機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED   作:葛西源次郎

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第六幕 偵察隊

 砂漠の風がどれだけ砂塵を巻き上げて目と耳を塞ごうとも、地面を伝う音は誤魔化せない。地球連邦軍に数多く配備されたホバートラックはその大地を走る音紋を探知する能力に長けていたし、通信指揮の移動基地としても優秀と言えた。

 この偵察小隊に配属されたソナー員は若いがとても耳がいい。上司である軍曹は常々そう思っていたし、こうした優秀な若者を見ると戦争はMSだけが華ではないと思える気がして誇らしかった。

 

「強風で地表の砂が随分舞い上がってる。ソナーの感度に問題は無いか?」

「影響はゼロではありません。ですが探知に支障は無いと判断します。現刻の周囲探査半径に地上を走行する目標は確認されていません」

「了解だ伍長。優秀なソナー員に任せるとする、頼んだぞ」

 

 顔に大きな傷のあるいかにも歴戦といった風の曹長は、伍長の返答に満足したのか言いながら何か差し出してくる。

 見ればそれは、二包のチョコレート菓子。

 

「ありがとうございます。引き続き、探査を行います」

「この任務が終わったら酒でも飲もう」

 

 若く優秀な部下を労いたい、というのは苦労を重ねたベテランの心情としてはおかしくない。

 ジオン地上方面軍のほとんどが撤退し、地球上での大規模戦闘もほとんど無くなった最近ではこうした偵察任務の網にかかるものも少なくなった。それはいいことなのだが、まだ残存戦力だって残っている。気を抜いてこんなところで二階級特進は勘弁願いたい。

 そういう点でも、命を預けるに等しいソナー員を労い、メンタルを維持してやるのも上の仕事だ。少なくとも、この曹長はそう思えた。

 クソみたいな戦争でもこんなやり甲斐くらいはある。そう笑って、所定の通信コードを打ち込み、暗号化フィルターの動作を確認してマイクのスイッチを押し込む。

 

「『ラビット1』より通信本部。当通信は定時報告である。現刻にて敵性反応は確認されず。繰り返す………」

 

 いつも通りの、そしてずっとこのままであれと思う単調な定時報告。

 その日課を終えてマイクを切って、一口だけ失礼と伍長の目を盗んでスキットルを手に取った時だった。

 

「曹長、四時の方向、ソナーに感あり。パターンからして、MSの走行音かと思われます」

 

 顔を顰めて、スキットルを狭い車内の隙間に投げ戻す。

 こうやって一息つこうというタイミングでこそ面倒ごとは起きる。現時点で、このエリアを通過するという友軍の話は無かったはず。ならば一体何か。御免被りたい案件の可能性は高いだろう。

 

「『ラビット2』に秘匿通信コードで伝達。情報を共有しろ。走行音の分析はできるか」

「現在精査しています。砂塵のノイズをフィルターにかけ、既存データとの照合中」

「我が方以外の通信の気配は無いか。ミノフスキー粒子がこれほど薄い状況でこれなら、通信を切っているか、はたまた必要ないか」

「パターン解析結果、出ます。これは………細部に差異はありますが、おおそよの波形は我が軍のMSに該当するものがあります」

 

 最悪の札は引かずに済んだか、ふと息が漏れる。

 しかしそうならば、一体どこの部隊か。それが気に掛かるが、まだ自分達の位置を露呈するのは早計か。

 

「該当機は?」

「RX-79[G]。陸戦型ガンダムのものに類似しています」

「珍しい機体じゃないか。しかし、差異は大きいのか?」

「無視するには気がかりですが、少なくともジオン製MSの既存データに類似するものはありません。今、スラスター音をわずかに確認。こちらも連邦製に酷似しています」

 

 どうしたものか。友軍機である可能性は非常に高いわけだが、ここで通信を試みるのを阻む一つの懸念が曹長にはあった。

 さっきから話を聞く限り、どうしても拭えない違和感。

 

「そいつは、単機なのか?」

「はい。他にMS、ホバー走行、低空飛行などの音紋は一切確認されていません。索敵範囲内で存在するのは、この一機のみです」

 

 そこだ。この北米戦線の、隠れる場所も少ない砂漠でMSが単機で行動している?何故、何処から来た。

 予定にない友軍の通過は無い訳ではない。作戦目的によってはそれは普通にあり得ることだし、これまでも二度だかあった。しかし、単機行動など聞いたことがない。

 

「秘匿作戦や試作機のテスト………上も上で、時々現場の人間にはよくわからんことをするからな」

 

 決断を下す材料が不足しすぎている。少なくとも、これで万が一があれば自分だけの責任ではとても背負いきれないことになる可能性だって高い。

 訳のわからないことは上に投げる。

 現場の人間の賢い知恵だ。投げ返されたら、まぁそれはその時。

 

「追尾を続けろ。通信本部に秘匿通信で確認を取る」

「了解。移動速度は微速。急を要しているという感じではありません」

 

 鬼が出るか蛇が出るか、できればどちらもご免だが。秘匿通信のややこしいコードを打ち込み、個人IDを入力。文面を入力しようとコンソールに指を這わせる。

 

「っ対象が進路変更。微速そのまま。『ラビット2』に接近しています」

 

 指が止まる。こちらに気づいて、反応を示した?

 戦闘速度で行動していないと言うことを見ると、やはり友軍なのか。しかし、通信を入れてもこないのはやはり気にかかる。

 

「………オープンチャンネルで口頭暗号。応答を要求してみるぞ」

「了解。砂塵はありますがレーザー通信で………」

 

 

 全ては、手遅れだった。

 

 

「………っ!これは!?」

 

 響き渡る爆音と、車内を叩きつけるかのように襲う振動。

 想定される原因は一つしかない。なりふり構わず、即座にコードを切り替え僚機のラビット2に繋ぐ。

 

「ラビット2!こちらラビット1、何があった!今の爆音はなんだ!応答しろ!」

「対象、移動を開始!進路を当車に向けています!」

「ラビット2!応答しろ!」

 

 クソが、と唇を血が出るほどに噛みしめる。

 ラビット2の通信手の声は聞こえない。流れるのはただ、機械的なノイズだけ。応答信号もIFFも反応は無く、通信接続を示すランプは消えたまま。

 認めたくはない。だが、認めざるを得ない。軍人である以上、誰よりも現実を見なければ話にならない。

 ラビット2は撃破された。正体不明の、友軍機に類似した反応の得体の知れない何かによって。

 女好きで冗談が上手かった通信手も、よく共に賭けカードを楽しんだソナー員も。今頃は、鉄屑になった愛車の中で、炎に包まれて。

 

「アンダーグラウンド・ソナー、回収!アクティブレーダー起動、最大速度で離脱する!」

 

 自分の居場所を露呈する危険が高いアクティブレーダーも、今出し惜しんでいる場合では無い。そもそももうとっくにばれてると考えなくてはいけない。

 地面に刺さっていたアンダーグラウンド・ソナーのアンカーが引き抜かれる音。早く、もっと早くとモニターに完了と出るのを待つ。否、待ってはいられない。

 

「80%!かまわん、動くぞ!ラビット1、全力で離脱する!」

 

 アクセルを踏み込み、レバーを叩くようにして倒す。

 ホバー特有の音が響き、悪路をものともしない連邦が誇る支援車輌は一気に速度を上げて走り出す。

 

「対象、僅かに加速!明確にこちらを追っています!」

「こいつの豆鉄砲じゃ歯がたたん!反撃は考えるな、とにかく逃げ切るぞ!お前は奴の情報を僅かでも取れ!」

 

 操縦しながらも通信機器に手を伸ばし、緊急通信用の短縮コードを叩き込む。

 ミノフスキー粒子は薄い。通信自体は阻害されないはずだ。

 

「こちらラビット1!通信本部聞こえるか!ラビット2がやられた!敵は一機、所属不明!機種不明!連邦の機体に酷似との情報あり!」

 

 相手の返信など待たずに捲し立て、障害になる岩石などを最短距離で避けて駆け抜ける。

 

「ケース99!これよりラビット1は偵察区域を離脱、敵性存在のデータを通信本部、『ラビットママ』に送りつつエマージェンシーポイントに急行する!MS隊を配備してくれ!」

「対象、カメラに映ります!」

 

 距離を詰められていたか。

 モニターに横目をやれば、そこに映る影。ホバーが舞い上げた砂塵でかなりわかりにくくなっているが、それでも。

 それでも、わかってしまう。

 信じたくなくとも、わかるしか、ない。

 

「こいつは………!」

 

 特徴的なV字のアンテナ、その輪郭。

 間違いない。

 間違えるはずなど無い。

 

「敵は………」

 

 こんな言葉など、言いたくはない。

 

「敵は、ガンダ………!」

 

 

 

 地球連邦軍、北米戦線第七前線偵察基地通信本部。

 そこの通信担当者が最期に聞いたのは。

 爆音と、あとに残るノイズだけだった。

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