機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED   作:葛西源次郎

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第八幕 生存者

 意識が無駄にはっきりしているのは幸運ととるべきか、ひと思いに殺せと毒づくべきか。

 右耳は今も聞こえないし、左目は焦点が合わない。一息ごとに肋骨が軋み、何かの破片が突き刺さった左足はもう動かし方もわからない。喉の強い違和感は焼けたか傷ついたか、もしくは長く水を飲んでいないからか。氷でもあれば、などと高望みして。

 なぜ助かったのかなんてわからない。普通は死んでいる。現に、部下は苦しむ暇すら無く一瞬で死んだ、はずだ。少なくとも自分には即死にしか見えなかった。そうであって欲しい。せめて、どうか。

 吹き飛ばされ一瞬でスクラップへと姿を変えた愛車から、香ばしく焼き上げられる前にと這いずり出て外へ出て。

 その後感じた音と強風は、自分達を仕留めたアイツがスラスターでも噴かしてその場を離れた音だったのかもしれない。振り返るような余裕は無かったし、そのまま倒れ込んでしばし経った。

 吹き付ける風は砂を運んで、気の早いことにこっちを埋葬しようとせっせと働いている。

 なんとか呼吸だけは整って、足に突き刺さった破片を引き抜き、悲鳴を上げる全身を引きずるようにして這い進み、先にあった物陰に身を寄せた。それが吹き飛ばされた愛車の装甲の一部だったと気づいたのは少し後で。

 

 ああ、くそ。振り返ればただの砂漠。あのクソ野郎はどこにもいない。

 一度意識が途切れた後。目覚めたときにどれほどの時間が経っていたのかはわからないが、時間に任せて死に至るほど傷は深くないのかまだ動けた。まだ、動けてしまった。

 部下と共に燃え尽きた愛車の残骸。それが墓標のように見えた時、こんなに長く苦しむくらいならいっそ共に眠らせてもらえればとも思った。探しても、あいにく拳銃は身につけていない。本当、何の偶然だったのか。部下と自分、どこに明暗を分ける部分があったのか。

 救援要請も送れない。通信本部が異変に気づいて救助を差し向けてくれたとして、あそこからはどの程度かかったか。

 

 ミノフスキー粒子という要因が世界を一変させてしまったこの世界、今回自分達がこの距離で問題なく通信ができたのは、カラクリがあるからに他ならない。

 ある程度の指向性を持たせて強度を高めた電波と、それを中継するアンテナ群。

 ホバートラックに4本搭載できるサイズのグランドプレーン型のブースターアンテナを、行軍しつつあらかじめ指定された場所に差し込むようにして設置、通信網を強靱にする目的の運用。

 進行方向に広くアンテナを展開することができれば、ある程度雑な指向性の電波でも広く拡散させられる、という理屈。

 今回の偵察任務も正直言えばこの通信網の運用試験という側面があった。

 このエリアは粒子が薄いとはいえ、影響はゼロでは無い。そうした不安定な環境の中でどの程度の安定性を保たせられるのか。運用に当たってどの程度負担があり、実戦での有効性はどの程度か。航空機からの投下は可能そうか。予算に見合う成果は出るのか、など。

 そのデータをなんとか持ち帰るだけでもしたかったが、これではそうもいきそうにない。

 そもそもあの機体がこの実験を潰しにきた、と仮定して。

 その情報はどこから漏れたのか。電波の広域安定を下手に行ったせいで傍受でもされたのか。仮説だけならばいくらでも出てくるがそれを証明できる証拠は現時点で手持ちに無いし議論する相手もいない。

 

 さて、救助は来るのか。

 自分達に特級の異変が襲いかかり間違いなく無事で済んではいないことは、通信記録を聞けば耳に泥でも詰めてなければ誰だってわかることだ。間違いなく各隊にも伝達されているはず。

 しかしだから待っていれば友軍が来ると楽観もできなかった。

 我が隊の母体は通信基地で、我らは偵察隊だ。保有している戦力は精強とは言いがたいし、万が一敵と遭遇した場合に万全に対処できるかは怪しい部分がある。そのリスクを冒してまで救助に来るだろうか。

 これは推測ではあるが。あの基地司令は、別の手段での偵察をよこし、増援戦力を要請して………という手順を踏むのでは無いだろうか。

 だとすれば、救援は間違いなく遅れるし、救援というよりは事態の把握という面が強いだろう。要するに、自分達の生死はそこまで重視されないと言うことだ。クソがとは思うが、軍隊など大体そういう物だし、何度も似たようなことを見てきた。自分の番、ということか。

 

 だんだん目が霞んでくる。これはおそらく、単純に体力が削られすぎた。怪我をしている身で飲まず食わずで長居するには、砂漠の環境は厳しすぎる。

 ああ、最後に手渡したチョコレート。あいつは食ったのだろうか。

 スキットルの中の酒も吹っ飛んでしまったか。安酒とはいえ最後に一杯、ともいかないとは。

 

 耳に入る、何かが風を切る音。

 残骸に当たった風が奏でる音か、都合のいい展開を望む自分が生んだ幻聴か。

 もしもこれが自分の想定を上回って早々に助けに馳せ参じてくれた友軍ならば、今残っている全ての力を以て抱きしめてやる。

 

 甲高い風切り音。ああ、なんかどこかで聞いたななどと思いつつ、目を開けているのがだんだん辛くなってきた。その間にも、だんだんと強くなるその音。ああ、これは何か来たな。そう思ったが、次に来たのは落胆。

 間違っても、愛車であったホバートラックの音じゃない。もっと小さな何かだ。

 だんだん鈍くなる頭の回転で思い返せば、ああそういえば、と。いつだったか、この戦争が始まって少ししたくらいに聞いた覚えがある。もしそうだとしたら、ああクソ。ハズレもいいところじゃないか。

 重い瞼を無理矢理開ければ、見えるのは一人乗りのホバーバイクが二機。そこに跨がるのは、できれば一番見たくなかった軍服とヘルメットの厳つい二人。

 今から部下の、伍長の後を追いかければまだ追いつけるか。酒を奢ってやる約束がまだだった。僚機の二人にも一杯ずつくらい振る舞ってやるか。

 

 小銃を担いだジオン兵が飛び降りるように駆け寄ってきたのを見たところで。

 連邦軍曹長、ルフィーノ・フエンテスの意識はぷっつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 MSに乗って戦っている身で使ったことなどほとんど無い。しかし、それでもこんな時には頼りにしなければいけない。

 ジオン公国軍正式採用の拳銃に初弾を装填したことを確認し、コクピットハッチを開ける。テオドールの眉間には、深い、深い皺が刻まれたままだった。

 先行したワッパの偵察員から連絡を受けたのは、ホバートラックは間違いなくつい最近破壊されたものであろうということ。

 そして、生存者………つまり、生き残っていた連邦兵がいた、ということ。

 想定していなかったわけではない。生き残っていたことに舌打ちするほどに連邦兵全てを憎悪している訳じゃない。

 しかしそれでも、面倒ごとになったという気持ちはあり、その連邦兵がより面倒なことをしでかさないことを願いつつ現場に降り立った。

 

「アスト、奴が?」

「そう。致命傷って訳じゃ無いけど負傷してて、抵抗はしてないって」

 

 少しだけ安堵する。

 別に絶対に嫌だなんてことは無いが、MS戦闘での命のやりとりと生身でのそれは少し毛色が違う。少なくともテオドールはそう考えていた。

 実際に生身で相対して、目の合う距離で銃を撃ち、相手を死に至らしめる。これは巨大な機械の兵器越しとは違った嫌な実感、生々しさがある。経験が無いわけではないが、それでも慣れないし慣れたくなんてない。しかし、いざというときには反射的に引き金を引かなくてはいけない。

 その可能性が少しでも低くなったなら、願ったり叶ったりだ。

 

「先行偵察、ご苦労」

「はっ。お疲れ様であります少尉殿」

「かしこまらなくていい。で、こちらがお客人で?」

「はい、一応簡単な手当はしてあります。意識もはっきりしていますが、抵抗する気配はありません」

 

 小銃を捕虜に向けたままの偵察兵二人と、先に降りていたミツヒロ。

 その三人とテオドールに囲まれるようにして、その連邦兵士は座り込んでいた。

 40半ば、といったところか。手は縛られているが、確かにこの怪我ではたいしたことはできないだろう。

 ハロルドもザクから降りてきたのを確認し、テオドールはしゃがみ込んで兵士の顔をのぞき込む。

 

「名前と階級を聞いても?」

「………ルフィーノ・フエンテス。連邦軍、曹長」

「テオドール・ブルメスター少尉だ。傷は痛むか?」

「いや、そちらの若い兵士の手当のおかげだ。感謝する」

 

 対応にも問題はない。これは荒事にならず済むか。ハロルドの方を見れば同じ考えだったか、そのまま続けろとの指示。

 尋問役なんて慣れてねえよ、と言いたかったが、先に始めてしまったのが運の尽きか。

 

「アスト、水を飲ませてやってくれ」

「了解」

「砂漠で長い間乾いてたろ。話をする前に、まず一杯飲んでおけ」

「すまない、ずっと喉が渇いていた」

 

 ミツヒロが無言で拳銃を向けつつアストがゆっくりと近づく。水筒を口に当てれば、無言の空間に響く喉の鳴る音。

 これは、相当参っていたようだと。その場の全員が感じ、警戒は続けつつも少し何かが緩んだ気がした。

 

「重ね重ね、感謝する。正直、拷問か銃殺か、と思っていたんだが」

「それはこれからの態度次第、といいたいがあんたはまあ問題ないだろうさ。そちらが大人しくしてさえくれれば条約はしっかり守らせてもらうよ。これでも品行方正な軍人の鑑なんだ」

 

 鼻で笑ったアストと思いっきり笑ったクイントン、お前ら後でケツを蹴り飛ばす。

 

「ルフィーノ曹長。私がこの隊の指揮を執っている、ハロルド・ハインリヒ中尉だ。立場は敵とはいえ、命があって何よりと言わせてもらえるか」

「ああ、その通りだ。部下を差し置いて助かった命を無駄にするつもりはない、抵抗はしない。だが話せない部分があったときはせめて黙らせてくれ。嘘だけは言わん」

「尋問には応じないと?」

「話せる部分であれば話そう。だが、これでも立場は連邦軍兵士のままなんだ」

 

 ハロルドを見れば、若干口元に笑みを浮かべて「かまわんよ」と頷いてくる。本当、このオッサンなんで軍人をやってやがる、と疑問も沸く。敵対しなければ、無差別に皆殺しなんて手段をとりたくないのは同じではあるが。

 ミツヒロからは呆れ混じりのため息。アストはもう少しでかくはっきり聞こえるように。クイントンは、おいお前少し笑いを堪えろ。

 だが言っていることは間違っていない。もし自分が捕虜になったとしても、命が惜しいから好待遇が欲しいからと全てをベラベラ喋れるか。そう聞かれてしまえば言葉は返せないし、納得もできる。

 テオドールとしては、隊長の意向に背く理由もない。この兵士をいたぶる理由もない。あとは。

 

「それでいいかね?」

 

 ワッパ乗りの兵士二人に意見を求めるが、二人は少し困ったように顔を見合わせてしばしの沈黙。

 そして片方が小さく息を吐き、

 

「了解しました。クランプス隊の皆さんの意向に従います」

「ただ、銃口は向けたままで。よろしいでしょうか」

「問題ないさ」

 

 タバコに火を灯し、その場に腰を下ろす。すまんね、うちの隊長の流儀に付き合わせて。

 ルフィーノとかいうこの兵士、傷が目立つ厳つい顔つきだが判断力も事の運び方もまともで、話していて助かる。少なくとも、自分は銃を下ろしておいても問題はないと思える程度には。

 

「クイン、尋問はテオと私がやる。お前とアストは周囲を警戒しておいてくれ」

「了解です。アスト坊や、サムソンに戻ってパッシブソナー起動しよう」

「了解。あの車両、確かアンカー式ソナーついてて………いいな、クソ」

 

 なにやら連邦の車両の装備が羨ましいのか、チラチラと意識を引かれながらもサムソンに戻るアスト。

 まあ最初からそう設計されてるものと、後付けで無理矢理ソナー搭載したサムソンじゃな。気持ちはわからないでもない。さて、と。ルフィーノに向き直り、テオドールは煙と共に言葉を紡ぐ。

 

「さて、話がズレたな。ルフィーノさん、俺達はあんたに色々と質問をしなくちゃならん。ただ、怪我の事もあるからな。キツいようなら言ってくれや」

「お気遣いいただいてすまない。これではまるで、本当に客人だ」

 

 皮肉も混ざっているのだろうが、それはおそらく生き延びた先で囚われの身となった自分自身に向けてのことで。テオドールから見ても、彼は明らかに弱っている。身体的にではない、それ以上に心が。

 軍人はいかなる時も心を強く、などというがそんなもの、無茶言うんじゃねえの一言で終わりだ。

 心なんてものは折れるときにはいとも容易く折れて砕ける。特に、親しい人間を失った直後に長く苦しみが続き、その上で自由と確かな未来が奪われたともなればなおさらだ。

 こんな状況ででも決して折れるななんて人間はそもそもそんな状況にいたことがない。知らない人間だから軽く口にできるだけで、その持論になんぞケツを拭く紙ほどの価値もない。

 そこまで考えて、テオドールは頭を振りかぶり考えを払う。いかん、最近面倒ごとが続いて気が付けばマイナスに振りきってしまう。目の前の捕虜にすら怪訝な顔されてるじゃねえか。

 

「まず聞きたいのは、そうだな二ついこうか。一つ目だが、あんた達の作戦目的は?」

「我々は偵察兵、より言えば通信系統の人間だ。言ってしまえばただの索敵を兼ねた中継基地さ」

「MSの残骸もなかったな」

「当たり前だ。目立つわけにはいかんからな」

 

 素晴らしい事に、テオドールは一瞬で理解ができた。

 ああ、なんとなくわかる。このクツクツと喉を鳴らしている笑い方。これ、また俺達じゃなく自分、というより自分の組織の上層部への嘲笑だ、と。

 

「お互い末端は辛いな」

「ジオンと違って、機械仕掛けの巨人なんぞ使い慣れてないものでね」

 

 あ、これは俺達への皮肉だ。

 素直に笑える。ハロルドも笑ってる。ミツヒロも苦い顔はしていない。

 このオッサン、少し気を付けた方がいいな。下手に緩むとつけこまれるかもしれん。そんな風に考えたところで、脳内の質問リストを照合、優先順位でソートしてあー、と言葉を漏らしてから。

 

「二つ目だが、これが肝要だ」

「答えられることならば」

 

 ハロルドに目をやり、了承をとる。これはある意味今現時点での自分達の最大の方針であり、絶対に漏らすわけにはいかない。ミツヒロも引き金に指を近づけた。

 

「俺達は今、ガンダムって子を探しててね。うちの部下が言うには見た目は黒っぽく、あちこちケーブルだかパイプだかが出てるヘンテコな見た目なんだ」

 

 言いながら視線は下に、タバコを押し消す砂の上に。

 次の質問をする前に新しく一本火をつけ、もう一度向き直りながら質問を投げる。

 

「この辺でオイタしてる子らしいんだが、知らんかね。うちの身内がえらい目にあったんだ」

 

 

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