機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED 作:葛西源次郎
地球は平等だ。街にも山にも海にも、戦場にだって毎日朝は来る。
洗ったばかりの顔に砂埃が舞うのに顔をしかめながらも、テオドールは体を伸ばして眠れたこと、そしてまだ呼吸できていることを素直に感謝できた。
昨晩遅く、対MS歩兵中隊と合流を果たした頃にはクランプス隊プラス一名は既に疲労困憊で、事態を実際に目にしたことで盛大に焦ったアクス中尉率いる歩兵部隊の面々にまるでVIPかの如く労われることになった。
歩兵中隊が設営した仮設陣地で喉を潤し空腹を満たした後、ハロルドとアクスを中心としてミーティングが行われた。発生した事態、確定した情報と推定される事柄、未だ不明なこと、それら全てを共有していく。
その中でもやはりというか、中心となったのはピノッキオと名付けられたガンダムもどき、そしてそれを捕獲しに現れた連邦部隊。
「夢に出なかっただけでもよしとするかね」
朝の一服を深く深く吸い込み、ため息と共に風に舞わせる。あんなものに夢でまで追いかけられたらション便でも漏らしそうだ。
サムソンまで歩いて行けば、あちこちから兵士達の声が聞こえてくる。
慌ただしく動き回る友軍の兵士達。自分達ももう少し早く起床して手伝う手筈だったのだが、アクス中尉とウィリア曹長はそれを全力で押し止めてきた。最前線でそんな化け物を相手に戦ってきた人間は少しでも長く寝て休んでくれ、と。あの必死さから、よほど自分達は酷い有様に映ったのだろう。ホラー映画もかくやだったのかもしれない。
まあ、現状あの標的に対する最高戦力である以上少しでも消耗させたくないというのも多分にあるのだろう。寝不足で被弾して死にました、は勘弁して欲しいのは確かだ。
「中尉、おはようございます」
「おう、ミツヒロ。おはようさん。どうだ調子は」
「テントってのはいいですね。ザクのコクピットで眠るより、全然疲れがとれる」
それは、全パイロットが心の底から同意することだ。
移動中の仮眠などはザクの中でとることも多いし、そもそも明確な母体をもたない遊撃部隊の性質が強いクランプス隊は壁や屋根がある場所で眠れないことだって少なくない。
それを考えれば、仮設であっても壁と屋根があってベッドがあるというのはこの上ない贅沢に感じられるものだ。
「隊長はアクス中尉と話をしてます。結局、昨日は上に通信が繋がらなかったそうですし」
「今日もう一度やってみるんだったか?」
「ええ。手持ち機材でどうにかなるかは不明ですが、幸い優秀なアドバイザーを得たことですし」
その言葉に、テオドールは思わず喉を鳴らして笑ってしまう。そういえばそうだった。まったく、本当に人生も戦争も何が起きるかわからないものだ。
サムソンの荷台に登り、物資の中からとりだした食料を一つミツヒロに投げ渡す。食べ慣れた、もしくは食べ飽きた味のパック式軍用携帯糧食。化学反応で簡単に加熱することができるタイプのものもあるが、生憎在庫が切れている。
野外用テーブルなんぞ出してくるのも面倒だ。どうせ片手でも食えるものだと、テオドールは歩きながら袋を破る。ミツヒロもそれに追従した。
豆類が混ぜられた細長い長期保存用のパンは堅く、口の中の水分を奪う。腹持ちがいいのは認めるが、もう少しどうにかならないか、とは常々思うことだ。
「ひどく不味いわけじゃねえがな」
「俺は割と好きですがね。出発前に珈琲飲んで口直ししたらどうです?」
「そうするよ」
隊長の嗜好もあって、この隊では補給ができるときには可能な限り珈琲を仕入れるようにしている。そのあたりも隊長やクイントンあたりが上手くやっているのだろうが、物資の限られるこのご時世に本当にありがたいと同時によくやるとも思うもの。
ふと視線を横にずらしたミツヒロがその歩を止める。
その先に映る光景に気づいたテオドールもまた足を止め、そちらに進路を変えて近づいていく。若干、ニヤニヤと笑いながら。
「ようアスト、おはようさん」
「おはようさん。ミツヒロ曹長、おはようございます」
「この態度の差だよ。どうにかなりませんかね、先生」
野営用テーブルに座るアストの向かい。そこに座って通信機材を弄っていた、傷だらけの強面の男。
あちこち焦げ付いた連邦の軍服からシンプルなシャツに着替えた昨晩のゲスト、ルフィーノ・フエンテスは呆れたような顔でこちらを眺めていた。
「通信機材の扱いについてアドバイスするとは言ったがね。礼儀作法までは面倒見れんよ、少尉殿」
昨晩、捕虜として対MS歩兵中隊に合流時まで連行………というか同行していたルフィーノ。その処遇についてはそれなりに長く話し合われたが、結論として出たのはこの特殊な状況でなければあり得ないものだった。
その話し合いの最中、なんとか中隊の上位組織、母体である通信偵察大隊に連絡をとろうとアストとウィリア曹長で奮闘していた。しかし、結果は芳しくなく。そのことを知ったハロルドが、ある提案をした。
その全てが通ったわけでは無かったが、事態が事態であり、なおかつ本人も現状を認識した上で大人しくしているというのもあって何点か変更された上でその処遇が決定されたのだ。
そして現在、我等が毒蛇アスト伍長は彼に通信機器のノウハウを叩き込まれているところだ。
「昨日までの俺に言ってやりたいものだ。『お前はガンダムに襲われてジオンの捕虜となり、好待遇を受けながら通信機器の指導員を務めることになるぞ』と。安酒の飲み過ぎで見た幻覚としか思わんだろう」
ルフィーノ・フエンテス連邦軍曹長に下った処遇。それがこれだ。
ルフィーノは元々通信偵察隊の下士官、つまりはエキスパートだ。兼任でやっているアストやクイントンより知識も経験も豊富だし、クランプス隊が来る直前に多くの死傷者を出した第132対MS歩兵中隊も多くの通信手が失われた。その穴は想像以上に大きいし、今回のような通信不良への適切な対策だってかなわない。
要するにだ。
一つ。捕虜であるルフィーノ・フエンテス連邦軍曹長へ、ジオン公国地球方面軍第132対MS歩兵中隊およびクランプス隊への通信機器関連の技術指導を命ずる
一つ。同意するのであれば、報酬として当部隊下士官相当の食事および衣類その他を提供することとする。
一つ。連邦の通信機材や手段の機密を明かすことは求めない。ただし自発的な情報公開は別とする。
一つ。自衛手段としてであっても武器の携帯は認められない。
一つ。アルコールおよびタバコなどの嗜好品の提供については、両隊下士官以上の者の判断とする。
一つ。以上の条件を問題なく履行したと認められた場合、コード『ピノッキオ』の拿捕もしくは撃破が確認された後に、適切な武装解除を確認し2日分の糧食および飲料水を提供した上で解放することを約束する。
捕虜への扱いじゃねえな、とテオドールはその場で思いっきり笑ってやった。一番そう思っていたのは間違いなくルフィーノ本人であろうが。
敵味方の区別すらも慎重にならざるを得ない、というよりは疑心暗鬼にすらなってしまうこの特殊な状況下。そして、仇敵たるピノッキオがほぼ間違いなく純粋な連邦所属の存在ではないと判断された今。ルフィーノからしてみても、どうせ自由にならないのであれば部下を殺した怨敵を討つという共通の目的がある分承諾もしやすかった。
しかしそれでも敵への協力というのは真っ当な軍人であれば躊躇うものであるし、あまりにも破格なその条件は疑ってかかってしまうのも無理は無い。
それでもこうして了承したのは、ハロルドの説明時の丁寧な物腰と、勘違いで怒気を向けたあの時以外にクランプス隊から攻撃的な意志を受けたことが無いからだろう。
こうして。全てを割り切ったとは言いがたいものの、通信のプロであり優秀な先生・教官として未熟者を鍛え上げているわけだ。
「アスト君の飲み込みがいいのも、褒めるべきか畏れるべきか………」
「ま、原隊に復帰した時には雑な扱い受けてて面倒だったとでも言っておけばいいさ」
「適当すぎるだろう。まあ、機材も勝手も違うが、それでもやれるだけはやってみるが………」
「この男の言うこと真に受けない方がいいですよ」
第一の目標は、対MS歩兵中隊の上に当たる大隊への通信。これは今講義と平行して進めているものであって、対ピノッキオの方針を決めるに当たって何よりも必要となる。
大隊の通信兵もまさか思うまい。今連絡を取ろうと頑張っているのが連邦の下士官などとは。
「飯は食ったかい?」
「いただいたよ。本当に下士官と同等のものをもらえるとはな」
「もらえるもんはもらっておきなよ。さて、通信の状況はどうだい」
「それが………」
ミツヒロの問いに、アストは顔を曇らせる。頭を搔いてしかめっ面を見せるのはその先生。
「どうにも、これは機材だけの問題では無いな。そちらの通信担当達は君達が思っていたより優秀だよ」
その手にある紙には、一見乱雑な、しかししっかりとしたデータである通信状況の波形が記されている。
専門職では無いテオドールは、確かにこれは何かおかしいと思いつつもプロの次の言葉を待つ。
「間違いなくミノフスキー粒子だな。我々のいるこの場所では無く、そちらの大隊の位置。もしくはその中間で極めて濃度の高いミノフスキー粒子が存在し、通信が遮断されている」
「戦闘があったってことかい?」
「確定はできん。しかし、例の化物の出現とは違う方角だ」
地図の上に張ったフィルムに書き込まれているのは、予想されるミノフスキー粒子の散布エリアか。地形図と合わせていることから見ても、やはり専門職は検討する項目から違うと言うことか。
しかしそうなってくると現状こちらで打てる手が無いということになる。
もう一度、隊長達を交えての方針会議ということになるか。テオドールもミツヒロも、そう思いながら面倒くさいという気持ちをアイコンタクトで交換した。
「山だ」
しかしそれを見ることも無く、ルフィーノは地図のある一点を指し示す。
そこにはそれなりに標高の高い山がある。そこに書き込まれていく、一見規則性のわからない線。これは、登れということか。
「完璧というわけでは無いが、手段の一つではある。標高の高い山や周囲で一番高い場所、そういった場所の頂点は通信が回復しやすい。これは旧世紀から変わらんことでもあるが、ミノフスキー粒子環境下でもそれなりの効果がある」
「そんなに単純なのか?」
「完璧では無いと言ったろう。しかし、山頂などからであれば粒子の薄い上空を通り道にすることで不完全でも電波を届けられる事はある」
理屈はわかる。同じ場所であっても、ミノフスキー粒子の濃度は谷の有無や高度、様々な条件で変動する。これはよく知っているし、軍学校の時点で誰もが叩き込まれることである。その薄いところを突く、というのは定番であるしその読み合いは戦場の常だ。
しかし、じゃあ高い山に登りましょう。というのがどれほど危険なことか。それも、十分にわかっている。
「見晴らしの良さそうな山だな、おい」
「ですね。偵察機にも、爆撃機にも、よく見えることでしょう」
みんなで仲良く登山と洒落込んでいる時にもしも連邦の航空機が来れば。それはもう、手軽な得点稼ぎとしてこの上なく楽に狩られてしまうだろう。
MS全盛とはいえ、航空機の脅威は決して無くなったわけではない。それどころか、ジオンの支配力が日に日に弱くなっていく今の地球圏ではどれほど警戒しても足りない危険な存在だ。
元々MS登場以前は主力であった航空機。それも連邦からすれば以前から運用していたものであり、練度は決して落ちていない。
コストの問題や機動性、様々な要素も重なって偵察や地上部隊への攻撃という面では今でもMS以上に猛威を振るい続けている。
「だから完璧ではないし、これをすぐにやれなんて言ってるわけでは無い。あくまで案の一つとして捉えてもらえばいい。他の案も考えているところだ」
「しかし熱心だね。こちらとしては助かってるが」
テオドールがタバコを一本突き出した状態で箱ごと差し出すと、ルフィーノは軽く会釈してそれを受け取る。
それに火をつけながら、またペンを走らせて。
「少なくとも、あの人形野郎を潰さないといけない、潰したいという一点では同じだ。それまでは、やれることはやるさ」
テオドールとミツヒロは肩をすくめる。
部下の敵討ち、捕虜という現状。理由はどうあれ、その日が来るまではしっかりやってくれるようなのでこっちとしては文句は無い。
軽く一言かけてルフィーノ先生とアスト生徒から離れると、その脚が向かうのは自らの愛機。
そこに刻まれた昨晩の傷跡を見て、改めて面倒くさいと頭を押さえる。
「戦闘に支障は無い、とはいってもなぁ」
傷面の沈み込んだ赤いザク。もとより細かい傷などは山のようにあるとして、右肩に備え付けられたそのシールドは見事に破壊されていて半分程度しか残っていない状態だった。
「右腕、損傷少ないのが幸いでしたね」
「シールドの大切さがよくわかったよ。無ければ胴体に当たってた。まず爆散だったろうよ」
昨晩の戦闘から撤退し、合流後にアストがメンテナンスした結果。テオドールの赤い愛機の右腕にはそこまで酷いダメージは無かった。当日の毒蛇君の頑張りだけでなんとか整備できたし、あとはパイロット本人の簡単な調整だけでいいとのこと。半分ほど削られてしまったシールドは本格的な補給まで仕方ないとして、役目を果たしたのだから十分すぎる。
どんな腕を持ったパイロットであっても、完全に被弾しないなど無理な話だ。被弾が避けられないとなった時に、死にたくないのであればどう動くか。
MSの各部の強度を頭に叩き込め。これを繰り返し唱えていたのはなんという教官だったか。
「補給時には、ちゃんと赤い塗料も一緒にもらわなきゃなりませんね」
「蹴り飛ばすぞテメエ」
とはいえ、シールドだけ元のカラーというのも収まりが悪い。いっそ隊長のように両肩だけ黒く塗ってしまうか。
「お前はどうなんだ。被弾は無くても、随分弾使ったろ」
「対空用のフレシェットは残り五発だけ。徹甲弾はまあ、大丈夫でしょう」
「航空機の話した後だと、ちと心許なく感じるな」
さっさと補給をなんとかできないものか。ここ最近、地球のジオンの懐事情は本当に寂しいものになっている。
ハロルドが戦闘中のとっさとはいえ放棄したバズーカもそうだし、必要なものほど足りていない。武器が無い軍隊はただの碌でなしの集まり以下だ。
サムソンに積んである物資だってこの後補給を受けることができなければ減っていくばかり。いつの時代も、補給は軍隊の生命線だし一番頭が痛くなる点で。
「連邦の物資を奪うでもいいんだが、先生には見せられんな」
「安心しろ。少し考えてあるよ」
振り向けば、そこには珈琲の入った金属カップをトレイで運ぶハロルドと、疲れたのか首の骨を鳴らしているアクス。二人に珈琲を取れとトレイを突き出してくるので、ありがたくいただくことに。
「お疲れ様です。話し合いはもう?」
「ああ。一応、本日の方針自体は決まった。流石に現有戦力で、連邦がうろついていることがわかった予定地点までいくことはできない。ピノッキオの戦力自体が想定外だったのもあるし、また連邦と乱戦になることは避けたい」
「そもそも、そこがわからなかったんですがね」
ミツヒロが珈琲を口にしてから切り出してくる。
「あいつ、連邦のあのジム部隊と戦ってどうなったのか。まだ確認はできてないですよね」
「そうだな。だが、奴は死んだだろうという仮定で動くかね?」
冗談じゃない。そんな自殺行為はまっぴらご免だ。
生きてる死んでるがはっきりしないなら、この場合は生きていることを想定して動く他無い。楽観的に考えておいて、横合いから殴りつけられてはい終わり、は間抜け過ぎる。
それにこれはあくまでも考えでは無くテオドール個人の予感だが、あいつは死んではいない。
ジム四機。確かに少ない戦力ではないし動きも悪くは無かったが、それで仕留められる相手なら今こんな苦労事にはそもそも発展していないはずだ。
連邦部隊が撤退したか、全滅したか。それはわからないしピノッキオも完全に無傷とはいかないかもしれないが、恐らくアイツは健在のはずだ。願わくば、できるだけダメージを負った上でしばらく出てこないでくれと心の底から願う。
「常に最悪を想定しろ、というのは我々の基本だろう。アクス中尉、説明をお願いしてもよいかな」
「ええ、もちろん。今クイントン軍曹が細かいことをうちの連中と一緒に詰めてくれている。本日この後、我々が向かう場所とその行動についての話だ」
広げた地図に、様々書き込まれた透明なフィルムを重ねる。のぞき込めば、あるポイントに書き込まれた赤い丸印。
にやり、と。アクスが髭の伸びた顔を悪戯っぽく歪ませる。
「よろこべ諸君。こんな地獄でも、多少はいいこともあるものだ」
赤い丸の横に書き込まれた、『グルファクシ』という文字。
ハロルドがそれを指さし、こちらもまた悪戯っぽくにやりと笑い。
「馬を捕まえるぞ」
そんな一言だけ、心底楽しそうに言い放った。