機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED 作:葛西源次郎
「北上、ですか」
クランプス隊メンバー全員が揃い、向かい合うのは自分達の隊長であるハロルドと、現地対MS歩兵部隊のアクス中尉。
広げられた地図を見やりながら次の作戦の概要を確認する。
「そうだ。すぐにでも動くつもりだったんだが、先程ここの通信手が連絡を受けた。その案件に対し、我々と対MS歩兵部隊で合同で当たることになる」
「ただ、我々は先の戦闘で受けた被害の対応などもまだ完全には済んでおらず、即応は厳しい状態だ。そのため、明日クランプス隊の皆さんが先行して出立後、それを追う形になる」
「進路は先程言ったとおり北だ。その先で、ジオン地上方面軍を襲撃している正体不明の連邦製MSを撃破、可能ならば確保せよ、とのことだ」
いつもながら簡単に言ってくれる。
しかし、いつもの事ながら妙に情報の透明度が低い。クランプス隊は全員、どこか得心がいかない顔つきで話を聞いていた。
アクスもそれを感じ取ったのだろう。地図に線をひきつつ、説明を続けた。
「我々『第132対MS歩兵中隊』の面々は時々こうした指定されたMSのハントを命令される事がある。これは我らに限ったことでは無いが………情報が不足しているのは、曰く未確認機体だからだそうだ」
「未確認?」
「データベースに存在しない。新型MSの疑いが強いとのことだ。よって、確保が可能ならば是非そうして欲しい、と」
「いつものことだが、やれと言われたわけじゃない。無理そうならば撃破で十分だ。………ある疑いもあったんだが、照らし合わせた結果それは否定された」
不穏な一言。
秘密にするつもりは無いのだろう、後で説明すると言ってアクスとハロルドは一枚の写真を取り出した。
「酷い画質だ」
「全くだ。だがまぁ、鮮明じゃ無くよかったかもしれませんね」
写し出されていたのは………凄惨の一言だった。
「これは、全部ザクか。いや、グフもいる………これを、その未確認MSが?」
「らしいな。全く、ふざけた怪談話だ」
ノイズの向こうに写っているのは、我らが頼りにしているモビルスーツの夥しい数の残骸、そして同胞達の亡骸。
これを作り出したというのならば、なるほど。狩る理由としては十分に過ぎる。
「無論、我らもただ後追いをするわけじゃ無い。合流ポイントを先に定めておき、そこに到着する前に少しでも情報を集め、逐一そちらに送ろうと思う。通信コードは承知済みだ」
「あの、質問よろしいでしょうか」
手を小さく上げて口を挟んだのはアスト。流石にこういった場では毒蛇の口も大人しくなるか、と思わず吹き出しそうになるのはクランプス隊の習性か。
「その未確認のMSですが、何か特徴的な外見などはあったのでしょうか」
「外見?いや、さっきデータベースに無いって言ってたじゃねえか」
「そうじゃないです。MSはその外見からだけでも、ある程度推測できるものもあるんですよ」
口は大人しくできたらしいが目は押さえ切れていない。鋭い一睨みと共に、アストは言葉を続けた。
「増加装甲の有無、関節部分の形状、シーリングの有無、バックパックの形状と大きさ、脚部の設置面積………そのMSがどういった目的で製造されたのか、量産型か試作機か、現地改修された既存機なのか。そういったことが、寄せ集めに見える情報からでもおおよそ推測できることも珍しくないんです」
アクスの小さな口笛、ハロルドの満足そうな微笑み。
片や若い整備兵の着眼点と知識に感服し、片や自隊の部下の有望さに満足し。
そして片や。見えないようにつま先を蹴られた同隊少尉は舌打ちして。
「やはり、貴隊はとても優秀な兵士が集まっているようですな」
「ええ。そこだけは胸を張れることだと自負しています」
アクスは言いながら、もう数枚の写真を取り出す。
角度や場所、望遠倍率。それらは様々でも、写っているのが惨劇そのもので、その悪い画質だけは変わらない。
「確認してくれ」
「拝見します」
毒蛇伍長が画像から情報をかき集めている間、少しでも話を進めようと言葉を発したのは新たにその場に現れた人物で。
パトロールキャップからはみ出した金髪、左頬の火傷跡。
テオドールはよく覚えている。戦闘直後の、ザクからの『自己紹介』の時にアクス中尉の隣にいた人物だ。
「失礼します。ウィリア・ドルスト曹長であります。アクス中尉、新しい情報が届きました」
「ご苦労。曹長もこのまま同席してくれ。さて、新着のニュースの内容は?」
「はっ。我が隊の現在地点より北上約250km地点で、先程の話にありました未確認MSと思われる機体による集積地襲撃が発生。………守備隊は全滅とのことです」
その言葉に、誰もがうつむき、ごく短い黙祷を捧げる。
見ず知らずの場所と誰かであっても、同じジオンの人間が散るのは―――
「辛いものだ」
ハロルドの一言が、全てを物語る。
「ミツヒロ。お前の機体が一番センサー感度がいい。道中、少しばかり先行して索敵を行いつつ先導して欲しい。できるか?」
「了解です。できるかなんて言っても、お決まりのクソッタレ案件の時はいつもこうでしょう。やりますよ」
ため息をつきながらも了承するミツヒロ。狙撃特化の機体はその特性上カメラやセンサー類の性能が高いことがほとんどであり、できるかなどと聞いたのもただの形式上のもの。ミツヒロもすでに慣れっこだった。
「クランプス隊にはこちらから提供できるできるだけの補給を行い、最大限の援護を行わせてもらうつもりです」
「それはありがたいです。が………」
先程からテオドールに燻っていた疑問。
彼ら、「第132対MS歩兵中隊」について、だ。
「貴隊は、この地で行っていた現行の任務があるはずではないのですか?」
その言葉に、アクスは視線を下げながらクツクツと皮肉げに喉を鳴らして笑う。
「我が隊の任務は、補給陣地の防衛、並びに補給線の死守でした。これまで何度なりと襲撃を受けてもなんとか持ち堪えていたのですが………」
見やる先には、破壊された数々の陣地と、砂埃に汚れた使い古しの武器。
そして、本国へ帰してやることも叶わなかった、部下達の亡骸を弔った簡素な木の墓標。
「被害の規模、並びに周囲の戦況を鑑みて………本日をもって現任務を終了。新たな指示に従い、行動せよ………とのことでした」
先程までの弔意とは違う、全員に浮かんだ嫌悪の感情。
要は、今まで散々命を賭けさせていた任務はもう用済みであると。いや、用済みだったのはもっと前からだったのだろう。
回収するほどの価値もないが、使い潰すつもりだった部隊の近くで優先度の高い案件が発生した。ならばそっちに使いまわしてしまおうという。
ブリーフィングルームを戦場と思い違いしている連中の思惑が、吐き気がするほどに透けて見えた。
「彼ら、帰してやりたいですね」
「ああ。せめて………宇宙で眠らせてやりたいものだ」
クイントンが十字を切り呟いた言葉は、正しくスペースノイドの総意であったろう。
「よって、以降の行動は現行任務と反するものではありません。作戦終了時に何かしら次の辞令が下るものと思われますが、どうぞよろしくお願いします」
ウィリア曹長の敬礼とともに全員が答礼する。
多くが奪われ、多くを失い、阿呆どものクソッタレな指示に翻弄されて。
MS一つなく、それでもまだ戦うことをやめようとしないというなら、彼らはこの上なく頼もしい友軍足りえるだろう。
「ミツヒロ、ザクに偽装外套をかけておけ。明日すぐに出られるようにな」
「了解。クイントン、悪いが少し手伝ってくれ。弾倉も予備を積みたい」
「了解です。対赤外線偽装も多少ならできるでしょう」
「アクス中尉、合流ポイントと予定ルートの詰めを」
「了解。曹長、通信手を呼んでくれ」
それぞれがそれぞれの動きを始め、自分もザクの調整を………と。テオドールは妙な違和感を感じた。
ふと振り返ると、違和感の正体はそこに。
さっきから一度も言葉を発していない、クランプス隊が誇る毒蛇伍長。渡された写真を見つめ続け身動き一つしないその姿は、まるでどこかの公園の銅像か何かのようで。
「アスト。何やってんだお前、外見からの解析とやらは進んだのか?」
返答はない。
「………アスト?」
テオドールの疑問に周りも気づいたのか、視線が集まる。物静かなアストなんてものはただのホラーだ。テオドールはその顔を覗き込んで、
「アスト。おい………アスト!!」
強烈な吐き気を堪えるかのような、顔面蒼白の部下の名を叫ぶ。
「アスト!!何があった、何がわかった!!しっかりしろ、アスト伍長!!」
肩を掴み、何度も揺すってなんとか彼の意識をこちらに引き戻す。
その手には、数枚の写真の中から選ばれた一枚が握られていた。
「………ムだ」
「何?なんて言った。もう一度申告しろ、アスト伍長!!」
手に持った一枚の写真、アストはそこに映る影に指を向ける。
「少し前、ガルマ様が戦死された直後、データベースに載っていたのを見た………けど、何でここに、いやそもそもこれは………」
一歩前に出てきたのは、ハロルドとアクス。
二人の表情は複雑そのもので。
「君の考えている通りだ、伍長。『奴ら』はすでに宇宙に上がっている。故にそのものではないだろう。だが、君が見てもやはりそうか」
「最近、量産型なのか類似した機体が時折見られるとは聞いていますが。それとも違うということかな」
アストの震えは止まらない。
「各部の類似性から、恐らく無関係じゃない………けど、なんで。わからない、わからない、わからない」
「アスト、教えてくれ。何がわかったんだ。この機体は、なんなんだ」
意図的に深く息を吸い込み、吐き出す。繰り返す事三度、意思を固めたかのように唇を引き絞る。
「ガンダムだ」
場の時が凍りつく。
それは、その名前は。
ジオン兵にとって、これ以上ない災厄の名前ではなかったか。
「敵は………ガンダム、だ」