機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED 作:葛西源次郎
『こちらサムソン。レッドキャップ、問題は無いか?』
「馬鹿みたいに眠くなりそうなこと以外はな」
言い終わってからまた新しいタバコに火をつける。
即席の仮設陣地を引き払い、行動を開始して数時間。昼飯にいつも通りの戦闘糧食を食ってから、どのくらい経ったか。
ミツヒロのザクを先頭に斥候を行いつつ、テオドールとハロルドの機体が進む。その背後に続くのは、サムソンとは違う大型トレーラーと数台の装甲車。荷台にまで人を乗せて、ザクの後方を速度を合わせて走り続けていた。
「相変わらず大隊との通信は繋がらないままなのか」
『その通りです。八方手を尽くしましたが結果は無情のノイズのみ。その副産物と言っては何ですが、今回このようなことになったわけです』
「クイン、『馬』は予定通りの場所に移動中なんだったな」
『そのように聞いています。定期的に連絡を取ることになっていますので、何かあれば私の方から告知をと』
それにしても大所帯での移動になったものだ、とテオドールはサブモニターに映る背後の隊列を見てしみじみと思う。少数編制のクランプス隊に慣れてる身としては何かと新鮮でもあるが同時に勝手がわからない。
百人ちょっとの人間を引き連れて長距離移動、なんて経験は未だ経験したことの無い領域だ。ついでに、荷台で風に晒されてる連中には同情するしか無い。幌でも用意できなかったものか。
「あまり先方をお待たせするのもな。ミツヒロ、周囲に異常は無いな?」
「静かなものです。このあたりは粒子も薄い。だからこそ、大隊のいるであろう方面になにがあったって話ですが」
あの後もギリギリまでアストとルフィーノが検討を続けたが、やはり大隊がいるであろう方面にミノフスキー粒子のカーテン、もしくは大隊のいるエリアそのものが粒子に覆われている可能性が高いと判断された。
それが戦闘によるものなのか、行動時の警戒のための散布なのか、また別のものか。そこまでは判断できない。
しかし、周辺の友軍を含めて通信を試みた結果、思わぬ相手を見つけることができたというわけだ。
「『グルファクシ隊』。地球圏の昔話の名前をつけたがるのは、どこも一緒なのかね」
グルファクシ。地球圏の古い神話に登場する、『金のたてがみ』を意味する名の伝説上の馬。
その名を冠した友軍部隊が近隣で活動していることを知り、クイントンが交渉を行った結果その部隊から補給を受けられる運びとなり、向こうの移動ルートに合わせて合流のために出立したというわけだ。
ピノッキオ狩りの任務は継続しているとはいえ、補給も無しにいつまでもやれるわけではない。出現情報のあるエリアともそう離れていないこともあり、グルファクシ隊の短期間の護衛も兼ねてということになる。
そもそも狙いがわからないあの狂った人形は、何を狙って出てくるかも定かでは無い。グルファクシ隊が襲撃されないという保証などどこにもない、というのもあるが。もしそれで出てきてくれれば、双方の戦力を合わせた状態で迎え撃つことができる。そんな打算も含まれていたりする。
「あちらさんとしても、そんな得体の知れない化物がいると聞いてしまえば不安にもなるさ」
「クイントンの奴がどんな交渉しやがったのか、正直知りたくねえですよ」
信用していないわけでは無いが、普段から演技じみた喋り方なこともあってか若干不安を覚えるのも無理は無い。
砂漠の風は未だ治まる気配は無く、合流後には一度センサー類をメンテしておきたい。危険はピノッキオだけではなく、例の連邦部隊のお仲間など数え切れないほどにあるのだ。目と耳は常に清潔にしておくに限る。
話を聞く限り、グルファクシ隊も自前のMS戦力を保有し、整備環境などもこちらより断然整っているとのことだ。まあ、『アレ』は元々そういうものだし、何度か羨ましく思ったこともある。その環境をお借りすることができればアストの負担も多少は減るだろう。
まぁ、ミツヒロのライフルの弾についてはそもそも地上部隊が持っているのかという不安しか無いのだが。
『で、俺はサムソンからできるだけ出ずに、軍属の民間技師ということで通せばいいのだったかな』
「おう、悪いが頼むぜおっさん。別に正直に話してもいいんだが、面倒は減らしたいんでね」
無線から聞こえるのはルフィーノの声。立場がただの捕虜と言うには特殊すぎる彼は、話し合いの結果ジオン系列の民間企業から出向している通信技師と言うことで通すことになった。
ルフィーノ自身も手間が減るのであればと承諾はしていたが、ため息の数からして色々頭が痛くなっているということか。
『バレた時に余計に面倒になるのでは無いのかね』
「そん時はそん時でしっかり説明すればいいさ。捕虜に通信機器預けてるなんて説明した方が手間が増えるだろ。バレなければ万事穏やかに終われるってもんだ」
『ならいいがね。厄介事になって、ケツを蹴り上げられるのは御免被りたいものだがな』
確実にそうとわかるように滲ませた嫌みの色。
だとよ、レッドキャップ。というアストの毒も追加で飛んでくる。
これに関しは口を噤むしか無い。
きっかけは、出発の少し前のことだった。
「さて、行動の基本は決まったな。アスト、弾はもう積み込んだんだったな」
「とっくに終わってるよ。センサー周りはそっちでやってくれ」
クランプス隊他一名での作戦の情報共有が終わったところで。通信機材その他を小型コンテナに収めていくのを手伝いつつ、いつもの軽口をたたき合っていた。
「君達には階級というものが無いのかね」
「あるよ。俺限定で無視する毒蛇が一匹いるだけで」
「以前に何かやったんだろうな。まあ仲がいいのはいいことだ」
まあ、色々あったなと。
伍長が少尉にこんな口の利き方をしているなど、まあ他の部隊軍隊では信じられない光景ではある。ルフィーノからしてみてもそれは変わらず、まあ奇異なものにしか見えなかったはずだ。
「本人達が納得してるならばいいさ」
「納得、というのかねこれは。流されてるだけに思えるが」
「かの高名なエース殿がここまで大雑把なものだとは驚いたがね」
ピクリ、と。
テオドールの手が止まる。
アストが心底面倒くさそうに顔を歪める。
クイントンが顔を覆って天を仰ぐ。
ミツヒロが目をそらす。
ハロルドが盛大にため息を吐く。
「赤いザクを操るジオンのエースの話は地上部隊にもそれなりに聞こえていた。最も、宇宙の連中に比べればかなりザッとしたものだが」
話を続けながら荷を持つルフィーノ。テオドールはその背後で、無言でタバコに火を灯す。
「てっきり宇宙で戦っているものだと思っていたのだが、地球に降りてきているとは。まあ、あの化物との一戦で半端な腕では無いとはっきりわかったよ」
一歩、二歩と。テオドールは歩を進める。つま先で、砂漠の地面を軽く二度叩いて。
「そりゃ、どうも。で、なんて聞いていたんだい?」
「決まっているだろう」
最早全員、ああ間に合わぬと。口を閉じたまま諦めているのにルフィーノは気づけなかった。
「赤い彗星。まさか、自分がこうして………」
砂漠に響く、誰かのケツが蹴り上げられる乾いた音。
この時、捕虜となって初めて、ルフィーノは敵兵からの暴力というものを体験することとなった。
「決めた。グルファクシ隊には真っ先に塗料の有無を問いただす。もう拘らねえ、赤じゃなきゃ何でもいい」
「別のあだ名考えるのも塗り直すのも面倒だから赤でいいよ」
あれから二時間ほど。そこまで高くは無いが岩肌が何カ所にもそびえ立つ場所の陰で、全隊停止した後に休息を兼ねてグルファクシ隊を待つこととなった。テオドールはサムソンの荷台に座ってそろそろ貴重になってきたタバコを吸い潰している。
出発前のことを思い出したテオドールはさっきからタバコと珈琲で気を静めようとするものの静まらず、しかして行いを反省するつもりもなかった。
「せめて、補給で交換するシールドだけでも別にしてくれや。黒だ、黒がいい。隊長と揃えよう」
「もう諦めろって。その調子でグルファクシ隊にまで絡まれたらたまったもんじゃない」
「別に不名誉なわけでも無いだろう。まだ尻が痛むぞ」
アストとルフィーノに白い目で見られてもこればかりは認められない。散々勘違いで迷惑を被ってきた身としては不本意な看板となっているこの色を早々になんとかしたいもので。しかしアストは嫌がらせも含めた上でそれを拒否してくる。
本当にこの毒蛇はとじっとりとした目で睨み返すもどこ吹く風。本当にとんでもない伍長もいたものだ。
いくら腕を認められた上でのことでも、こればかりはテオドールにとって諦められない一線だった。
「てか、お前はサムソンにいなくていいのか?相手さんが近づいてきてるのか見ておかねえで」
「クイントン軍曹がやってますよ。ドライバーは体を伸ばして来いって言われて」
まあ、交渉も担当はクイントンだったわけだしそれがいいか。テオドールとしてはもうゆっくり休んで忘れたい。
ハロルドは相変わらずアクス中尉との話し合いだし、ミツヒロはコクピットで寝ると言っていた。センサーに異変があれば飛び起きるだろうし、放置していいだろう。そもそも一番負担が大きいのは間違いないのだから休んでもらわないと困る。
いっそのこと、本格的に狙撃仕様の機体でも受領できないものか。
「腹減ったな。おっさん、何か食うか。さっきの詫びってわけじゃねえが」
「本当に捕虜なのか私は」
言いながら個人物資の中からプレーンクラッカーとビーンズペーストを取り出してアストとルフィーノに手渡す。これは特別美味いわけではないが標準的な携帯糧食の中では割と気に入ってる方で、腹もちもいいことからこうしてストックしてある。ミツヒロはこれも美味いと言っていたが、アイツは色々と変わっていると常々感じるもので。
「美味いなこれは」
「さいで」
俺がグルメみたいじゃねえか、と口には出さないがテオドールはぼやきたくなった。
すると、携帯無線機に入るノイズ。聞こえてくるのは演技じみた喋りの同僚の黒人の声。
『皆様にお知らせします。まもなくゲストがいらっしゃいますので、ご準備の程を。また、砂塵のせいで視界も悪いため、味方に轢き殺されたくない方は車列から離れぬようお願いいたします』
あいつは軍を離れても勤め口は多そうだ。主に観光業で。
そんなことを思いつつ、残りのクラッカーとペーストを口に放り込む。
「では、俺はサムソンの車内にいるとしようか。ご馳走様、美味かったよ」
「また分けてやるよ」
ヒラヒラと手を振って車内に入っていくルフィーノを見送り、タバコに火をつけたところでその音が耳に入ってくる。
とてつもないエネルギーが巻き起こす、風の音。それに舞い上げられる大地の音。巨体に似合わぬ速度で進む、その巨馬の嘶きが。
「これは………実際にお目にかかるのは初めてだな」
「なんだ、会ったこと無いのかい」
「あってたまるか。俺は情報偵察の人間だぞ。隠れてお電話がお仕事だ」
ルフィーノは軽口を叩きながらも、やはり連邦の人間としては興味が尽きないのか。
その巨馬は決して数が多いわけではない。
しかし、その有用性は誰もが認めるものであり、かつてクランプス隊も二度ほど世話になったものだ。
やがて近づいてくる、その巨大な影の気配。周囲の兵士たちもざわめき始めるが、そのざわめきを掻き消さんとするほどの風が舞い踊る。
「毎度思うが、あれ背負ってると馬というよりはカタツムリってやつみたいだな」
「隊長はヤドカリって呼んでた。実物、見たことないけど」
なるほど、そういえばそうだ。この辺りじゃ見れないって聞いたし、コロニーじゃまずお目にかかることはない。そういう展示でもあれば別だがそれは環境保護コロニーやその手のライブラリに力を入れてる場所じゃないとな。
テオドールは思い返す。そういえば、住んでたコロニーにも地球の生物の繁殖を実験し続けてる科学館があった気がする。全く興味がなかったが、こうなってみると興味が出てくるから不思議なものだ。
そして、ついにそれは肉眼で捉えられる場所までやってきた。
「おでましだ」
巻き上げた砂塵を自らかき分け、その巨体を露わにしたのは鮮やかな黄色の陸戦艇。やたらと目を引く色だが、ほぼ砂漠で使われることもあって存外視認性は低くなる。
その後部には同じく鮮やかな色の巨大なドームのようなものを連れ立って、ホバーとジェットという贅沢なまでの推力で砂の大地を滑るようにして駆け抜けてきた頼もしい友軍。
「『ギャロップ』。流石、壮観だな」
ジオンが誇る陸戦艇、その名はギャロップ。馬の持つ最速の走法の名を冠した大地を駆ける巨馬。
その正面ハッチに描かれた、金色のたてがみを持った馬が弾丸を運ぶ姿。これが彼らの旗印か。
段々と速度を弱めたそれは、完全に停止する前に正面の乗降ハッチを展開、そこから現れるのはまず青い影。
「グフ一機、ザク二機………うち一機はザクⅠか。豊富とは言わんが、なかなかいい戦力持ってるな」
「軍曹が交渉した話だと、あの中の整備関連を借りれるっていうからさっさとシールド付け直すぞ」
「悪いな、頼むわ」
ギャロップはその艦内にある程度のMS整備能力を保有している。しっかりとした基地などに比べれば簡単なものとはいえ、母艦も所属基地も無く流浪する部隊のサムソン一両などとは比べものにならない。カーゴに積まれているだろう大量の物資を合わせればなおさらだ。
口には出さないが、アストとしても内心ほっとしたというところだろう。部隊の懐事情を一番間近で実感している上にそれで散々やりくりしている人間としては天の助けだ。
先頭のグフがギャロップ正面に立ち、その脇をザクが固める。そのどれも母艦と同じく金色のたてがみの馬をエンブレムとして描いており、脇に描かれたナンバーは識別用か。
そして、グフのコクピットハッチが開き、第二種戦闘服姿の壮年が身を乗り出し声を張り上げた。
「お初にお目にかかる!グルファクシ隊所属、フェム・ジエム中尉だ!そちらがクランプス隊の面々か!」
元気がいいものだ、と。テオドールはその色黒で髭面の兵士がハロルドと会話しているのをタバコに火をつけつつ眺める。
使い込んだグフからも長いこと地球で戦ってきているのがよくわかる。いい腕をしているんだろうが、話すには少し疲れそうだなどと失礼なことを思いつつ、サムソンの荷台から降りる。ルフィーノは車内から視線だけ向けるようにして眺めているが、本当なら果たしてどこまで見せていいものやら。
「船体を停止させた後に整備に移りたい!担当整備士はどなたか!」
「は!自分であります!」
「おお、いい若者だ!エンジン停止後、船内のハッチから入ってうちの連中と作業を開始してくれ!カーゴからの荷下ろしはすぐにでも始められるぞ!」
本当に元気なものだ。とにかく声がデカい、そんな印象が強く残る。
アストとクイントンは足早に各々の担当の方へ走っていったし、ミツヒロもコクピットを開けてザクのパイロットと何やら話している。
自分はどうしたものか、と考えた時。
「シールド交換はそこの赤いザクか!もしや、噂の彗星とかいうエースパイロット殿かね!?」
そこらの石でも投げつけてやろうか。と、動きそうになった手を押さえ。
反転して全力で走ってくるアストを見つつ、流石に他隊の中尉に開幕暴力行使はしねーよと。自分の信用の無さを実感しつつ、お決まりの自己紹介に備えて頭を押さえる。
ああ、でも。サムソンの車内で腹を抱えて笑ってる捕虜はもう一発蹴り飛ばしてもいいかもななどと。
吐き出すため息は、ギャロップのホバーエンジンにも負けないほどの力強さでテオドールの怨嗟を撒き散らした。