機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED   作:葛西源次郎

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第十五幕 方針

 砂漠の夜を、月に照らされた巨馬が進む。

 本来であれば併走することはできない未搭載のMSをギャロップの外部に増設した懸架用フックとワイヤーで固定し、他車輌の最大速度に合わせることでグルファクシ隊とクランプス隊、および第132対MS歩兵中隊は臨時編成の行軍を可能としていた。

 ギャロップ外部に簡易的に固定されたザクのコクピットの中で、テオドールをはじめその誰もが無言のままで。

 時折聞こえてくる通信はグルファクシ隊の航行管制と定時報告程度。誰も、いつもならば耐えない軽口一つ叩こうとしない。そんな空気には、とてもではないがなれなかった。

 テオドールは、個別回線を選択して無線のスイッチを入れる。

 

「隊長。聞こえますか」

「テオか。久しぶりに声を聞いたな」

 

 数時間黙りっぱなしだったのはそっちもだろうと。いつもならすぐに切り返すそんな言葉も、今は口に出てこない。

 

「地球制圧を諦めたってことは、本国は宇宙の支配域の維持に切り替えたって事ですよね」

「そうだな。戦略的撤退、といえば聞こえはいいが。実際はただの敗走だ」

 

 無線を通して聞こえる、ハロルドの力の無いため息。

 誰もが、どれだけ鈍い人間であっても感じていた。少なくとも、オデッサにおける激戦の結果が出てからは特に。それでもまだ口にしなかった言葉が、もう我慢ならないとばかりに湧き出してくる。

 

「オデッサの負け戦の後によく見た光景がまた見れただろうさ。大量のHLVが、一目散に宇宙に打ち上がっていく姿。直接それを見た者達はどう思ったのかね」

「少なくとも笑っちゃいなかったでしょう。そして、その波に乗れなかった俺達みたいな奴は一体どうなるんですかね」

「まだ帰れないと決まったわけじゃ無いさ。どうにかして帰還する手立てを探す。諦めるにはまだまだ早い」

 

 その言葉を聞いて、テオドールは必死に、これだけはとその一言を喉で押し止めた。

 

(敗戦のその日まで、ですかい)

 

 この戦争は、もう負け戦だ。

 誰もが感じている。誰もがわかっている。

 口にしないだけ。わからない振りをしているだけ。目を逸らしているだけ。認めようとしないだけ。

 形こそ違えど、心の奥底にあるのはたった一つの結論だ。

 

「ピノッキオ追跡については?」

「検討中だ。全軍が完全撤退したならばともかく、放置できるような存在でもないだろう。それにこれは歩兵中隊を通じて受けた任務だ。大隊への連絡が取れねば判断もできん。しかし、場合によってはということもある」

 

 その大隊が何かしらの戦闘で被害を受けている事がわかった以上、事はさらにややこしい。

 正直テオドールとしては現在の戦力、つまりグルファクシ隊と同道できている間にピノッキオを仕留める機会を得たかった。

 クランプス隊のザク三機、対MS歩兵中隊の携行兵器群、グルファクシ隊のグフおよびザク。これらの戦力は考えられる中で最も充実しているといえる。確実に仕留めるのであれば、やはり逃したくないタイミングであると言える。

 しかし、だからといってグルファクシ隊にこの後もずっと同行して欲しい、等とは言えない。そもそも、例の知らせを受けてグルファクシ隊がどう行動するのかもまだ未定なのだ。

 

「フェム中尉、あの後に何か言ってましたかい?」

「いや。しかし、今までが嘘のように静かに考え込んでしまってな。出発時もとても話しかけられる空気では無かったよ」

 

 どこも同じなのは仕方ない。その点、ハロルドはよく平静を保てていると言えた。

 

「まあ、このあたりの戦域のジオン兵がとるべき行動は実のところそれほど多くは無いのだがな」

 

 そう言ったハロルドの機体から転送されてくるデータ。サブモニターの一つに映し出してみれば、それは地球の北米エリアの地図。その中の一点にマーカーと記名が施されていた。

 

「宇宙に帰るためにしろ、戦線を維持する努力を継続するにしろ、そのために必要な場所を挙げろと言われたならばこの北米では間違いなくこの一点だ」

 

 物資や人員を宇宙へ大輸送するために必須であるHLVや、ジオンが誇るザンジバル級。それらを打ち上げる施設と能力を持ち、超巨大建造物であるマスドライバーの運用を行うための重要拠点。

 かつて地球侵攻時もここを早々に奪取できたことがあらゆる面でジオンにとって恩恵をもたらし、連邦にとっては痛恨の極みであり頭を悩ませる大きな要因と化した北米の要衝。

 その名前は、テオドールもよく知っていた。

 

「キャリフォルニアベース………間違いなく、連邦の連中も躍起になって奪い返しにきますね」

「激戦が予想される。通信状況にもよるが、今後の動向次第では我々もピノッキオ追討を中断してそちらに向かう可能性も無いわけではない。最悪、奴がキャリフォルニアに向かうことだってありえるからな」

「どの道、しばらくは縁が切れそうにないってわけですか」

「早々に切りたいものだな。だが、今はグルファクシ隊の短期護衛と大隊の早急な現状確認が優先だ」

 

 キャリフォルニアを巡って両軍が激突した時に、万が一にでもあんなものを乱入させるわけには行かない。

 正直ここまで得体が知れないと、どんな理不尽で意味がわからない行動をとってくるかわからない以上は早々に潰しておかないと後に響いてくる。結果として現われずとも、警戒し続ける労力を考えればスルーなどできるわけが無い。

 つまり、ピノッキオ追討を中断してキャリフォルニアに援軍として向かわなければならない事態というのはクランプス隊にとっては最悪のものであり、通信その他の要素を早急に復帰させなければ危険性は上がるばかり。現状、自分達の地球からの撤退を目指せる状態ではないのだ。

 

「俺としては、なんとか隊長にだけでも宇宙に戻れないかって感じですけどね」

「なんだ、さっさと出て行けと?寂しいじゃないかテオ」

「誰も、んな事言ってねえですよ。うちの連中で家族が待ってるのは隊長だけでしょう」

 

 前にも話したことだ。

 少なくとも、クランプス隊の中で妻子という帰りを待つ者達がいるのはハロルドだけ。

 テオドールは居ないも同じだし、聞いたところミツヒロもクイントンも似たような感じだったはずだ。アストに関しては、あまり話を聞いたことがないが。

 育ち盛りの子供もいる父親という存在は、間違いなくクランプス隊の中でも最も帰らなければいけない立場であろう。

 

「帰りたくないか、と言われれば帰りたいと即答するがね。しかし帰りたいと帰れるはまた話が別だろう」

「帰る手段が確保できるならまた別でしょう」

「そうじゃない。今この場を去る手段があるかと帰れるかは全く別のことだ」

 

 責務を、任務を放棄して帰るつもりはない。はっきりそう断言したも同然だ。

 軍人なんかよりもどこぞの教師か研究者でもやっていた方が似合っているハロルドだが、軍人としてもこの上なく優秀なのがこういった時に足を引っ張っている。もう十分に軍人勤めは果たしただろうに、何故こうも頑なに後方に下がろうとしないのか。

 仕方ない、と。テオドールは一つだけ釘を刺すことにしておいた。

 

「もしも脱出手段が使えるようであれば、クランプス隊総出でHLVに叩き込むまでです。そしたら諦めて後方に下がって、生きることに専念してください」

「部下から脅迫を受ける日が来るとは。お前達、私の家庭事情好きすぎじゃないか?」

「脅迫じゃねえですよ、親孝行ならぬ上司孝行ですよ」

 

 まったく、と軽いため息が一つ。ハロルドとしても、嬉しいやら何やらで複雑なのかもしれないが。しかしそれでも、少なくともテオドールからしてみれば当たり前のことだ。特に戦況がこんなことになってしまった今となれば何が何でも生きて帰さなきゃいけない。

 そういえばルフィーノは家庭事情はどうなってるのか、と思いもしたがそれは考えないことにする。コロニー落としから始まった地球の凄惨な状況を思えば、どんな闇が噴き出してくるかわかったもんじゃない。触れないのが賢い選択だろう。

 そのルフィーノの存在もまた今後について頭を悩ませることになる一因ではあるのだが。

 

「オッサン、どうしますかね」

「オッサン………?ああ、ルフィーノ曹長か。またお前は………まあ、ピノッキオ追討が中断となれば、今まで通り同行してもらうというわけにはいかんだろう」

 

 ルフィーノが現在クランプス隊に対して協力体制をとっているのは、連邦でもジオンでもないピノッキオというイレギュラーな存在への対応という目的だからこそだ。

 突然襲撃されての緊急対応などならばともかく、重要拠点を連邦から防衛奪還するから手を貸せ、等とはとても言えないだろう。それを納得するとも思えない。

 そうなれば、彼をどうしたものかというのもまた悩ましいところだ。

 

「まあ、場合によっては解放するもやむなしだな。キャリフォルニアで戦闘になるのなら、それがわかった時点でお別れせねばならんだろう」

「ほんっと、甘いですよね隊長は」

「大規模な、それも劣勢が見込まれる戦闘の前に捕虜を上に引き渡して、とするわけにもいかんだろうさ。それに十分貢献してもらったと思うがね。ピノッキオの奴を討つ、と約束くらいはしたいものだが」

 

 テオドールとしても別に酷い目に遭わせたいわけじゃないし変に負担が増えるのもご免なのは確かだ。もしお別れとなるのであれば酒の一本でも手土産に持たせてやろう、と思う程度には悪く思っていない。赤い彗星事件に関しては十分ケツを蹴り上げて精算したはずだ。

 そもそも、捕虜を通信に携わらせて作戦に協力させているというこの状況こそが異常なのであってそれを他に知られたくないというのは何度も言ってることだ。

 そんなことを考えながらハロルドと通信で軽口を叩いていると、通信回線に新たなアクセス。識別にはギャロップの名。

 

『ギャロップよりクランプス隊へ。不便な席で大変申し訳ない。少しお仕事になるかもしれん、そのままでかまわないので話を聞いて欲しい』

 

 フェムの声が何かしらの案件発生を告げる。

 タバコに火を灯しながらテオドールがコンソールに手を伸ばせば、そこに受信された地形データが表示される。ある三点に赤いマーカーと、周囲に何かしらを示すオレンジの色調。

 少なくとも、友軍に対して用いるマーカーではない。話に耳を傾けながら、装弾数を確認しておく。

 

『この先のポイントに、連邦軍のIFFを発するMS三機が救難信号を出している。傍受した通信はノイズが酷く聞き取れんが、負傷者が出て孤立しているらしいな。案の定、通信先には届いていないようだが』

 

 つまり迷子というわけだ。

 ルフィーノの今後を考えている時にまさかまた新たなテーマができるとは、テオドールは思わず顔を覆って天を仰いだ。どうやらここしばらくは戦闘より面倒な運命から逃げられそうにない。

 正直、この状況………それも地上軍撤退の報を聞いた現在、あまり荷物は増やしたくない。しかし、同時にピノッキオという最大の厄介事は未だに手がかりが足りていないのが現実だ。この周囲で戦闘に巻き込まれた可能性がある、ということは奴が関係している可能性は低くはない。

 

「隊長。回収して、場合によっちゃグルファクシ隊に引き取ってもらいますかい?」

「そうしよう、というよりはそうするしかないだろう。未だピノッキオの事は継続中だ。少しでも話が繋がればいいんだがね」

「奴に襲われて、救難信号出せる状態でいられますかね」

「別に奴の被害者でなくとも、話くらいは聞けるだろう。そろそろ噂くらいにはなってるかもしれん」

 

 そこだ。あんな得体の知れないものが激戦地で暴れ回っているともなれば、両軍問わず噂くらいにはなっているはずだ。

 今まで聞こえてこなかったのも不思議だが、流石にそろそろ話に聞いた程度の人間くらいは出てきてもおかしくはない。むしろあんなものをどうして忘れることができるか。生き残ったならば誰だって周りに話すだろう。

 わかってることの方が貴重な存在だ。どんな小さな事であっても聞けるならそれが一番いい。コンソールを操作し、ミツヒロの機体に回線を繋ぐ。

 

「ミツヒロ。お前の望遠で相手が見えたら教えてくれ。無茶な体勢で悪いがな」

「いっそギャロップの上に乗せてもらうべきでしたかね。了解です」

 

 ギャロップの索敵と併せて、周囲はもう十分すぎるだろう。ミツヒロには指示した方角のチェックを最優先でお願いすることとする。

 レーダー性能自体は艦艇であるギャロップが上でも、超長距離望遠ともなれば流石に狙撃タイプのカスタム機に軍配が上がる。今はとにかく、一刻も早く相手の現状を映像で確認しておきたい。

 念のため、計器類を確認しつつスイッチを跳ね上げるなどして索敵形式を戦闘モードへと移行。まだまだやることはある。サブモニターにも気を配りつつ、今度は回線をサムソンへと繋ぐ。

 

「アスト、こっちでも連中の通信拾えるか試しておいてくれ。それとソナーで索敵も」

『とっくにやってる。まだノイズが酷いけど、そろそろ内容も聞き取れる頃』

「流石だ毒蛇」

『索敵は私がソナーを担当しましょう』

 

 口の悪さ以外に文句は無い伍長はこういう時の対応も素早くて助かるばかりだ。

 ピノッキオの武装はあの時見た限り、小隊一つが索敵を完全徹底している外から撃ち込めるような射程のものはなかったはず。怪しいとすればあの肩のキャノン砲だが、そこは届かないものと祈るしかない。

 なによりあの異常な行動は索敵にかかればすぐに奴のそれとわかるほど。ならば、あとは不意の襲撃を避けることを念頭に置いて初撃をしっかり回避しつつ安定した戦闘態勢に入れるようにするだけだ。

 それしかできない、とも言えるが。

 

『ハロルド中尉、ルフィーノだ。そちらから許可をもらえれば、クイントン軍曹に替わって私がソナーを担当しようか』

「ルフィーノ曹長?いいのかね」

 

 突然入った通信に、ハロルドもテオドールも首をかしげる。同時に接続回線にグルファクシ隊が入ってないことを念のために確認するが、流石通信のプロは抜かりがないようだ。

 

『戦況の事は聞いたがね。少なくとも、今現在は協力することに異論はない。擱座した連邦機を有無を言わさず息の根を止める、というのなら別だが?』

「安心してほしい。そのような事はしないさ。必要な治療なども提供すると約束しよう」

『どのみち、私は顔を出すことはできんだろうしな。クイントン軍曹、代わります』

『ありがたい。では、私が通信を拾いましょう。アスト坊やは運転に専念を』

 

 本当に、気のいいというかなんというか。

 少なくとも、連邦部隊が面と向かって敵になると確定するときまではピノッキオ案件継続中、手を貸してくれるということか。それも今は連邦の負傷兵の回収、異存はないらしい。

 そうなれば、やることは少しは明らかになってくるというもの。

 

「アスト、連中のIFFもう少し詳しく出たら教えてくれ。所属認識が出れば、オッサンがわかるかもしれん」

『了解だ。多分もう少しで拾えるはず』

『ソナーには周囲からの異音無し。良好だよ』

『通信が少し入りました。負傷者が出てる、救援求む。を繰り返してますね』

 

 やることが明確になったなら、あとはそれぞれに割り振られた役目を果たすまで。

 テオドールはコンソールに表示された、レッドキャップに登録された武装の一覧に目を落とす。

 

「隊長。一応俺のザク、いざって時にはMMP-80使うって事でいいんですかね」

「かまわんだろう。できればピノッキオ遭遇前に慣れておきたいものだったがな」

 

 グルファクシ隊から譲り受けた装備の一つ、モビルスーツ用携行火器MMP-80。

 ザクマシンガンよりも口径は小さくなつたものの、初速と命中精度の点では優れるなかなかに馬鹿にできないマシンガン。統合整備計画という、当初は眉唾で見ていたプロジェクトの産物の一つ。

 最初は使い慣れた武装でいくのが一番だろうと思っていたが、反動が小さく取り回しがいい、そして定めた照準への集弾率を鑑みればあの奇怪な動きの人形相手には十分有用だ。

 加えて、マガジンがザクマシンガンのドラムからボックスマガジンへと変更されていることで携行弾数の増加も可能と、テオドールとしては十分すぎるほどに評価できる。問題は、試験運用すらできずにぶっつけ本番というクソったれな状況な事だが。

 

「隊長、そろそろ俺のセンサーに連中が見えるころです。そっちも武器選択しておいてくださいよ」

「了解だミツヒロ。バズーカの方がいい、なんて贅沢も言ってられん。それに戦闘距離を考えればこっちがいいかもしれんしな」

「グルファクシ隊に頭が上がらないですね」

 

 もう一つの譲られた武器。

 ギャロップに括りつけられたハロルドのザクの左肩シールドに懸架された二本の巨大な弾頭。実際に使ったことは二度ほどあるというが、どうなのか。

 名はシュトルムファウスト。旧世紀の歩兵が用いたものに酷似しているという、MS用対機動兵器大型榴弾。

 棒の先に巨大な弾頭が付いたようなシンプルなそれは、単純な爆発力ならバズーカにも劣らない。両手が塞がるのと射程の面で不安があるが、その威力はMS一機をスクラップに変えるには十分すぎる。シールドも用をなさないかもしれない。

 ダブついていた装備を回してくれたというが。これはいざ別行動する時に、フェムにも酒の一本でも渡しておくべきか。

 

「こちらミツヒロ。奴らが見えた。ジムタイプだな。砂色のが三機。なるほど確かに中破してる。とても戦闘が可能には見えない。映像を共有する」

『サムソンより全機。相手の詳細なIFF情報がとれた。確認してる』

 

 ミツヒロから送信された映像をサブモニターに表示すると、そこには見事なまでに中破した連邦のジムが三機映し出される。砂色の塗装、うち一機は形状が少し違う。数回戦闘したことがある、陸戦型とやらだったか。

 腕が破壊されていたり、頭部が吹っ飛んでいたり、足の一部が破損して行動もままならないであろう機体まである。よくもまあ無事にここまで逃げ延びたものだ。

 

「ひでえもんだ。確かに救難信号も出てる。隊長、俺等降りますか」

「そうだな。フェム中尉、固定ワイヤーを外してくれ。我々が周囲を警戒しつつ前に出る」

『了解だ。お任せするよ』

 

 バチンというような音。機体を固定していたワイヤーが発破ボルトで外され、速度を十分に落としたギャロップからクランプス隊のザクが大地に降りる。

 センサーの感度を確認し、武装を選択。貰い物のMMP-80マシンガンの武器認証は問題ない。その他にもエラー表示はない。万全だろう。

 

「テオ、私とお前が前だ。ミツヒロ、狙撃体勢でゆっくり前進してギャロップとついてきてくれ」

「了解。徹甲弾装填済み、いつでも引き金引けますよ」

 

 索敵モードを確認し、戦闘態勢でザクを進める。

 ここまで索敵を徹底した上で、超長射程兵器も使わずに奇襲に成功したらそれはもうオカルトの類だ。あれが正常な道理の通じる相手とも思わないが、相手がMSである以上MS用の対策をするだけのこと。

 その上で、まだ打てる手があるか。

 

「アクス中尉。ハロルドだ。少し提案があるのだが、いいだろうか」

 

 あるらしい。ハロルドがアクスに提案、ということは第132対MS歩兵中隊の残存兵にも動いてもらうと言うことか。彼らも満足とは言えないもののグルファクシ隊から補給を受けることができ、クランプス隊と出会う直前に枯渇していた対MS兵器の再運用が叶うと喜んでいた。きっと見事に動いてくれるだろう。

 何しろ、この戦場との相性はいいとはいえないかもしれないが。

 重力下における『歩兵』というのはこの宇宙世紀においても、ある種最も畏れなければならない存在の一つといえるのだから。

 

『レッドキャップ。隊長は今立て込んでるみたいだからこっちに繋いでおく。相手のIFF全容解析終わったぞ』

 

 チャンネルを別ローカルに切り替えてのアストの声。隊長への気遣いと自分への応対の差に流石だと鼻で笑いながら、おうなんて生返事を返しつつしっかり話を聞いておく。

 

『それが、少し厄介なことになりそうだ。どこまでこの話を伝えるべきか、少なくともグルファクシ隊には伝えない方がいいと思うから』

 

 厄介事。それもグルファクシ隊に伝えない方がいいという内密の話。それだけで、おおよその話題の中心は絞り込める。

 つまり今、救難信号を出している連邦機のIFFがはっきりしたというその内容にあの人物が何か反応したと言うことだろう。

 

「オッサンか」

『ああ。今、通信を替わる』

 

 すっかり通信機を渡すことにも抵抗がなくなってるあたり、いいのか悪いのか。いや正常な軍隊の常識で言えば間違いなくよくないんだろうが。

 念のためもう一度通信回線のアクセスランプを確認して、その通信を受ける。

 

『テオドール少尉、ルフィーノだ。すまないが、通信を替わってもらった。』

「ああ、聞いてる。で、例の要救助者について何かあったってことでいいのかい?」

『その通りだ。正直、ミツヒロ曹長の共有した映像でまさかとは思ったが………IFFを見て確信した。その点で、私の行動の判断を願いたい』

「顔見知りか」

 

 ああ、と。一言ため息のように頷いて。

 

『第七前線偵察基地』

 

 呻くように、ルフィーノはその名前を絞り出した。

 

『私の所属している、偵察隊の通信本部。その防衛および護衛を担当するMS隊に間違いない』

 

 このような形での再会を、果たしてどう思ったのか。

 想像もつかない彼の心のさざ波に、テオドールは黙ってタバコを踏み消すことしかできなかった。 

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