機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED   作:葛西源次郎

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第五幕 異形

 クランプス隊達のミーティングより、時はしばし遡る。ある日、ある時の月夜の話。

 

 そこにあったのは、まさしく怪奇現象そのものだったと。最低最悪の地獄の中で片腕を失いながらも生き延びた上等兵は語ったと記録に残されていた。

 

 

 戦力差は覆らない程のものだった。

 少なくとも、敵はMS一機。こちらは、ザクが4機と熟練の指揮官の操るグフが一機。さらにはマゼラアタック三輌と、対MS用の各種装備の扱いに慣れた歩兵。これで負ける方がどうかしている。

 

 だから、あれは間違いなくどうかしていたのだろう。

 

 

『た、弾が当たらない!歩兵部隊、地雷を……!』

『どうした、応答し……!』

『何でだ、何でそんな……!』

 

 彼らの通信は、一度切れた後にもう一度声を聞くことはなく。離れた場所から、ただ目を焼く閃光と、一拍遅れての耳障りな爆音と、最後に五体吹き飛びそうな爆風。それらが、命がまた一つ過去形になった事を教えてきた。

 

『集積地の奴ら、聞こえるな、全員撤退だ!この場を離れろ!何とか少しは時間を稼いでやる!その間に、少しでも離れるか隠れ……!』

 

 最後の、四機目の。

 守備隊隊長のグフが爆散する瞬間だけは、はっきりと目に捉えていた。

 乱暴ではあったが理不尽ではなく、酒が好きな気のいい人だった。その命は目の前で、あんな理不尽の権化のような化け物に消し飛ばされて。

 

「各自、退避だ!とにかく死角に隠れろ!」

 

 補給基地の責任者の怒声が聞こえたのは、あの混沌とした状況では奇跡だった。

 破壊された施設の瓦礫、流れ弾でできた穴、薬莢の影。隠れられそうな場所にとにかく全員が走って、その結果殺されていく。

 

 頭部のバルカンが障害物ごと人間を消し飛ばし。

 瓦礫に隠れた奴らが、横薙ぎにされたサーベルらしきもので蒸発させられて。

 薬莢の影に隠れた奴は、ついでとばかりに踏み潰されて。

 

 誰一人、まともな死体すら残らない。それはもう戦闘と呼ぶことなど出来はしない、駆除そのものだった。

 

 気付けば片腕は潰されていて、ただそれがいつのことなのかは最早思い出せない。

 痛みすら凌駕してしまった恐怖と嫌悪感の中、一発の対MS弾頭が発射されたのを確かに見た。同じように死に損なった誰かが見せた、最後の意地、とびっきりの呪詛の弾頭。

 それは間違いなく背後の死角から撃ち放たれて、自分達を虐殺したあの機体は間違いなく気付けない場所と距離からで。

 確実にバックパックに着弾し上手くいけば道連れに、と。

 

 そんな期待は、たった一度の跳躍ですり潰されることになった。

 

 背後にメインカメラである頭部を向けることすらせず、棒立ちのままの体勢からただ、ただ上に飛んだ。跳んだ。それだけのこと。

 バーニアから閃光が走り、棒立ちのままに高く飛び上がり、弾頭を回避したその姿には。

 そのまま空中でもう一度バーニアを噴かして方向だけを変え、射手を踏み潰したその姿には。

 ただひたすらの嫌悪感しか感じることができなかったと、本当に奇跡的な生還を果たしてしまった兵士は、迫り上がる胃液を抑え込みながらそう語ったという。

 

 

 その兵士がもしも、もしもだが。

 その事を語った翌日に自らの頭蓋を撃ち抜かなければ。

 もう少し、何か話してくれたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『木馬』は間違いなく宇宙に転戦している。それは間違いない情報だ。『ガンダム』は、地球にはいない」

 

 湯気の立ち上る珈琲を手渡しながら、夜の闇の中、サムソントレーラーの影でハロルドは語る。

 その言葉を聞くのは、テオドールとミツヒロ、そして毛布を被って俯いたままのアスト。

 

「連邦の白い悪魔………マジでいたんですね」

「話が大きくなりすぎてて、出会ったことがない人間からすれば都市伝説みたいになってたからな」

「けど、あの写真に写ってた奴は間違いなくそいつじゃないんだろ?」

 

 二人してタバコを吹かせながら、テオドールとミツヒロはアストに視線を向ける。

 連邦の白い悪魔。その情報だけでも混乱するのは仕方ないにしても、アストの狼狽はそんなものではない。優秀なメカニックであるこの若者があの写真から何を読み取ったのか。それは今後戦いに赴く上で絶対に無視できない要素だ。

 

「アスト、君は何を見たんだ。私とアクス中尉は、恐らく連邦の戦力で少数確認されている陸戦仕様の量産型と判断したんだが」

「あれは………違います」

 

 ようやくの事、アストが口を開く。

 うつむいたまま、毛布とフライトゴーグルで目元は見えない。

 

「あの機体は、何のために生まれたのか。それすら読み取れなかった」

「何のためって………極端に言えば、MSなんて結局戦うためだろ」

「それならそれで、用途が見える。ドムやグフのように重力下で戦う事を考えて作られたとか、ザクキャノンのように砲撃支援のためだとか」

 

 ようやく調子が戻ってきたのか、口数だけは段々と元に戻りつつある。しかしその言葉には覇気がない。何か、相当悍ましいものを見てしまったらしいが、それが何なのか未だに見当がつかなかった。

 

「けど、あの機体は何もかもがでたらめだった。MSの構造の、基本の全てを無視してる」

 

 続く言葉に混ざっていたのは、嫌悪か、それとも。

 

「どう見ても必要のないケーブル、連邦製MSには存在しないはずの動力パイプ、あちこち明らかに他の機体の部品が使われてて、中にはジオンの物も混ざってる」

「あのクソみたいな画質の写真から、そこまで分かったのかお前………」

 

 ミツヒロの言葉にテオドールもハロルドも強く頷く。この若きメカニックは本当に凄まじい人材だ。この戦争を生き抜けば、その技術をどの道でも活かせるほどに。

 しかし今の彼は、その知識と洞察力が全て仇となっている。生理的嫌悪感に押しつぶされないだけでも必死だった。

 

「兵器としてのMSの基本を知らない人間が、何か得体の知れない目的で、あり合わせの部品で組み上げたとしか思えない」

「得体の知れない、目的か」

「しかしそうなってくると、あの機体は作戦目的すら不明瞭なままだな。その上、話によれば単機で行動してるという」

「あんな機体が、集団での作戦で足並みを揃えられるとは思えないです」

 

 異形のMS。その上に、その外見的特徴はジオンの不倶戴天の怨敵、ガンダムのそれ。

 白い悪魔ではなかったとしても、最近各地で試験機や地上用量産型といった派生形が報告されているとも聞く。噂には多く上れど、その性能は多くの兵士にとっては未知数の、下手をすれば都市伝説の領域。

 前線で戦う兵士であると同時にプロのメカニックであるアストが頭を抱えるターゲットとの邂逅は近いだろう。その時、何が起きるのか。

 

「クソ、碌でもねえな。なんで宇宙世紀にもなって戦場で怪談紛いの野郎とやり合わなきゃならん」

「戦場に怪談はつきものさ。人間が初めて戦争というものを体験したその日からずっとな」

 

 ハロルドの疲れた顔。

 単純に強大な敵や数の不利、敵の支配地域での戦闘といった不利な状況。それならばやることはずっと明確だし、動き方だって今まで積み重ねてきたノウハウがある。ここまで頭痛に悩まされることもない。

 こんなオカルトじみた未確認情報に対処しろ、なんて案件に対するノウハウなど無い。ただ敵の新兵器というならまだしも、だ。

 

「アスト、今日は休んで頭を掃除しておけ。明日サムソンの運転はクインに頼み、お前は移動中、写真とその他のデータから少しでもわかることを集めて、まとまり次第全員に共有できるようにしておいてくれ」

 

 言って踵を返すハロルド。言外に「今日は終わりだ、全員寝ろ」ということなのだろう。

 テオドールはミツヒロと顔を見合わせ、一つ盛大なため息をつきあって頭を抱える。どうしたものか。

 

「アスト。とりあえず今日はもう寝ちまえ。お前に寝不足になられると俺達までやばい」

「少尉、俺が連れて行きますよ。ほら、寝られねえようなら一杯酒でも流し込んで無理矢理寝ちまえ。俺の隠してあるやつ一つやるよ」

 

 言われて、掠れるような返事を返したアストは素直にミツヒロについて寝所に向かう。

 流石にテオドールもこの状態の若き伍長をからかうつもりはない。むしろ、早々に休んでもらって回復してもらわねばこちらが危険だ。タバコを一本捻り出し、火をつけて怨嗟のため息と共に吐き出す。

 今までの戦場でも面倒くさいことは山ほどあったし、想定外の状況なんていつものことで、みんな文句を垂れ流しながらもクリアしてきた。きっとこれからもそうなのだろう。

 しかしそれにしても、今回は厄介が過ぎてすでに胃もたれしそうで、正直酒でも飲んで寝て知らんふりをしたい。

 

「戦争はいつもこうだ。便乗するみたいに本当に狂った奴らが沸いて出て、相手をするのはいつも前線の下っ端で。クソが」

 

 軍人以外の生き方ができるかなど今更ながらに自分でもわからない。だが、この大戦争がどんな形であれ終わり次第、早々に退役して民間に戻り、少なくとも戦争に関するクソ案件からは離れて暮らそうと。

 誰に言うでもなかったが。そう強く心に決めて、タバコを砂漠の砂で踏み消した。

 

 

 

 

 

 砂漠の朝はとにかく日差しが恨めしい。風も強く、前日に済ませていた関節等の防塵処理も確認し直さなければならない。

 クランプス隊と対MS歩兵中隊は、各自協力しつつクランプス隊の先行出発の準備を進めていた。

 テオドールも自身の命をそのまま預けることになる相棒のコクピットの中、各コンソールに表示される数値に異常が無いかは念入りに確かめる。新兵の頃、これを怠ったせいで危うく的になるところだった記憶が手抜かりを許さない。

 特に今回は任務内容からしてメンテ資材をケチっている場合では無い。こればかりはアストだって文句は言わないし、言わせない。

 

「ミツヒロ、偽装外套の装備は?」

「完了です。まあ、この風で砂も随分舞い上がるだろうし、無くてもそうそう目立たんでしょうが」

「少尉、アスト坊やの方は終わったそうです。推進剤の残量だけ確認してください」

「確認した。オールマックス。機器との連動にも異常は無い」

 

 ミツヒロの砂漠迷彩を施されたザクを見れば、はためくのはザクの体を覆うカーキ色のマント。その横から覗く、明らかに重力下では異質な実弾式対艦ライフルの銃身。

 ビーム兵器ほどの射程は無いにしても、交戦距離の外側から大質量の実体弾頭で支援できるというのは、有視界戦闘が主体となるMS戦闘では大きな脅威だし、存在が判明した後も強力なプレッシャーになる。

 ただその射程距離から、ミツヒロは多くても二発撃った後は即座に場所を変えて対応している。

 故に偽装用の外套やスラスターの強化は欠かせないし、絶対に孤立しない動きが求められる。

 

「クイン、サムソンの荷台に余剰はあるか?」

「残念ですが満載です。何か積荷が?」

「いや、構わんよ。余裕があればと考えていたことがあったが、無理にする必要は無い。バズーカの予備弾倉の数だけ教えてくれ」

 

 クイントンと共に確認作業を続けるハロルド、その背後には彼の愛機たる指揮官用ザク。

 両肩に装備されたシールドとブレードアンテナを黒く塗られたカーキ色のザクは、バックパックのマウントと併せて二つずつのバズーカとマシンガンを装備し、中距離からの継続的な火力支援に特化しつつバランスのとれた機体………だが、ハロルドの腕に合わせてあるために操縦系統の反応がシビアすぎて事実上完全な専用機となっている隊の中心。

 テオドールも一度操縦を試させてもらったことがあるが、この人の指先の感覚と目の構造は自分達とはジャンルが違うのだと思うことにした。普段目を細めて柔和に笑う姿からは想像ができないその技術は流石は開戦時からのたたき上げパイロットというべきか。いや、開戦時からなのはテオドールも同じではあるが。

 

「レッドキャップ!」

 

 すっかり調子は戻ったのか。毒蛇アスト伍長のクソッタレな呼び方に、開けたままのコクピットハッチから身を乗り出して手を振ってやる。

 舞い上がる砂がうっとおしいのか、フライトゴーグルを目にかけたまま腕を組んで見上げてきている。顔が煤と油で

 

「推進剤関係は確認済みだ。動作も数値も問題ねえよ」

「ヒートホークの方だ!一番のジェネレータージョイントが歪んでたから交換したんだ!動作チェックは問題ないが、無理な使い方するんじゃねえぞ!!」

 

 相変わらず、階級を無視する奴だ。しかし確かに最近は酷使していた分ガタがきていたのかもしれない。刃は戦闘後にチェックしたが、こういうところもアストに頭が上がらない理由か。

 テオドールのザクは、隙を突いて一気に懐に斬り込むことが多くヒートホークを他機よりも多用しがちな傾向がある。そのことから、普段から腰のハードポイントに計二本のホークを搭載しているが、やはり消耗も負担も激しい。

 しかしアスト、こいつは戦争が終わっても食うには困らないだろう。機械を扱う現場ならどこへだって行ける。羨ましいことだ。

 昨晩の自分の密かな決意を思い出しつつ、喉奥でクツクツと笑いを堪える。

 

「アスト、昨日の奴、あれから何かわかったことはあったか?」

 

 調子も戻ってはいるようだが、聞くか少し迷った後、やはり必要ではあるだろうとその問いを投げる。

 遠目からでも顔が歪んだのがわかる。やはり、相当生理的に受け付けない存在なのだろうか。自分が勝手にザクのスラスターのリミッターを外したのがばれたときでもあんな顔はしなかった。

 

「装備くらいだ。手にしていたのはおそらく、実体弾のマシンガン。それと近接装備はおそらくビームサーベル。それとシールド、多分近接で打突に使える仕様だ。あといくつか気になる部分はあるが、今の資料じゃ確信が持てない!」

 

 いや、だからあのノイズだらけの画像でそこまで判断できるなら凄いんだよ。

 例のガンダムくんは想像よりは標準的な装備らしい。が、気になる部分とやらがどうなるか。さらに言えば、必ず一機で来てくれる保証は無い。

 極秘の試験試作機で、非公式な実証試験として単機で出てきた可能性も考えた。しかしいくら高性能機で自信があっても、数で圧倒的に不利な状況に、撃破どころか鹵獲の危険すら高い中に放り込むだろうか。逆にもしもそうならば背後には救援用の援軍がしっかり隠れている可能性だって高い。

 どの想像をしても、どう想定しても、まず間違いなく面倒なことにしかならない。毒虫の入った箱が並んでいて、どの中身が一番マシか、というレベルだ。何一つ笑えない。

 

「結局、今ある戦力でできる限りのことをしろってね。最悪、取り逃がしたなら援軍呼ぶ口実にもなるしな」

 

 アストにも聞こえないようにこっそり口にするが、碌でもないことを言っているのだけはばれたのか。

 ゴーグル越しに、明らかにトゲの増した視線。

 

「いいか!推進剤も弾薬も無駄はねえ!ヒートホークだって消耗品だ、無理して使い潰せば次の作戦には丸腰だぞ!」

 

 そりゃご勘弁。整備兵からのこういう脅しは真摯に聞いてやらねばと、テオドールはコンソールで武装のデータを確認し、サブモニターに目をやり、メインカメラを起動する。

 映る光景に異常は無い。いや、本来であれば一つだけ。

 左上に移る、微妙な影のようなもの。モノアイのひさしに刻まれた深い傷が映す、わずかな影響。

 この傷を受けたのはいつのことだったか。確か、開戦後地球に降下して少し経った頃、地球の気まぐれが過ぎる気候に少し慣れてきた時分だったか。

 そんな大層な武勇伝があるわけでも、お涙頂戴の感動ストーリーがあるわけでもない。単純に当時の自分が油断とミスを重ねた結果ギリギリのところで大破を免れ、その程度でいちいち補給していたらキリが無い、動作に大きな問題が無ければそのままにしておけと悲しい貧乏所帯のやりくりでそのまま残った傷。

 最初は「スカーフェイスか」などとハロルド達にからかわれたが、残念ながらそんなあだ名は定着しなかった。

 レッドキャップ。血塗れの邪妖精。

 そんなクソッタレなあだ名を貼り付けられた、テオドールの手足にして、命を預ける相棒。

 ああ、今度もまただ。面倒かけるな。大きな補給基地か何かがあればしっかり整備して休ませてやる。

 面倒ごとばかりだが、せめてこの阿呆くさい戦争が終わるまでは。

 俺を乗せて頑張ってくれ、と。

 コンソール脇を数回軽く叩いて。

 

「テオ、聞こえるな。これより移動を開始する。先行するミツヒロに続くぞ。規定した距離を維持しろ。迷子になるなよ」

 

 ハロルドからの通信で、作戦開始が告げられる。

 おざなりに手を振ってくるアストに手を振り返して、コクピットハッチを閉め、メインモニターの映像を確認。砂塵が無くなっただけでもここまで楽とはと少しおかしく。

 動作に異常は無し。ミツヒロ機からの発光信号。ああ、わかってるよ。

 ここから後に続いてくる対MS歩兵中隊のアクス達を危険に晒さないためにも、何かあればまずは自分達が全て叩き潰して道を作らなければならない。その先にあるガンダムとやらとの邂逅でできる限りであっても万全であれるように。

 再びの発光信号。準備はできたかと、中尉のザクが手を上げる。

 さて、面倒くさいがお仕事の時間だ。いくぞ、とペダルを踏み込み。

 

「テオドール・ブルメスター少尉、準備はできた。出るぞ」

 

 いつも通りの、軍人仕事といこう。

 

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