ゲームの世界に転生した挙句黒幕に飼いならされてます……… 作:休も
正直、ここまで王女にヘイトが集まるのは予想外でしたが彼女の性格的にこういう行動になるので…。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、この作品の終わりはバットエンドではありません。
王都の地下深く闇の中を歩くアシュタロスは予想外の人物に遭遇していた。
「やあ、久しぶり」
アシュタロスに声をかける人影がそこにはあった。
「…神出鬼没の貴方に出会うとは明日は雪ですかねぇ?マルコシアス君」
冷や汗をかきながらアシュタロスは目の前の脅威はシルクハットで顔が隠れて見えないが、芝居がかった口調に似合わない生気の抜けたような無表情を浮かべているのであろうと判断する。
「面倒な問答はよそう、老師。僕はここにおしゃべりをしに来たんじゃないんだ」
「意思の疎通は大事ですよぉ?」
「…虚偽でまみれた会話に意味を見いだせないね」
「貴方らしい意見ですねぇ」
マルコシアスはゆっくりとアシュタロスの方へ歩み、距離を縮めていく。
「協力してほしいことがあるんだ。この世界の未来のために」
「………残念ですが教団を裏切った貴方に協力してあげることはできませんねぇ」
「うん、だろうね。だから無理やりにでも協力してもらうことにするよ」
「—————ッ!?」
マルコシアスはアシュタロスの真横に立ってステッキを一閃する。アシュタロスはその攻撃を紙一重で回避して横に跳ぶ。
「ジャッジの時間だ。天秤よ、答えを示せ」
「しまった!?」
黄金色の輝きと共にアシュタロスは天秤が左に傾いたのを幻視する。瞬間、アシュタロスの身体から力が抜け地面に倒れる。
「嘘はよくないよ。この世で最も尊いのは真実だけなんだから」
会話の成立しないマルコシアスの瞳は純粋な狂気で満たされている。その性質はアシュタロスが恐れた人物と似通っていた。
「………油断、しましたねぇ…」
「老師の戦闘力はそう高くない。恐ろしいのはその経験と知識。だからそれだけ貸してもらえればいいんだ。大丈夫、すぐに終わるよ。『汝、異界の神よ。我が魔に応えその神威を我に示せ』
出現したのは悍ましい黒いナニカ。大蛇のような形状をしているそれの先端には形容しがたい口のようなものが付いている。
「これで僕はまた真実に一歩近づける」
薄暗い地下空間に絶叫と咀嚼音が響いた。後に残ったのは僅かな肉片と鮮血のみだった。
意識が眠りという名の膜を突き破って瞼が開く。日の光は目覚めの眼球にひどく沁みて、涙目になるヴィレムはぼやけた視界の中に淡く輝く蒼色の瞳を見た。それはすぐ間近で、息がかかるほどの距離で、目を奪われるような美しさで、桃色の唇から本当に吐息が届いて――本当に心がおぼれそうになる。
「起きましたか?」
「どのくらい寝てた?ってのは聞くまでもないか」
遠慮なく頭の重さをアイセアの膝に預けたまま、問いかける。そしてヴィレムは心地よい甘い匂いに頭を揺さぶられながら寝ていた時間をざっと計算する。
アイセアの部屋を訪ね寝たのが夕方だ。そして、現在太陽が一番高いところを少し過ぎた辺りだ。かなりの時間を眠っていたらしい。
「どのくらいで元通りになる?」
アイセアはそんな疲れ切ったヴィレムを見て、包み込むような笑みを浮かべる。ヴィレムは権能を使用したあの日の夜から、処置をしないで寝ることができなくなった。熱や傷で数日苦しんだが、体の負担や消耗はアイセアの治療で治せていた。しかし他の要因は別だった。
「基本的には数日もすれば体と体力は元に戻るでしょう。ですが精神面の汚染はそう簡単には取り払うことができません」
ヴィレムはあの日から悪夢に魘され寝ることができなくなった。次第にそれは現実の方にも影響を及ぼして幻覚に悩まされることになる。次第にヴィレムの精神は不安定になっていった。
「ヴィレムの体内には邪神の毒が残ったままなのです。もちろん、毒というのは例えですが適合していない人間は分解できない有害なものが残留しています。これが不眠と精神汚染の原因ですね。ここまでは前に説明しましたね?」
ここ数日ヴィレムはアイセアの部屋で就寝していた。アイセアに体の毒を中和してもらいながらでないと深く寝ることができなかったからだ。これを欠かすと幻覚にも悩むことになる。不本意ながらアイセアのと肉体接触が必要らしいので同じベットで寝ることになった。
「体内に残った毒、これを完全に取り除くことはできません。数ヶ月に一度、いえひと月に三回は私の治療を受けることが必要になるでしょう」
その言葉にヴィレムは顔をしかめた。実際、ヴィレムは悪夢と幻覚には大分悩んでいたので、それを治してくれるというのであれば複雑な感情を抱くアイセアに助けを求めるのはやぶさかではない。使える者は使うのだとあの日に誓ったからだ。ただ、懸念しているのは日々高まるアイセアへの依存心だった。
魅了の影響もあるのだろうが処置をされるたびにアイセアへの嫌悪や警戒心が薄れていっているような感覚を覚え、ヴィレムの危機感を煽っていた。
「まだぼーっとしていますね。処置が甘かったのでしょうか」
「——————ぁ」
アイセアに抱きしめられる。薄い布越しから伝わる体温と華奢な体躯、そして理性と心を溶かす甘い声がヴィレムを骨抜きにしていく。
「ッ!大丈夫だ!…治療には感謝してる。俺は部屋に戻る!」
そう言って、ヴィレムはアイセアの部屋から逃げ出した。それを見送ったアイセアは妖艶で優し気で妖しげな笑みを浮かべる。
「処置のインターバル、もう少し短くしても良いかもしれませんね」
設定
世界観の捕捉
・貴族の階級について
振える力は限られるが成人前の子供の場合、基本的に親と同格の爵位を与えられる。後を継がない子供たちは、成人後貴族の地位を剥奪されるためそれなりの功績を残して爵位をもらう必要がある。ただし、侯爵家以上はこの制度の例外。
貴族が経済や政治、魔法を積極的に学ぶ理由は功績を上げるためでもある。ちなみに、ヴィレムのように、功績をあげて伯爵まで上り詰めたのは建国以来10人しかいない。
・成人について
王国では20歳が成人と規定される。貴族で成人まで生き残れるのは半分くらい。理由は、跡目争いで殺されるか功績を欲しいがために無理をするからである。この実情を知っている貴族の子供は早々に跡目争いから降りる。降りても疑心暗鬼に陥った兄弟に殺される可能性がある。
・トヴィアス
アイセアやヴィレムが住んでいる国。西側にノーマン王国、山脈を挟んだ北側に帝国、南にアニア、この三つの国が隣接している。
ヴィレム・マーキア
本作の主人公。王女の騎士。4年間、原作知識を用いた暗躍をする。功績をあげ確かな地位を築いていたものの、紆余曲折あり王女に首輪をつけられた。各方面から、様々な勘違いを受けているが基本的には王女のせい。効率の良い訓練法をあらかじめ知っていたため、作中でもかなり強い。例えるのであれば、中盤で出てくるボスくらい。王女由来の力を使えば、作中でも上位に食い込むレベル。
アイセア
灰色の髪に蒼色の瞳。やろうと思えば、容姿だけで国を動かせる程の絶世の美少女である。幼少期の頃から、強すぎる魅了の魔法を発現しこれが良くも悪くも彼女を狂わせた一端である。教団の幹部だが、別に邪神を信仰はしていない。ぶっちぎりのチート。対抗できるのはほんの数人。
他人を支配する瞬間に悦楽を感じていると同時に、それを不満に思っており自身の支配を拒んで見せる人間を甚く気にいる。
アイセアにとって何故ヴィレムが特別かは本編で描きます。ここで書いたアイセアの設定はほんの一部です。
ネリア・ルピナス
ルピナス家の長女。爵位は伯爵。ヴィレムとは仲が良く親友とも恋人ともいえぬ不思議な距離感を保ってた。3年前に死亡。
ミスト・カインズ
桜のような色の髪に金色の瞳を持つ少女。
5年前に起きた暗殺未遂で、姉を目の前で殺害された。これが一因でミストは人を信用することを怖がるようになり、貴族という立場に嫌気が差すようになっていった。姉の存在がミストに弱い貴族令嬢のままでいることを許容させない。故に彼女は自由と力を欲している。
ロバート・ノーマン
ノーランの王子。他が優秀であるため、霞んでいるが別に無能ではない。兄たちのことは尊敬しているが、強さ一辺倒のセルベイトには王座を渡すべきではないと考えているし、人の心が理解できない第一王子に危機感を抱く。だから、兄弟たちには少なくとも今は国王になって欲しくないと思っている。
ノイマン伯爵
ノーランの貴族。ロバート同様に考えている。ただ、ロバートは力が足りなさすぎると思っていたが、考えを改めた。国を憂う心だけは認めており、ある意味で王の器であると思っている。
デルタ
ロバートの従者の少女。
アグニ
赤い髪の少女。教団所属の暗殺者。アイセアの部下でもある。
イグイエ・イエティ
4年生。濁ったオッドアイの少年。
血筋にこだわっている貴族主義者。性格がこじれた原因は、優秀な兄と妹への劣等感故であり自分に残っているのは血筋だけだと思っているから。
セルベスタ―・クライヘルツ
王国の八大公爵家の一家、クライヘルツの長女であり、原作では何かと主人公たちの世話をしていたお助けポジションにいるキャラである。私服にマントを羽織っている。かなりの変人だとよく言われる。
美しい金色の髪に意志の強そうな赤い瞳を持った少女だが、可愛らしい容姿にもかかわらず、中身の強烈さですべてを台無しにする女として有名な貴族界の台風の目。
アシュテル
ヴィレムの友人。セルベスターの従者。前回の章の不遇枠。
黒髪に翡翠色の瞳を持った少年、強さはヴィレムより一段落ちる。主であるセルベスターのことを誰よりも敬愛している。
ベレネート・ダンタリオン
学園の生徒。公爵家の長男にして学園入学から常勝無敗の怪物。教団の幹部の一人である。
フッド・カイザリオン
3年生。貴族の三男坊。優秀な狙撃手。
アリス・クロックベル
1年生。最年少で騎士団に入り、隠密と遊撃などの騎士団らしくない仕事において多大な功績を残し、騎士団長にもう一本の右腕だと言われるほどの実力者。しかしその存在は、一般的には騎士団の一員という風にしか知られていない。
セルビア
王女の専属侍女
ガゼル
ガゼルは教団のメンバーであり王族の教育担当だった時期があった。執事兼護衛。老兵だけあって割と強め。