの分かっていれば苦労しないッス!」

 

ヴィレムは先ほど冷静さをかき乱されていたため、アリスの立ち位置の難しさを失念していた。ほぼ脳死で、教団にスパイで入り込んでいるんだから何か知っているだろ?っと聞いてしまったのだ。

 

「それもそうだな。すまない。…解決策は他のやつと合流してから話し合う。フッドとアシュテルを見なかったか?」

 

自身の失言に気が付き、すぐに誤魔化したヴィレムだったがアリスの警戒心は高まっていた。

 

「見てないッスねー」

 

アリスは目の前の少年をあらかじめ調べていた。事前調べではアイセアが情報操作とカウンターを仕掛けていたため、純度の高い情報を仕入れることはできなかったがそれでも挙げてきた功績と王女に忠実な騎士であることはわかった。そこから、アリスが推測したヴィレムの危険度はそう高くなかった。

 

もちろん、驚異的な功績と実力だ。戦上手であることは認めよう。だが、それでもダンタリオンや騎士団長のように単騎で戦況を覆せるほどの戦力ではないと判断した。

 

(間違いだった。団長の言う通り油断してはいけない相手だった!戦力の分析だけじゃダメだった!この人はおそらく、あたしが教団にスパイとして潜り込んでいるのを知っている!王女にもダンタリオンにも誰にも気が付かれていない自信があった。なのに――――この人は)

 

「おー、お二人ともおそろいで」

 

空気が引き締まってきたタイミングで、間の抜けた声が響く。声をかけてきたのは少し長めの髪を紐で結んだ男、フッドだった。その横に、アシュテルも立っている。

 

「昨日ぶりだな、フッド」

 

「そーっすね。俺があんたに取引という名の脅迫を受けて以来だ」

 

「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。持ってる材料はそっちも同じだろ?」

 

少し棘のある声色で返答するフッド。ヴィレムはそれに軽い口調で切り返した。ヴィレムは昨日、フッドにあの喫茶店にいたこととセルレーナのことと引き合いに出して、強制的に協力を取り付けたのだった。

 

「あのおっかないダンタリオンサンは?」

 

「集団行動は肌に合わないそうだ」

 

「なるほど」

 

肩をすくめるフッド。彼も貴族であるが故にダンタリオンの気質をよく知っていた。

 

「まずは現状の把握だ。各自なんとなくわかっていると思うが俺たちはこの森に取り残された。学園内では何かしら問題が起こっているだろうし、最悪のケースで考えるなら侵入者が占拠している可能性すらある。ここまではいいか?」

 

この場にいる全員がその意見を大げさだとか勘違いだとかそういった風に笑うことはなく、誰もが最悪のケースを考えて動くべきだと考えていた。それは不安定な世の中を生きてきたからというもの大きいが、一番は学園長(最優の魔法使い)が自身が手掛けた転送装置は経年劣化で壊れることはないと断言していたからだ。ここにいる全員が学園内で何かがあったことを確信していた。

 

「ええ、わかっています」

 

「改めて聞くと中々追い詰められた状況ッスね」

 

「問題はどうやって学園に戻るかだなー」

 

「こんなことを話し合っているうちに時間は過ぎていきます。走っていきましょう」

 

鬼気迫った顔でそう提案するアシュテルにヴィレムは待ったをかけた。それに賛同する形でフッドも口を挟む。

 

「それはやめた方がいいだろ」

 

「同意だなー。アシュテルサンが何にそんなに焦っているかは何となく予想が付きますが、それは悪手だと思いますよ」

 

身体強化を掛けた体で走れば、王都までは1時間もかからずに王都にたどり着く。だが、それはトップスピードで走り続ければの話だ。そんなことをすれば魔力が切れて倒れる。

 

「王都にたどり着いたはいいもののガス欠になって役立たずじゃあ意味がない。それに、王都にたどり着けない可能性だってある。自分ら、魔力どれくらい残ってます?俺は王都まで走ったらなくなる………っていうか道中で倒れるレベルでしか残ってないっすよ」

 

フッドの発言はもっともであった。剣魔祭の試合で魔力を消費している四人は、魔力の余裕が多くないのだ。

 

「アシュテルの言う通り、急ぐ必要性があるのも事実だ。学園の状況がわからないから何とも言えないが、事態に気が付けば騎士団も動くだろう。学園長が戻れば一瞬で解決する可能性が高いが、現実的に考えるならこれはあり得ない」

 

「何でッスか?」

 

アリスが不思議そうに問いかける。その疑問に答えるようにヴィレムが話を続けた。

 

「タイミングが良すぎる。学園長が王城に呼び出された当日に剣魔祭が重なるっているのが出来過ぎている。結構前から計画されていたことを考えると、そう簡単に介入はさせないだろう。目的が生徒に危害を加えることであるならあまり時間はない」

 

「学園を攻撃して被害が出れば、責任を取らされるのは学園長だからなー。あの人を排除したい貴族の犯行っていうのは十分にありそうで怖いっすね。貴族の子息を殺せば学園長の失態は大きくなる。確かに、時間はなさそうだ」

 

ヴィレムの説明にフッドは補足を入れる。彼らの言葉を聞き、アシュテルは食って掛かった。

 

「なら!なおさら!!!!」

 

「なおさら、空間系の魔法で戻る必要があるッスね」

 

かぶせる様に言い放たれたその言葉に彼は固まった。

 

「え?」

 

「犯人たちが外部に警戒を向けているなら、内部から侵入した方がいいッスからね」

 

アリスの冷静な意見を聞いて、ヴィレムとフッドは頷いた。

 

「時間がないと表現したが学園には名立たる猛者たちがいる。そう簡単には犠牲者は出ないだろう。多少時間を使っても戻った後のことを考えるべきだ」

 

「当てはあるんッスか?」

 

「――――――ある」

 

ヴィレムはアリスの問いかけにそう断言した。思い出すのは先ほどのダンタリオンの言葉だ。暗殺者とは隠密にたけた人材のこと。つまり、隠密が必要ということは何かしらの仕掛けを潜り抜ける必要があるということ。そして、この場でそれに当てはまるのはアリスである。

 

「少々分の悪い賭けになるがな」

 

詳細がわからない以上、何とも言えないが行ってみるしかないだろう。そうヴィレムは考えた。

 

「たぶんお前次第だ――――――アリス。お前の腕にかかっている」

 

「うぇ?」

 

ヴィレムの言葉にアリスは変な声を上げる。一斉に視線が集まりアリスは居心地悪そうにひきつった笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリン。それは何の前触れもなく唐突に起きた。空から一人の男が舞い降りてくる。それはまさに一瞬の出来事だった。男が持っていた杖をひと振りすると、空間が歪んだ。瞬間、会場にいた生徒が倒れ伏し僅かに意識を保っている生徒も膝をついている。

 

「な、なにが…」

 

何とか意識を保っているセルベスターは辺りを見回す。会場にいるほとんどの生徒は眠ったように瞼を閉じている。意識を保っているのはセルベスターを含め、10人にも満たなかった。

 

「ほうほう。これはこれは………私の呪術に耐えきるものがいるとは。最近の学生は質がいいですなぁ」

 

闘技場の中央に立っているその男は高らかに宣言する。

 

「私の名はイボス!混沌教団所属、呪詛のイボスです。どうぞお見知りおきを」

 

黒いローブに身を包んだその男は笑みを浮かべながら一礼する。

 

「端的に申し上げますとこの学園は我々が占拠いたしました。目的を達成するまでは皆様には大人しくしていただきたく、呪詛を掛けさせていただきました。ですがご安心を。無抵抗であれば余計な危害は加えません。ただし、抵抗を望まれる場合には―――説明するまでもありませんね」

 

会場に大量の覆面の男たちがなだれ込んでくる。数は100人程だろうか。

 

「ば、バカな!これだけの賊がどうやって」

 

セルベスターの悲鳴は会場に響くだけで誰もそれに応えはしなかった。ただ、事態は動く。

 

「大人しく従うわけが無かろう!!!!!」

 

立ち上がったのはオクテットだった。闘技場の同じく中央に立っている彼はイボスに対して魔法を放つ。

 

完全無詠唱での魔法の行使。それは、彼の血族が得意とする戦闘スタイルであり、王国随一の腕を誇るオクテットの魔法早打ちだった。

 

収束される稲妻はイボスをめがけて走り出す。しかし、稲妻がたどり着くことはなくあっけなく霧散した。

 

「なッ!?」

 

「忠告は致しました。自業自得ですねぇ」

 

霧散したはずの稲妻が収束し、オクテットを貫く。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!?」

 

瞬殺だった。稲妻に貫かれたオクテットは悲鳴を上げて倒れる。

学内でも7本の指に入るはずのオクテッドが成す術もなくやられた。それは意識の残っている生徒の戦意を刈り取るには十分なものだった。

 

セルベスターはその光景を見た時点で正面戦闘を諦め、彼らの目的を聞き出すことにした。

 

「イボスとやら!我はセルベスタ―・クライヘルツ。八大公爵家が一家、クライヘルツ家に名を連ねる者である!そちらの要求を聞きたい」

 

それはセルベスターなりの時間稼ぎだった。この場にいない王女と教員に処理を任せ、自分は会場からこれ以上の犠牲者を出さないことを念頭に置いた行動だった。

 

「破魔の金剣。我々はそれを回収に来たのです。それが第一目的ですね」

 

「………何のためにか聞いても良いかの?」

 

「そうですね。長い目で見れば、我々の悲願のため。直近で見れば、とある人物の殺害のため」

 

「ッ………」

 

「ああ。案内は必要ありません。見当はついていますから。抵抗しなければ、手を出さないのも本当です」

 

 

 

 

 

通常の教室の10倍以上はあろうかという立方体の大部屋が地下空間に存在していた。理解不能な三つの立方体が等間隔に、並んでおりその中央に一本の金色の剣が立っている。それを握りしめて、狂気じみた笑みを浮かべる一人の老爺がいる。

 

「カカカカカカカカカカ!!!!!」

 

広い空間をものともせず、哄笑がほとばしった。

 

「初めまして、招かれざる客人」

 

振り向くアシュタロスが見たのは、今回の殺害対象だった。アイセアとその周囲を囲うように存在する取り巻き達。アイセアを除いた彼らは、目の前の老人の禍々しいその姿に恐怖を抱いた。

 

「初めまして、ですか。カカ、まあいいでしょう!ワタクシの名乗りはいりますか?」

 

「いえ、テロリストの名乗りは必要ありません。あなたに発言を許可しませんので」

 

「カカカカカ!!!!!して、どうするのですかねぇ?ここでワタクシとやりますか?」

 

アシュタロスのローブが赤い軌跡で焼け焦げ、他にも耳の端に不可視の刃がかすり、そこから血が流れていた。

 

「………貴方は恐ろしい女性ですねぇ。アイセア君」

 

それはオクテットの魔法の早打ちの再現だった。本人よりも洗練されている早打ちを前にアシュタロスは本当に感心したように本音を吐露した。

 

「貴方の才能は歴史をたどってきたワタクシでさえ、見たことがないほどのものです。六英雄を除けば、貴方の才能に及ぶ人間など存在しないのでしょうねぇ」

 

「…『アベレージ・ワン』」

 

放たれる虹色の光線が宝具ごとアシュタロスを飲み込んだ。土煙が舞う。轟音が世界に響く。衝撃と爆風がその威力を物語っている。

 

直撃したように見えた。しかし、それはそう見えただけだ。瓦礫と砂埃。その煙の中かから、声が響いた。

 

「だからこそ、惜しい。ここでそれを摘み取ってしまうのが」

 

「ッ!」

 

老人の声を聴き、アイセアは自身の魔法が効いていなかったことを悟った。次の瞬間、アイセアは魔法を否、魔力を熾せないことに瞠目する。

 

「魔法は使えませんよ。そういう宝具ですから」

 

アシュタロスの手にある宝具が輝きを放っている。

 

「素晴らしい力です。魔法使いとしてどれだけ優れていてもこれの前には無力になる」

 

アイセアの視界が茜色に染まる。目もくらむ光線は周囲に炸裂し天井が崩落した。

 

「さようならです。稀代の天才よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった地下空間でアイセアは無傷で立っていた。取り巻き達は全員が無事だった。ただ、アイセア以外は意識がない。

 

「フフッ、ここまでは筋書き通りですね。私はここで討たれた。予め用意していた私と同じ色の髪の毛も持て行ってくれましたし、完璧です」

 

愉しげにアイセアは嗤う。己の魔力を宿しておいた特注品の人口髪毛を予め瓦礫の隙間に配置しておいたのだ。それを見てアシュタロスはアイセアを殺害できたと勘違いした。

 

「殺したと思っていた私が後から出てきたときのアシュタロスの顔も見物ですが、私が殺害されたと知った時のヴィレムの顔を早く見たいですね!どんな顔をするのでしょうか?せっかくですから、しばらく姿を見せないというのもありでしょうか?」

 

満面の笑みを浮かべる彼女はいつの間にか控えているアグニをドン引きさせるレベルで嬉しそうだった。

 

二人の教団幹部の企みはいつの間にか、黒幕王女の人形劇に早変わりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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