機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED 作:葛西源次郎
今しがた大地を揺らした轟音は、誰かの命を刈り取ったのだろうか。
もしそうなら、それは敵か、味方か。ここまで来れば大差ないようにも思えるが、やはり味方が倒れ伏すのは見たくはない。死体が残ればの話だが。
「対MS歩兵小隊、通信途絶!3時の方角より進行中のジムが三機!いずれも健在、損傷は見えません!」
どうした、いつも声が小さいと上官に怒鳴られてるお前が今日はやけにいい声を出すじゃないか。焦りか、恐怖か、それとも自棄にでもなったか?
気持ちはわかる。だけど悪い。こっちはもう、自棄にすらなれん。
湧き出てくるのは、ただ乾いた笑いだけで。せめて、笑って死ねとでも言うかのように。
次の瞬間の爆風と轟音は、真面目にやれというお叱りか何かか。参った、左目が見えん。
ヘルメットは無事だが耳も聞こえん。ああ、これはヘッドセットが死んだか。集音機が破壊されたヘッドセットなど邪魔にしかならん。早々に投げ捨てる。
「対MS地雷、起爆を確認!ジム二機行動停止!一機は大破、もう一機は足を吹っ飛ばしました!……くそ!まだ動いてる、射線に出るな!」
「正面方向から戦車が二両!ああ、地雷はもうないんだぞ!」
「無事なジム一機も依然接近中!前衛、とにかく引きつけろ!こちらに意識を向けるな!」
思えばふざけた話だ。戦況の悪化した地球での戦闘で、モビルスーツの一機も無く補給陣地の防衛、それも輸送ラインの要所を守れときたもんだ。
軍人、それも現場組である以上、豪華な階級章の制服組の決定には逆らえん。部下共と足りない頭付き合わせて必死に練った作戦で何とか今日まで持ちこたえた。おらどうした、しっかり褒めろクソ。
だがそれも、昨日出てきた敵モビルスーツに砲兵陣地を消し飛ばされるまでのこと。
「中尉!ジム三機の増援を確認!いよいよもって駄目みたいですぜ!決別電報でも打ちますか!?」
「いいアイデアだ。できるだけ苦しんでから死んで来いとでも打っておけ」
そんなものを打つ余力があればだがな。
ここ最近見慣れてきた機体だ。連邦の新型、ジムってやつの陸戦改修機。のっぺりとした間抜けな面だが、性能は曲がりなりにも新鋭機。ベテランの減った我等ジオンの勇士たちがまた減らされる。
砂色のこいつ、聞いた話じゃ本来はもっとカラフルらしいな。一度見てみたかった。そんで、吹っ飛ばしたかった。
「腹くくるか。対MS弾頭は?」
「ついさっき撃ったので最後です!残りは全部、前衛共が持っていきました!」
ああ、そりゃそうか。前でやり合ってくれてる連中にくれてやらねえでどうするんだって話だな。
ジムのカメラがこちらを見る。ああ、クソ。最後の一服も、これは許されなさそうだ。
「曹長、悪かったな。向こうで会ったらぶん殴ってくれ」
「そりゃできません、部下共に中尉と一緒に殴られる仕事がありますので」
泣かせるじゃねえか。ほんと世話になったよ曹長、来世じゃ俺にみたいなのに捕まるなよ?
ジムの腕が上がる。手にはマシンガン。110mmだっけか?ああいいな、直撃すりゃ痛みも感じないだろうよ。
さあ、来い。幕をおろせ。でもって、てめえも早めにこっちにこい。
お前を殴る役目は―――おい、どうした連邦野郎。
お前、なんで頭吹っ飛んでんだ。
「砲撃……いや、モビルスーツか!?ちゅ、中尉!あれを!」
拡大スコープを構え……くそ、割れてやがる。目を凝らして見れば、そこには欲しくて欲しくてたまらなかった、故国の戦士の姿があった。
砂に汚れた緑の巨躯。力強く心強く光る単眼。手に持つはドラムマガジン式のマシンガン。
ザク。
MS-06 ザクⅡ。
俺達ジオンの兵士にとって戦争の象徴で、歴史を、戦争を変えた鋼の巨人。
ああ―――今更来やがって。
助かったよ、同士。
「ザク二機、サムソントレーラー一輌!援軍、援軍です!助けが来たんですよ中尉!我らは生き残った!勝ったんだ!」
アホ抜かせ。こんなクソみたいな状況を勝利なんて言ったら母国語の勉強からやり直しだ。
だが助かったのは事実だろう。今の爆音と爆炎は、おそらく足をやられたっていうジムのものだな。
気づけば増援のジムも一機吹っ飛んでる。あれは……バズーカは持ってないし、脚部のミサイルか。増援のザクは、どうやらそれなりに腕がいいらしい。
こちらに向かってくるサムソントレーラーは生き残りの回収か。
「曹長、生きてて歩ける連中全員で、生きてて歩けん連中をサムソンに放り投げろ!死んでて動けん連中には、別れの言葉は一人一言まで!」
「了解!歩ける奴らはコンテナヤードの奥までいけ!負傷者を連れていくのを忘れるな!」
死んだ連中に殴られるのは、まあもう少し後―――じゃねえか、これは。
「曹長、離れろ!!」
間に合うか?知らん。
視線の先のジムの銃口は、ザクではなく、間違いなくこちらを向いていた。道連れのつもりか、任務だけは果たすつもりか。どちらにせよ、こっちには迷惑でしかない。
「サムソン離脱しろ!!動けん奴ら、物陰に……!」
転がれ、とでも言おうとした瞬間。
数発の、銃声と共に。
ジムの手のマシンガンが炸裂して
俺は、生きていて。
「……あ?」
いや、流石に都合が良すぎる。今のは確実に死ぬ流れだったし、逃げる余地なんてなかった。
その原因があるとするなら、一つだけだろう。
「……もう一機の、ザク」
ジムの脇腹をヒートホークでえぐり取っていたのは、先ほどの二機とは違う新たなザク。
ジムはメインカメラの光を失い、その場に崩れ落ちた。爆発しない辺り動力炉は無事かもだが……位置的に、パイロットは肉体も残ってないだろう。
駆け寄ってきた曹長と共に、そのザクを見上げる。
俺たちを助けてくれた救世主たる巨人の姿に……俺は、聞き覚えがあった。
「……赤」
ジオン公国には多くのエースが存在する。その多くは愛機をその個性でカスタムし、そこから通り名が生まれる事も少なくない。
白狼と呼ばれたシン・マツナガなどはよく聞いた名だ。
そして、特に通った二つの名前。それは……
「……赤い、ザク」
共に。
赤いザク、が共通点ではなかっただろうか。
「『赤い彗星』……いや、『深紅の稲妻』、か―――?」
シャア・アズナブル。赤い彗星。
ジョニー・ライデン。深紅の稲妻。
会ったことなど、見たことなどない。
しかしその名は我等公国軍人には戦果の象徴であり英雄の証明。
宇宙で華々しい戦果を挙げているという『赤』がなぜこんなところにいるのか。そんなことは知らないし、聞くこともできるかどうか。
それでも、俺たちは今この赤いザクに……赤い、『傷面』のザクに命を救われたのだ。
「―――エースだ!」
考えることなど、同じ。我慢しきれなかったか、負傷兵に肩を貸したまま曹長が叫ぶ。
「彗星……いや、稲妻か!?どっちでもいい!ジオンに名高きエース、赤いエースパイロットが来てくれたんだ!」
感極まったその声に、兵たちの声が呼応する。
今まで話で聞くしかなかった宇宙のエースの到来に、そりゃ士気も上がろうというものだ。命を救われたとあれば尚更に。
響く兵たちの叫び。それはいつの間に勝鬨になってたんだ?援軍のザクたちは、すでに戦車もジムも片づけ終わっていた。やはり、エースの部下もまたエースというべきなのか。
……と、言葉にはしない。
何故?理由など一つだ。ふと沸いた、馬鹿馬鹿しい、しかし妙に違和感を伴った疑問。
こいつは―――
「本当に、あのエースのどちらか、なのか?」
砂と土、ヤニと灰がこびりついたコクピットの足元。
短くなった煙草を適当に放り投げ、そのまま踏みつぶす。
聞こえるのは、救援目標たちの歓声。
もう終わりという状況から一転した感情の振れ幅は、まぎれもない希望の声を上げさせていた。
……自身にとって、好ましくない名前さえ聞こえなければ、だが。
「……クソ」
悪態をつきつつ手を伸ばすのは、集音マイクの操作切り替えコンソール。普段戦闘チャンネルに合わせているそれを、手動マニュアルに切り替えて指向性と感度を調整。ノイズフィルターを噛ませて、サブカメラの映像と合わせつつ集音を開始する。
索敵は、まあ僚機がやってくれる。
これで、彼らの声がより鮮明に聞こえてくる。命永らえた歓喜も、友を失った慟哭も。
赤い彗星――――
いや、深紅の――――
などという、余計な言葉も。
「チッ」
配給の安煙草を一本ひねり出し、電熱線ライターで点火。吐き出す煙は苛立ちそのもので。
「あのエース様共が、こんな地球の辺境にいるわけねえだろうが」
何度繰り返したのかわからないやり取り。だが、勘違いされたままはトラブルの元だし、なによりも納得できない。
コンソールを操作し、外部スピーカーに接続。発声認識のオートスイッチに変更。これで、声を発すれば自然とそれが外部に届く。
さあ、いつもの作業だ。
「人違いだ、馬鹿野郎」
忌まわしい定型文を吐き出した。
静まり返る兵士達へと、大事な大事な『自己紹介』の時間だ。
「テオドール・ブルメスター少尉だ。指揮官は誰だい?」