ゲームの世界に転生した挙句黒幕に飼いならされてます………   作:休も

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第19話

もうそろそろ、原作が始まっている時期だなと街を歩きながら考えていた。学園の入学はまだ少し先になるが、ギルドに登録していわゆる冒険者となるのが、そろそろなのだ。冒険者として2ヵ月を過ごし出会った仲間と共に学園に入学してくる。仲間と言ってもヒロインだが。

 

そんなことを考えつつ、歩を進める。大通りを抜けて角を曲がり目的の建物の前に立った。太陽の光を反射させる白い建造物に目を細める。王立中央図書館。

 

この建物自体が、王都に現存する最古の建築物の一つに数えられ、建物の大きさと比例するように膨大な蔵書量を誇っている。長い歴史を越えてなお今も保たれている白亜の大図書館だ。

 

何度見ても圧巻だった。図書館の外装に気を取られていた俺は固い何かと衝突した。よろめきながら、見上げるとそこには老人が経っていた。そう、俺は一人の老人とぶつかったのだ。

 

「失礼しました」

 

「お~、すまぬな。ワシの方こそ不注意じゃったわい」

 

白髪に色素の抜けた白い髯。巌のように立派な体格。改めてその姿を見た俺は、固まってしまった。なぜなら、その老人こそ八大公爵家の一つバーンハイル家の現当主だからだ。ちなみに原作にはほぼ出てこなかったため、あまり印象にない。

 

だが、一度だけ見たことがある。社交界の時に見ただけだが、目の前に壁が立っていると錯覚するほど重厚で不思議な迫力を持った老人など、そうはいない。優しげな言葉遣いと声色にも関わらずのしかかるような威圧感が溢れている。優しく微笑みを浮かべてはいるが刺すような鋭い眼力をまるで隠しきれていないのだ。

 

「お~、君はヴィレム・マーキア君じゃな?王女殿下の騎士とこんなところで会うとは奇遇じゃな」

 

「こちらこそ、かのバーンハイル家の当主の方とお会いするとは思いませんでした」

 

「フォホホッ、ワシはもう隠居間際の身じゃ、そう構える必要はないぞい。それに王族の騎士は主以外の影響を受けてはならん」

 

「………そうでしたね」

 

そういえば、何でこの人こんなところにいるんだ?

 

「バーンハイル卿はなぜこのような場所に?」

 

そう聞くとバーンハイルは一瞬笑顔をひきつらせた。しかし、その後何事もなかったように笑った。

 

「息抜きじゃよ。ここの司書とは長い付き合いでの?仕事で疲れた時はよく来るんじゃ」

 

「…なるほど、そういうことですか。お疲れ様です」

 

「ではの、ワシはこれで失礼するぞい」

 

そう言って、強引に話題を引きちぎってバーンハイルは貴族街とは逆方面に速足で歩いて行った。公爵家で当主の椅子に座り続けている男が、あんな簡単に感情を表情に出すはずがない。おそらくはわざと動揺したふりをしたのだろう。俺をだますことは目的ではなく、俺に対する警告の意味での行動だろう。

 

「明らかに裏がありそうだが、藪蛇だろうな………」

 

そう判断しておとなしく図書館に入った。ひんやりとした図書館御空気と蔵書特有の匂いに触れながら、中央にあるソファーに体を沈める。周囲には誰もいない。この時間帯は基本的に誰もいないため、ここで考え事をするのが好きだった。

 

正直、仕事以外で外にいる時はアイセアのことを忘れたかった、特に今は。………アシュテルを斬った感触がまだ残っている。わかってはいる。結局、俺の顔見知りは全員生きている。

 

学園に行きいつも通りに挨拶をしてきたアシュテルとセルベスターを見て、俺は実は夢だったのではないかと思ったが、修繕中の校舎とこびり付いたあの光景がアシュテルを斬ったのは現実だと訴えていた。そして、誰も俺を責めないことが逆につらい。記憶を操作されているアシュテルもセルベスターも俺を責めない。いや、きっとアシュテルは記憶を取り戻しても俺のことを恨みはしないのだろう。

 

理解はしていた。俺からすれば、アシュテル達よりもネリアの方が大事でそのためにはアイセアを大事にしなければならない。だから、その時が来れば俺は彼らを斬れると思っていた。それは間違いではなかった、だが、こんなにもきついとは思っていなかった。

 

そんな鬱屈とした気分の俺を水面の底から引っ張り上げる声が聞こえた。

 

「やあ、やあ、浮かない顔をしているね?」

 

首を後ろに倒してソファーの背もたれに頭を乗せる。自分の真後ろ。そこに、上下逆転して、立っていたのはミストだった。桜色の髪が揺れ、少女の香りが鼻をくすぐる。腕を後ろで組み、前かがみになってこちらを覗き込んでくるミストの仕草が、あまりにも自然で、正直こいつこんなんで大丈夫なのかなと思ってしまった。

 

「久しぶりだな、ミスト。こんなところで何をしているんだ?」

 

「家にいてもすることないからね、散歩だよ。ヴィレムは?」

 

「なるほど、俺はあー、何というか息抜き?」

 

「何で疑問形?」

 

俺たちの声は、図書館のしんとした空気を突き抜けて天井にぶつかった。

 

「外で話すか」

 

「………そうだね」

 

外に出た俺にミストは話しかける。先ほどまではあまりに気ならなかった太陽の光が少し眩しい。

 

「つまり今日は終日暇ってことでいいの?」

 

「…まあ、急ぎの予定はないな。4日ほど休暇をもらったし」

 

「じゃあさ、ちょっと付き合ってよ!」

 

満面の笑みを浮かべるミストが希望したのは街歩きに付き合うことだった。王都はかなり広い。そこに住んでいる人間でさえ知らない場所があるくらいだ。少し考えて答えを出す。

 

「いいぞ。暇だしな」

 

「じゃあ、決まりだね」

 

結局、ミストの提案で街を歩くことにした。時刻は昼頃に差し掛かっており、商業施設が固まっている区画のメインストリートでは、出店が立ち並んでいる。パンを焼いている匂いや野菜を蒸してバターと一緒にパンに挟み込んでいる光景。果実を刻んで氷菓子に添えて提供している出店などが目に映る。

 

十歳に満たないであろう幼女がはしゃいで両手いっぱいのお菓子を抱えて走っていく。ちょっとこじゃれたものから、縁や花びらを使っておしゃれに整えた商品まで、様々なものが露店で提供されていた。もちろん、きちんと店を構えている飲食店に比べれば、幾分か、質は落ちてしまうが、それでも十分なレベルの水準を保っており、王都の活気を支えるのに一躍買っているようだった。

 

「王女殿下の護衛だとこういうことってあんまりできないでしょ?」

 

「確かにな。屋台の食事とか王族が口にしたと知れたら殺されかねない」

 

ちょっとテンションが上がっている。誰かと露店を回るのは久しぶりだったし、新しい店舗もあり飽きなかったというのも大きい。

 

「めちゃめちゃ嬉しそうに買ってくるね?」

 

クスクスと口元に手を当てるミストの前で、何とも言えない気分になる。露店で買った 氷菓子をミストにも手渡しながら口に含む。冷たいのにもかかわらずほんのり甘くて、それでいて決して飽きさせることのない絶妙な味付けだった。あまりの完成度にミストと顔を見合わせて思わず笑みを弾けさせながら、しばらく食べ歩きを行う。

 

「たまにこういうあたり商品があるからやめられないよね」

 

「確かにこういうところが飽きない要因なんだろうな」

 

不意にミストが、新しく買ってきたパンをちぎって目の前に差し出してくる。にこやかな瞳にはいたずらの光が宿っていた。

 

「ほら、口を開けなよ?美少女からのお恵みだよ?」

 

なんとなく意図を察したが照れるのも癪に障るので、表情筋を動かさないまま俺は差し出しているミストの手を右手で包み、パクリとごく自然に食べた。

 

まったく、この俺が童貞のように慌てると思ったのだろうか?残念ながら、動揺を顔に出さないのは貴族の基本スキルである。ましてや、俺は王城に暮らしているんだぞ?あんな魔境で、ポーカーフェイスができないわけないだろ?

 

「こっちの焼き菓子もうまいぞ?ほら、口を開けろよ」

 

「うぇ!?!!!!!????」

 

何が起こっているのかわからず目を丸くするミストにお返しをする。完璧に作りこまれた笑みを浮かべる俺とまだ握られている手を見て、ミストは間違いなくうろたえた。そしてパクリと可愛らしい唇が俺の指に少しだけ触れた。

 

右手を口元に押し当てながらもごもごと口を動かす彼女に、俺は笑顔を浮かべ尋ねた。

 

「うまいか?」

 

「ん~、うん………すごく、熱くて甘いよ」

 

顔を隠した手から赤らむ頬が見える。視線を横にそらしながら、感想を述べるミストに満足しつつ俺は、落ち着ける場所を探し歩き出した。食べ比べをして談笑をして、ベンチに座って小休憩を挟んで、最終的には俺とミストは人通りが極端に少ない昼間の住宅街の屋根の上に腰掛けていた。

 

身体強化の魔法をきちんと使いこなせるれば屋根の上に駆け上がることなど動作もない。ちなみに同じような行動を貴族街でやったら即逮捕されるだろう。

 

「ん~、意外と遊んだね」

 

「そうだな。割と楽しめた」

 

「やっと、自然に笑ったね?」

 

「………!それは………」

 

金色の眼、その眼差しに息が詰まった…。今もこちらを見つめてくるその瞳が、俺自身を見透かしているように思えて少し怖かった。でも、この視線は悪意のない透明な視線だった。だから、目をそらせなかった。

 

「あの事件からずっと笑ってなかったから、どーしようかなって思ってたんだよねー。助けてもらった恩もあるし、何かできないかなって。思い切って、誘って正解だったよ!」

 

ミストはそう言いつつ、腕を組んで体を伸ばし視線を虚空に投げる。耳も少し赤いように思う。

 

「ッ…」

 

俺の記憶上、ミストという少女はそこまで純粋ではない。変なところでロマンチストなだけだ。彼女の過去が彼女に純粋さを許さなかった。だからこそ、向けられた純粋な善意がかなりうれしかった。参っていた精神を潤うかのように、ゆっくりと広がっていく優しさが心地よかった。そして、彼女にすがろうとしている自分に軽い自己嫌悪を覚える。

 

「あ、そうだ!もう一つ付き合ってほしいところがあるんだ。日にち跨いでも問題ないかい?」

 

「あ、ああ」

 

「じゃあ、決まりだね」

 

「あ、おい!」

 

ミストは俺の手を引いて、来た方向とは逆側のエリアに建物の上を跳びながら走り出す。しばらくしてから下に降りて、路地裏を進み、大通りを横切りそしてたどり着いたのは冒険者ギルドだった。

 

「家を出て、ただのミストになることも検討してたからさ。冒険者ギルドに登録してあるのさ!あ、これ被って」

 

手渡されたローブと大きめの帽子をかぶる。同じものをミストも被った。おそらく、認識を歪める魔法が付加された帽子なのだろう。貴族の令嬢と王族の騎士がいるのは確かに目立つからな。それにしても………。

 

「アクティブなお嬢様だな」

 

「女の子がみんな王女様みたいにお淑やかだと思ったら大間違いだよ?」

 

「お前らこそ、王族がお淑やかだなって幻想は捨てたほうがいいぞ」

 

アイセアがお淑やかだなんて的外れもいいところだ。笑いながら、戦場を蹂躙していくような女だぞ。

 

そんなことを考えつつ、冒険者ギルドの敷居を潜った。

 

 

 

 

 

 

 


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