ゲームの世界に転生した挙句黒幕に飼いならされてます………   作:休も

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お留守番をしていた勘違いタグは次の章では多少活躍するはず…。感想、評価ありがとうございます。


第17話

迫りくる怪物を前にして、ミストの取った行動は詠唱だった。最上級魔法の詠唱。紡がれていくたびに存在感を増していくミストの魔力と存在感に怪物は焦りを覚えたのか、はたまた本能で感じ取ったのか、炎の翼を広げ上に飛んだ。

 

「世界を覆い、大地を犯し、生命と脅威をもたらす大いなるものよ、我に力を———『天を上る海柱(ポセイドンエア)!』」

 

放たれた水の光線は怪物を捉え空中から地面に引きずり落とす。空から降り注ぐ水流に振り回され身動きが取れない怪物を見てミストは安堵の表情を浮かべる。

 

それを嘲笑うかのように怪物の背中の翼が勢いを増し、ミストの魔法を蒸発させた。

 

目を見開き呆気にとられたミストだが、頭だけは正常に動く。逃げなければならない。逃走経路と使用する魔法は思い浮かぶ。だが、体は言うことを聞いてくれない。圧倒的熱量と恐怖に怯んだミストの身体はどうしようもなく怯えたままだった。

 

蒼い炎がミストに向かって迫ってくる。ああ、このままでは焼き殺される。ミストの理性はそう告げていた。体は認識を諦めていた。心は嫌だと叫んでいた。

 

現実はそうはならないと告げた。

 

「『吹き飛べ』」

 

炎が霧散する。何が起こったのか、一同は理解できなかった。だが、目の前に立つヴィレムが剣を振るったのは理解していた。

 

「Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」

 

「うるさい」

 

巨躯を蹴り飛ばし闘技場に叩きつけたヴィレムはそのまま追撃を始める。

 

禍々しい怪物の指先から放たれる紫の呪光。

直撃すれば一瞬で肉体を蒸発させるそれらを慣性を踏みにじるがごとき立体機動で悉く躱していく。まるで目に見えない足場があるようだった。強大な負荷にさらされた手足の筋肉が音を立てて、悲鳴を上げる。

 

怪物を相手取り単身で異次元の戦闘を繰り広げるヴィレム。

 

そこへうかつに援護を挟むことができずアリスとミスト、狙撃位置にいるフッドは行動を決めかねていた。紫色の閃光が無慈悲にアリス達を狙う。そこへ割って入ったヴィレムが呪文と共に攻撃を弾く。

 

再度接敵する。

 

ヴィレムは剣を無感動に振る。黒い光を纏った強力な斬撃が怪物天使の腕を捕らえ斬り飛ばした。本来魔法では太刀打ちのしようがない神威の断片。

適合者ではない彼は決してその神威を使いこなせるはずはないのだ。しかし、その力を宿すだけでなく制御し振ってみせる。

 

安全圏まで避難し望遠魔法で高みの見物を決め込んでいたアシュタロスは笑みを浮かべ、狂った哄笑で心からの感服を示す。

 

「カカカカカカカカカカ!!!!!素晴らしい!イボスですらあの有様だというのに、それを不完全とはいえ使いこなしますか!適合者でもないただの人間が!カカカカカカカカ、アイセア君や彼がご執心なわけですねぇ」

 

ヴィレムは半分理性の飛びかけた体で叫ぶ。

 

「とっとと朽ちろ!!!!!」

 

殺意に満ちた相手の叫び声に対抗するように負けじと語気を強める。半分意識が飛んでいる怪物にそれでも言葉を届かせるために。

 

「ぐぅうぁアアaaaaaaaaaグッ!クソがアああああぁあああああ!」

 

ヴィレムの左目が蒼から紫へと変わっていく。やがて紅い瞳になるだろう。ヴィレムはギリギリの状態だった。体ではなく理性の問題だ。彼を繋ぎとめているのは想いだ。願いだ。野心だ。願望だ。感情だ。彼女に会いたい、彼女の笑顔がもう一度見たい、もう一度笑いかけてほしい 彼女のように誰かを救いたい 今の世界を許容したくない。そんなありふれた感情が彼を動かしていく。

 

「俺は呑まれない、認めない、許さない。邪神もあの男も誰もかれも認めない。だからお前もいい加減消えろ!」

 

支離滅裂な言葉を吐き捨てる。黒い衝撃が怪物を地面に叩きつけ一瞬、縫い付けた。その衝撃で剣はひしゃげヴィレムの腕はあらぬ方向に曲がっていた。

 

止まらない。

 

ヴィレム・マーキアは止まることができない。吹き出す血も。悲鳴を上げる腕も関係ない。

 

地面に叩き潰されていた怪物の身体中に、追い打ちをかけるように禍々しい赤黒い槍の群れが深々と突き刺さり地面へと縫い付けた。

 

「終わりだ」

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」

 

地面に縫い付けられてなお抵抗を続ける怪物。炎の翼が勢いを増し空中で殺意を滾らせるヴィレムに襲い掛かる。尋常ではない火力だ。しかしそれだけではない。触れてはいけないような、熱さではなくもっと得体のしれない脅威が内包されていると多くの人間が感じる炎が解き放たれる。

 

一閃。

 

ヴィレムはそのひしゃげた剣を振るう。武器としての役割を果たせるかわからないほど破損しているその剣は、否その剣を包んでいる禍々しい靄が炎を切り裂いていく。

 

着弾。

 

その瞬間、暴風と衝撃波、そして砂塵が舞う。砂塵が晴れた時、ミストたちは立っている二つの人影を見た。先に見えたのはヴィレムだ。彼のその左腕は痛々しいほど焼けている。満身創痍のヴィレムはその顔を歪めることなく、逆に安心したような顔をしている。

 

数瞬の静寂。くるりと後ろを振り返ったヴィレムと立ち上がっているイボスであったなにか、の姿に一同は息を飲んだ。

怪物だったその姿は変容する前の人間の姿に戻っていた。イボスの体には右肩から左脇腹までざっくりと深い裂傷が走っており、血を吹き出していた。それでもどこか清々しく、そして皮肉気に微笑みながら一言こぼす。

 

「憐れ、ですね」

 

ヴィレムはその言葉を受け黙って剣を投擲する。ただし、その剣はイボスに届くことはなく明後日の方向に飛んでいった。

 

「余計なお世話だ」

 

ヴィレムのその言葉の意味を理解できるものはこの場にはいなかった。

 

ただ、この場の脅威がヴィレムによって排除されたことだけは誰もが直感しているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、王国騎士団が学園に突入してきた。生徒の大半は無事。徐々に意識を取り戻し始めた。負傷したのはオクテットと俺にアリス、アシュテルなどを含め10名。そして行方不明者若干名。責任問題がえぐそうだ。

 

「は?今なんと?」

 

俺は現在王国騎士団の指揮を取っている副団長と話をしていた。

 

「アイセア、殿下の捜索はしなくてもいいです」

 

「…いくら騎士のあなたの判断と言えども承服しかねます」

 

俺の発言に驚きの表情と怒りと呆れの表情を露にして断る副団長に、適当な言い訳をでっち上げる。

 

「アイセアと俺との間には魔法学的に言うとつながり(パス)ができています。お互いに命の確認が可能です。おおよその位置も」

 

もちろんそんな便利なものは存在していない。しかし、魔法使いとして最高峰の位置にいるアイセアの技量がこのチープな嘘に真実味を持たせる。アイセアの魔法を見たことのある副団長はこの嘘を嘘だと断定できなかった。

 

「それは………」

 

「おそらく敵の手から逃れどこかで傷を癒しているのでしょうね。迎えには騎士である俺が行きます。ですから他の人の救助に専念してください」

 

「………承知しました」

 

渋々了承した彼を見送りつつ周囲の報告に耳を傾ける。

 

どうやらアリスは医務室に運ばれていったらしい。アシュテルや重症のセルベスターは騎士団員が治療を施した後医務室に運ばれたらしい。ただ、治療した団員は青い顔でアシュテルに何かを説明していたと他の団員が噂していた。

 

状況を把握しながら慌ただしい校内を俺は迷いのない足取りで歩いていた。未だ校内は騎士団員が巡回しており、状況の把握にいそしんでいる。宝具を収納してあった地下の被害が大きいらしく、瓦礫の撤去と行方不明者の捜索が続けられている。魔法で瓦礫を取り払うことはできなくはない。しかし、地下空間にかなりガタが来ており下手に刺激しないほうが安全であるという判断を現場監督は下したらしい。

 

ちなみに学園長はいまだに戻って来れていない。きっと王城の中は犯人探しと責任問題で大騒ぎなのだろう。

 

今回の問題は3つ。一つ目はアレの力を見られたこと。邪神の権能の破片を扱えるのは教団幹部の証だ。色々な意味でバレるわけにはいかなかったのだが、幸いなことに見られた人数も少ないし大技は出していないから適合者たちに勘づかれることもないはずだ。箝口令も敷かれるはずだし、最悪の場合はアイセアが何とかするだろう。これはいい。

 

二つ目の問題はイボスを倒してしまったこと。成り行きとはいえ、主人公の強化イベントをなくしてしまったのはまずい。原作崩壊の中でも最もやってはいけないことだ。現状でも原作は壊れかかっているため時系列通りに進みはしないと思っているが、それでも強化イベントは俺の方で細工をしてなるべく原作を再現する手助けをするつもりだった。その道が早くも潰えかかっている。

 

イボスは2章で出てくる敵だ。主人公君だけでは倒せないが、新たな仲間を得て彼らと主人公君の新技でイボスを倒し、教団の存在を知る重要な場面なのだ。色々な意味でなくてはならない。協力者を得る重要な話が崩壊するのはまずい。笑えない。

 

三つ目はアイセアの目的が未だに見えないことだ。他にもこのままだと来年の入学者が減るとか色々あるがアイセアの目的がわからないことに比べれば軽い。そもそも、アシュタロスごときに負けた演出をした理由がわからない。大体、魔法を封じられても権能が使えるのだからアイセアが負けるはずないのだ。アシュタロスも何でそんな簡単なことが思い至らなかったのか。

 

状況の整理を終えて目的の場所にたどり着く。捜索が行われている地下空間ではなく、学園内にある礼拝堂の中だ。

 

「ここは使われなくなった礼拝堂だ。人目はない。出て来い、アイセア」

 

「せっかちですね」

 

礼拝堂のステンドグラスが揺らいだ。正確に表現するのであれば、空間が揺らいだ。何かが溶けだしてくるようなそんな光景を眺める。

 

アイセアは何もない空間から姿を現した。そのまま俺の横まで歩いてくる。やけにご機嫌だ。今にもスキップしそうなくらいに。

 

「いつから気が付いていたのですか?」

 

「お前の自己主張の塊みたいな魔力を感じ取れないわけだろ?」

 

「ヴィレム以外に私を感じ取れた人間はいなかったようですが?」

 

「あの場には、な。お前とこれだけ長い時間を過ごしていれば自然と感じ取れるようになる。セルビアやガゼルなんかも感じ取れるんじゃないか?」

 

「んー、このタイミングで私以外の女の名前を出してほしくないのですが」

 

そんな意味のわからない発言をしているがアイセアは非常に機嫌がよかった。後ろに手を組みつつ上目遣いでアイセアは俺を見てくる。

 

「権能を使用したのですね」

 

あの場にアイセアも隠れていたのだから言い訳は無理だろうな。

 

「ああ、使った」

 

「私は禁止したはずですが」

 

「使わなければ全員殺されていた」

 

「あなただけは私が助けました」

 

「それじゃあ意味がない」

 

「………治療はしてあげますが、ここから1週間は地獄を見るでしょうね。それにある程度の副作用も」

 

「わかってる」

 

邪神の力は本来適合したものにしか扱えない。しかし、俺が転生者故なのかかなり制限は付くが行使できた。ただ、適合者ではないため体は不可に耐え切れず少しずつ壊れていくし、権能を行使している間は意識と理性を侵されそうになる。前回は今回よりもはるかに長時間使用した。結果、3週間ほど熱と悪夢と痛みに魘されることになった。

 

「本当に言うことを聞かない子ですね?他の方法を思い付かなかったのですか?」

 

「………逃がしてしまったが、お前の命を狙うアシュタロスを殺しておきたかった。それには邪神の力は必要不可欠だ。アイセアが遅れは取らないと確信していても精神衛生面であいつを仕留めておきたかった」

 

アシュタロスは主人公組に直接は関わらない。物語中盤でとある教団メンバーに殺されるからだ。だから、今殺しても影響はない。

 

俺の言葉を聞いたアイセアはため息を吐いた後俺の後ろに移動する。そしてアイセアは俺の耳元に口を寄せ、一言。

 

「あなたの泣き顔が見たかったのですが頑張りに免じて選択肢をあげましょう」

 

アイセアはニコリと笑う。

 

「私はセルベスターのことを友人だと思っていますが、私にとっての唯一無二の存在はヴィレムだけです。だから、心は痛みますが躊躇う理由にはならないのです…」

 

何を言っているんだ。何でいきなりセルベスターの名前が出てくる?困惑が顔に出ていたのか、アイセアは愉しげに補足をする。

 

「簡単なことです。本当はあなたへの()のつもりでしたが流石に大人げないと思いましてね。選択式にして差し上げたのです。これに見覚えは?」

 

それは懐中時計だった。ただの懐中時計ではない。針にあたる部分が不気味に胎動している。気味の悪いその時計は

 

時限呪計(モラクス)!?セルベスターに掛けたのか!」

 

「はい。長身と短針が交差した瞬間術式が発動します」

 

時限呪計とは文字通り時限式の呪殺道具だ。爆弾の代わりに呪いが発動し相手を音もなく殺害する爆弾のようなものだ。

 

「アシュテルさん、と言いましたか?彼と治療を担当した騎士団員にはこのことを教えてあります。脅迫状を置いてきただけですけど。………他人に話したら術式を発動させると書いておいたので今頃、たった一人で血眼になって私を探しているのでしょう」

 

何のためにこんなことをしたのか?理解が追い付かない。アシュテルにそれの存在を伝えれば、アシュテルはアイセアを殺そうとするだろう。王族殺しの汚名を着てでもアシュテルはセルベスターを助けようとする。そういうやつだ。これはつまり————アイセアかアシュテルとセルベスターどちらかを選べということか?

 

「今すぐその時計を止めろ。使用者の殺害もしくは使用者が時計を止めなければ効果が切れない。わかってるだろ!?」

 

「ええ、知っていますよ」

 

「だったら!」

 

「物分かりの悪い子ですね?だから選べと言っているのです。自身にとっての最良の選択肢を」

 

それは—————————。

 

発動までほぼ秒読み状態だ。アシュテルが間に合ったとして交渉している余裕なんてないだろう。確実にアシュテルはアイセアを殺しにくる。アイセアは抵抗しないはずだ。この場面で自分の命をチップに人形劇をできる人間だからだ。アイセアはこう言っているんだ。私を選んでアシュテルを殺せと。

 

「クッソ!どうすれば」

 

礼拝堂の扉が勢いよく開く。そこに立っていたのは息を絶え絶えにしたアシュテルだった。その目は血走っており手には抜身の長剣が握られている。アシュテルはアイセアだけを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ましたか。随分と急いだようですね。ヴィレムにも見習ってほしいです」

 

アイセアは笑顔でアシュテルを迎え入れた。それに対してアシュテルはその首を刎ねんと腰を落とす。漲る殺意が疲弊した彼の肉体を研ぎ澄ましていった。そして、疾風のごとくアイセアに肉薄させる。握りしめられた鈍色の剣がアイセアの喉元を切り裂かんと迫りくる。

 

 

そして―――――アシュテルの半身が両断された。

 

「あっ―――――――?」

 

アシュテルの身体は血と臓腑をまき散らして崩れ落ちた。

 

何が起きたのか?アシュテルのその眼に映ったのはいつの間にか立っていたヴィレムだった。

 

ヴィレムの手に夜の闇を反射する黒い剣が握られているのを見て、アシュテルは確信した。自分を斬ったのは自身の友人であり、その震える腕と噛み締められた唇はアイセアへの恭順の証なのだと。

 

「そうか………こう、なるんですね」

 

徐々にアシュテルの目から光が消えていく。生命の灯が薄れる中、吐露されたのは命乞いでもなく、嘆きでもなく、憎悪の言葉でもなかった。

 

「申し訳………ありません、でした」

 

それは主君への懺悔だった。自身の死を目の前にしてそれでもアシュテルの頭にあったのはセルベスターの身の安全だったのだ。

 

ヴィレムはそれを聞き顔を歪める。そして感情が混ざりすぎておかしくなりそうになりながら、ヴィレムはその答えにだどりつく。完全に術式を破壊することは無理でも魔法殺しを使えば、一部の破壊は可能であり針を止めることはできると思い至ったのだ。

 

瞬時に、ヴィレムは剣を振るいアイセアの手を傷つけないようにしながら懐中時計だけを斬ってみせた。針の動きが停まり発光が弱まる。

 

「フフ、正解です。遅かったですね?親しい友人を殺めた後にしか正解にたどり着かないなんて」

 

美しく悍ましい嘲笑と微笑はヴィレムの心を蝕む。

 

「まあ、そういう風に思考を誘導したのは私ですが」

 

きちんと誰も死なない方法は存在していたのだ。ただ、アイセアはそれを選ばせる気はなかったというだけ。あたかも自分とセルベスターのどちらかを選ばせるような話し方をしていたのである。

 

「どうでしょうか?友人をその手で斬った気分は」

 

アシュテルの傷を見て助からないと判断し座り込んだヴィレムに向かってアイセアは問いかけた。

 

「なんで………こんな」

 

アイセアの足元に崩れ落ちているヴィレムの頭を撫でながら、アイセアは穏やかで邪悪で満足げな笑みを浮かべる。

 

「ヴィレムが殺したのです。また、繰り返したのです。わかったでしょう?私以外の者も守ろうと足搔くからこうなるのです。そんな甘さを捨てきれないところも気に入っているのですが………私の許可なく権能を使用すればロクなことにならないとわかっていただけましたか?」

 

あ、ああ、あああああああああああぁ、あああ……ぁぁぁぁぁぁあああああ!?」

 

音を立てて、ヴィレムの内側で何かが瓦解していく。

 

そんな風に心を傷つけたヴィレムを見て、アイセアは満足そうに息を吐いた。

 

「助けてあげましょうか?」

 

「ッ!?」

 

弾かれた様に顔を上げるヴィレムに嗜虐的な笑みを浮かべつつアイセアはアシュテルに左腕をかざす。奇妙な魔法陣が浮かぶ。それは死霊魔法と回復魔法を組み合わせた、アイセアの秘術。

 

「あなたが私の交換条件を受け入れるのであれば、記憶の処理は施しますがこの場で蘇生して差し上げます。心配はいりません、死後からほぼ時間が経過していませんから私の死体人形ではなく元通りの人間として蘇生させることは可能です」

 

それは甘い蜜だった。決して、手を伸ばしてはならない毒入りの甘い蜜。数年前のヴィレムであれば、取るのを躊躇ったであろうその手を簡単に取ってしまうのを正気を削がれるほどの満足げな魔性の笑みを見せながらアイセアは見ていた。

 

アイセアは何度も彼のその心を壊そうとする。壊して、癒して、壊して、癒して、堕落させていく。アイセアは決してヴィレムを手放したりはしないだろう。ヴィレムも逃げきることはできないのだろう。

 

魔女の執着から逃げ切ったものなど存在しないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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