機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED 作:葛西源次郎
「ハズマンド!ブロム!とにかく走れ!確実にここを離脱しろ!」
彼らの返答より早く、ハロルドの機体からバズーカの噴煙が上がる。
元は対艦用に開発されたその大口径弾頭は、直撃すれば紛れもない必殺。その破壊力に耐えられるMSは少なくともクランプス隊は誰も知らないし、見たこともない。
しかしその威力は発揮されることはなかった。
異形のガンダムはその発射が確認された刹那、即座にスラスターを噴かし側方へ回避。
空振りに終わった弾頭は遙か後方で爆炎と轟音を上げる。その音に、もう一つ重なる音があった。
「……流石にフレシェットじゃこんなもんか」
ぼやくのはミツヒロ。
ガンダムが地に足を戻す直前、そのシールドに複数回の甲高い直撃音と、装甲の一部が剥がれ弾け飛ぶ音。ミツヒロが対空用にと対艦ライフルに装填してあった拡散フレシェットを2発分叩き込んだもの。
通常弾頭のみの弾倉に詰め替えている時間はないと判断したか、それとも牽制か、装甲の強度を確認するためか。対MSではあまり効果がないとわかっていても撃ち、そしてシールドとはいえ直撃させた。
着地の瞬間という無防備な隙間を見事に狙うあたり、相変わらずいい腕をしている。
「カメラでも潰せりゃと思ったんですがね」
「かまわん、畳みかけるぞ。単機とはいえ油断はするな」
ガンダムは、相変わらず棒立ちのような姿勢でこちらを向いたまま。
「アレは、普通じゃない」
次の瞬間、ガンダムの動きはまた同じく奇妙なそれで。
右手に持ったマシンガンを、姿勢はそのままに肘の部分だけが俊敏に動き銃口を向ける。
「回避!」
テオドールの判断は危ういところだった。コクピット越しでもわかる、その弾丸が自機のかなり際どい場所を通過した気配。
見た目と挙動こそ奇妙だが、腕はかなりいいらしい。反射的に強くスラスターを使ったが、そうじゃなければ当たっていた。
しかしそれでも。例えガンダムなんて特別機でも。相手はMSで。
「殺せない道理はないよな………!」
弾幕をかいくぐり、こちらもマシンガンを撃ちつつ距離を詰めようとする。打突に使えるというあのシールドに注意しつつそれができれば、奴がマシンガンをサーベルに持ち帰る前に有利に事を運べるはずだ。
だがそう上手くはいかないか。テオドールは舌打ちを隠せない。
『レッドキャップ!そいつ、おかしいぞ!カメラの範囲外への反応が早すぎる!横から見てるとわかりやすいけど、そもそも見てない方向にも全部反応してやがる!』
「その通りだな。私の砲撃も全部反応されている。メインカメラが複数あるのか?」
ハロルドの言う通りだ。
さっきからテオドールが全力で引きつけていて、その視線は完全に集中しているはず。しかしそれでも、横から放たれたハロルドのザクのバズーカは全て躱されたしテオドールの攻撃も有効打にはなり得ない。
さっきから気味が悪いと何度言い続けたかわからないが、時間が経つほど、砲火を交わすほどにその思いは強くなっていく。
自分が相対している存在が何なのかわからない恐怖。
ただ強い兵士、だったらどれだけ気が楽だったか。
「カッ、噂のニュータイプってやつか?こんな化物だとは思いたくないが」
「ミツヒロ!いけるか!?」
さっきのフレシェット弾。あれが当たったのは、おそらく距離の問題と視認性ではないか。そう考えたのは、ハロルドもテオドールも同じ。
自分達が引きつけながらミツヒロが狩る。このパターンは、現状では最善手かもしれない。それに複数のカメラやセンサーがあるとしても、人間の目は二つだけ。頭は一つ。だったら、やれることには限りがある。相手の処理能力を徹底的に追い詰めてしまえばいい。
「いけますよ。こちのタイミングで?」
「それでいい。テオ、踏み込み過ぎるなよ!」
「わかってますよ!こいつ、憎たらしいくらい踏み込めねえ!」
「次弾、フレシェット。以降徹甲弾。ポジション確保。いけます」
マシンガンを撃ちつつ、相も変わらずやる気があるのかないのかわからない動きで立ち回るガンダム。
行動とその結果そのものは的確であっても、課程があまりにも不自然だ。モーション関連のインプットが未だ不完全なのか。もしそうだとすればなぜこうして前線に出てきたのか。どれもが、考えてもわからない。
アストは今頃吐き気を抑えているのではないだろうか。写真でアレだったのに、こんなテオドール達でもわかる違和感を直に見たらそれはもうキツいだろう。
「やれ、ミツヒロ!」
ガンダムがマシンガンの弾倉を交換するタイミングで、それを逃さぬとミツヒロの狙撃が襲いかかる。
一発目は残っていた拡散フレシェット、続く次弾は宇宙用艦船を破壊するために生み出された徹甲弾。後者がもしも直撃すれば、耐えられるMSがいないのはバズーカと同じ。
一発目、拡散フレシェットはその小矢をガンダムの身に掠らせる。頭部に僅か当たったか、象徴とも言えるV字型アンテナの片方は弾け飛び、メインカメラを保護していたバイザーが砕ける。
二発目の徹甲弾も直撃とはいかなかった。ミツヒロは唇を噛むも、戦果が無いわけではない。その大口径弾頭はガンダムのシールドの端に当たっただけで上部半分を抉るように砕いた。一瞬見えたスパーク、恐らくグフのものを流用した左手も無事に済んではいない。
しかし、それでも。
「今の、躱すのかよ………」
通信でぼそりと聞こえる狙撃手のぼやき。
ミツヒロは二発目の徹甲弾を確実に当てるつもりだったし、自信もあった。完璧なタイミングと、完璧な死角を確実に撃ち抜いたはずだった。
その上で、ガンダムは僅かな軌道変化で被害を最小限に押しとどめた。一体どんな視野をしているのか。どんな感覚をしているのか。
アストの語っていた嫌悪感の実感はどんどん増していく。
そして、次の動きは劇的だった。
「まずい、ミツヒロ!その場を離脱、合図あるまで離れ続けろ!」
ガンダムは自分に有効打を当ててくる相手が最優先と判断したか、狙撃の弾道からミツヒロの位置を把握して向き直り、大きくバーニアを輝かせる。
狙撃手の懐に入られるわけにはいかない。ミツヒロに指示を出すと同時に、テオドールとハロルドのザクもまたバーニアから光を放ち標的に追いすがる。
「隊長、斬り込みます!」
「援護する、いけ!」
マシンガンの残弾で弾幕を放ちつつ、左腰のヒートホークを装備。
スラスターの過熱のギリギリを見極めながらの最高速で、こちらに背を向けたままのガンダムに追いすがり、振りかぶる。
「止まれ、クソ野郎が………!」
テオドールが、いざ焦熱の刃を振り下ろそうとした時。
異形のガンダムの首が、グルリとこちらを向いた。
「………はぁ!?」
ペダル操作が間に合ったのは運がよかっただけかもしれない。
180度グルリと回ったその視線は間違いなくテオドールを捉えていて。そして背筋を走る悪寒に従って全力で回避を試みた瞬間、信じられない光景は重なってやってくる。
体の向きはそのままに、腕が回ってこちらを向く。
肩と上腕の付け根、そこがぐるりと回転するようにしてマシンガンの銃口がはっきりとこちらを向くのが確認できた。
「………っざけんな!」
バランサーの警告音を無視し、倒れ込む勢いでの緊急回避。アストに怒られながらも色々弄っていたのが、こんな時に役にたつ。
前に出すことになった右肩に装備されたシールドがすさまじい音を立て、コンソールには右肩を赤く光らせた警告画面。それでも、直撃は防いだし戦闘不能にはならない。この後の追撃が来なければ、だが。
「離れろ!」
弾切れになったバズーカ一門を放り投げ、マシンガンに持ち替えたハロルドの援護射撃。正確にガンダムを捉えていたはずの照準はまたも躱されたが、テオドールの赤い愛機がその場を離れ立て直すには十分時間が稼げる。
直後、ガンダムが一瞬宙に飛んだかと思えばその脚があった場所に轟音と共に舞い上がる砂塵。
聞き取れなかったが間違いなくミツヒロの怒声だろう。だんだんと癖を読まれでもしてるのか。またも、この化け物は視界外からの狙撃を躱して見せた。
「テオ!損傷を報告しろ!」
「シールド半分、抉り飛ばされましたよ。右肩が多少呻いてますが、戦闘続行に問題はありません」
続く爆音と砂塵。ミツヒロの狙撃を躱すためにガンダムはクランプス隊から距離をとり、それによって再び仕切り直すことができる。ああ、本当に上司も部下も優秀だとテオドールとしては頭が上がらない思いだ。
しかし、あの首と腕の稼働。それだけでも既存MSに見られるものではないし、完全に意表を突かれた。ハロルドがいなければ間違いなく愛機と共にスクラップになっていた。
そして、首がグルリともう一度元の位置に戻ったそいつはもう一度体ごとこちらを向き、また棒立ちのようにこちらを見やる。
テオドールはここで、あの一瞬の交錯で見えたものが間違いでは無かったとはっきり確認できた。
お初にお目にかかったつもりが、随分と見慣れたお顔をしてらっしゃる、などと内心毒づき。
「………一つ目のガンダム、ねえ」
「ガンダムが、モノアイ………だと」
サムソンの車内でその言葉を発したのは、アストでもクイントンでもなくルフィーノだった。
ミツヒロのフレシェット弾で砕け散ったバイザーの下に見えたのは、連邦軍兵士である彼からしてみればとても信じられないものだったはずだ。自軍の御旗たるはずの存在に、敵軍の象徴が宿っているなどどうして思いつこうか。
そしてそれは、その一つ目の輝きを象徴とするジオンの兵士にとっても同じ事だ。
「本当に、あれは諸君の知らない存在なのか?」
「残念ですがその通りです。我々の不勉強、で片付けるには少々場が重すぎる」
軽口はそのままに、クイントンの顔は険しい。スキンヘッドをつるりと撫で上げるコミカルな仕草も、誰が見たって焦りを押さえようと必死になっているだけと看破できるだろう。
車外とモニターと計器を交互に観測し続けているアストはそれ以上だ。かなり無理矢理積み込んだ機材が車内を圧迫している狭い空間で、彼の焦燥は容易に伝わる。
「なん、だよこれは………クソックソックソッ。既存のデータに無いどころか、マジの素人設計にしか見えない。何がしたくてあんな作りにしてるんだ。スクラップの寄せ集めじゃないのか。駆動もジオンの流体パルスと連邦のフィールドモーターとどうやって組み合わせてるんだ」
メカニックがどれだけ脳内の知識と手元の資料を参照しても理解できないその存在。
嫌悪感はとどまること無く沸き続け、やがてアストは一つの決断へと至る。
「各機、そいつの捕獲は諦めます!とてもじゃないが、こんな得体の知れない相手は手に負えない!」
『そうか、一応捕獲の指示だったな。余裕が無くて忘れてたぜ』
「レッドキャップ!さっき見たろ、そいつの動き!あんな駆動をするMSなんて見たことが無い!それ以前に、そいつに死角は無いものと思ってかかってくれ!」
『簡単に言いやがる』
「他に言い方があるか!」
いつも通りのやりとり、しかしそこに余裕は無く。
「アスト坊や。少し落ち着きなさいな」
「軍曹、無理言わないでください。そもそも設計コンセプトも読めない以上、対策なんてどうしろってんだ。急造品にしても………あの動き、まるで出来の悪い人形だ」
回転する腕や首の関節。腕の垂れ下がった棒立ちのような基本姿勢に最低限の腕の動き。
確かに言われてみればそうだ。慣れてない人間が、出来の悪い操り人形を無理矢理動かそうと四苦八苦しているような。しかしそれでいてこの戦力とは、冗談にしても悪すぎる。
ククッと、喉を鳴らすような含み笑い。次に聞こえてきたハロルドの声は、どこか悪戯小僧のようで。
『アスト、いいじゃないか。それだ。そろそろ呼び名が欲しかったところだし、ルフィーノ曹長殿はアレをガンダムと呼んで欲しくは無いだろうしな』
ガンダムのガワを被った一つ目の何かは、一歩ずつこちらに歩を進めてくる。
最前線での近距離戦闘の最中にゆっくり歩行で移動、など普通なら鼻で嗤われそうなものだが。今ここで撃ったところで間違いなく適切に奇怪に回避されることは容易に想像がつく。
人の道理、なにするものぞ。
その様子はまさに、人形というべきものか。
『MSに、ガンダムになろうとしている出来の悪いお人形。素敵なお名前が必要だろう』
ああ、なるほどと。アストも、流石に察することができた。
いつも通り穏やかな口調で、しかし中身は嫌みと皮肉で。これは、さしもの隊長も相当頭にキているなと。テオドールのうへぇという声が小さく聞こえて、今ばかりは問題児レッドキャップに強く同意できそうだ。
ああいう人を下手にいらつかせると、大体碌な事が無い。
今まさに命名式を行われるガンダムくんは、品定めするかのようにその一つ目でぐるりと舐めて。
『ピノッキオ』
話の中で右肩の調整を終えたテオドールがヒートホークを構え、ミツヒロは時を待ち息を潜める。
マシンガンのドラムマガジンを交換し、ハロルドはその名をもう一度口にする。
『これより、眼前の不明敵性存在をピノッキオと呼称する』
一つ目が光る。ザクのそれも、『ピノッキオ』のそれも。
『各機、これより我が隊は方針をより明確に。敵性存在『ピノッキオ』を、武力を以て撃破、排除する。総員………攻撃再開!』
奇しくも、バーニアが前に進むための力を吐き出したのも、また同時だった。
離れた位置、狙撃ポイントにてミツヒロは眉間に皺を寄せたままだった。
攻撃再開の合図と共に、交換した弾倉の初弾を撃ち込むもこれも当たらず。それも明確に意図的な回避の結果ともなれば狙撃手としては腹が立つ以外に何があるのか。
「だんだん、動きが的確になりやがる………一発くらい、しっかり当たってくれっての」
その一撃で確実に殺すから、と。喉の奥に飲み込んで。
もう一発、定めた狙いに対艦用徹甲弾を放つ。
地上用にある程度改修してあるとはいえ、元が元。銃身から放たれる衝撃波と巻き上がる砂塵、目を灼く閃光はすでにライフルと呼べるそれではない。放つ度にこれだから毎度移動を余儀なくされるしポイントの確保に苦心することになる。
「隊長。見つかった後だ、少し移動を増やします」
「了解だ。確実にいけよ」
やっている事はほとんど砲兵だ、とハロルドに笑われたのは今でも覚えている。それでもこのライフルを使い続けるのを認めてくれて、自分を上手く活かしてくれた。
軍の仕事は面倒だし、やる気が失せることなんて日に何度もある。それでも、やる事はやるし、ハロルドの、クランプス隊の役には立ってみようと。
柄にもなくそこだけは譲らなかったから。
「敵を殺す、それくらいは………狙撃手としての最低限の仕事はやってやる」
だから、とっとと終われと。
あの優しいおっさんと馬鹿な同僚達が戦争から離れる選択もできるくらいの世の中よ、早く来いと。
そのための飛ばせないステップだと言うのなら。
「だからとっとと死ねよ」
チョロチョロと小賢しい、得体の知れない出来損ないの人形を。
「じゃねえと終わらねえんだよ」
次こそ殺すと、偽装外套をはためかせながら次の射撃地点を定め足を止めて。
「このクッソめんどくせえ戦争がよ」
狙いを定めて。
殺意を装填して。
息を止めて。
そこで、僅かに見えた光がミツヒロの頭を瞬時に冷やし切った。
「………あれは」
戦闘中の自隊と離れたサムソン、それと人形野郎。
それらとは全然違う、射線の更に先に見えた光。
「嘘だろオイ。このタイミングで、それは無いだろうが」
アストに発光カラーパターンを解析してもらう必要もない。あの光なら何度も見てきたし、何度も殺意を撃ち込んできた。
それがこのタイミングで、確認できるだけでも四つ。偶然この位置に陣取らなければもっと発見が遅れただろう。運がいい、とでも言わせたいのか。
外部の強化センサー類を最大限働かせて確認する。狙撃仕様の自分の機体でギリギリ見えるか見えないかならばまだ少し余裕があるはずだ。まず間違いないと想定はできてもその正体は確実に暴かなければいけない。
「いや、想定はしてたさ。だがこのタイミングは、無いだろうよ………」
テオドール達も話していた懸念事項。それが今、確実に接近しているという現実。そしてそれが、よりにもよって今という唾棄すべき事実。
ギリギリまで望遠をかけた映像に補正とノイズフィルターをかけ、出来る限りに鮮明にした映像。
それでもまだまだ荒いが、流石にこれは見間違えない。
「数は四………ああ、クソ。何がひでえって、この状況でお越しになられたことだクソが」
それは単純な戦力の問題ではない。
盤面に新たに加わる駒が、果たして何色なのか。そこを見定めるところから始めなければいけない上に、相手に握られた半強制的な先行の権利。
モニターに輝くのは、のっぺりとした顔の大部分を占めるメインカメラの光。
対MS歩兵小隊を救援した時と同じ砂色のカラーリングに、恐らくマシンガンと、何かデカい兵装。バズーカ、のようなものか。
そして、大きな手持ちタイプのシールドに見えるイエローの十字マーク。
「隊長、テオ、アスト、クイントン。狙撃手から全員に、素敵なニュースの時間だ」
このまま握りつぶせるかもしれない、なんて思うほどに。強く、強くレバーを握りしめる。
「連邦のMS。恐らくジム。数は四。現戦闘区域に接近中。乱戦になるぞ」
さて、大詰めだ。ここでクイズの時間。
「『ピノッキオ』にとって『どっち』かは………今は計りかねます」
このヤンチャなクソ人形は、テメエ等の身内か?敵か?
そのくらい、さっさとはっきりさせやがれ。