機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED 作:葛西源次郎
「赤いザク。これだけで相手を判断するんじゃねえよ」
壊滅状態に陥った補給陣地の復興作業が行われている傍ら、補給陣地の指揮を執っていたアクス中尉とテーブルを挟んで向かい合ってテオドールは毒づく。彼の背後には、当の赤い傷面のザクが駐機されていた。
「大体あいつらは宇宙の人間だろうが。あと、俺はあんな壊れやすいブレードアンテナなんてものもつけてねえ。そもそも、赤は赤でも全然違うだろうが」
吐き出す毒が途切れることはない。
本来であれば上官であるはずのアクスも、テオドールがよそ見をしたままあくまで「独り言での愚痴」の体裁をとっているのと、先ほどの恩義から言葉遣いその他に関しては意図的に追求しないつもりか。
しかし、その言葉の通り、落ち着いてしっかり見ればその違いには気づけるものであった。
(赤、ではある。しかしどちらかといえば赤茶のような、暗い赤)
見れば随分ボロボロで、その暗い赤も元は違う色だったのかもしれない。それが退色や摩耗、修繕などを重ねた結果今の赤になったのか。
そして目を引く、ジオンMSの象徴ともいえるモノアイの上の傷。
人間でいえば左目の上ほどだろうか。ひさしを抉るようにしてついたその傷が、あの時もやけに目についたものだと思い返す。
「しかし、本当に助かったよ少尉。君たちが来てくれなければ、我が隊は本当に最後の一人も残らなかった」
「そりゃよかったと言いたいがね。そこは恨んでくれや中尉」
逆立てた濃い茶の短い髪を乱暴にかいて、テオドールは煙草を踏みつぶし、ようやく視線を合わせた。
「テメエらがもっと早く来れば、部下は死なずに済んだと。恨んで、罵られた方が気が楽だ」
その瞳に見えるのは、疲れか。
今までの戦地のどこそこかで、その呪詛を吐きつけられたことがあるのか。
「そんなこと、言えるわけがないさ。それは誰の責任でもない。ましてや、状況を聞いて即応してくれた君たちに責任など。もしも責任があるとするならば」
「あるとするならば?」
テオドールの目に興味が宿る。アクスは、鼻から一息吐いて言葉を大きく。
「砂漠の風も砂塵も体験したことがない癖に、ボードゲームの経験は豊富な制服共のせいだろうさ」
しん、と。砂漠の風すらも空気を読んだような無音。
次に起きたのは――――――喝采。
言葉はない。だが、満面の笑みでの喝采と指笛が、言外にそうだそうだと囃し立てていて。テオドールも思わず、口元を歪めてクククと喉を鳴らす。
ああそうだ。ジークジオンなんて言葉は、俺らにとっちゃ制服組に捧げる忠義じゃない。クソみたいな戦場を並んで這いずった仲間たちに捧げる言葉だ。
「………『レッドキャップ』!!」
聞こえてきた怒声。そのクソッタレな呼び名。
あぁ、わかってるよと。そちらを振り向けば、他の兵士たちにも注目を浴びている一人の整備兵。
テオドールからすればよく見知ったそのブロンドの癖毛は、工具とともに掃除道具を手にしてテオドールを睨みつけ、次の怒声を喉に装填していた。
「テメェ、またやりやがったなクソが!!コクピットの足元を灰皿扱いするんじゃねえって、何度言わせるんだ!!」
「悪かったよ伍長。胸の携帯灰皿が満タンでね。緊急対応ってやつさ」
その言葉に、アクスはテオドールの胸元を見る。なるほど、確かに。明らかに無許可であろうが、テオドールの軍服の胸ポケットの上には正規には存在しない携帯灰皿が縫い付けてある。
しかも、たらふく食って腹を膨らませた姿で。
「ザクのコクピットシートはタバコ踏み消すためのもんじゃねえって何度言えばわかるんだ!!次にやってみやがれ、狭いコクピットに灰皿を溶接してやる!!」
その言葉に、周りの兵士が笑いを堪える。とてもじゃないが伍長が少尉に使う言葉遣いではない。それだけに、この部隊の空気がよく読み取れた。
少しだけ、羨ましくもあったのかもしれない。
「なかなかアットホームな部隊のようだ」
「そう言うもんかね。まぁ、うちで一番腕がいい整備士様のお言葉だ。無碍にはできんよ」
一人親方みたいなもんだが、との言葉は飲み込んで。
「我儘を聞いてもらってるんですよ。あーしろこーしろと、現場の我儘を。それが通ることは貴重なことで、そんな人材は数少ない」
その言葉は、珈琲の香りとともにやってきた。
細い目に、後ろに撫でつけた白髪混じりの黒髪と品のいい髭。軍服さえ着ていなければどこかの銀行員と言われてもおかしくない。
しかし、テオドールからすればそのパイロットとしての腕はよく知っている。軍人としての優秀さを、誰より知っている。
「ハロルド中尉。連絡はもう?」
「先程終わった。いつも通り、テンプレートに沿った労いの言葉をもらったよ」
席に腰掛け、湯気の立つ珈琲を自ら配る男。
テオドールと、先程の整備兵アスト・アンドレス伍長の所属する部隊を束ねる、もう一機のザクのパイロットであるその男。
ハロルド・ハインリヒ中尉は、追うように微笑んで言葉を切った。
「先ほどはどうも、アクス中尉。もっと早く到着できればよかったのですが」
「いえ、テオドール少尉にも言われましたがね。救援してくれた方々を罵るような言葉は持ち合わせておりません」
「ありがとうございます。テオ、お前は少し口を大人しくさせられんのか」
ため息とともに振られた言葉に、テオドールはバツが悪そうに目を背ける。
わかってて言ってるのは理解している。自分とアストは何度言われようと、生来持ち合わせたこの暴れ口は治りそうにもないことくらいハロルドは百も千も承知だ。その上で、上官としては言わざるを得ないのもわかってはいる。
「あー、以後注意します。アクス中尉、申し訳ない」
「いや、かまわんさ。こっちもこんな砂漠で堅苦しすぎるのもな。現場の人間なんて、多少口が汚い奴らの方が多いものだ」
そう言ってアクスが向けた視線の先で数名が目をそらしたり渋い笑みを浮かべる。なるほど、お仲間がいるようでと。
珈琲を一口すすり、彼らに苦笑を向ければ帰ってくるのもまた苦笑。
ああそうだよな、こんなクソみたいな状況じゃ口の悪さ程度は………
「………『レッドキャップ』」
ぴくりと。
アクス中尉の言葉に、テオドールの表情が固まる。
できるだけ耳にしたくないその名前を、なぜ今………ああ、アストが叫んでやがったなクソがと。内心で唾を吐く。
「先程、ザクの整備をしている伍長さんが叫んでいましたが。それはもしや、テオドール少尉のことで?」
「できれば、忘れていて欲しかったんですがね」
愛機を整備中のアストに恨みがましい視線を向け、堪えきれず吹き出しかけたハロルドを見なかったことにして。髪を荒く掻いて、新しいタバコを一本捻り出す。
「元々、俺のザクはあんな色してなかったんですよ」
吐き出す煙には紛れもない怨嗟が混じっているのは一目でわかる。それほどにテオドールの表情は苛立ちを隠せないもので。
視線を向けた先にある愛機、その傷だらけの深い赤色はずっとテオドールを悩ませている。
「やはり、か。見れば、何度か塗り直したりした末にというところかな?」
「ご明察です。こいつのザクは元々は錆色というか、深いブラウンだったんですがね。修繕や再塗装を繰り返していくうちに、いつの間にかあんな赤になってたんです」
「戦地じゃ塗料も貴重ですからね。今一番欲しい補給は間違いなく、ザク一機塗り替えられる量のブラウンの塗料です」
ため息は深く、重い。
幾度にも及ぶ塗り直しと修繕、塗料の劣化などを経て姿を変えた自分の愛機。
ただそれだけの話ならばともかく、本当の悩みの元はさっき実際に発生したことの方だ。アクスもそれに気が付いたのか、「あぁ…」と言葉を漏らしどこか同情的な視線をテオドールへと向ける。
「赤いザク。これだけのことで、周りは勝手に赤い彗星だの、深紅の稲妻だのと騒ぎ出す。そのくせ、勝手に期待して勝手にがっかりされたりすればこっちだって頭が痛くもなる」
そう、赤という色のザクは、ジオン兵にとってあまりにも大きな意味を持つ。
これで何度勝手に沸き立たれ、勝手に失望されたか。
正直、つい先程の時点で相当うんざりきていたテオドールは、今すぐにでもこの話題を打ち切りたくてたまらなかった。
「レッドキャップというのは、妖精の名前です」
口を挟んできたのは、クスクスと柔和に笑っていたハロルド。その手には彼が常に身に着けている旧世紀の懐中時計。
「妖精、ですか」
「私の母方の血筋が、地球のヨーロッパ方面のとある地域の出身でしてね。そこに伝わる民話に出てくる、危険な妖精です」
それは、妖精というよりは魔物の類と言われた方がしっくりくる存在。
曰く、そいつは赤い帽子を被った妖精で。
曰く、そいつは帽子を人間の血で染めるのが目的で。
曰く、その帽子は常に人間の血で鮮やかな赤に染まっている。
「こいつが以前、赤い彗星と間違えられた挙句モノマネ扱いされましてね。以来随分むくれてたんですが………そこで、私がその民話を思い出して」
どうせならば、赤いザクは赤いザクでも全く別の名をつけてしまえばいい、と。
由来が少々物騒ではあるが軍人の愛機なんてその位が丁度いい、と。当時のハロルドは軽い気持ちで言ったのだが、それがまずかった。
話をしている横に、一人の人間が立ち止まる気配。そして、見慣れすぎた敬礼。
「報告します。ハロルド中尉機、テオドール少尉機、共に整備完了しました。ついでに掃除も終わりましたよ、なあ『レッドキャップ』」
軍人として一般的な、かつ簡素な報告。その直後に言葉を汚くした上での嫌み。
ブロンドの癖毛に旧式のフライトゴーグル、本来は優しく柔和な目は嫌悪感で尖っていて。
部隊最年少にして、このクソッタレな二つ名を積極的に定着させた戦犯がそこにいた。
「中尉。俺の言葉遣い以上に矯正せにゃならんやつがここにいるんじゃないですかね」
「俺がこんな汚い口きくのは、コクピットと灰皿の区別がつかない奴だけですよ。ご安心を」
「まあ、アスト。お前も少し抑える努力くらいはしておけ。小さな所帯で喧嘩は面倒だ」
見ればアクスもそれを見て笑っている。自分達を救ってくれたヒーロー達はどうにも複雑な関係のようだと、こんなどん底の状況でも笑いという物は出てくるらしい。
「失礼しました。アスト・アンドレス伍長であります」
「アクス中尉だ。いや、なんとも楽しそうな部隊だ」
どこが、と。その言葉は流石に飲み込んで、テオドールはアストを睨み付けついでにタバコの煙を吹き付けた。
「こいつが、俺のクソッタレなあだ名を定着させて回った戦犯の一人ですよ」
「アストの奴がテオがこの呼び方を嫌がるのを察知して以来、何度もレッドキャップと呼び続けた結果、ザクの外見も相まって行く先々で定着してしまいましてね。かのスーパーエース達には及びはしないですが」
その言葉に再び刻まれるテオドールの眉間の皺。それを見て意地悪く笑うアスト。
なんとまあ、ここまでアットホームな軍人達もそうそうお目にはかかれない。アクスは、地獄が過ぎ去った後に何か救いを見た気分となった。
しかし、さあ解散だ、というわけにはいかない。
ここからが本番。アクスは、一つの対MS戦部隊を預かる隊長として、戦友達を看取った生き残りとして、これから先を繋いでいかなければいけない。
「ハロルド中尉。聞けば貴隊は、北米戦線を転々とする遊撃任務が主であると聞いたが」
「ええ。北米各地で展開される、小中規模の戦闘への介入による友軍の救援」
ハロルドは、残った珈琲を飲み干して。
「我々、 『クランプス隊』の役割です」